クラーケンのお味は?
マホロバ国に到着した次の日。
せっかくなので一階の食堂で朝食の麦粥を食べた。
リゾットのような、良く慣れ親しんだ洋風のスープで煮込んだものか、昨日見た『だしの木』で和風仕立てにした雑炊風のものかを選べる。
どうせならと、マホロバ国らしい後者で頂く事にする。
……初めての筈なのに、どこか懐かしい味がしたのは想像通りだ。
その後はセルヴェスにガッチリ守られながら王都アキツを見学する。
視察というよりはあくまでも観光と言ったテイであり、目的もなく気軽な感じであちこち見て回る。
隙あらばセルヴェスがマグノリアにフリフリの服を買おうとするので、注意が必要だ。
うずうずしていたガイは、イグニス国に迷惑が掛からない程度に好きにして来て良いといって自由にして貰う。どんな情報を拾って来るのか楽しみだ。
コレットは『デートをお邪魔すると悪いので』とセルヴェスに言って、キャンベル商会の人と商品の選別と仕入れに行った。馬車を借りて本格的に見て回るそうだ。
そして夕方。
約束通り船に戻り、クラーケンが食べられるのかどうか確認中である。
汚れても良いように簡素な服に着替えて、船医の作業を見守る。
目の前で大きな脚の色々な部分を切り取り、真剣な表情で毒が含まれるかどうかの確認の為、試薬を垂らしていた。
……ひと口に試薬と言っても、一般的に出回っている有名な試薬もあれば、一族や家にのみ伝わる秘されたものもある。
その辺は暗黙の了解という奴であるらしい。
「……どの部分からも毒になるようなものは検出されないようですね」
船医と一緒に腕まくりをして実験に付き合ってくれているアーネストが、安心したかのように大きく息を吐いた。
念のため、昨日ガッツリと粘液にまみれたキャプテン・マンティスが肌に異常をきたしていないか確認してくれたらしい。それを鑑みて、触っても大丈夫というお墨付きを貰い、マグノリアはくんくんと小さな鼻を動かした。
「多少生臭いですけど、ヤバい匂いはしないですね」
「……まずは、この粘液だな……」
セルヴェスが嫌そうにクラーケンを見遣る。
「塩揉みして火を通してみましょうか」
ガイにナイフで切って貰うと厨房からボウルと塩を借りて、マグノリアが下処理を始めた。キャンベル商会の船員はびっくりしてマグノリアの顔を見る。
「お嬢様……! 宜しければ代わりに致しますよ?」
ひとりの船員が、決死の覚悟といった表情で申し出てくれる。
……そんな表情で言われても、と苦笑いが漏れるが、彼らにしてみればご令嬢自ら調理する方が驚きなのであろう。
「タコの下処理と同じなんすか?」
「そうねぇ。大きさが違うだけでタコっぽいから、取り敢えず同じ様にしてみるしかないよね」
塩じゃなく大根を使ったりとタコの下処理の仕方も色々あるが。ある程度なんにでも精通しているガイが興味津々で手元を見ている。
「この粘液、何かに使えないっすかね?」
「……目くらましとか、武器にって事? そりゃあ使えなくは無いだろうけど、保存と携帯が……」
うっかり人に使う前に、醸されたものが飛び散ったりしたら大惨事であろう。諦められなそうなガイが恨めしそうに大きな脚を見つめていた。
「……自己責任なら構わないよ?」
そんなやり取りを、シャンメリー商会の人々が引き気味に見守っている。
アゼンダの隠密がヤバ臭い武器を使う日が来るかもしれないと、心密かに戦慄しながら。
充分に揉み込み水洗いした後、茹でて火を通す。立ち上る湯気と共に漂う香りもタコそのものであり、食べれない種類の深海魚特有のアンモニア臭や異臭は感じない。
(女は度胸!)
そぎ切りにして、エイヤ! っと食べてみる。
流石に自ら食べるとは思わなかったのだろう。
シャンメリー商会の人々がギョッとして、マグノリアの反応を固唾をのんで見守る。
「イケる……!」
弾力のある歯ごたえと、旨味と甘み。……タコである。
紛うことなき立派なタコ以外の何ものでも無い。
その後、大勢で塩揉みをする羽目になるのはお約束だ。
「ラドリ、鉄板出して」
『お~け~♪』
小さく切ったクラーケンを啄んでいたラドリにお願いして、小さな黒いポシェットからたこ焼き用の鉄板を出して貰う。
引き出し始めると同時にセルヴェスが受け止めるのだ。
小鳥であるラドリの手羽先では、重すぎるものは持てないのであるからして。
一応、シャンメリー商会の人々に見えない場所で出して貰う。
……今や、厄災用のポシェットは殆どアイテムボックス化している。
便利ではあるのだが、一緒に荷物を入れても大丈夫なのか確認した所、差し支えないという事であった。誰にも真実が解らないので、一応神鳥の言う事を信じる以外ないであろう。
「……その小鳥は……」
口籠るアーネストの侍従に、鉄板を手にして戻って来たセルヴェス達三人が、勢いよく口を揃える。
「シマエナガっぽいインコっす!」
「千鳥っぽいインコだそうだ!」
「けっして怪しくないインコです!」
『ちゅぴ☆』
「…………」
全員が何とも言えない顔で三人と一羽をみつめる。
どっからどう見てもインコじゃないんじゃないか、と心の中で疑問を呈しながら。
船上ではたこ焼きパーティーと相成った。
最初は恐る恐る口に運んでいた者ばかりであったが、食べてみればタコ以外の何ものでもない。
ネギと粉は現地調達であるが、手作り紅ショウガと天かすは活用範囲が広い為、念のために持参しておいた。
アゼンダから持参したソースらしきものと、数年の時を経て探し出した青のりっぽいものと、試行錯誤して作った鰹節もどき。それらを塗っては振りかける。
立派なたこ焼き……いや、クラーケン焼き? の完成である。
「……美味しいですね。中身を知ると怖いですが」
「大きいだけでタコですからね」
マグノリアはリスかハムスターのように頬を膨らませながらモグモグと咀嚼している。
そうなのかな、とアーネストは若干首を傾げながらクラーケン焼きを口に運んだ。
(……まあ、いいか……)
美味しそうにクラーケン焼きを頬張るマグノリアと、その横で啄むラドリを見て小さく微笑んだ。
船上は酒を飲みながら盛大に盛り上がっている。
セルヴェスと船長が肩を組んで歌を歌い始めた。やんやと盛り上がる船員たちの横で、粘液を回収し終わったガイが鉄板を覗き込んでは、クラーケン焼きを皿に山盛り盛り付けている。
「あら、良い香りですわね?」
精力的に商会の仕事を熟して帰って来たコレットがやって来た。
下処理されたクラーケンの山をみてお付きの者が顔を青ざめさせるが、コレットは涼しい顔だ。
健康被害が無ければオッケー。美味しければ正義。
元貧乏男爵令嬢であり現商人であるコレットの材料にかける精神も、マグノリアとどっこいどっこいなのである。
「あ、コレット様! キャンベル商会の皆さんもこっちに来て貰って食べましょう!」
「ありがとうございます。遠慮なくお邪魔致しますわ」
キャンベル商会のメンツも集まって、賑やかな夜になりそうである。
『おーい、クロード~♪』
ラドリだ。
ひとりでテーブルにつくのも面倒なので、執務室の机で書類を読みながら食事をしていたクロードが眉を顰めた。
『キャプテン・マンティスのフックは、先の半分が鎌だったよ!』
「……あれか」
手配書に描かれた片方の義手を思い浮かべながら、どうでも良い、と心の中で呟いた。
「マホロバ国はどうだ?」
『うーん? 木のスープがあったよ!』
頭上を飛び回っていたが、いつもの如く顔の前でホバリングすると、小首を傾げながら答える。
「……木?」
ラドリの回答に怪訝そうな顔をする。
まったく想像がつかない。
思わずテーブルの上で湯気をたてている料理長特製のスープを見ては、木っ端が浮かんでいるイメージが。
……不味そうである。
『今、パーティー中だよう!』
「そうか」
『マグノリアが淋しくないか心配してたー! だからクロードにもお裾分け♪ 口開けて~!』
「だいじょ……」
大丈夫だと言う前に、何かを強引に口に突っ込まれた。
「…………」
毒の類いは感じない。仕方なく咀嚼する。
丸い形と香り、そして食べ慣れた味からたこ焼きなのだと判断する。
(……たこ焼……?)
咀嚼しながらも、一瞬、嫌な予感がして動きを止める。
……味は普通である。普通であるが……
吐き出す訳にも行かず、暗い気分で飲み込んだ。
『クラーケン焼き、美味しい?』
やっぱり。
先日のヌメヌメを思い出してゲンナリする。
そしてあの娘は、クラーケンも食べたのかと若干呆れながらも妙に納得する。食べられるなら食べるであろう。
それがマグノリア・ギルモアというものである。
そして目の前の小鳥は、期待に満ちたつぶらな瞳で見つめていた。
『これ、あげるねぇ!』
いつもの如くポシェットから皿を出したので、書類がソース塗れにならないよう、急いで手を差し出す。
木皿には湯気を立てるクラーケン焼きが、良い香りを漂わせながら鎮座していた。
『そんじゃあねぇ、バイバーイ☆』
急いでるのか、珍しくすんなりと帰って行った。
(……多分、好意で持って来たのだろうな……)
皿を見てため息をつく。
あの目玉を見た後では悪意しか感じないのであるが。
入れ替わるように、ノックと共に入室許可を求める声がする。答えればセバスチャンが入って来た。
「……おや、ラドリが来ていたのですか?」
「ああ、向こうはパーティー中なのだそうだ」
セバスチャンは机の上を見ると、空になった食器を片付けて行く。
傍らには未だ湯気を立てる見慣れたものが載った皿が。
「たこ焼き? マホロバ国にもたこ焼があるのですか?」
「いや、船でマグノリア達が作っているらしい……良かったら試してみるか? 俺は食べたので全部持って行っても大丈夫だ」
そうセバスチャンにも勧める。ちょっとした悪戯心である。
味が同じであるか興味が勝ったのか、恐縮しながら受け取って行った。
……珍しくおかしいとは思わなかったようだ。
何を焼いたものなのかは明日伝えれば良いだろう。
味は旨いのだ。
「やれやれ……」
心底そう思ったのか、言葉と共に大きく息を吐いた。
そして口直しに香り高いお茶を飲んではため息をついたのである。




