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何日かが過ぎました

前話、読んで下さってありがとうございます!

評価・ブックマーク頂いた方もいて、びっくり&とても嬉しいです(乱舞)!


 目覚めて一週間が経った。

 長い長い夢で、いつもの狭いけど落ち着く部屋で目が覚めるのでは――――と毎日毎日思っていたが。未だその兆候はない。


 ここでの極々普通の日常が、一分一秒、当たり前に流れている。


 マグノリア・ギルモアは、記憶によれば三歳だった。

 この世界で初めて会った人間が侍女だったので、お嬢様なんだろうとは思ったが、記憶を辿れば『ギルモアこうしゃくけ』と浮かんだ。


 こうしゃく家……公爵なのか侯爵なのか。

 三歳のマグノリアには判らないようだが、どっちにしろ凄いご身分らしい。

 あくまで地球と同じ階級基準で考えるならば、だけど。


 公爵家ならば、地球基準ならば傍系王族かもしれない。ゾッとする。

 

 お嬢様というより、お姫様だ。意味がわからん。



 日本総中流家庭なんて言葉があったけど、いやいや、現代の日本にも現実には高低差はだいぶあった。

 貧富の差は勿論、目に見えるような見えないような、日常にも時折ニュースでも顔を覗かせる特権階級格差。


 高級住宅街の大豪邸に住む人々。

 タワーマンションのペントハウスで、何百万円もするワインを何本も開け、ご機嫌なパーリィ☆ナイツを繰り広げる信じられないようなお金持ちな人たちの話。



 アッパーで、ラグジュアリーで、マーベラスな生活?(どんなや!)



 そうかと思えば、貧困の為に給食しか満足に食べられない子供のニュースとか。

 保険証が無く、病気にも拘わらず病院に掛かれない人々とか。

 綱渡りのその日暮らしをする家族の記事とか。


 慎ましく日々を営む、貧しい生活。



 いつの間にか絡め捕られるように落ちていく人々。何故か当たり前のように被せられる冤罪があれば。

 希望すれば大概のことが無かった事に出来る、特権階級故に罰せられない、秘密裏に特別な立場や権力を持つ人たちしかり。


 日本にも表立った身分差は無いけど、高低差はきっちりカッチリあったのだ。



 お世辞にもマグノリアの記憶元の家はセレブとはほど遠く……ミドルもミドル、テレビや雑誌で見た様々な節約を重ねる母親が家を切り盛りする、正真正銘・正統正式な(?)中流家庭出身だ。 

 だから、貴族の生活なんて全然わからない。



 昔読んだ、ヨーロッパが舞台の歴史漫画を思い浮かべる。

 

 舞踏会、決闘、伝染病。毒に剣。戦争と宗教。育ち行く思想。

 封建社会、ギルド、荘園制度。

 十字軍、騎士、絶対王政。

 はたまた広大な後宮。ひしめく陰謀と光と影――――。


 そう、そんなの漫画や映画、小説の世界でしかない。


 時代や国によってマチマチだろうけど、現実には何もわからない。

 遥か昔の『なんちゃってヨーロッパ』のキーワードしか出てこない。


 ……ましてここ、多分地球じゃなさそうだし。

 ため息しか出ない。


 

 


 出る出ないと言えば、出てきたナイフとフォークに一瞬慄いた食事だけど、取り敢えず継ぎ接ぎだらけの付け焼き刃なマナーを、過去のマナー本を読んだ記憶から引っ張り出してきた程度で事足りて、ホッとしたのは目覚めた初日。


 なまじ大人ではなく幼児で助かったと思った。

 何も知らなくても、これから覚えれば良いからだ――――これからもこの生活が続くとするならばだが。



 自動翻訳か何なのか、喋れるから字も読めるのかと思ったが、マグノリアの記憶に『文字』は無かった。まだ習っていないらしい。


 マグノリアの世界は狭い。

 ほぼ、自分の部屋と、たまに庭の散歩。

 まだ小さいからなのか、習い事の類はない。


(お金持ちなのに、子供の教育には熱心な家庭じゃないのかなぁ)


 家庭によっては零歳から始められる日本の習い事事情を思い出しては、首を捻る。

 普通の家庭の子供でも、三歳くらいになれば自分の名前ぐらい書ける子も多そうなものだけど。

 この世界は幼児教育は行わないのだろうか?


 本音としては、暇過ぎるからテレビとは言わないまでも、絵本とかお絵描き帳とかぬり絵とか、何かあったらとても助かるのに……。


 日本でのマグノリアは幼児教育的な習い事はしていなかったものの、比較的厳しく育てられた記憶があり、二歳になる頃にはひらがなやカタカナではあるが、自分や家族の名前、特定の単語の書き取りはもとより、簡単な絵本位は自分で読んでいた筈だ。小さな本箱から絵本を選んでは、文字を指で追った記憶がある。

 勿論幼児であるので、興味がない子どもは見向きもしないという事も往々にしてあるのではあるが。


 貴族ともなれば、小さい頃から貴人らしい教育(?)をされてそうなのに。


 別に勉強が好きな訳じゃないけど。

 落ち着かない豪奢なお部屋で、延々と何もしないっていうのも結構ツラい。




 そしてこの世界の家族について。

 

 父親はジェラルド・サイラス・ギルモア。二十九歳。

 まさかの年下(中身の年齢は)である。


 ……何処かで聞いたことのある名前だなぁとモヤモヤしつつも、まあ父親だからなぁ、名前ぐらい聞いたことあるに決まってるか。と納得する。


 マグノリアの記憶では、淡い金髪に優しそうな茶色の瞳で、領地経営を執り行いながら、城で文官としても勤めてもいるらしい。なかなか働き者のようだ。


 母親はウィステリア・ギルモア。二十六歳。若い。

 茶髪に紺碧色の美しい瞳をした有閑マダムだ。


 何でだろう、母親の記憶が父のそれより少ない。育児は女の仕事なんて言わないけど、現実的に関わる比重はどうしたって母親が多い。ましてや乳幼児となれば尚更だ。

 しかし、名前と顔以外、なんの知識もない。

 貴族だから? もしやマグノリアはお父さんっ子なのか?


 

 そしてもうひとり。

 マグノリアには六歳差の兄が一人おり、名前はブライアン・クリス・ギルモア。ギルモア家の嫡男だ。


 父親譲りの金髪と、母親に似た瑠璃色の瞳の、なかなか美少年な九歳児だ。

 ナマの金髪碧眼である。王子様カラーである。


 優美な姿の両親より僅かに野性味がある勝気な表情は、もしかすると祖父母から受け継いだ、本来ギルモアが持ちうる特色なのかもしれない。


 

 ……しかし。

 この一週間、その誰とも会っていない。


 貴族の家族関係って、こんなに希薄なのだろうか……。

 やることも無いので、歴史オタクの同級生が話していた『貴族の生活』だったか。記憶を掘り起こす。

 ……確か、社交が忙しい時期は、何週間も会わないこともあるんだっけ? それって全員と??


 まあ、ボロが出ないと言うところでは良いんだけど。

 お世話係が居るとはいえ、ほっ放り投げ過ぎなのではないだろうかと、成人した記憶がある身としては子供の情操教育が心配になる。


 中身、過ぎてる方のアラサーとしては、今の無防備な状態で、知らない人でしかない彼らが構ってくれなくても全然大丈夫だけど。正直助かるけど。


『三歳のマグノリア』は、淋しかっただろうなぁ、と思う。

 二十一世紀の日本だったら、お金掛けてるけどネグレクト予備軍だ。



 気になって、三度程ロサに聞いてみたが、

「お父様はお仕事でお忙しい。お母様はお茶会(もしくは夜会)で……」

 との毎回同じ答えに、聞くのを止めた。


 ……企業戦士なんて言う死語……今風(?)に言えば『社畜』なんて言葉を知る身としては、仕事は百歩譲ってまだわかる。が、茶会や夜会にくり出す時間があるのなら(いや、貴族だから家の義務とか、行かなきゃいけない理由があるのかもしれないけど?)、いくら何でも子供の様子を、ひと目見に来るぐらいの暇はあるだろうと思うのだ。


 親戚付き合いやご近所付き合い(?)を一身に任される奥さんというのも、大変だとは思うけどさ……

 朝から夜中まで忙しいの? ほんの数分の隙間時間も無いぐらいに?

 絶対嘘だろ!


 そして、兄。


 窓の外に元気に剣の練習をする少年を見やる。

 遠目なのでよくはわからないが、質の良い服であるのが見て取れる。


 マグノリアは、若草色のスカートに白い丸襟の付いたワンピースであるが、粗末な木綿か麻のそれである。

 動き易いので全然文句は無いが。

 小さいから汚すから……と言われればそうかもしれないが、『お姫様』の着るものとしてはだいぶ質素であると思うのだ。ネグリジェに比べ結構ゴワツキがある。


 部屋に備え付けられた豪奢な家具との対比が酷い。

 多分、窓に掛かってるカーテンの方が上質な布である。

 多分、丈夫に作られた侍女のお仕着せの方が、布質も仕立ても良さそうな位だ。


 お出かけの時に着るのであろうか、作らない訳にはいかなかったのかわからないが、袖を通していなさそうなフリフリの豪華なドレスが二枚(生地の感じから春夏用と秋冬用だろう)と、数枚の質素なワンピース。


 それらが大きなウォークインクローゼットの中に、スッカスカに収まってる。

 それらを見て、マグノリアは腕を組む。


 ……財政難?

 もしくは、


「疎まれてる?」



*****


 ――――そして。

 目覚めて一か月が経った。

 夢はまだ覚めないらしい。以下略。


 ――――『万一これが現実だったら』と言うことを考えなくてはならない気がする。

 どんなに長かろうとも、常識的には夢落ちが現実的ではあるのだけれども。


 そう、いつだって世界は不思議で満ちているのだから。



 あれから何度か兄に会ったが(うるさいくらい元気な少年だった)、両親には未だ一度も会ってない。

 もう、これは完璧にアウェイである。

 正しく対応するために、現状をきちんと整理しなくてはならない。


 色々と質問するマグノリアに、怪訝そうにしながら答えるロサを見て、ヤバい、と焦り。


 不自然じゃない程度に、他のお世話係にも分散して質問をし。

 時に使用人達の噂話に聞き耳を立て、迷った振りをして屋敷の中を調べ回り、庭のお散歩ついでに下働きの輪に紛れ込む。


 マグノリアの持つ記憶や、新しい知識を補完していった。



 結論から言うと、この世界は地球ではない。

 ……少なくとも二十一世紀の地球ではない。


 まず、アスカルド王国という国。

 この国の名前らしいが、今まで聞いたことがない。


 国連に加盟している国全部を知っている訳じゃないけれど、ある程度の文化水準のある国であるにもかかわらず、記憶に掠りもしないのは不自然だ。


 そして今がいつか。

 聞いたら、知らない年号なのか西暦なのかで答えられた。


 テレビもラジオもネットも無い……どころか、多分、電気がない。

 部屋の光源は蠟燭やランプである。びっくりだ。

 それが、国の王都の貴族の館で、である。


 電車もバスも、車もない。

 馬、もしくは馬車。もしくは徒歩である。


 無い無い尽くしでそれはそれは、往年の某東北出身大物歌手のヒット曲が頭を回りそうな勢いである。


 閑話休題。


 着ている服や名前から受ける印象、生活の様子から見て、どこかの世界の、近世もしくは中世ヨーロッパのような時代のどこかの国、ではないだろうか。


 英語のようなもの、ドイツ語のようなもの、フランス語のようなもの……色々な(地球での)国の言語が合わさっているようである。

 多分目覚めてすぐに理解できたので何でか自動翻訳されているのだろうから、本来は全然違う言語(アスカルド語?)なのに、マグノリアに理解出来る言語に変換されて聞こえたり、話したりしてるのかも、と言うのも否定は出来ないけど……。



 そして身分。

 やはり平民と貴族がいるらしい。


 無礼即打首、とまでは行かないものの、身分差はそれなりのようで。

 現代日本人の感覚では、暮らしにくい世界だなと思う。



 そして、ギルモア家の爵位は侯爵家だった。

 なかなかどうして、名門の家柄であるらしい。


 祖父が武勲を上げ、褒美に他の爵位と領地が回ってきたらしく。そちらを祖父が拝命するにあたり、結構前に本元のギルモアの爵位一式を嫡男であった父が譲られ、継いでいるとの事だ。


 領主の仕事と城勤めの二足のわらじで、記憶通り、それなりに忙しいことは本当のようである。

 そんな中でも母と一緒に社交にも出ているらしく、世間的には愛妻家で通っているらしかった。


 母はこれまた名門伯爵家の出身で、社交が大好きな女性であるそうだ。

 なかなかの美姫だったらしく(今でも朧げな記憶では美人だ)、若いころは社交界の三花?三大名花?と呼ばれたひとりだったそう。


 蝶よ花よとうたわれたお嬢様(正真正銘の)は、家庭や子供を顧みるより、ちやほやされる方が楽しいのだろう。

 人間、誰しも褒められる方が嬉しい。自己顕示欲が大きいのなら尚更だ。


 もしかしたらこの世界、貴婦人は社交に精を出すのが当たり前なのかもしれないので、お口バッテンであるが。


 この世界の寿命がどのくらいなのかはわからないけど、まだそれなりに若いのだろうし。

 やっても褒められない(?)家のことなんかより、お友達と遊び歩く方が好きな人はどの世界にもいる。


 兄と両親は、びっくりなことにそれなりに顔を合わせているらしく、数日前に母から珍しいお菓子を貰ったと自慢していた。

 ……小さい妹に分けるでも気遣いするでもなく、マウントを取ってくる姿は子供らしい子供のようである。

 コイツも味方ではないということか……。


 地球で兄は妹を溺愛するって言ってた奴、誰だ!? 出てこい!



 教育は各家庭によるそうであるが、十三歳から貴族の子の多くは王都にある王立学院に入学し、十八歳で卒業するらしい。前期三年、後期三年。地球でいう中学と高校のようなものであろうか。

 王立学院の中に『専科』と呼ばれる、大学と大学院が混ざったような研究所のようなものがあり、研究者になる人は学院の専科に残り、そこで研究をしたり教鞭をとったりするらしい。



 義務教育なんて概念がない世界では、城へ勤めない人や女子は学院に入学しない人もそれなりに居るそうで。

 学院未入学者や幼少期には、各家庭で教師を雇い、各々、必要な基本的なことを学ばせるそうだ。


 ある程度の家の人間は、小さな頃から身につけるのに時間が掛かり、かつ社交に必要なマナーや音楽、ダンスや外国語を学ぶそうである。




 まだお目通りしていないから、本当のところの両親の性質はわからないけど。

 こりゃ、早いところ撤退を考えた方が良さそうだ。


 怪しい香りがプンプン漂っている。

 完璧にハブられているっぽい。


 昔の貴族の女子なんて(噓か本当かは知らんが)、家の駒にされるのが殆どだったと聞いたことがある。

 あまり愛情が無さそうな家族からすると、家への利益重視ばかりで、下手すればトンデモなところへ嫁がされる可能性すらある……。


 マグノリアにはケチってる養育費から鑑みても、なまじお金を掛けられてたら、回収せんとばかりに何を要求されるのかわかったものじゃない。


 取り敢えず、衣食住は賄ってもらっている。

 ……よくわからない現状で、ベーシックインカムがしっかりしてるのは素直に有難い。



 うん。

 自立が早そうな、元居た世界より何百年も昔みたいなこの世界の時間は、有限であると幼心(?)に刻んだ。



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