表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ2巻8/19発売・小説6巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第七章 何事も経験(マホロバ国)・買いつけは海を越えて編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

197/354

アーノルド王子は思う

 アゼンダは自由だ。

 アーノルド王子はそう思っている。


 大国であるアスカルド王国唯一の王子である為に、生まれた時から多くの人間にかしずかれる。

 小さな頃からする事言う事、おだてられ褒めそやされて育つ。


 ――ここで出来る人間は危機感を持ったり、自分の置かれた環境を危惧したりするのだろうが、残念な事に大半は言葉をそのまま受け取る。

 そして自己肯定感の塊であり尊大で自分を過信した人間が育つ訳であるが。




 十歳の時お茶会で、ギルモア侯爵家のマグノリアと出会った。

 確かに美しい顔をしているとは思ったが、それは他の令嬢も同じ訳で。


 アーノルドはご令嬢の美醜にそれ程興味がない。余程のブスでない限り、どれもたいして変わらないと思っている。話しても殆ど一緒の答えが返って来るし、趣味も、好きな事も、得意な事もそう大差がない。

 はっきりいって全然面白くない。


 それよりも好きなものを食べたり、遊んだり、お付きの者をからかったり、悪戯をする方がずっと楽しいのだ。


 それまではみんながみんな、シュタイゼン家のガーディニアこそが将来の伴侶であると言っていた。だから仲良くしなさいと。


 ガーディニアが挨拶の口上を言えるようになると直ぐに城に上がるようになった。彼女が物心つく前からの付き合い。幼馴染みたいなものと言っても良いであろう。


 小さい頃は一緒に遊ぼうとルイと共に誘ったものだが、ガーディニアは一緒に走ったりかくれんぼをしたりはしない。いつもいつも、まるで見張るようにして座っているのだった。


 そして、アーノルドが少し羽目を外すと、忠告という名の文句が降って来る。

 アーノルドはすぐにガーディニアが苦手になった。


 ……言っている事は正しいのかもしれないが、教師や乳母と一緒にいる様で息が詰まる。

 一緒に人生を楽しんだり、優しくしあったりするような間柄には、どう考えてもなれない気がした。

 

 色々な人が、ガーディニアに優しくしてあげなさいと言うが、どうして文句ばかり言って来る人間を優しくしなければならないのか? こちらが文句を言い返さないだけありがたいと思って欲しいものだと思うが、言えば大人に文句を言われ面倒なのでグッと堪える。


 それに、あの吊りあがった意地の悪そうな瞳と、冷たい物言いが苦手……もっと言えば嫌いであった。

 

 しかし王族の婚姻は国と民の繁栄の為のもの。好き嫌いではないのだという。

 ……なぜ自分が我慢をしなければいけないのかといつも思う。


 王家に生まれたから。それが責任だから。そう……多分そうなのであろうが、アーノルドはモヤモヤする。

 好きで王族に生まれた訳でも、自ら選んだ訳でも無い。なのに、一方的に責任やら義務やらを押し付けられる。


 そう言うとある者が、その為に側妃や愛妾の制度があると言っていた。


 表向きは世継ぎの為ではあるが、どうしても愛せない相手と結婚しなければならない身の上の為、気に入った者や好きな者を側妃や愛妾にして近くに置けばいいのだと。


 なるほど。そういうものなのかと思う。



 ある日、王妃である母が上機嫌に言った。

 やっとギルモア侯爵家の令嬢がお茶会に出席する事になったと。一年半、誘い続けてやっと出席の返事を貰ったらしい。


 普通、来るなと言っても湧いて出るのがご令嬢とその親だ。来いと言ったらすぐさま飛んでくるだろうに……一年以上も誘い続ける母上も凄いが、断り続ける令嬢とその親も凄いと感心する。


 時折いるのだ。王家を毛嫌いしている人間が。

 多分その家もそうなのだろう……と思ったら、護衛騎士のブライアンの家だという。


 ブライアンはアーノルドの側近のひとり。

 ……父親である侯爵は媚びている感じはしない人間だが、毛嫌いしているとまでは言えないように見える。いつもうっすらと微笑んでいるが、どちらかと言えば無関心かと思う。


 ただ、その令嬢は『いわく付き』の令嬢で、両親とは住んでおらず、親戚のアゼンダ辺境伯家で暮らしているとの事だった。

 アゼンダ辺境伯について聞いたら、先王である祖父の部下だった人間らしい。


 高齢にもかかわらず、今でも現役で騎士団の団長をしているのだそうだ。

 

 とにかく母は、是非ギルモア侯爵家の令嬢と婚姻をと猛然と薦めて来た。

 ……ガーディニアは良いのか気になったが、お互い嫌いなのだからその方が良いのかもとも思う。


 ……実際お茶会で会ったマグノリア・ギルモアは、確かにご令嬢の中では一番綺麗な顔立ちをしていた。

 しかし、愛想も無ければ話題も無いようで。更には母の話にもはいとは言わず、何だか物凄く生意気な令嬢だった。更には食い意地も張っており、ずっとお菓子を食べている。


 アーノルドは王子らしく剣の稽古もしている。

 ひと通り、色々と何でもやらせられているといっても良い。

 やる気を出させる為に褒められるし、手加減もされている。自分は何でもよく出来ると思っているし、周りも思わせるのだ……やる気を出させる為に、また不興を買わない為に。


 自分の身内の人間のような令息が好みだというので、母の手前、自分はお前の祖父より上だと話を振ってやれば、無表情な顔で『そうですか』と返された。


 アーノルドが思うに、マグノリア・ギルモアはどうもあまり頭が良くないのか、言われている事が解らないようなので王妃である母がはっきりと『王太子妃になれ』と言った。そうしたら『自分は身体も弱く色々駄目なので』と他の令嬢を勧めて来た。


 なるほど。自分に自信がないのだな、とアーノルドは思う。

 それはそうだろう。たかが侯爵家の人間で、さらにはいわく付き。はっきり言えば瑕疵の付いた人間らしいのだ。


 無愛想なのも王族を前に緊張しているからなのかと思い、まあ顔は確かに綺麗なので、側妃のひとりにしてやっても良いだろうと思い『体調が良い時だけ王都に来れば良いので側妃にしてやる』と寛大にも言ってやったら。


 あろうことか、物凄く嫌そうな顔をして断って来た。


 アーノルドは心底びっくりする。こんなに話が解らない奴がいるのだと。確かに瑕疵があるのだろう。頭がかなり弱いのだ。


 話が通じなさそうだ……ガーディニアより面倒そうなので、断ってくれて何よりだ。


 母はそれでも諦めずに、色々言っていたが……付き合いきれないと思うので、正直マグノリア・ギルモアにはもう声を掛けなければ良いのにと思った。

 


 

 その後学院に入り、アーノルドは色々な事を知る事になる。


 自分は思ったほど賢くは無い事。初めての試験の成績は三十六位だった。上位は上位だが、五十名程いる上位クラスでは真ん中より下位であった。


 初めは何かの間違いかと思ったが……何度やっても同じ様な順位なので、多分それが実力なのだろう。

 王子である自分が劣るというのは悔しいので、勉強に力を入れ少しずつ順位を上げてはいるが……半分に届くかどうかというところで、今後も同じように努力して行く事に疲れて来ている。

 

 ちなみに一位は隣の国からの留学生である皇子で、二位は男爵家子息であった。乳兄弟であるルイも十位以内を行ったり来たりしている。


 頭が弱いと思っていたマグノリア・ギルモアは、小さい頃から事業を成功させ、更には航海病という病気を治療する方法を見つけた大変優秀な人間なのだそうだ。


 その祖父であるアゼンダ辺境伯は、ただの騎士団ではなく『悪魔将軍』と呼ばれる英雄であると言う事だった。 


 なるほど、マグノリア・ギルモアが棒読みで言い捨てる訳である。

 彼女は知っていたのだ。アーノルドが自分の祖父に敵う筈なんて無いと言う事を。

 それでも普通は王太子妃になろうと媚びるものだが……他の令嬢とは違い、全く媚びない人間なのだろう。


 あれから三年、彼女は再び城に来る事はなかった。


 男爵家の人間でありながら上位クラスに入学したディーン・パルモアは、アゼンダ辺境伯領の人間だった。

 

 一般的に低位貴族は、高位貴族に比べて教育がおざなりになり易い。費用や雇う教師の質など色々な事から差が付くのだそうだ。

 初めは男爵家と馬鹿にしていたが、それ程優秀なのなら側近に取り立ててやろうと思ったら断られた。


 本当にアゼンダ辺境伯領の人間というのはおかしな人間が多い。

 そんな人間を量産するアゼンダ辺境伯領というのは、どういう所なのだろうかと興味が湧いた。


 夏休みに行って見たいと父である王に言ってみる。

 色々懸念を口にする臣下もいたが、母が乗り気であり、辺境伯に提案する事になった。

 喜んで迎えるだろうと思ったら、断られたと聞き、アーノルドは心底びっくりする。


(……アゼンダ辺境伯領には変な人間しか居ないのだろうか? 王子が直々に来訪すると言っているのに、断るとか有りえないのだが)


 そうなると意地だ。再三断られ、結局ゴリ押しして訪問が決まる。

 決まったら決まったで、パレスではなく要塞に宿泊するとか、更には騎士と同じような規則正しい生活をして貰うとか……おかしな事を告げられた。


 ガーディニアも一緒に来るというのは気に入らなかったが、側近たちと一緒の旅は楽しみであった。

 何故か一緒に移動する事になった子爵令嬢が、恐ろしい圧で見て来るのに絶句したが。


 彼女はあのマグノリア・ギルモアの友人らしい。もしや愛妾を狙っているのかと思ったが……自分だけでなく、ルイやブライアン、更にはガーディニアの事までじっと見て来る。見るというより観察という方がしっくり来る。

 変人には変人の友人なのだろう。類友という奴だ。なるべく関わらない方が良いと思ったのは言うまでもない。



 実際にアゼンダ辺境伯領に行ってみると、変な領地であった。

 土地自体は木と湖ばかりの田舎である。かと言って避暑地や観光地でもなく、何の面白みも無い田舎の領地。


 悪魔将軍と呼ばれるアゼンダ辺境伯は物凄い大男であるし、次期辺境伯だというクロードは目の覚めるような美丈夫だが、いつも怒った顔をしている人間で、教育に物凄く厳しい……厳しいを通り越して鬼の域に入るかもしれない。


 ディーンは彼に教育されたそうで……優秀なのも納得である。でもちっとも羨ましくないというか、不憫だとすら思った。


 ただ彼らは媚びないし褒めないし、駄目な事をすれば叱りつけるが、出来るとしっかり褒めてくれた。おべっかでも不興を買うからでもなく、ぶっきらぼうに、でも本心から褒めてくれるのだ。


 なぜだか無性に嬉しかったのを覚えている。


 そして宰相であるブリストル公爵の息子、ヴィクターには世話になった。

 なぜだか王都からとんでもなく離れたアゼンダ辺境伯領で、ギルド長をしているらしい。


 裸同然の格好で、見た事も無い変な髪形をしたゴツイ男であった。

 色々な仕事をさせられ扱き使われたが、これまた媚びる事も無く。面倒見が良くて色々教え、体験させてくれた。


 王宮では体験出来ない様々な事は素直に面白かったし、民に無茶な事を言うと物凄く怒られた。

 実際に触れ合う民は飾り気がなく素朴であった。


 パプリカがあのように実る事も知らなかったし、視界一面のパプリカ畑は壮観であった。

 騎士の訓練というのも非常に激しいもので、自分のして来た訓練などは足元にも及ばない事が解った。

 ゴミ拾いは大変だし、海の水は冷たくしょっぱい。


 ニードルフィッシュやソードフィッシュという恐ろしい魚が海から飛んで来て、怖くもありとてもびっくりもした。

 近衛騎士に護衛され西部の要塞へ避難したが、ヴィクターや領民達は大丈夫だったのであろうかと心配した。すぐに無事と解り、ほっと安心したのをよく覚えている。


 そして確かに説明通り、海とは綺麗であるが大変危険でもあるのだと思う一件であった。


 この魚が湾に迷い込んで来たせいで、旅行は取りやめになり急遽帰る事になった。

 ……残念だが仕方無いと思う。


 大量に打ち上げられた魚を使って炊き出しが行われるそうで、行ってみたかったが危ないと言われ、近衛も侍従も側近も許してはくれなかった。


 マグノリア・ギルモアは結局一度も会わなかった。

 友人だというリシュア子爵令嬢が、朝の訓練やらガーディニアと一緒の外出の際について来るので、体調不良なのか聞いてみたが、うーん、と言いながら目を逸らされた。



 そんなこんなで、一年前のアゼンダ辺境伯領での数日は、大変ではあるが面白くもあった。

 また是非行きたい……と思った。

 

 本来なら他の領地へ行くべきなのだろう。だが、公式ではなく個人的な休暇での来訪という事で、再び申請をした。


 案の定却下をされたが、しつこく粘ると許可された。

 側近たちは嫌そうであり、アゼンダ辺境伯領ならば行かないという者もいた。

 別にそれでも構わない。


 そしてアゼンダ辺境伯家は、流石に今年は断らないだろうと思ったが……あろう事か昨年以上に渋られた。

 でも諦めない。

 アーノルドも意固地になってもいるのだろう。それでも、再びアゼンダ辺境伯領に行きたいという気持ちが勝った。


 何とか、再訪を勝ち取った。

 母には今年こそマグノリア・ギルモアと会って来るように念押しされた。

 向こうもこちらも会いたくないので、会ったところで不毛だと思うのだが……


 今年もガーディニアも一緒に行くらしい。再び舟遊びや花摘みは避けたいが、仕方がない。全てを叶える事は難しいし、全てを避ける事も難しい。

 呑み込める事を呑み込んだ方が、丸く収まるし実現もし易いというものだ。



 長々と昨年までの様々な事を思い浮かべる。


 そして馬車に揺られながらアーノルドは思う。

 つかの間の自由の地・アゼンダ。今年もまた、この場所へやって来たのだと。


 茜色に染まる空の下、決められたように領主の屋敷でもパレスでもなく、要塞の前に馬車が停まる。


 領都にある要塞の前には、どこかげんなりした表情のクロードが騎士達と共に礼を執っていたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ