出港
「何だかんだで結局振り回されるね」
「うん……」
ユリウスとディーンは進級した為に移動した部屋で、ため息をついていた。
何故か今年も王子がアゼンダ辺境伯領へ行きたいと駄々を捏ね、辺境伯側では丁重にお断りをした。
……にもかかわらず、今年も王子御一行が来訪する事になったのだそうだ。
どうなっているのだろうか。誰か教えて欲しい。
社交の季節が終わる間際、帰領する前のクロードが昨年の魔魚のような魚たちの一件を持ち出して、再三説明したそうなのだが。
きっと、話がまるで通じない事に青筋を立てながら帰って行った事だろう。
見て聞いていたみんながみんな、ご愁傷様と言う以外言葉が見つからない事であろうと思う。
色々と耳に入る話を聞いて、アスカルド王室の人間の余りの話の通じなさにびっくりするユリウスだ。今後何十年となく国同士のご近所付き合いをして行かなければならないのだが、まるでわかり合える気がしないのだが、どうしようか。
(……僕も似たような人種だと思われてたらどうしよう)
……残念な事に、仮に思われたとしてもどうしようもないのであるが。日々の地道な対応で違いを証明していく以外に方法が無い。
「ディーンは明日、アーノルド王子たちと一緒に帰るんだよね?」
「うん。ユリウス皇子はどうするの?」
ユリウスは聞かれて苦笑いする。
昨年の夏の邂逅を思い出すと共に、結局新学期までに滑り込みセーフで帰寮したため、律儀にも休み明け初日から授業に出る羽目になったのである。
途中でまったり休みを取るとか、寮に帰って来たとしても長旅で疲れているとか何とか言って休めばいいのに。生真面目に出席してしまう自分に、元日本人を感じてしまうのは仕方がないであろう。
「……昨年は忙しい夏休みになったから、今年はのんびりしようかなって。取り敢えず数日寮でゴロゴロして……気が向いたら、行った事のない領地を見て回ろうかなと」
何とも皇子様らしくない、地味な夏休みである。
何はともあれ、一番の懸念だった『マグノリア・ギルモア』が至って常識的な人間であり、更には戦争を回避する気満々であり、極めつけはこちらと恋愛する気も無いという事も解り万々歳である。
アスカルド王国での大きなミッションは終えたといっても良い。
ユリウスと同じ転生者だったマグノリア。
……本来と言うか中身と言うか、一回り程年上の女性である。
こちらのご令嬢と違い、自分で立つことを当然とする女性なのだ。
特にこちらが何をする必要も無いし、どちらかと言えば手出し無用といった風である。
一応力になれる事があれば遠慮なく言って欲しいと伝えてはおいたが。
胡散臭そうに朱鷺色の瞳で睨まれ、機会があればとぶっきらぼうに言い捨てられた。
多分、ユリウスがR18ゲームの主人公である事に起因して、警戒しているのである。
それにこの軽薄そうな見た目。
見た目はぶっちゃけ制作側のキャラデザであり、この世界的にはマリナーゼ皇室の遺伝であるのに、何とも不条理である。
(……見ず知らずの男性の甘言に乗らないのは大人の女性のセオリーですもんね。解ります)
見た目は愛らしい『マグノリア』だが、中身はピリリと辛い別の人なのである。
(まあ、あちらにはもうひとりのヒーローも、それ以外もいるから大丈夫だろう)
そんな事を思いながら、哀しそうに荷造りをするルームメイトを見遣ったのである。
そんなこんなで。翌日再び王子御一行の大行列が、王都から西に向かって動き出したのであった。
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「父上、羽目を外して海賊とやり合ったり、年甲斐もなくシャチと格闘したりしないで下さい」
同じ頃、アゼンダのクルースでは、辺境伯が義息子に注意をされていた。
海賊とやり合うはまだ解るにしても、シャチと格闘って。どんな六十代なのか。
「マグノリアも、危ない事はしない様に」
「私、何時だって基本は大人しくしてますよ? 仕方がない時にだけ対応するだけで」
澄まして答えるマグノリアに、クロードがじっとりした視線を向ける。
「……お嬢様、やはり誰か連れて行きませんか?」
護衛騎士を、と言う言葉を言わずに匂わせて来るユーゴ。
後ろではイーサンと、リリーの夫である不憫護衛騎士がうんうんと頷いている。
不憫護衛騎士は今日たまたま館の警備当番だった為、クルースまで護衛をしてくれたのである。
……護衛と言っても、護衛するのがセルヴェスとクロードである上に、ガイもいる訳で……『私、要りますかね?』と言いながら、道中困ったように眉尻を下げていたのだが。
「大丈夫ですよ。おじい様とガイがいますから、軍隊丸々とか余程大勢でない限り、人類……魔獣の類いでも問題は無いです」
確かにそれはそうなのだが……と、全員が納得するように口を引き結ぶ。
「それに、シャンメリー商会の船に乗せて頂くのですから、人員は最低限がマナーですって。ましてや間もなく王子御一行が来て、また人員を割かれるんですもん」
全員が昨年の事を思い出しては、今年もやって来る事になった一行に微妙な表情になった。
そんな様子を楽しそうに見ていたアーネストが、クスクス笑いながらマグノリア達の所にやって来る。
「クロード様はご心配なようですから、もし宜しければ護衛の方を数人同行しますか?」
「いいえ、大丈夫ですよ。叔父が心配性なのは今に始まった事じゃないですから」
しれっというマグノリアに、確かにとクロード以外が横目で見遣る。
心配させる様な事をするから心配するのにとは、クロードの言葉だ。
「……マグノリア様、本当にお気をつけて」
「大丈夫。ほんの数日、数週間の事だよ? それよりもお土産を期待しててね!」
心配そうに眉をハの字にしているリリーに苦笑いをしてハグする。
流石に、結婚しているリリーを外国に連れまわすのは気が引け、彼女はアゼンダにお留守番である。
「こちらは用意出来ました。いつでも構いません」
痺れを切らしたらしいコレットが、ため息交じりに声を張った。
商会の会頭であるロイド・キャンベルが一緒にマホロバ国に行くのかと思いきや、コレット本人が出張るとの事であった。
子ども達は大丈夫なのかと聞いたら、ロイドが面倒を見ているとの返答だ。
……小さな子ども達は淋しがっていないか心配だが、社交の時期など長期家を空ける事がある為、それなりに慣れている上に、子どもとは意外に賢く逞しいものなのだとの事である。
一応念のため、泣かない様に港へは来ていないとの事である。
しっかりと子ども達とコミュニケーションを取り、納得して貰っていると言っていた。
――それでも淋しくない訳ではないだろうが、コレットの言うように、賢くしっかりした子ども達なのであろうとマグノリアは思った。
「マグノリア、これは水に浮く魔道具だ」
そう言いながら膝をつくと、マグノリアの耳たぶに小さなイヤリング型の魔道具をつけた。
左右に一つずつ、使用方法などを説明しながらつけて行く。
「……くれぐれも気をつけなさい」
「ありがとうございます」
心配そうな青紫色の瞳を見て、マグノリアは礼を告げると小さく頷いた。
「じゃあ、行ってきます!」
マグノリアが、乗り込んだシャンメリー商会の大きな船の甲板から、見送りに来ている人に向かって手を振る。
心配そうな表情の者達に輝くような笑顔を向けた。
この時期、海が荒れる事は少ない。
そうして二週間程の予定の船旅が始まった。
『何かあったら報告に来る~♪』
そう、ラドリがクロードに告げると、ピチチ、と鳴きながら船へと戻って行った。
(それはそれで心配が尽きなそうだな……)
遠く離れた場所では助けに行けないのである。
聞いてしまったら、やきもきしながら過ごさなくてはならないであろう事は想像に難くない。
色々な想いと多大な心配を抱いたまま、小さくなってゆく船をみんなで見送った。
帆を張り風を受けて進み始めると、岬の突端にヴィクターが立っており、手を振っていた。
遠目にも目立つ赤いパイナップルヘアが海風に揺れている。
話をした所本人も一緒に行きたがっていたが、ギルド長が長期間ギルドを空ける事は難しく、王子御一行の相手もある為行けなかったのだった。
後方で船を進ませるキャンベル商会の甲板にも、岬を見ては手を振るコレットの姿が見えた。
「行ってきまーす!」
聞こえるかどうか解らないが、マグノリアは大きく声を張り上げ、左右に手を振った。




