行っちゃいます?
「王子は相変わらずですねぇ」
ディーンは色々遠慮があるのか、余程の事が無い限りタウンハウスに何かを言って来る事はない。
……まあ、それが常識的であると言えば常識的であるのだが。
逆にマグノリアの友人であり、同じ世界の同じ国から来た転生者であるリシュア子爵令嬢ことヴァイオレットは、なんだかんだでちょいちょいタウンハウスへもやって来ては短い時間話し込んで行く。
とは言え、一応クロードが忙しい身である事は心得ているようで、本当に忙しい時はやって来ないか、来ても会わずに大人しく帰って行く。
最低限の空気は読むようだ。
だが余裕がある時は遠慮なく、気晴らしを兼ねてお茶をと言って来るのだ。
本来なら子どもがやって来た所でお帰り願う所だが、他ならぬマグノリアの友人である事と、放って置くと休憩をとらない主に無理矢理休憩をとらせる為に、トマスが毎回応接室へ通してしまうのである。
マグノリア曰く、この世界と同じゲームをこよなく愛するヴァイオレット。
ゲームの登場人物であるクロードの事も、友人の叔父や年上のお偉いさんというよりは、年の離れた知人か登場人物のひとりと思っているクサい。
……文句を言うより、大人しく話を聞いた方が面倒で無い事も早く済むことも解ってるが故、クロードは大人しく応接室のソファに座り、トマスの淹れたお茶に口をつけた。
基本は学院内でのあれこれを、彼女が一方的に話して行く。
「この前ユリウス皇子と話したんですけど、何か皇子っぽくない感じの人だったです」
前世は未成年だったと言う事で、成人向けのゲームの主人公であるユリウスの事も詳しくは知らないようであった。
知っているのはゲームの設定上の性質であったり、誇張されたネット上の胡散臭い伝聞である。
――ユリウスもマグノリアやヴァイオレットと同じ世界からの転生者である。
ヴァイオレット(の中身)よりは年嵩で、マグノリア(の中身)よりは若い男子学生だったそうだ。物理的には彼女達より二歳年上である。
よって、本来の……設定上の妖しい性質は消え去って、極々普通の青年の中身になったようなのであるが。
(……いつか本人同士が同じ転生者だと気づくのだろうか)
ちらりと目の前の少女を見る。
それとも教えた方が良いものなのか。
……ただそれだと、限りなくユリウスが彼女にまとわりつかれる未来しか見えない。
今でも怪しいかもしれないのだ……よもや、ユリウスが多少面倒だと思ったとして、問題にするとは思えないが……万一国際問題に発展すると宜しくない。
よって、時が来るまで黙って置く方が賢明だろうと思いながら再びお茶を飲んだ。
「……私も一度お話したことがありますが、確かに気さくな方でしたね」
受け答えするクロードを、ヴァイオレットは、まじまじと見つめる。
「…………。何か?」
「いや、マグノリアが居ないと『私』って言うんだなぁと思いまして」
クロードの非公式の一人称は『俺』である。
何とも言えない表情でヴァイオレットを見遣る。若干感じるだろう威圧感も気にしないらしく、少女はニコニコと笑っていた。
「最近、マグノリアの事どう思います? 愛おしいなぁとか放したくないなとか、感じません?」
手を祈るように組みながら、右へ左へクネクネとしている。
クロードは右こめかみに青筋を立てながらため息をついた。
「元々、姪として愛おしくは思っていますよ?」
苦々しく言うと、真剣な表情で再びまじまじとクロードの青紫色の瞳を見た。
「……クロード様はロリコンじゃないですもんね。後、数年経たないと変化はないのかも」
そう言いながら、何が面白かったのかクスクスと笑い出した。
彼女は彼女で内心色々と考えて忙しいのである。
(あのクールなキャラが、『姪として愛おしい』か……)
目の前の何でも出来る人は、涼しい顔でどんなことも熟しているように見えるが、意外に人の関りには不器用な方だ。そのくせ案外世話焼き体質でもある事を、数年マグノリア達を見て来たヴァイオレットもまた知っているのである。
「……ディーンはどうですか? 変わりなくやっていますか?」
無理矢理話題を変えたクロードに、頷いて見せる。
「はい。成績は諦めたようで(?)万年二位といった感じでしょうか。勧誘のあれこれは、昨年の途中からステルスモードをマスターしたようで、上手く景色に擬態してますね」
枝を持つマネをして、木に擬態真似をする。
クロードは相変わらずおかしな言動のヴァイオレットを見て首を捻る。
「……ステルスモード?」
「低位貴族の奥義です。高位貴族の、それも主人公級の人には一生かかってもマスターできない代物ですよ」
「…………」
知った風なヴァイオレットの意味の解らない言葉に、またもため息をついてお茶を飲むクロードであったが、ふと思いついて確認してみる。
「そう言えば、登場人物が外国へ行くようなエピソードはあったのだろうか?」
「外国ですか……聞いた事が無いですね。基本は学院内での出来事ですから」
想像通りの返答が返って来る。
特にゲーム内のマグノリアの設定から言っても、彼女が外国へ出る事はなかったであろう。
「ヴァイオレット嬢は『マホロバ国』は御存知か?」
「マホロバ国?」
あからさまに疑問形の言い方から、知らないのだろう事が推測される。
案の定、きょとんとした顔をして首を振った。
……やはり、状況が変わった事による変化の一端なのだろうか。
取り敢えずは王子やその側近、そしてガーディニアの事を捲し立てると、満足して帰って行った。
やれやれ、とクロードがひと仕事終えた顔をしていたのは言うまでもない。
ヴァイオレットが屋敷へ帰ると、ラドリが来ていた。
ラドリは羽ばたき始めこそ危うい感じで浮かんでいるが、もの凄く速い。尋常でない速さで飛んで……いっそワープしているといって良い位の速さなので、神鳥らしく神力の様なものでも使っているのだろう。
彼はリシュア家の侍女達から、果物を貰った上撫でられていた。
「ラドリ。どうしたの?」
『ヴァイオレット、おひさ~! マグノリアがお米探しに急遽遠方に行く事になりそうだから、夏休みは後半になりそうって言ってた』
お米か。
ヴァイオレットも是非とも見つけ出して、マグノリアに色々作って欲しいと思っている。それこそ切実に。
アゼンダ辺境伯領で初めてうどんを食べた時の感動は、今でもしっかりガッチリ覚えているのだ。
「オッケー、解った。お土産宜しくって言っておいてね!」
そうちゃっかりとお願いして置く。
しかし、ディーンは間に合うのかな。残念がるだろうな――学院生活にも慣れてそれなりに友人も出来たディーンだけど、故郷に残して来た想い人に会うのを楽しみにしている事は今も変わらない。
(……でも、万一王子に漏れたらマズいもんね)
自分も行って見たいとか言い出しかねないのだ、あの王子様は。
今年も行く予定だとか言ってディーンに絡んでいたので、きっと王子のアゼンダ辺境伯領訪問は決まったも同然なのだろう。
以前はあんなに格好良いと思っていたアーノルド王子なのだが……こう、毎日のように見ていると残念な所がやたらと目につくのだ。
つぶらな瞳でヴァイオレットを見上げるラドリを、存分にモフらせて貰いながら小さくため息をついたのであった。
そして正式に王子の訪問が決まる。
散々クロードがNOと言ったにもかかわらず、セルヴェスも断ったにもかかわらず、再訪が決定したと通知が来た。
セルヴェスとマグノリアは、暫し無言で通知を見ていた。
執務室にいたセバスチャン、ガイ、リリーの三人も、微妙な表情で見守っていた。
……口を開くと王家に対して不敬な言葉がついて出そうなので、みんなして黙しているのだ。
おもむろに、マグノリアが口を開く。
「もう、行っちゃいます?」
「行っちゃうか?」
セルヴェスも同意する。
「行っちゃいやしょう!」
ガイがけしかけると、全員がこっくりと頷いた。
行 っ て し ま え !
……こうして、マグノリアとお付きのセルヴェス(?)とガイのマホロバ国行きがあっさりと決まったのであった。




