久々の再会
お待たせいたしました!
第7章が始まります。
どうぞよろしくお願いいたします(*^-^*)
「……と、言う結果が出ております。売上・販売数ともほぼ横這いで推移しております」
パウルの報告に、各部門のリーダー達も頷く。
マグノリアは各部門から上がって来た報告書を見ると、丸い瞳を考えるように左右に動かした。
「何か打開策を考えていますか? 販売を始めて五年以上経ちますから、今後少しずつ下がって行くかと思いますが」
ここはアゼンダ商会の会議室。
アゼンダの木材を使って落ち着いた雰囲気に作られた室内は、家具もアゼンダの木を使用して作られている。
壁には、シックな色合いに纏められたパッチワークのタペストリーが。
パッチワークはついついガチャガチャしたように感じてしまうものだが、北欧系のデザインの様な木をかたどったモダンな柄を、寒色系のスモーキーなくすんだグラデーションで作られている。
そんな会議室で、アゼンダ商会の定例会議が行われていた。
「思い入れがあるのは解りますし、商会の代名詞のひとつでしょうからなくすというのは今の所考えないにしても、主力商品を変えて行く事も検討して良いかと思いますが……」
「承知いたしました。商会内で改めて改善案や新商品の開発など、話を詰めて参りたいと思います」
パウルが発言を終え、視線を受けた総務部門長のエリックが頷いて進行をする。
出会った頃は少年めいていた彼も、もうすっかり青年に成長した。
孤児院出身の彼は今でも頻繁に孤児院に出向いては、色々と孤児たちの力になっているようである。
頼れる先輩として頑張っているようで何よりである。
「それでは次に来春から本格的に始動する学校の予定、納品物についてになります」
忌憚ない意見の応酬をしながら、お互いの無事を確認しあう定例会議。
忙しいのは皆相変わらずで、なんでも工房の頃のように、色々な事をごちゃまぜで一緒に行う事も少なくなった。
マグノリアがみんなの成長を見守るのと同じように、みんなも商会の元締めであり領主家のお嬢様であるマグノリアを見守っている。
王都の実家から祖父と義叔父のいるアゼンダに移領して来たのは四歳の頃だ。
移領して直ぐに航海病の一件があり会議に出ている人間達と遭遇している為、もう少しでもう間もなく八年の付き合いになる。
舌ったらずだったあの小さな四歳の女の子は、数か月後には十二歳になる。
まん丸でふくふくしていた頬はだいぶすっきりとし、子どもらしいぷくぷくの手足はスラリと伸びた。
愛らしい幼女から美しい少女へと成長し、その美しさは日に日に輝きを増しているのだ。
アゼンダ商会の人間は全員、セルヴェスとクロード化していると言っても良いであろう。
他領のものが大切なお嬢様を変な目で見たら最後、思うような取引などは出来よう筈もない。
所が本人は美しさには全くもって無頓着で、平気で大口を開けて欠伸をしたり、相変わらず買い食いをしたりしているのであるが。
まあ、そこがマグノリアらしいと言えばマグノリアらしいのであるが。
「ラドリ、ヴィクターさんの所で遊んでくる?」
『うん。そうするー♪』
正体不明のUMAであるカラドリウスの『ラドリ』は、古い神話の神鳥であるらしい。不思議なこの鳥の卵をそうとは知らずに託されたのであったが、四年前にマグノリアの呼びかけに応じて孵化したのである。
本来は白い優美な姿の鳥であったが、産まれたばかりでマグノリアの実父であるジェラルドの大怪我を回復させた事により力を使い過ぎ、四年経った今でもシマエナガのようなフワフワした小鳥の姿である。
「お菓子食べ過ぎないでよ?」
『はーい☆』
胡散臭い程の良い返事に、ジト目でラドリを見るが、どこ吹く風でヴィクターの辮髪頭にとまった。
「ヴィクターさんも、あんまりラドリにお菓子あげないで下さいね。腹痛起こすので」
「オッケー!」
こちらも調子よく返事をするが、大概守られる事はない。
ため息をついて冒険者ギルド長兼魔法ギルド長と白い毛玉をみた。
進捗を説明する為に出向いていたフォーレ先生こと王立学院の前学院長も別れを告げ、手芸部隊のピアニーとダリアに内々の新商品の試作のお願いをし、マグノリアは馬車に乗り込んだ。
もうじき夏がやって来る。
樹々を渡る爽やかな風にピンク色の髪を靡かせながら、長閑な景色を朱鷺色の瞳に映していた。
「お久しぶりですね、ギルモア嬢」
「本当に。一年半ぶりでしょうか?」
辺境伯家の庭に設えられたお茶会の席。
貴族の考え方としては正解とは言えないが、良く解らない有象無象を避ける為もあり、辺境伯家でありながら社交の催しはそれ程力を入れていない家である。
アゼンダ辺境伯、と便宜上呼ばれているが、家名はギルモア。
質実剛健をモットーとする御家柄は代々受け継がれるギルモアの精神のひとつであり、ここアゼンダ辺境伯家でも受け継がれている。
とは言え、何故かギルド長をしている公爵家次男や隣の街の女男爵、その友人の女侯爵。オタクで転生者の子爵令嬢などが友人に連なっているので、本人達だけのお茶会は良く開かれてはいるのだが。
今日、目の前には他国の第三王子がにこやかに座っていた。
お隣のマリナーゼ帝国の南側に国境を接しているイグニス国の王子様エルネストゥス・アドルフス・イグニスその人である。
尤も、それは暗黙の了解と言う事で、表向きはイグニス国の商会、シャンメリー商会会頭の孫息子、アーネスト・シャンメリーとして来訪している。
……その正体も嘘偽りではなく、彼の母親がシャンメリー商会会頭の娘であり、母方の姓を名乗るのならばそれで間違いはない。
名前も言語によって変換されるものと考えれば……例えば地球で『マイケル』が他の国では『ミハエル』であり『ミゲル』であり『ミシェル』であるのと同じ事。
『エルネストゥス』はアゼンダでは『アーネスト』であるのだった。
久々にアゼンダに来た為、館に挨拶に来訪したのであった。
「はい。東の方にある別の大陸に行っておりました」
「東の大陸ですか! 相変わらず世界中を旅してらっしゃるんですねぇ」
地図でしか見た事のない大陸に暫し思いを馳せたマグノリアは、朱鷺色の瞳をパチパチと瞬かせた。
目の前の王子様は、何やら家庭内がごたごたしているようで。
側妃の息子であり第三王子である彼は、その高い能力から王妃一派から疎まれており。苦労人な彼は小さい頃からその身を守る為、必要な時以外は祖父の船に乗り込み、各地を転々としているそうなのである。
マグノリアが四歳の時、行きがかり上たまたま対応する事になった航海病を発症した商船の人間であり、マグノリアの能力と治癒方法を高くかってくれており、広くその方法と商品を広める事を買って出てくれた人でもある。
イグニス国は輸出を生業にする国である。
長期航海も多く、航海病の解明と治療を強く欲している国であると言うのも大きかったのであろう。
信の女神の加護を持つお国柄とも相まって、非常に義理堅く対応をしてくれており、今でもこうして親交があるのであった。
そして先日、その彼がマグノリアの攻略対象者のひとり『第三の男』である事も判明した。
情報提供者はメイン攻略対象者のひとりである『エロゲーの皇子』ことユリウスから齎されたものである。
そのユリウスも、あろう事か日本からの転生者である。
この世界の写しと言えるようなそのゲームを良く知る人物でもある。
この世界は乙女ゲーム『みんなあなたに恋してる!』――通称『みん恋』の世界なのだそうで。更には『みん恋』の続編である『プレ恋』へと続いている。
マグノリアは『みん恋』の第二悪役令嬢であり、『プレ恋』のヒロインでもあるという、何とも微妙な立ち位置の人間なのであった。
尤もマグノリアはそんな男たちを攻略するつもりもなければ、恋愛三昧するつもりもない。ヤバい状況――幽閉や開戦を回避し、平和で幸福に生きる事を信条としている。
始めの方は目立たない様に生きるつもりでいた彼女であったが、どうにも無理な事を悟り。……それならばと自分の持つ異世界の差し支えない知識と、高位貴族のご令嬢という立場をフル活用して自分の周りを幸せにしつつ、自分も平和に生きられる様な地盤と状況を作る為に邁進しているのであった。
その『第三の男』である、多分メインヒーローふたりと同等の力を有しているであろうアーネストも、ご多分に漏れず美しい姿をしている。
日に焼けた肌、金の髪と同じ色の神秘的な瞳。ほりの深い目鼻立ち……まるで精巧に作られた彫刻の様な見目である。
とはいえ、人懐っこく大変優しい人柄からか、冷たい印象は受けない。
初めて会った時は十五歳であった彼も、もう二十三歳である。
何処か可愛らしさの残る少年であった筈が、美しい青年に成長していた。
(……本当に、月日が経つのは早ぇなぁ)
いつもの如く、到底ご令嬢とは思えない心の声を呟きながら、マグノリアはお茶を飲んだのであった。
「そう言えば、ギルモア嬢は学校を作られるとか」
「そうなのですよ。数年前から平民向けに簡単な読み書きと帳簿関連の学校を開いていたのですが。もう少し幅を広げて学ぶ事の出来る学校を作る事にしたのです」
「凄いですね……目には見えにくいですが、教育は必ずや領民の血肉となるでしょう」
「時間は掛かるでしょうが、そうなる事を祈っていますが……そう言えば、アーネストは勉強はどうやって学んだのですか?」
この大陸では、大国と呼ばれる三つの国にしか学校は無いという。中規模国家のイグニス国はどのように教育をしているのだろうか。
「基本は家庭教師に習いますね。ですが別の大陸の学校に通っていた時期もあります」
「ほうほう、別の大陸には学校があるのですね!」
それは初耳である。
「はい。その学校は色々自由が利くのですよ。ある程度出席し、試験に合格すれば卒業が可能なのです」
「へぇ!」
「……そう言えば、アスカルド王国の王立学院は十三歳からでしたね? 来春ご入学ですね」
何気なく話題を振ったアーネストに、マグノリアは苦笑いをする。
「私、政局に吸収されない為と無用な騒ぎを起こさない為に入学しないつもりなのです」
四年前の襲撃事件の事を、勿論彼も知っているらしく……また、王子とガーディニアの婚約の事も知っている為、なるほどと頷くに留めたようであった。
「まあ、卒業が必須ではありませんしね」
「そうなのです」
「領政にも事業にも大人顔負けで参画されていらっしゃいますから、今更でしょうし。アゼンダには来る度に新しいものが溢れていて、本当に驚くばかりですよ」
そう言ってアーネストは困ったように笑った。




