エロゲーの皇子様はかく語りき・後編
今話で第6章は最終話となります。
お読み頂きましてありがとうございました。
次章もお付き合い頂けましたら幸いです。
「地球で見覚えのある製品を見てもしかしてと思っていましたが。本当にギルモア嬢がきちんとした転生者で良かったです」
例え転生者でも、おかしな考えの持ち主では余計ややこしくなる。かと言ってゲームのマグノリアそのものであったら、話し合い自体が出来るとは到底思えない。
出会ったばっかりで人となりが良く解らないとはいえ、領民への対応を始め航海病で困っている人に対する気遣いなど、まともな考えの持ち主である事が察せられる。
問題ばかりの転生生活の中で、本当に良かったと思う。
すんなりと戦争が回避出来そうだと、心底ほっとしながら微笑むユリウスに、困ったような顔をしながらマグノリアも頷く。
「こちらも。ゲームの様な事にならないで良かった……戦争を回避する為に、どう出会わないで済むかを模索している所でしたから」
マグノリアの言葉に、すこし考えるように視線を動かして三人を見る。
建材のヒントのお返しに、何か彼女たちの為になる事を。
「俺にはギルモア嬢の様な知識はありませんので、ゲームの知識を。攻略対象者ですが、もうひとりの大物である『第三の男』についてご存じですか?」
大物?
三人は眉を顰めながら首を横に振る。
「……戦争とか幽閉とかを除けば、『プレ恋』も基本的にヒロインであるギルモア嬢が幸せになる為に作られてます。まあ、この辺は他の乙女ゲームと似た感じですね。前作の『みん恋』では不幸の連続でしたから……ファン達の声に従って、『ギルモア嬢が愛されるゲーム』が作られた訳です」
うん。それはまあ、何となく察せられる事である。
一応主人公と言う事になれば、その人に都合が良いように作られている訳で。
……ものによってバッドエンドがあるものもあるだろうが、基本は主人公が幸せな未来を掴む為に進んで行くものであろうというもの。
「今回は、俺様やクーデレ、ツンデレはいないので、全員溺愛する訳ですが」
「え」
思っても見ない内容に、思わずマグノリアは固まる。
(全員溺愛!?)
――なんだ、その薄ら寒いというかウザったいというか、むず痒い設定は!!
マグノリアが凡そご令嬢とは思えない表情で空を睨みだして、ユリウスは苦笑いをしながら続ける。
「……『みん恋』での歪み具合は愛されなかったからっていう所に集約させたんでしょうね。人間それだけでああなるのかは些か疑問ですが……ま、個人差のある問題なのでそういう仕様と言う事で。たっぷりと愛されまくったギルモア嬢は、本来の性格を取り戻して更に愛される訳です」
「ご都合主義……!」
「ゲームですからね。それにやはりヒロインが悪過ぎるのも、プレイヤーが共感できないでしょうし」
やはりマーケティング的には、『可哀想』『本当は良い子だった』『良い方向へ変化した』等々、愛される理由があったほうがより良いのであろう。
解ります。辻褄合わせ(?)、そして大人の事情ですよね。
意味が解らない言葉が次々に繰り出す中、セルヴェスとクロードが一生懸命に推測しながら意味を追っているのが解る。
「……私、異議を申し立てます! 皇子は知らないだろうけどお兄様はめっちゃ厳しい鬼教官なのに、溺愛とか無いと思う」
……決して優しく無いとは言わないが、厳しいが先に来るクロードである。納得できないマグノリアは口を尖らせる。
「ほう……? 普段そんな風に思っているんだな?」
低い声と冷ややかな威圧を持って言葉が紡がれると、ふたりは睨み合う。
何だかんだで仲が良いなぁとセルヴェスとユリウスはほっこりしながら眺めるが、ユリウスが更に爆弾を落とした。
「……攻略対象者……ギルモア嬢の相手役ですね。その中で一番溺愛度が高くて砂糖を吐きそうなのは『お兄様』ですけどね?」
「ぐぅっ!」
「えぇ!?」
気分を落ち着けようとお茶を口にしたクロードが、くぐもった声をあげた。
……お茶を噴き出さなかったのは、強い自制心と取り繕いのなせる業なのだろう。
同時に否定と驚愕を含んだマグノリアの声がした。
ユリウスとて、無責任にクロードに押し付けようというのではない。
メインヒーローに選ばれるのは、ヒロインをより幸せに出来る力量があるからとも言える。
実際にどれ程ゲームの内容と現実がリンクして行くのかは解らないが……設定というか背景というかを考えると、マグノリアを守る力が一番あるのは、彼であるだろうと思うのだ。
現に、人に言えないであろう転生の事を、彼女は祖父のセルヴェスと義叔父であるクロードに打ち明けている。
……後は別の転生者にも勿論打ち明けているのだろうが、そうそう数は多くないだろうと思う。
そうせざるを得ない何かがあったのかは解らないが、それでも、本気で彼女が誤魔化そうとするのならば出来なくも無い筈だ。
よって、そこは打ち明けるに相応しい人物であるからこその選択であろうと、ユリウスは思っている。
そして、目の前のふたりがその有り得ないおかしな内容をきちんと受け止められる人間であるのは、この短い時間のやり取りで確かに把握した。
……彼等は転生を現実のものとして、きちんと認識していた上で彼女を支えているのだ。
「そして同じ位、惜しみない愛情で包んでくれるだろう相手が『第三の男』です」
彼は彼でなかなか苦労人だ。その上紳士で非常に優しい。
……まあ、ゲームでは『エロゲーの皇子』も『護送騎士』も『お姉様』も、彼女に溢れんばかりの愛情を注ぐ仕様ではあるのであるが。
「で、その人は?」
セルヴェスの言葉に、ユリウスが口を開く。
「イグニスの第三王子、エルネストゥス・アドルフス・イグニス殿下です」
「…………」
三人は顔を見合わせる。
「やはり」
「……何か、失礼ながらもそういう状況に陥ったのならば一番しっくり来る人選ですね」
「彼は貢ぎ癖(?)があるしなぁ」
うんうん、と三者三様に納得し頷いている。
「実際、今現在、彼はマグノリアに好意はあるのか?」
「えー、無いと思いますよ? 同じ年齢差でも、例えば十歳と二十歳時点では大違いですよ!? ノーマルであると信じます! ただ単に義理堅いだけだと思います」
「現実に、本当に好意が芽生えるかも解らんしなぁ」
三人がチラリとユリウスを見て、うんうんと再度頷く。
「あ、あれ?」
思ったのと違う反応にユリウスが首を傾げると、マグノリアが腕を組んだ。
「あくまでゲームの設定ですよ! 溺愛も何も、設定とは違う道筋が立った時点で、誰ともそうならない可能性だってある訳です。取り敢えず戦争が回避出来たなら万事オーケーです!」
そんなマグノリアの言葉に、セルヴェスとクロードも頷く。
「……まぁ、祖父としてマグノリアには愛され幸せになって欲しいと思っているが、つまらん事に囚われずに自由に生きたら良い」
「しかし、殿下もかなりゲームに詳しいですね……」
クロードの脳裏には『みん恋』のガチヲタ、ヴァイオレット・リシュアの姿が浮かんでいた。
(……もしや皇子も『がちをた』という人種なのか……)
青紫色の切れ長の瞳を眇め眺めた。
ユリウスは何やら良からぬ雰囲気を感じ、慌てて説明をする。
「……俺、『みん恋』や『ハレハレ』が作られていたゲーム会社で、雑用兼デバッガーのアルバイトをしてたんですよ。だからある程度プレイしたことがあったというか……!」
けして好んで男でありながら乙女ゲームをプレイしたり、更にはエロゲーを廃ゲーマーの如くプレイしていた訳ではないのだ。
プレイする人を否定はしないが、自分はあくまで仕事の一環である。
「……。皇子はゲームが作られていた商会で、小間使いの様な見習い仕事やゲームがきちんと動くのか間違いがないか、検査管理の仕事をアスカルド王国でいう『専科』に在籍の傍らにしていたそうです。それでゲームの内容や仕様に詳しいそうですよ」
いささか疑惑の目を向けながらも、首を捻るふたりにマグノリアが説明をした。
「なるほど」
ちんぷんかんぷんな内容が理解出来た事と、リシュア子爵令嬢の様な人間では無い事にふたりはほっと胸を撫で下ろす。あの子はあの子で悪い子ではないが……と思いながら。
色々な誤解や懸念が解消した(?)所で四人は小さくため息が揃った。
空気が緩んだ所で、全然関係ないのですがと前置きをして、ユリウスがマグノリアを見る。
「是非、今度お店に伺った際には、鰹と昆布のお出汁のうどんが食べたいです……!」
何故、出汁が鰹と昆布の合わせ出汁ではないのか……!!
そんな事と思う事なかれ。日本人にとっては大切な事である(?)
「ああ……そうですよねぇ。そう思いますよね」
マグノリアが遠い目をする。
「昆布は今現在探している最中ですね。そして鰹節ですが、めっちゃ作るのが大変なんです……鰹節を作る工程ってご存じです?」
そんなん知る筈が無い。
塩で揉むだけのザワークラウトでさえも、ずっと酢で漬け込んであると思っていたのに。
首を振ったユリウスに、丁寧にさばく所から長い長い燻製に至る『荒節』までの製作過程を説明する。
「スーパー等に出回っていた鰹節は、この『荒節』が大半だったようです。更にこれに黴付けし熟成、その後干したりを一回で二十日程。それを三~五回すると『本枯節』になるのですが……」
「ええ!? そんなに大変なんですか……?」
「はい。黴付けが上手く行かなくて、本枯節は未だに出来上がらないんです」
(……って、作ったんかい!?)
マグノリアの返事に、思わず心の中でツッコミを入れる。
彼女の飽くなき食への努力に恐れ入る。
「…………。良く鰹節の作り方なんて知ってましたね? 元は食品会社の方ですかね?」
「多分違うかと……専門知識は無いので」
「…………」
一体、マグノリアの言う専門知識というのはどの程度のものの事をいうのか。
ユリウスはため息をついた。
「後、『生姜焼き』が食べたいです。何故生姜焼きがメニューになかったんでしょう?」
そう。メニューをひっくり返しても無かった生姜焼き。是非とも、是非ともあの甘辛い、 そして生姜の香りのタレを絡めたお肉で、白いご飯をかっ込みたかった……っ!!
うんうんと頷きながらマグノリアが、ずずずいーーーーーっと顔を近づける。
「ああ……それは、米が見つからないからです!」
「!!」
(こ、米がない……だ、と?)
ピッシャーーーーン!! と雷が落ちたように驚愕の表情を浮かべたまま、ユリウスが固まる。
そして、ガックリと肩を落とした。
「どうりで……牛丼も親子丼もかつ丼も、海鮮丼もオムライスも無かったのですね……!」
「そうです」
セルヴェスとクロードは、目の前のふたりのやり取りをみて、『にほんじん』というのはやたら食事に情熱とこだわりを持ち、その上『おこめ』をこよなく愛している民族なんだなと感心する。
……鰹節を作る時は本当に大変だったことを思い起こし、ふたりしてため息をついた。
「……米を探しましょう!」
「是非お願いします」
決意に満ちたユリウスの言葉に、力強くマグノリアが頷いた。
帝国の力を持ってすれば、見つかる可能性も増えようというもの。
「そんな皇子に、貴重な『荒節』で出汁をとった『わかめとキノコのお味噌汁』を進呈いたしましょう」
呼び鈴を鳴らすと、セバスチャンがカートを押して入って来た。
調理場の皆さんにお願いして、来訪と共に作って貰っていたのである。
昆布はないが、わかめっぽいものは見つかっているのだ。
わかめからも出汁がでる為、鰹出汁と合わせればそれはそれでまた違っても美味しい。
『わかめと豆腐』でないのは、豆腐を作るのもこれまた大変な上、作り置きが出来ないからである。
お椀ではなくスープカップに注がれたそれだが、温かな立ち昇る湯気と共に懐かしい香りが鼻腔を刺激する。
「……いただきます」
ユリウスは日本式に両手を合わせ、そう言って十三年ぶりのお味噌汁を飲んだ。
「ふわぁぁぁ……!」
懐かしい味と香りにほっこりまったりしていると、マグノリアが真剣な顔で念押しした。
「何がどう変わっても、戦争の件は変更なしでお願いしますよ?」
「勿論。武士に二言はない、ですよ」
――武士?
マグノリアは朱鷺色の瞳を瞬かせる。
そんな第二悪役令嬢兼ヒロインを見て、エロゲーの皇子らしく、フェロモンたっぷりの表情で片目をつむった。
……手にはホカホカと湯気を立てたお味噌汁を持ちながら。
それから直ぐ、ユリウスは明日王都へ向かうと言って、本日予約を入れていた宿屋に帰って行った。
一応貢ぎ物として、大工道具を改造した小型の削り器と一緒に、荒節を二本贈呈しておいた。
好きに食べると良い。
これからも良しなにと言う事である。
腹ごなしに歩くというので、念のために離れた所からガイをつけさせた。
剣の腕はなかなかという噂を聞いてはいるが、領内で万一怪我をされては大変なので保険である。
「……それにしても、なんだか騒々しい夏休みでしたね」
「そうだなぁ。これでやっと少しのんびり出来るだろう」
ため息まじりのマグノリアの言葉に、セルヴェスが苦笑いで同意をした。
明日には、庭でキャンプをしている賑やかな教師達も帰路につく。
(しかし、皇子め)
とんでもない暴露をして行ったものである。
毎日顔を突き合わせるのに、生活し辛いではないか。
何とも言えない顔で何気なく見上げれば、クロードと目が合った。
そして苦笑いすると、ポン、と力強く大きな手が頭に乗せられたのだった。




