それぞれの夏休み
【ヴァイオレットの場合】
翌日、侍従長と近衛から苦情を呈される。
あのように危険な事が起こりえるのならば事前に伝えて欲しかったというものである。
一応、大人の対応で無事で良かった事と、危険な目に遭わせてしまい申し訳なかったと前置きして……
元々あの二種が生息しているのはもっとずっと南の海であり(先生の説明付き)、原因は不明。何にせよ普通はありえない事。
ここ数十年の災害記録を見ても同じ様な出来事の記載が無い為、非常に稀な出来事であり予測は不可能だった事を伝える。
そして、北の森はモンテリオーナ聖国と隣接しており、そちらは元々魔獣が出る事があると伝えている事……そういう危険に遭遇する可能性があると伝えてあり、再三来訪は見合わせた方が良い旨伝えていた事を繰り返すと、彼等は口籠って黙った。
トドメとばかりに、よって危険なので帰城するようにと促す。
「大切な御身が危険に晒されるのは、私共とて本意ではございません。どうぞ速やかなる御帰還を。領地を出るまで危険がございませぬよう、我が騎士団にも護衛をさせましょう……本日出発で宜しいでしょうか?」
……魚だからと高を括っていたのは近衛の方である。
警鐘がなり見張りの騎士が退避を伝えた時点で、万が一に備え、もっと速やかに要塞へ避難させるべきであったのだ。
王子はまだ帰りたくないと渋ったようだが、ニードルフィッシュに襲われ(?)怖がったルイや嫌がった側近の声もあり、侍従長と近衛が説得、急遽明日出立する事になったそうだ。
危険なので外出せず一日要塞で過ごすと良いでしょうと駄目押しし、護衛を倍に増やした。
ちょっとした意趣返しである。
王子達の帰還に合わせ、ガーディニアも王都へ帰る事にしたそうだ。
彼女の目的はあくまで王子と交流を増やす事だ。一緒に王都へ帰り、今後も一緒に行動するのであろう。
……婚約者と交流を増やすのは大切な事なので、彼女の努力は間違ってはいないのだと思うが。
思うが、対アーノルド王子に対して有効なのかは何とも言えない。
努力して交流しようと思えば思う程、多分煩いと思うだろうし。
きっとフォローされるのも当たり前だと思っている節がある。
たったひとつとは言え、年下の女の子にフォローされるのもどうなのと思うが……そこは誰も疑問に思わないのだろう。
もし今後もフォローを続ければ、出来なかった時や敢えてしなかった時に『何故しないのか』とガーディニアが責められる未来しか見えないのだが……
かと言って交流を心がけなければ関係は断絶するだろうし、フォローしなければマズい事になるだろうから、しない訳にも行かないという歯痒さもあるのだろうが。
「じゃあヴァイオレットも一緒に帰るの?」
そしてヴァイオレットの目的も、ゲームの登場人物達のイベントを目の前で堪能する事。
「……う~ん、取り敢えず予定通りだと思う。帰りもあの人達と一緒だと、お父様もお母様も大変そうだし」
元々二週間という予定で、領主館でヴァイオレットを預かっている。
子爵夫妻は大変恐縮していたが、普段会えない友人同士、ゆっくり過ごしたいだろうという保護者達の話し合いの元の約束である。
勿論、伸びても縮んでも、その辺は臨機応変である。
それに、と言ってヴァイオレットは、ちょっと困ったように微笑んだ。
「何か王子って、顔以外全然格好良くないんだよね……ゲームの時はあんなに良いと思っていたのに、現実だと何か疑問ばっかり感じちゃうっていうか。ガーディニアもなんだか不憫というか……」
あんなに努力して心砕いて接しているのに。
あっさり婚約を解消された挙句、一生涯幽閉されるなんて。あんまりにも理不尽で不憫過ぎるではないか。
「それに、現実問題として……マーガレットが王太子妃になれるのかな?」
乙女ゲームは所詮作り物だ。
シンデレラはみんなの憧れ。成り上がりはプレイヤーの願望とカタルシス。
――だけど、物語の後のシンデレラは本当に幸せなのか?
実力を伴わない成り上がりは、そのまま成り上がりでいられるのか?
「……彼女はただの男爵令嬢じゃないでしょう? 良くて側妃、普通なら公妾が本来だと思うよ」
本当は、それすら危ういかもしれない。
「そうだよねぇ」
オタクの『すみれ』ではなく、この世界に生きる子爵令嬢の考えがそう言わせるのだろう。
「みんな小さい頃から礼儀を叩きこまれてる訳じゃん? マーガレットはほんのちょっとで貴族社会に放り込まれるんでしょう? それだけでも気苦労だろうに……王太子妃って、自分の国だけじゃなくて他の国の王族とかも交流するんだよ」
ヴァイオレットは頷いた。
「きっとヒロインだから、凄いチートキャラなんだろうけどさ。普通の考えを持っている人なら選択しないと思うし、手を出せる人間なら強いなんてものじゃない心と精神を持ってるんじゃないのかな」
権力に対して強い憧れがあるのか。下剋上を目論んでいるのか。
……男爵令嬢なんだから引っ込んでろなどとは全く思わないが、婚約者がいる人間に必要以上に絡んだ挙句、告白されたから(?)といってOKとは普通なら言い難いと思うのだ。
玉の輿とかいう範疇からは遠く超えた場所にある立場で。
ましてや相手の女性の地位まで略奪するのだ。結果的に。
更に、相手の女性は生涯幽閉なのだ……意地悪されたから当たり前と思うのだろうか?
(超権力主義者か、それともただただ無邪気なのか?)
マグノリアは複雑そうな顔をした。
「取り敢えず、ガーディニアにも違う世界というか……視点を変えれればいいんだろうけどね」
それから三日間は『すみれ』がしてみたかった事をしてみようと計画を立てる。
病弱だった春日すみれが、ゲーム以外にしてみたかった事。
少し考えて出て来た答えは、友人とアウトドア……キャンプ旅行との事だった。
アウトドア……健康なイメージという奴なのだろうか?
そう思いながら、健康だった(と思う)けど、ちっともそんな事をした覚えがなかったように思うマグノリアは、どうしたものか首を傾げる。
取り敢えず友人は多い方が良いだろうと、ディーンも誘う事にした。
まずガイとリリーに手伝って貰って一緒にハンモックを作り、木陰で昼寝をしてみる事にした。
……が、意外に寝心地が悪くて眠れなかったり、網目に足を取られたり、うっかりして落っこちたり。思わず笑う。
近くの湖で釣りをするが全く釣れず。
更には清流で魚つかみをするが全然つかめなかった……慣れているのか、先生のひとりが物凄く上手で、マグノリアに良い所を見せたいセルヴェスと競争をしていた。
結局ふたりが全員分の魚を捕まえてくれて終わったのだが。
それらに塩を振り、豪快に焼いて丸かじりする。
麻袋をお尻に敷き芝生の傾斜を滑り降りれば、予想以上に高速で滑って大人たちを慌てさせた。
最終日には館の庭で、かつてタウンハウスでしそこなった鉄板焼きをする事にする。当時の予定だったお好み焼きや焼うどんだけでなく、肉や貝、エビなど好きなものを焼く事にする。
大勢の方が楽しいので、騎士や使用人のみんなにも交替で参加して貰う。
夜は先生たちに混じり、寝袋で星を見ながら眠る。
順番に、研究で潜入した秘境の話や実験での失敗など、笑える話を披露して貰う。
心配したセルヴェスと、面白がったガイも一緒に護衛を兼ねて庭で横になる。
キャンプファイヤー宜しく燃える焚火の周りで、領主と教師達、ご令嬢と従僕と暗殺者が仲良く寝袋で横たわる姿に、セバスチャンとクロードはしょっぱい顔で見ていたとかいないとか。
ラドリも勿論一緒に、寝袋の上に丸くなって鼻息をぷうぷうさせながら眠った。
【ディーンの場合】
約二週間の滞在を終え、名残惜しそうにしながらヴァイオレットは両親の元に帰って行った。
見送りながら、いつもは元気いっぱいの彼女がちょっと涙ぐんでいて、余程楽しかったのと離れ難いのだろうと思われた。
夏季休暇は約六週間程だ。なんだかんだとごたごたしている間にもう半分近くが過ぎようとしている。移動中に悪天候などに備えはやめに出る事を考えれば、二週間程しか無い。
「久し振りに帰って来たのに、お休みしたら良いのに」
悪びれない丸い瞳がディーンを見て言った。
一緒に朝の訓練をして、執務の間は勉強をする。休憩時間に共に語らい、事業などの手伝いがあればそれをこなす。
そんな、入学前と同じ時間を過ごす事が酷く懐かしい。アゼンダを離れてまだ、半年も経たないというのに。
具体的に動き出した新しい学校のあれこれと、髭のフォーレ前学院長。学院の教師でありながら様々な助言と見学をしにやって来た先生たちを見ると、自分が居なかった時間をまざまざと感じる。
そんな事実に焦りつつ、学院での様子を問われるままに話して聞かす。
面倒見が良いがやたら声が大きく、マイペースな寮長。
親切な隣国の皇子。人との交流に忙しい様子の自国の王子。
ライバル視して来る高位貴族。新しい友人と言って良いのか、クラスメイト達。
頑張り屋な未来の王太子妃。我が物顔で寮にやって来る子爵令嬢。
意外に紳士な彼女の実兄。驚くほどマイペースな教師達――
「そうなんだ。何だかんだで楽しく過ごしているみたいで良かった」
「……楽しい?」
細められた朱鷺色の瞳をまじまじとのぞき込む。
「うん。絡まれて大変みたいだけど、それだってディーンの能力や人柄を買っての事だろうし。学校生活が充実しているみたいで良かったよ」
言われて、何故か殴られる様な衝撃を感じたディーンは、思わず黙り込んだ。
「そうですぞ! パルモア君は『低位貴族の星』と呼ばれてますからな!」
「希望するのなら仕官先にも苦労しないでしょう」
「前途は洋々ですなぁ」
先日から庭先に居候している先生方が、微笑みながら好き勝手言っている。
その賛辞と言って良い内容に、リリーとマグノリアがうんうん頷く。
「凄いですね、ディーン君!」
「可能性が広がる事は良い事だね。好きなものを好きに選ぶ事が出来る」
本当に好きに選べるのだろうか。『このまま』を望めるのだろうか。
何処か思ってもない所に流されて行ってしまいそうで、酷く落ち着かない。
「…………」
「……ディーン君?」
不思議そうにディーンを見遣るリリーが、何故だか知らない人のように感じて、心細さを誤魔化すように拳をきつく握り込む。
けたたましい蝉の声が遠くに聞こえる様で、ディーンは細く息を吐いた。




