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貴族のしきたり

 最近、ロサに部屋からあまり出ない様にと直接的に言われるようになった。

 多分両親のどちらか、もしくは両方かは分からないけど指示を出しているのだろう。

 

 季節の変わり目だから風邪をひかないようにとか、取ってつけた事を言ってるけど。

 絶対嘘だね。解り易すぎだろ~。

 庭に調理場に、下働きの区画にとチョロチョロしているのが目障りだったのか、それとも誰かに見られたくないのか。


「子どもを部屋に閉じ込めりゅなんて、身体に悪いのに」

 秋晴れの空を見てため息をつく。


「こんにちは、マグノリア様」


 リリーが今日は私服でやって来た。

 小花柄のモスリン地のワンピースがとてもかわいい。

 素朴な見目に二つ結び。まるでアメリカ開拓時代から飛び出て来たみたいだ。


「ごきげんよう、リリー」


 席を降りて挨拶をする。


 ……何故かブライアンの機嫌を損ねた為兄妹のお茶会は無くなったので、練習相手にという言い訳をして、時折部屋に遊びに来てくれる。

 本当は見て見ぬふりをした方が、彼女の為だろうに。

 正義感が強く、幼き者(物理は。中身じゃない)に優しい女の子なのだ。


 今日はライラがお世話係なので、会話の内容も気兼ねなく楽しめそうだ。

 

「頻繁に来て、お母しゃまに叱りゃれない?」

「奥様にはお気に入りの侍女たちがいますからね。こんな下っ端侍女の休みの予定まで気にされていませんよ~」

 そう言ってあっけらかんと笑った。


 美味しいお茶と、料理長特製のお菓子に舌鼓を打って、彼女の兄弟の面白い話を聞く。マグノリアは最近読んだしきたりの本の話を。


 本来お茶会では芸術の話や社交界の話、経済や対立派閥への対応の話なんかをするらしいが。


 リリーは三歳とは思えぬマグノリアの話に感心する。


「マグノリア様は色々な事にお詳しいですねぇ」

「しょんなことないよ。本だけだとわからにゃい事もありゅし。しょう言えば、読んだけど具体例がわかりゃなくて。例えば『お披露目』ってどんな事を用意しゅればいいにょ?」


 急にやらなきゃいけなくなった時の為――無いとは思うが――学べる時に学んでおくのだ。意地悪で、教わってもいないのにやれ、とか言われることがあるかもしれないじゃない?

 例えば弟が産まれたときに、支度の一切合切をやらされて、裏方で采配を振るわせられる、とか。でもって、出来なかったりしくじったらネチネチ苛められるとか。



 聞かれたリリーと、お茶の給仕に就いていたライラの身体が一瞬強張った。

 おや。どうも触れてはいけない事だったらしい。


「……そうですね。お披露目は一歳のお誕生日までにする事が殆どですので、赤ちゃんにお祝い用の豪華なお洋服を用意します。呼ぶのは近親者とお付き合いをするであろう近しい家門の方々でしょうか。高位貴族になるとお付き合いも多いので、招待客が多くなる傾向がありますねぇ……」

「へぇ。やっぱり晩餐会型式にゃの?」

「いえ、赤ちゃんが中心ですので、午餐会になりますね。遠方から来られたり当日お帰りになれない方を夜に招いて、晩餐会も致しますが」

「なるほどねぇ」


 そりゃあ、何故してないのかが丸わかりだ。

 ……先日写したブライアンのお披露目会の費用もさることながら、手間も暇も半端ない。

 閉じ込めておきたい&ケチりたい子どもにする行事とは思えないわ。


 七五三の感覚でいたけど、全然重要度が違うものらしかった。


「もし、しないとどうなるの?」

「……そうですね……貴族なら重要性が解っていますから、『しない』と言う事がまず有り得ないです。ですから、出来ない原因がお子様にある、と思われると思います」


 リリーは暗い顔で答えた。

 普通なら親がしない筈は無いから、子どもに瑕疵があるって事になるのか。


「ふぅん。そう言う子ども達ってどうなるの?」

「例えば、弱かったお身体が丈夫になって、大きくなってからお披露目される方もいらっしゃいます。その……無理そうな方は、領地で静かに過ごされたり、修道院にてご教育されて、女性でしたら遠い場所に嫁がれる場合もあります」


 ほうほう。


「確か、『修道院から嫁ぐ』って瑕疵になりゅって聞いた事がありゅんだけど」

「はい。修道院にて教育されても、本来なら嫁入り前に家に戻されるのが普通ですから。戻らずそのまま嫁がれると言うのは、戻れないからだと思われると思います……」


 へぇ。


「なりゅ程~。お披露目ひとつにしても色々たいへんなんだねぇ」

「そうですね……大切な事だと思います」


 リリーは少し考えてから、小さな声で尋ねた。


「マグノリア様は……ご教育は何も受けていらっしゃらないんですよね?」

「ロサからお裁縫の手習いを受けてりゅ位かちらね。マナーもおちえてほちいとお願いしてしゅこし」

 

 聞きながら、リリーは小さく何度も頷いた。


「アスカルドでは七歳位から教育が施されるので、未だ三歳のマグノリア様が教育されていないのは、そうおかしな事ではないのです。一般的には」

「しょうなの?」

「はい。ですが、やはり建前と言うか。高位貴族……伯爵以上ですね。高い家柄になればなる程、お城に上がる機会も増えますし求められる教養が高くなりがちですから、ダンスや音楽、外国語やマナーなど、早くから取り組まれるものが多いのが現状なんです」


 マグノリアは先を促すように頷いた。


「まして、王子殿下が五年前に御生まれになってから、高位貴族の家門は競うように教育に力を入れている筈です」


 うわぁ。もしかしなくても王子と同年代なのか……

 新たな面倒事の予感に、思わず眉間に皺を寄せた。


「ブライアン様も通常通りのご教育のご様子ですし、お仕事の事といい、旦那様に何かお考えがあるのかもしれませんね……」

「おち事?」

「はい。旦那様は始め行政部への配属が有力視されていたのですが、領政があるからと言って、その……閑職への配属希望を出されて……元々軍部方面での出仕が多く、要職を務めるのがギルモア家でした。ギルモアの当主が文官を選択するだけでも驚きだったそうですが、とても優秀であることも知られていましたので、将来は宰相になられるだろうとみんな思っていた様なのです」


 おおぅ、親父さんが思ってるよりずっと大物だった。

 そしてリリーが想像より情報通だ。


「まぁ、出仕と家を継がれたのがほぼ同時でしたので、お若くていらしたので確かに大変だろうと受理されたそうなのですが。王宮は調整で大騒ぎだったみたいですし、正直意外だったみたいですね……」

「リリー、詳ちいね」

「親の世代では衝撃的な出来事だったみたいです。それと……うちの父が人事部の下級官吏なんです」

「ああ……お母しゃまだけじゃにゃくお父しゃまも迷惑かけちゃったのにぇ……」


 察した。

 リリーが苦笑いする。


「何と言うか……そういうおつもりは無いのかもしれないのですが」

「にゃに?大丈夫よ」


 言い難そうにリリーが言葉を濁す。


「旦那様は、王家と距離を置こうと思っていらっしゃるのではないかと思えるのです」

「距離……」


 はい。と小さく頷いた。

 ふむ…… 


「……公爵家で、王子と結婚出来りゅ年周りのご令嬢っていりゅ?」

「今のところ、公爵家のお子様は未婚の方は男性のみですね。後は外国の有力家門へお輿入れされた方、国内の侯爵家にお輿入れされている方ばかりです。まあ、まだこれからお産まれになる可能性もありますが」

「じゃあ、今王子のお妃候補で有力にゃのは?」


 リリーが息を詰めて答える。


「御家柄的にはマグノリア様かと思います……ですが」

「隠しゃれてりゅ」

「はい」

「ちゅぎは?」

「筆頭侯爵家・シュタイゼン家のガーディニア様かと。お年はマグノリア様の一つ上。……既に先を見据えてご実家ではお妃教育を行っているそうです」


 マグノリアは今迄聞いた内容と、状況を、ひとつひとつ吟味し組み立てて行く。


「家がりゃ……ギルモア家は序れちゅ四位じゃにゃいの?」

「ああ、それはそうなんですが。実質アゼンダ辺境伯領も『ギルモア家』ですから……事実上ギルモア家は公爵家と同列扱いなのです」


 なんと。

 

 同じ爵位にも面倒なことに序列があるらしく、アスカルド王国内でギルモア家は侯爵家の中で四番目に配されるとあった(貴族の名簿みたいな『貴族名鑑』にも侯爵家の四番目に載ってる)が、書面上では陞爵は免れたものの、現実的には逃れられなかったと同じなのか……


 辺境伯は実は伯爵ではなく、侯爵と同等以上と言われている。

 どちらも有力侯爵家(と同等以上)……の後ろ盾を持つ筈の娘が、ワザとお披露目回避させてるって解ったら世論もだけど、罰則とか、無いよね?

 


 ……これは。思った以上に厄介な状況に巻き込まれているくさい。

 (なんか私ってば、見つかったらちょっとヤバい存在になっちゃってない?)


 親父さんは流石にわかって隠匿しているのだろう。

 ウィステリアさんは気に入らないからお披露目しない位の感覚なんだろうか(違うと言って欲しい)。

 ちゃんとわかって選択してるんだよね(そうだと言って欲しい)? ……親父さん、奥さんが解ってなさそうなら、まさかちゃんと説明してるよね??


 まかり間違って見つかっちゃって(両親が)痛い目見ちゃった時に、めっちゃ恨まれる(ウィステリアさんに)予感がビンビンなんだけど。


 それらを回避するつもりでいるジェラルド氏は、何か絶対マグノリアに対してやらかす気でいる筈だ。


「…………」

「マグノリア様?」

「あ、うん。わたち、今後にょ方針と対しゃくを練り直ちしにゃいといけにゃいと思って」

「「…………」」


 今まで壁に徹していたライラも、流石にマグノリアの言葉に反応せずにいられなかったようで。二人とも絶句してしばし固まっていた。



 っていうか、もう軟禁確定だよね、父。

 命を奪うならとっくに奪ってるだろうから、生かしておくつもりではあるのだろう。


 ――面倒なのにそうする訳は?

 ――面倒事より利点があるリターンがあるからだ。


 宰相になれる道筋を蹴り、娘が王太子妃になれる可能性があるのに潰す理由は、リリーの言う通り王家と距離を取りたいのだろう。ほぼ確定だ。


(まぁ、私がぼーっとしてて阿呆そうだから王太子妃とか無理って思った可能性もあるよね。でも、家の面目丸潰れになるリスクを負ってまで貴族の常識であるお披露目をしない理由は? そこまでして王家を避けたい理由がある? もしくは有力な何かを得る為のエサ?)



 ……クソ親父めぇぇぇ~~~(怒)!!!

 取り澄ましたあの顔面に、めっちゃパンチ打ち込みたい!


「「マグノリア様……お顔が、トンデモナイお顔になってますよ……?」」

 

 つーか、誰に相談すれば良いのよ! いないんですけど、誰も。

 前途多難。五里霧中。孤立無援の四面楚歌!!

 

 神様はその人に超えられない苦難は与えないって、誰か言ってなかった?

 この難題、どーやって解決せよと??


(三歳児に対応出来る範囲超えまくりなんですけど……)

 

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