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【小説7巻12/19発売・コミカライズ2巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第六章 アゼンダ辺境伯領・バカンスは大騒ぎ編

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農業体験をしてみよう

「……これに乗るのか?」


 王子達の目の前には、年季の入った荷馬車が。

 ここはアゼンダ商会関連の巡回馬車乗り場である。

普段、ニュータウンと畑の往復に乗車したり、資材や荷物を運搬したり、学校へ通う生徒たちが乗っているあれである。


「そうだよ? 目的地まで数キロ位あるから、走りたかったら走っても構わないけど」

「…………」


 容赦ないヴィクターの言葉に、王子と側近たちが非常に渋い顔をする。

 ヴィクターは一角に手巾を敷くと、ガーディニアをゆっくりとエスコートをした。


「ガーディニア嬢と侍女さんはこちらへどうぞ」


 汚れるかもしれないから帰るかと確認したが、静かに首を振った。

 美しいレースの日傘と荷馬車との対比が酷い。


 そしてふざけた格好をしてはいるが、流石長年の令息生活のなせる業か、エスコートは流れるようにスムーズになされた。


「あ、騎士は訓練だと思って走るよ!」


 当然の様に言われ近衛隊の騎士達は、何とも言えない顔でヴィクターとギルモア騎士団の面々を見比べた。

 ……ブライアンは荷馬車には乗らず、騎士に混じって走る事にした。



 礼服ではないものの、小綺麗な服を着た集団が荷馬車に乗っている様子は異様であり、道行く人が不思議そうに遠巻きに見ているのが解る。


 更にその横を、純白の制服を着た見目麗しい近衛隊の騎士と、ご存じ格闘家の集団のような見目のギルモア騎士団の騎士達が並走していた。


「……一体なんなのだ……」

 王子は整った眉を寄せて小さくボヤく。



 そうして三十分程馬車を走らせると、一面、壮観と言えるほどに緑の葉っぱが生い茂る畑――農園と言った方が良い規模なのか――が見えて来た。


 豊穣の土地に生まれ住む彼等の領地も、農業が盛んであるだろう。

 というよりも、アスカルドの領地で農業が盛んである事は当たり前であり、特段気にするような事でもない筈だ。

 当たり前にあるものであり、それは他の誰かがしている事。


 まだ子どもである彼等は、領政に関わっている者など少ないであろう。

 王子の側近になる為に幼少期から王都で暮らしており、畑など来るどころか見た事も無いかもしれない。


「ここはパプリカ畑。葉っぱに隠れて赤や黄色に色づいている実がパプリカだよ」


 ヴィクターが説明するが、きっと耳を素通りしている事だろう。

 果てしなく広がる様子は圧巻で、王子達は目の前の畑を見つめていた。


 ……先行して農家組の騎士達が平民たちと分けるように間に入り、スタンバイしている。

 農民や商会の人間の壁であり、王子達の教師役だ。


 うだうだ煩いなら変わった事をさせておくのが良い。どうせならした事が無い事を。

 平民に絡むようなら、絡ませない様に隔離する。本人達にはそうとは悟らせないように。

 普段出来ない体験だとでも言って、扱き使ってやれば良い。


 無論、怪我をし難い様なものを選ぶことは忘れない。


「さ、馬車から降りて! パプリカ収穫をするよ!」

「えっ!?」


 ヴィクターの言葉に、そこにいる全員が絶句した。



 上着は汚れないように脱がされ、休憩用のシートの上に強制的に置かされた。

 綺麗なドレスを汚さない様、そして白い肌が万が一にも日焼けしてしまわぬよう、シートの上にちんまりと日傘をさしたガーディニアが座っている。


 近衛隊の騎士達は、畑を取り囲み警護をしているが、のんびり鄙びた農村の風景と凛々しい近衛の麗しい姿とが大変ミスマッチである。


 文句をいう王子達はというと、ぎゃいぎゃい言いながらも渋々と言われた通りにパプリカを捥ぎ出した。


 最初はおずおずとやらされていた彼等だが、コツを掴んで来ると側近同士でどちらが早く端まで摘めるかを競争したり、どちらが大きな実をみつけられるか競争したりと進んで作業をしている。


 途中虫やミミズと遭遇して大声で叫んだりと、随分と楽しそうである。

 暫くそれらを眺めていたガーディニアが、うずうずした表情でヴィクターに向き直った。


「……あのっ、ヴィクター様。私も摘んでみたいのですが宜しいでしょうか……!」

 願うように組まれた両手を、胸の前で硬く握り締めている。


「構わないけど、ドレスが汚れちゃうよ?」

「大丈夫です……!」


 噂の評価では、まるで貴婦人の様な少女とか、小さな淑女のお手本と言われているらしいが。

 頬を染めて農作業をしてみたいという姿は、好奇心が旺盛な年相応の女の子に見える。


「……構いませんよ。隣で傘を侍女さんにさして頂きましょう。靴は汚れない様に布を巻きましょうね」


 そうして用意が終わると、ガーディニアは恐る恐る畑に足を踏み入れた。


「!!」

(柔らかい……)


 良く耕された畑はフカフカである。

 柔らかに土が沈んでゆく様子を、ガーディニアは心の中で楽しむ。


「大き目の、綺麗に色づいたものを片手で持ってください。ここをハサミで切って下さいね」


 ヴィクターはガーディニアが解り易いようにゆっくりと摘んで見せる。

 難しい事は何もないが、ガーディニアは真剣にヴィクターの説明に耳を傾け、様子を見ている。


 そして、初めてのパプリカを摘み取る。


(……採った……!)

 普段は落ち着いた微笑みを浮かべる顔が、喜色に満ちる。


「すべすべで、ツルツルしているのですね……」


 ガーディニアの想像よりも遥かに硬く、しっかりとしている。

 ガーディニアは優しく黄色いパプリカを両手で包み込んだ。


「あの、これ、頂く事は出来ますか?」


 頭上遥かに高い所にあるヴィクターの顔をみて、確認する。

 ヴィクターは優し気に微笑むと、勿論と頷いた。


「オレンジや緑、ガーディニア様の髪と同じように赤もありますよ。どうせなら全色摘んで持ち帰りましょう?」

「はい……っ!」


 輝くような笑顔で返事をするガーディニアに、侍女とヴィクターが瞳を丸くする。

 そして記念すべき彼女の初めてのパプリカ採取を堪能したのであった。


 暫しパプリカ摘みをし、用意された賄いを不思議そうに食べ、再び作業をし……

 太陽が傾き空がオレンジ色に染まる頃、王子御一行の野良仕事は終わりを告げた。


「……はぁ、疲れた……!」

「これを毎日……労働とは大変なのですね」


 王子達はトラウザーズが汚れるのも構わず、地べたに座り込んだ。

 上等なシャツは雑に腕捲りされ、汗でべとべとである。

 ……だが、畑を吹き抜ける風が心地よく感じる。


「さ、教えてくれた方にお礼を言ってね!」


 ヴィクターは、マグノリアがかつて子ども達が野良仕事を教わった時の様にそう言って、講師役兼お世話係を務めた『先生』にお礼をするよう伝える。 


 農作業は心を豊かにさせる。

 植物や大地が持つ力がそうさせるのか解らないが、穏やかになり、人や大地の恵みに深い敬意を感じれる様になるのだ。


 来た時と同じように荷馬車に乗り込む。

 心地よい疲労感が身体全体を包み込んでいる。

 そんな彼等の手にひとりずつ、大銅貨を三枚ずつ乗せる。


「……これは?」

 王子が不思議そうに首を傾げ、ヴィクターを見上げた。


「これは大銅貨(一枚約千円)。今日働いてくれたお給金だよ」

「……大銅貨……給金……」


 全員が、まじまじと手のひらの上の銅貨をみつめる。


「あんなに働いて、大銅貨三枚なのか……」


 ははは、と気が抜けたように王子が笑った。

 王子が露店で差し出した小金貨の、千分の一だ。

 ……そうなのだが、初めての労働をした対価に、価値は決して数字通りでは無いような気がして、みんな手のひらの銅貨をまじまじと見つめる。


 最後にガーディニアの手にも三枚の大銅貨が乗せられた。


「私は、お願いして取らせて頂いたのですし、数もそんなではございませんので」


 慌てたようにそう辞退を申し出るが、正当な対価だから受け取るようにと言われ、困ったままヴィクターから渡された銅貨を握り締めた。



「ちゃんと身体を動かして働くと、気分がいいでしょ? 他の人もこうやって頑張っているのかと思えるしねぇ。ご飯も美味しく食べれるしね!」


 確かに、と彼等は思う。

 自分が口にするもの、身に纏うもの……全て色々な人の手と時間を経て、自分の元にやって来ているのだと。


 極当たり前のことで気にも留めた事がなかったが……

 そして、物凄くお腹が空いている。


「じゃあ、あと三日よろしくね!」

「ええぇ!?」


 ニッコリ笑うヴィクターに、王子と側近だけでなく近衛の騎士と侍従長も、驚きの声をあげた。


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