領都にて、公爵子息と会いました
出掛けたいと言えば『ガーディニアと交流が持てるような場所』と言われ、湖で舟遊びをさせられ、別の日は花畑で花摘みをさせられた。
領地を色々みたいと言えば、馬に乗せられ山、森、湖、林、農園、湖、森、果樹園、要塞、湖、林……を見せられる。
アゼンダ領は森と湖の国と呼ばれており、基幹産業は農業だと説明を受けた。
基幹産業とは何だ? とたずね、アゼンダは変わった食品や布小物の産地ではないのかと確認すると、それは最近の事であり、領地を上げてはいるが一部の商会の商品であると言われた。
そして元々は農業であると、ため息交じりに言われた。
クタクタになって帰れば読書をどうぞと言われ(文句を言うと勉強が追加される)、その後流れるように夕食。
夕食後はほんのひと時、側近たちと愚痴の言い合いである。
「樹木と湖を見るのはもう飽き飽きだ!」
王子は爆発寸前である。
側近のひとりが周りの人間の顔を見ながら、おずおずと言った。
「……もう、王都に帰りませんか? 何か、特に面白い事もありませんし……」
それでは何故だか負けたような気がして、素直に頷けないアーノルド王子だった。
せっかく王と王妃に頼み込んで来させて貰ったのだ。
何か、心躍る様な楽しい事のひとつやふたつ、体験してからでないとつまらない。
これでは、ただただ訓練と勉強に来た様なものである……
王子は不機嫌そうに顔を伏せた。
側近たちも困ったように目配せしては瞳を伏せる。
……このままでは何かやらかすと、不穏な空気を感じた不憫護衛騎士によって、セルヴェスとクロードに『視察先の変更要検討』が伝えられたのであった。
「領都ですか? 内容は王都とさほど変わりません。規模が小さい分文句を言う未来しか見えないのですが」
セルヴェスとクロードも、なんだったらヴァイオレットも同意見である。
練り歩いて貶め歩いたら、嫌な思いをするのは領民だ。
「いっそのこと好きに動けない様、各々の四方に騎士を配しましょうか」
「邪魔そうだなぁ」
「騎士が不憫だ」
マグノリアの言葉に、保護者ふたりがそれぞれ返す。
そして、嫌だったらとっとと帰れば良いのにと全員が思った。
「騎士や侍従だと、何かあった時に身分的に押さえきれないかもしれないですね」
「……あのお方にお相手して頂きましょうか」
「うむ。自分の権限で好きにこき使って構わないと言っておけば、適当に何とでもするだろう」
そう三者三様に言って頷く。
『じゃあ、僕! 僕が行って来るよ~』
マグノリアの肩に乗っていたラドリが、短い羽を懸命に動かしてぱたた、とゆっくり羽ばたく。
心得たようにリリーが窓を開けに行く。
「ラドリさんは、またお菓子を貰って食べ過ぎると腹壊しやすよ?」
ニヤニヤしたガイが、ラドリに向かって揶揄うように言う。
ちなみに神鳥らしいと知ってから、ガイはラドリを『ラドリさん』と呼んでいる。
……決して敬っている訳ではなく、完璧におちょくっているのだと思うが。
不安定にゆっくりとホバリングしていたかと思うと、ラドリが一瞬にして消えた。
凄い速さで目的地まで飛んで行くのだ。
何度かガラスやカーテンに風穴を開けられ、羽ばたき始めたら窓を開ける、というルーティンに落ち着いたのである。
そうして、ようやく翌日領都に遊びに来た王子は辺りを見回しては『何もない』だの『変な食べ物』だのと文句を吐きながら歩いていた。
……王子達がアゼンダに到着する数日前に、商業ギルドを通じて各店舗に王子御一行が訪問する事は通達してある。
一応マグノリアが絡みさえしなければ、案外まともに成長したブライアンと、王子のフォローする事に義務感で一杯のガーディニアが諫めるが、如何に田舎であるかを吹聴している。
領民のフォロー役にディーンがため息を飲み込みつつ付き従っており、領民を王子の横暴から守る為、騎士がギンギンの臨戦態勢である。
……一応常識派の不憫護衛騎士は、そっと胃のあたりを押さえ、無念と言わんばかりの表情で護衛をしていたのである。
「おい、これは幾らだ?」
王子がスパボーを指さし、値段を聞く。
スパボーはパスタを揚げて塩や香辛料、時に砂糖などをまぶしたスナック菓子である。
地球の縁日や居酒屋のおつまみにあった揚げ物を、マグノリアが食べ歩きの飲食として再現したもののひとつで。
ちなみにここのスパボーは、クレイジーソルトもどきで味付けをしてある。
「三中銅貨です」
後ろに控えるギルモア騎士団に向かって、露店の店員が口を開いた。
「中銅貨……? ほら、これで」
王子は小金貨(約百万円)を差し出した。
「…………」
店員とディーンと騎士達が絶句する。
「お釣りじゃないのか?」
早くしろと言わんばかりに王子が眉を顰める。
「いえ……釣りが無いので……」
「そんな訳無かろう? 中銅貨より小金貨の方が高いのではないか?」
いや、そうじゃないと絶句した人間達が微妙な顔をする。
「こ、ここは立替ましょう……すみませんこちらで」
「……どうも」
空気を読んだディーンがいそいそと中銅貨を三枚出し、店員の手に乗せる。
店員は、微妙な顔で王子の顔とディーンの顔を見比べ頭を下げた。
「ほら」
今度はディーンに向かって小金貨を差し出す。
ディーンは、首と手の両方を横へ振って拒否した。
「いえ! 私の手持ちではお釣りを払いきれませんので」
「そうか? 悪いな、馳走になる」
ちょこんと頭を微かに下げると、キョロキョロと座る場所を探した。
……誰かさんと違って、きちんと座って食べるようである。
「ベンチがあちらにございます」
騎士に案内され移動すると、ガーディニアの前にスパボーを差し出した。
ガーディニアは吊りあがり気味の蒼い瞳を不思議そうに瞬かせる。
「……?……」
「食べてみると良い。私もガーディニアも、外でこのように食べる事など無いだろうからな」
「……ありがとうございます」
ちょっと困った様な顔をしながらも、一本をそっと指で摘まむと、王子に頭を下げた。
思わず侍女の方を見るが、止めるような事もせず、黙って頷いている。
意を決したように小さく齧ると、微かに瞳を瞠った。
「……美味しゅうございます」
そう言ってふんわりと微笑む。王子もそれを見て口角を上げた。
側近達もディーンも、そして騎士達も、キョロキョロと周りを見渡す。
(……いない、だと……?)
神出鬼没で令嬢としてアウトな顔をした子爵令嬢が居ない。
……ディーンに関して言えば、辺境伯家に彼女が居る事を知っているにもかかわらず見回してしまった。
条件反射とは恐ろしいものである。
(天変地異の前触れか……?)
ブライアンは思わず、見えない何かを確認するかのように空を見上げたのであった。
「あ、いたいた~!」
野太いけどおっとりしたような声が辺りに響く。
全員が声の方を振り返ると、ハゲているのに後頭部のみ赤毛をくくり、ド派手な異国風の服――ベストとズボンのみを着てる、何故か半裸(……と、言っていいと思う)の男が、王子御一行の方へ小走りで近づいて来る。
山賊か盗賊のような格好に、筋骨隆々の身体。
思わずアスカルド王国から来た騎士は警戒を強めるが、反対にギルモア騎士団は一気に緩んだ空気になる。
「ヴィクターさん!」
ディーンは男に呼びかける。
アゼンダでは有名な、冒険者ギルド長兼魔法ギルド長である。
本来ならヴィクター様と呼ぶ所であるが、そう言うと逆に悲しんでしまう為、基本的には今も変わらずさんづけで呼んでいる。
「知り合いか?」
「はい」
王子がディーンにたずねる。
何と説明すれば良いのか逡巡していると、側近のひとりがヴィクターに噛みついた。
「おい、平民! 気安く我々に声を掛けるんじゃない!」
「はぁ?」
一瞬きょとんとしたヴィクターは、イキッた少年をジロジロと、頭の上からつま先まで確認すると、ふん! と鼻で笑った。
「何だ、その態度は! 不敬だぞ!!」
笑われた少年は厳しい顔をして怒鳴りつけている。
「……『不敬』って言うのはなぁ、身分が下の者は使えないんだよ……?」
「……い、いだだだだ!!」
ヴィクターは大きな手のひらで少年の頭を掴むと、ギリギリと締め付けながら上へと持ち上げる。
少年は痛そうに叫び声を上げながら、手足をバタバタと振り回しているが、流石現役冒険者兼ギルド長。
どれだけ怪力なのかビクともせずにそのまま持ち上げて、視線を合わせた。
「そんなに身分で張り合うなら、そっちを特別に教えてやろう。僕の名前はヴィクター・カシミール・ブリストル、だ。流石にアホでもブリストル家は知ってるな? そういうお前はどこの家の者だ?」
正体を知らない者達が、予想外の正体を聞いて大きく瞳を瞠る。
ガーディニアは両手で口元を押さえ、アイアンクローで吊るされた少年は、息を飲んで、嘘だろう、と小さく呟いた。
ぺっ! と言わんばかりに側近の少年を投げ捨てると、ジロリと王子を見た。
「……やっぱり不敬とか言ってんじゃん。ったく。さ、行くよぉ!」
少年は這うようにして王子の後ろへ隠れると、ヴィクターは顎をしゃくった。
「……何処へ行くんですか?」
「体験学習。領主確認済みで、是非にとの事だよ。さ、みんなさっさと歩くよ!」
有無を言わせない圧で言うと、腕組をして再び厳しい顔をする。
(……前ぶれ……)
ブライアンは非常に変な格好をしているが、タダ者で無さそうなヴィクターを見て、警戒からか、口を強く引き結んだ。




