アーノルド王子達の毎日
「何だか要塞では大変みたいね」
「結構騎士さん達に絞られているみたいだよ」
絞られる彼らが可哀想なのか、相手をさせられる騎士たちが可哀想なのか。
ヴァイオレットがアゼンダへ滞在中、執務はしなくて良いと気遣ってくれたふたりであるが。
ゲームのあれこれを目の前で堪能する事をモットーにしているヴァイオレットは、攻略対象者である王子ご一行様と、悪役令嬢であるガーディニアのイベントを目撃する為に、毎日毎日飽きもせず彼等の元に通っている。
一応第二悪役令嬢という立場であったマグノリアはというと、彼等とはこれっぽっちも関わり合いになりたくない上に、悪役令嬢そのものを返上と言うか拒否というか……
よって、ヴァイオレットが見学に外出している最中は、いつも通り執務と学校建設に向けてのあれこれをこなす事になったのであった。
「ガーディニア様との交流はちゃんと持っているの?」
「うーん、友人というか側近と遊ぶ方が楽しいみたいだね……」
釣った魚に餌はやらないと言う事か。いや、元々餌はやっていなかったか。
ガーディニアもなぜあんな王子が良いのか、マグノリアには理解に苦しむ。
「王子ってさぁ、マーガレットに凄い優しいのに……何か他のご令嬢に優しくないんだよね」
ヴァイオレットが小さくため息をつきながら言う。
ちなみにマーガレットとは、まだ見ぬゲームのヒロインである。
「そういう仕様なんだよ……っていうか、俺様って微妙だわ~」
切って捨てるようなマグノリアに、同じテーブルについているセルヴェスとクロードが複雑な表情で瞳を瞬かせた。
――セルヴェスとクロードも、ヴァイオレットが転生者である事を知っている。
マグノリアにゲームの知識を、事細かに教えてくれたのがヴァイオレットだからだ。
一応他の人の手前もある為、確信的な一言は言わない様に配慮しているふたりであるが……
「元々、この旅行って『ない』んでしょ?」
「知る限りでは。如何せんマーガレットありきだからね」
ちょいちょい、微ポロリをしている。
問題は、どうも王子に関しては、元の設定よりも面倒な事になっている気がすると言う事だ。
今日もディーンは無理矢理王子達と合流させられ、領都見物に出ているそうである。
大変お疲れ様な事である。
一応、辺境伯家から断るかと確認したが、余り断り過ぎても角が立つとかで、しおしおと出て行ったのだ。
……代わりに、珍しく見学という名のストーキングしに行かないヴァイオレットがここに居るのであるが。
「でも、セルヴェス様とクロード様とお茶をしてるなんて、前世なら考えられないわぁ」
うっとりするヴァイオレットに、引き気味のふたり。
ヴァイオレットの推しではないものの、そのゲーム全てが大好きと言って憚らない彼女。
当然隠し攻略キャラのクロードの事だって嫌いではない。
むしろ彼女の最大の推しであるジェラルドの小さい頃の話を教えてくれと、それはもうグイグイと容赦なく追及していた――クロードはドン引きである。
面白がって赤ん坊の頃を始めあれこれ暴露したセルヴェスは、ヴァイオレットの中で好感度爆上がり中である。
「……そう言えば、ヴァイオレット嬢はプレクラスはどうなのか?」
クロードが、自分の時には無かった制度な為、ちょっと気になっている様なのだ。
「そうですねぇ、内容的には前期以前なので、正直あっても無くてもですね。社交の為のクラスです」
ばっさりとした内容を聞き、ガッカリ気味な表情でお茶を飲むクロードに、セルヴェスとマグノリアは苦笑いをした。
ちなみに、ディーンに飛び級をさせようとして断られたらしく、そちらもガッカリしていた。
学院の教師たちが黄金期と呼ぶ期間の、最後のトリがクロードなのだそうだが……コレットから始まり、ジェラルド、フォーレ家の数名、クロードと、優秀な生徒が続いた為設けられた制度なのだそうだが、誰も使用した事が無いそうだ。
「王子以外はどうなの? ブラ兄とルイ様だっけ?」
「みんなイケメンではあるよね。ブライアン様はまだ少年っぽさがある。ルイ様はめっちゃ可愛い。ちょっとディーンと被るかもね」
にこにこ顔のヴァイオレットに、辺境伯一家は微妙な顔をした。
「ヴァイオレット様は殿下と側近の方々にお詳しいのですねぇ」
お茶を取り換えがてら、リリーが感心しながら話し掛ける。
「ヴァイオレットは王子近辺の事に詳しいマニアなんだよ。オタクとも言うけど」
「『まにあ』で『おたく』でございますか? 何か凄そうですねぇ……」
聞きなれない言葉は大変な事の前兆だ。それがふたつもついている(?)ヴァイオレットに、リリーは静かに息を飲んだ。
いつもは聞き耳を立てるガイも、今日は庭で珍しく庭師の真似事をしている。
いい加減、もう少し庭を整えた方が良いのではないかと言った所、護衛が必要ない時にのんびりと庭を整えているのだ。
色々と万能なガイであるが、どんな庭が出来上がるのであろうか。
毒草だらけにならないと良いが……時折マグノリア達も手伝いをしながらそう思っている。
ラドリは鴉達と遊んでいるらしく、先ほどから忙しく頭上を飛び交っており……何だか色々、騒がしい今日この頃だと思う辺境伯一家なのであった。
*****
「今日の訓練はここまでだ! 各自配置へ着け!!」
「はっ!」
朝の訓練が終わった。
王子御一行はディーンとブライアンを除いて、へたり込んでいた。
「何故私たちまで毎日訓練を受けねばならぬのだ……!」
負けん気だけは強いアーノルド王子が忌々しそうにボヤく。
「さぁ、殿下方は早く部屋へお帰りを」
お前たちが居ると片付かないと言わんばかりにセルヴェスに追い立てられた。
「……それとも、追加で訓練をお望みか?」
ギロリと不穏に光る瞳に睨みを利かせ、未だ息の整わない人間を見下ろす。
睨まれた王子と側近たちは、動かぬ身体を叱咤して、ヨロヨロと歩き出した。
「フン! なまっちょろくて話にならんな。そんなんでは国も守れねば王子も守れぬぞ」
セルヴェスはヨタつく後姿に捨て台詞を投げつけた。
そっちが好き勝手言って来るなら、こっちの流儀に則って貰おうと、王子とその側近たちを『健康の為』と『要塞に宿泊する男子は漏れなく訓練をする決まりがある』と『王子とその側近の実力と安全の向上をはかる為』に軽い訓練をする事とした。
勿論王宮にも通達、了承済みである。
本当に軽い訓練である――ギルモア騎士団にとっては。
とは言え勿論身体を壊さない様には配慮されており、あの程度で動けなくなるのは鈍っている証拠だとセルヴェスとクロードの談だ。
アゼンダに来て一週間余り。
連日の訓練で筋肉痛で動けない人間は、部屋で休むことになった。
一応、かつてのお茶会で『悪魔将軍よりも強い』と豪語したアーノルド王子は、何とかかんとか動けてはいる。
多少身体がギシギシはしているが。
「殿下、大丈夫でございますか?」
「……うむ」
心配気に手巾を手渡すガーディニアに、言葉少なに受け取る王子。
イケメン王子は凛々しい表情をやや曇らせ、朝日に光る玉の汗を拭いておられる。
(はい! 悪役令嬢と婚約者であるメインヒーローのやり取り、頂きましたああぁぁ!)
遠くで鼻息荒く見守っているヴァイオレットの、視線と圧と令嬢の表情ギリギリ(?)の顔がヤバい。
彼女曰く、脳内に未だかつてないこれらの生スチル(?)を焼き付けているのだそうだ。
「…………」
「…………」
……ディーンは慣れというか諦めの境地であるが、王子と側近達が慄き、ドン引き、なるべくヴァイオレットと距離を置こうとしている事が丸わかりだ。
こんな感じの事がアゼンダについてから毎日行われている。
王子の素っ気ない態度にもかかわらず、ガーディニアは領都に程近い親類の屋敷から日参している。
(ガーディニア様も健気だな……)
ディーンとヴァイオレットの共通認識だ。
あんなに美人で献身的な婚約者を、どうして優しく扱わないのか疑問である。
「訓練の後は勉強ですぞ。着替えたらすぐに始めますぞ」
領都のニュータウンに、取り敢えずの新居を整えたフォーレ前学院長が、ふぉふぉふぉ、と笑いながら急かす。
「……せっかくの休暇なのだから、毎日で無くてもよかろう?」
不満気な王子がボヤくと、無表情のクロードが王子をロックオンする。
「確かに。こちらで新しい仕事を行っているフォーレ先生の手を毎日煩わせるのも……やはり俺がみましょうか」
「……!!……」
王子と側近が息を飲み、激しく首を横に振った。
丁寧である種細やかなクロードの教育は、きっちりかっちり手を抜かない事はご承知の通り。
冷ややかなる鬼の知のシゴキに初日の彼等は、魂が抜けていたのは記憶に新しい。
「なに、年寄りは朝が早いし、家はすぐそこですわい。勉強は学生の本分ですぞぉ?
……学力テストも今いち振るわなかったとか。この長期休暇中に苦手の克服と授業のおさらいをした方が良いですからなぁ。
前学院長の授業と稀代の天才の授業、どちらがお好みか?」
睨むクロードとフォーレを見比べて、観念したように頭を垂れた。
「……前学院長で……」
「ふぉふぉふぉ」
重たい足取りで進む王子達の後を、ガーディニアもついて行く。
彼女も一緒に教育を受けるのだそうだ。
王子を見守りたいのと、未来の王太子妃として、どれだけ優秀であったとしても事足りる事は無いという、ある種真面目な彼女らしい理由だ。
……ここから先は、ヴァイオレットは視線を逸らしながら、ギルモア家の馬車に乗る事にする。初日に参加してから、勉強には不参加を決めているそうである。
「今日の午後は近くの湖での舟遊び、遠乗り、帰宅して読書、夕食、皆様との歓談の時間、そして就寝となっております」
ギルモア騎士団の臨時の王子担当者と王宮より連れて来た護衛騎士達で、本日の予定を確認する。彼等にセルヴェスが頷く。
「ではそのように警護を頼む。くれぐれも王子御一行に怪我などが無いように頼む」
「は!」
返事をしながら、今回も貧乏くじを引いた不憫護衛騎士が、哀しそうな瞳でため息を飲みこんだ。




