到着
(変なのに目をつけられたなぁ)
可哀想に。
ユリウスはこれから暫く振り回されるであろうディーンを思い、ため息をつく。
それにしても、何で国王と王妃は息子のアゼンダ行きを許可をしたのだろうか? いきなり王家の人間なんぞが出掛けて行ったら、相手に迷惑が掛かると説明はしなかったのであろうか? 疑問である。
この国の王家の対応に首を傾げるばかりだ。
ユリウスはひとりになった寮の部屋でゴロリと横になり、ぼんやりと天井をみつめた。
帰省した人間が多いのか、寮内はいつもよりも静かだった。
せっかく留学をしているのだ、ディーンに言った通りアスカルドのあちこちを回ってみるつもりでいる。
まずは東狼侯の領地だろうか。それともシュタイゼン侯爵領にすべきか。もしくはオルセーの町を見るか。
宰相であるブリストル公爵領も確認が必要だろう。確か長男が領政を行っていると言っていたはずだ。
アゼンダへ行く前に、ギルモア侯爵領も確認した方が良いであろう。
大国であるが故、その移動もなかなか大がかりだ。
六年あるのだ。焦らずに楽しみながら見るのが良いだろう。
つらつらとそんな事を考えながら、夏休みの計画を立てて行く。
……アゼンダに行くのは今休暇中の一番最後になるだろう。
アーノルド王子たちと入れ違いになるようにしなければならない。
念のため寮と学院に帰省届け(嘘)を提出し、数日遅れて帰るような心積もりでいた方が良いだろうか。
留学生が無断欠席をしたら騒ぎになるだろうが、届けさえ出してしまえばわざわざ自国へ問い合わせはしないであろう。
出来る限り自国には帰りたくない……あの国は今の自分には合わないと思う。
いつか合うようになってしまうとしたら、それはそれで人間としてどうなのかと思うが。
(……とにかく、自分が皇帝になったらまず一番にあのおかしな後宮をぶっ潰そう。おかしな輩が溢れている上に非常に維持費がかかり過ぎる。撤廃だ撤廃!)
取り敢えず。
久々の誰もいない上に、故郷と違い安心できる空間を得た事で、数日は惰眠を貪ろうと決めたユリウスであった。
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王都を出て四日ほど。
やっと見慣れたアゼンダの領地へと入った。
ディーンは周りを見渡してホッとする。
ここまで来ればもう少し。今夜は実家でゆっくりと休める事だろう。
領都にある要塞に、王子たち御一行様の馬車が到着した。
要塞の上部から見ると、王子とその側近、更にはそのお世話係を加えた団体はちょっとした隊列をなしており、かなりの人数にのぼるだろう。
世話をする人間はつけるので少人数でと伝えた筈だが、通じなかったとみえる。
……まぁ想定内である。
迎え入れるこちらの負担などは全く考えないのであるからして。
要塞の硬い扉の前に、この国最強を誇るギルモア騎士団が並んでいた。
そうは言っても本部にいる騎士だけであるので、実際の人数の数分の一であるが。
最前列に騎士団長であるセルヴェス、副団長であるクロードが、ギルモア騎士団の黒い制服を纏い立っていた。
ヴァイオレットの脳内では(隠し攻略者!騎士バージョン!!)と大賑わいであるが、他の人間からすれば威圧感ただならぬ大男がふたり、まるで睥睨するかのように立っているので軽い恐怖心を覚える。
人によっては騎士然とした佇まいを、凛々しいと思うかもしれないが。
怒っておられるな、とふたりの顔を見てブライアンは内心でため息をついた。
「出迎えご苦労である!」
アーノルド王子が労うと、セルヴェスを始め騎士一同は膝を折り礼を取る。
……騎士であるが故、皆きびきびした動きではあるが。内心はため息どころか罵っているかもしれないなと、重ねてブライアンは思った。
「遠路はるばるお疲れ様でございました……こちらが皆様がご宿泊される要塞となります。お部屋のご用意は出来ておりますので、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ」
決定事項を告げるセルヴェスの低い声が響く。
王子と側近たちは、首を傾げた。
「要塞……? 迎賓館ではないのか」
当たり前のように問われ、セルヴェスとクロードが侍従長らしき人間を見る。
侍従長は焦ったように王子たちを宥めた。
「先日申し上げました通り、パレスは改装工事中でございます!」
「しかし、それは何日も前であろう? 普通、王家の者が来るのだ。どんなことをしても終わりにしておくであろう」
まったく悪びれない様子で口を開いた。
「大きな工事故、間に合わないと申し上げた筈ですが。伝達に不備がございましたか」
ひんやりとしたクロードの言葉に、侍従長はブンブンと首を振った。
「いえ! いいえ!!」
……再三却下の申し入れがアゼンダ側からは届いていたのである。それを王家が無理矢理構わないと言ってねじ込んだのだ。
「ならせめて領主の城へ招待するか、最悪、宿ではないのか?」
「……領主館は質素倹約を主にしており、とても王家の方にお泊り頂く所ではございません。ましてこの大人数、入り切れませぬ。
アゼンダでは貴人用の宿は無い為、対応や警備に不備があってはいけませんので要塞になるとお伝えした筈なのですが」
全くもって感情が乗らないクロードの美しい顔が怖い。
まるで美しい氷の能面のようである。
……ところが王子は強心臓なのか、自分が歓迎されないなどとは露とも考えないのか。大きくため息をついて言い放つ。
「まぁ、田舎の辺境ゆえ仕方なかろう。安全と言われてしまえばなぁ」
「そうでございますな。特に見るものも無い田舎ゆえ、早々に帰られたら宜しいかと存じます。とんぼ返りも何でしょうからご不便でしょうがこちらにご一泊され、早々に帰られよ」
威圧の籠ったセルヴェスの言葉を聞き、王子の側近たちは流石に自分達が歓迎されていない事に思い当たったらしく、視線を泳がせていた。
「不備は不問にしてやる。マグノリアが見当たらないようだが、出迎えには来ておらんのか?」
――不備。
ディーンとブライアンは項垂れて目をつぶった。
侍従長と側近たちはオロオロと王子とセルヴェス、そしてクロードを見比べていた。
「……マグノリアは年少ゆえ、ご遠慮させて頂きました」
「遠慮せずとも、どうせ側妃になるのだから構わぬ」
「その様なお話は両家に出ておりませぬ。あれも望んでおりませんので」
王子の後ろで肩を強張らせたガーディニアを見て、今度はクロードが口を開いた。
「アーノルド王子とガーディニア様のご婚約、誠におめでとうございます。おふたりの末永きご多幸をお祈りしております」
ガーディニアは淑女の礼を返す。
それをみてクロードも礼を返すと、侍従長に向かってまるで笑っていない笑顔を向けた。
「王子方を中へ。そして侍従長はこちらへ」
どこか不満そうな王子をよそに、全員がいそいそと動き出す。
そして、がっくりと頭を垂れた侍従長と、申し訳なさそうにセルヴェス達に頭を下げたブライアンとディーンがいたのであった。




