アゼンダ辺境伯領のガイ・後編
本日2話目です。
前のお話が未読でしたら、お読み頂ければ幸いです。
「何をやっていなさるんだ?」
皺枯れた庭師のお爺ちゃんの声がすると、部屋の中で対峙していた(?)二人が振り向いた。
開いた扉には弟子である庭師の青年に抱えられ、腰をさするお爺さんが立っていた。
後ろには困った顔をしながらティーセットを持ったデイジーが。
「いや何。ちょっとばかり人攫いか爺さんの仇に間違われていたところだ」
男が肩を寄せておどけると、お爺ちゃんは片眉を上げ、ニヤリと笑った。
「無理もねぇ」
(ああ、本当に腰痛なんだ……)
良かった。ホッとして大きく息を吐きだすと身体から力が抜ける。
「……お客しゃまにゃら、今日は帰りゅね」
マグノリアが庭師のお爺ちゃんに向かって暇を告げると、
「いや、このガイなら嬢様が知りたい事を色々知っていると思いまさぁよ。なかなか話す機会も無いだろうから、話すといい」
「でも……」
「なぁに、嬢様がお部屋に帰りなさった後、食事にでも行きまさぁよ」
ゆっくり部屋の奥へ移動しながら、かかかと笑う。
「デイジーはここで休んで居るといい。ガイはセルヴェス様の懐刀だ。大丈夫」
思っても無く目の前のおっさんが『悪魔将軍』の身内と知り、マグノリアは俄然興味が湧く。
(お嬢様、と言う事はジェラルド坊ちゃまとクジャ……ウィステリア様の子供……? 聞いた事が無いな……)
ガイは難しい顔をしてお爺さんに向き直る。いつの間にか自分の隣に移動したお爺さんに、小さな声で、彼にだけ聞こえる様に囁く。
「爺さん、この『お嬢様』は……」
「ああ。ギルモアの『隠されたお嬢様』だ」
「何故」
「さあなぁ」
静かに肯定すると、小さくお爺さんは頷く。
「何人もの使用人が旦那様に聞いたが。嬢様とお家の為と言う事以外、口を噤んでいらっしゃる」
「……そうか」
(これは、思わぬ土産話が出来そうだなぁ……)
ガイは主の母親によく似た女の子を見て、心の中で独り言ちた。
オランジュリーの中にある小さな四阿にお茶の用意をしてもらうと、二人はいよいよ向き合って話をすることになった。
「さっきはごめんなしゃい。お爺ちゃんはいにゃいし、あにゃたのただ者でにゃい感が凄すぎて、ちゅい警戒ししゅぎちゃって」
「いやいや。その位警戒心が強い方がいいですよ」
放っておいたら問答無用で切りかかられそうな勢いだったが。ガイはマグノリアの言葉に苦笑いをしながら頷く。
「あっしはガイと申します。アゼンダ辺境伯・セルヴェス様の下で働いてます」
「わたちはマグノリア・ギルモアでしゅ。父はジェラルド、母はウィステリアでしゅ」
「ありがとうございます。で、あっしに聞きたいというのは何でしょうか?」
(オッサンの言葉遣いが変化したな……何とも掴みところが無い感じだね……)
ガイと名乗る男は胡散臭い顔でニコニコしている。
発言を促されると、マグノリアはうーん、と小さく唸って、どう聞いたものか思案した。
なるべく的確に、しかしマイルドに行きたい。
「……えっと、まじゅ、領地間の人のにゃがれって、どの程度把握出来りゅものなのかしりゃ?」
「ん?」
見た目幼女から放たれる質問に、ガイは暫らく固まった。
……予想していた『幼女の質問』とは随分違うものだった。
「例えば。他領の修道院や孤児院に秘みちゅ裏に入ったとして、しょのまま入れましゅか?貴じょくの子が行方不明ににゃった場合、やっぱしあちが付くのかしら」
(――どういうことだ?)
ガイは困惑する。
「うん……まあ、低位貴族と高位貴族じゃ全然違うと思いますよ。それに普通、領主の子どもが行方不明になった時点で大騒ぎでしょうからねぇ。何処の修道院でも孤児院でも、小さい子供が入れてくれって独りで来ても何の調査も無くは入れないと思いますし」
やっぱりそうだよな、とマグノリアは渋々と言ったテイで頷く。
「このしぇ界では、子どもは親にとって搾取出来る資源でしゅものね」
「いや……そういうのじゃあねえと思いますがね……?」
何と言ったものか。
ガイは明後日の方向から飛んでくる言葉に閉口した。
「じゃあ、他国だったりゃ? 他の国に行くにょに手形とか許可証とか身分証明書とかいりゅ? 密入国……森とかを抜けて、他の国にはいりゅ事はできりゅ? 領地とか国とかをでりゅのは難しい?」
「…………。」
ガイはいよいよ頭を抱え首を振った。絶句だ、絶句。
(何をする気なんですか! 頼むから、変な事はしねえで下さいよ……!)
マグノリアはマグノリアで、目の前のオッサンの様子に、いつもの(質問する)勢いは抑えたものの、話の内容は大人にとっては少々過激だったらしいと反省した。
姓を名乗らない事から、身バレしたくない――多分隠密とか裏のお仕事を請け負う人かと思ったんだけど。流石に子どもに密入国とか説明するのは気が引けるのだろうか。
「おほほほ。友人にょ疑問を代理で聞いただけでしゅ!」
「………………。」
取ってつけて笑うと、物凄いジト目で見られた。
元々細い目が、チベットスナギツネの様になっている。
むむむ。信用されていないっぽい。
「しゃい後にひとちゅだけ。孤児院の子どもは、養子として引き取られる以外に買わりぇることはあいましゅか?」
「はい」
今度は躊躇いもせず即答された。
そうか。二十一世紀の地球では表向き考えられないけど……やっぱりそうか。
そうよねぇ、この世界。
渋い顔をしたガイを眺めると、マグノリアは薄く笑った。
「では、金額はいくりゃ位かちってりゅ?」
「……年や性別で違いますが。幼児でしたら、小銀貨二、三枚程でしょうか」
「しょう。あいがとう、答えてくりぇて」
丁度迎えに来た侍女と手を振って帰って行く小さい背中を、暫らく目が離せずにずっと見ていた。
ため息も出ない。
……口調は身体に比べて幼過ぎるものだったが、内容はびっくりする位スムーズに理解できた。いや、話した言葉は理解できるが、内容は理解し難くはあるが。
かなり知能が高く色々理解しているらしい。三歳と言っていたが、とても信じられない会話。
かと言って、大人をからかっていたずらに聞いた雰囲気でもなかった。
隠されたご令嬢。
アゼリア様そっくりの女児。
王宮から、王家から距離を取っているギルモア家。
セルヴェス様の覚えた違和感。
クロード坊ちゃんの懸念。
「つーか……ジェラルド坊ちゃんらしく無いじゃねぇですか。何やってんすか?」
大人なのだからある程度放っておくのが本来だし、領を分ける今、場合によっては内政干渉にもなるかもだけど。
ぎゅっと拳を握りしめる。
(駄目っすよ……子どもにあんな覚悟した目ぇさせるなら、流石に黙って見ちゃあいられねぇ)
ガイは大きく息を吐くと、必要な情報を探りに行く。
情報収集は彼の得意とするところだ。何処へだって入り込んで、必要な情報を手に入れるのだ。




