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【コミカライズ2巻8/19発売・小説6巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第六章 アゼンダ辺境伯領・バカンスは大騒ぎ編

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辺境伯家のお客様

 季節を少しばかりさかのぼって。

 例の如く社交の時期を三分の二程こなして、クロードが辺境伯領に帰って来た。


 ちなみに、セルヴェスが前半を務める場合は三分の一をこなしたら交替だが。


 余程の申し送りが無い限り、クロードが到着したらすぐにセルヴェスを出す事にしている。

 ……クロードと違って下手にあれこれ伝達すると、ああでもないこうでもないと言い訳して、なかなか出掛けようとしないからだ。


 元々、ホウレンソウは鴉や庭師、早馬などを使ってこまめに行っている辺境伯家だ。


 濃茶の瞳をウルウルさせ(逆効果)、散々愚痴を言いながら……交替で残りの三分の一を務めに行くセルヴェスを見送った訳だが。いつもと違うのはクロードがお客様を連れて帰って来た事であった。



 バタバタといつものやり取りが終わった後にクロードが馬車を振り返ると、ひとりの老人がゆっくりと降りて来た。


 眉尻が伸びて瞳を隠し、白いおひげに、魔法使いが着る様なローブを纏った小柄なお爺ちゃん。

 商業ギルド長よりも小さいだろうか。


(お話に出て来る魔法使いか仙人みたいだなぁ)

 そんな事を思いながら、マグノリアは丸い瞳をパシパシと瞬かせた。


「先生、こちらが姪のマグノリアです」

「初めまして、マグノリア・ギルモアと申します。ようこそアゼンダ辺境伯領へお越しくださいました」


 紹介され、条件反射で淑女の礼を取る。

 ホウホウ、と小声で笑うように頷きながら、先生と呼ばれたお爺さんがマグノリアを見た。


「私はフォーレと申します。以前王立学院で教師をしておりました」


 どうもクロードは、実際に学院で教師をしていた人を招いたらしかった。

 以前マグノリアが、学校経営について知っている人はいないもんかとボヤいていたからであろう。


 お爺さん先生の自己紹介を聞き、クロードが首を横に振る。


「……前学院長だ」

「えっ」


 もう一度、お爺さんをみる。フォフォフォ、と言いながらゆっくりと肩を動かして笑っている。

 ……だいぶ大物を連れていらっしゃったようだ。



 旅の疲れを癒す間もなく前学院長ことフォーレは執務室へ突進すると、苦笑いするクロードから入室の許可を捥ぎ取りソファに鎮座した。

 ……見た目はお年寄りだが、フットワークは物凄く軽いようである。


 そして知りたかったらしい航海病についてのあれやこれやを、片っ端からマグノリアに質問しては聞き出されまくった。


 ……言えない事や説明し辛い事の多いマグノリアは、精根尽き果てたようにゲンナリとしている。


 こればっかりはクロードに助けて貰う事も出来ない。

 だって、大元の知識が地球の物であるのであるからして。


「ホウホウ、果たしてどんな書物なのですかなぁ。それなりに色々と読んだ身ではありますが、読んだ事のない書物のようですなぁ」

「…………」


 そりゃそうでしょうね。思わず心の中でボヤく。

 気になりますなぁと言われてどうしたものかと思いながら、笑って誤魔化す。


『根掘り葉掘り~』


 ぴちち、とラドリがマグノリアの頭の上で鳴いた。

 爺さんだと媚びるつもりも無いらしい。はっきりした小鳥である。


「おや、これはエナガ?」

 フォーレはラドリにずずいと顔を近づけると、つぶらな灰色の瞳でまじまじと見つめる。


『カレー臭、カレー臭☆』

「「…………」」


 クロードとマグノリアは何とも言えない表情で視線を合わせる。

 頭から小鳥を振り落とすと、ホバリングするラドリの小さなくちばしを素早く摘まんだ。


「ふぉっふぉふぉ。辛口なひな鳥ですなぁ」


 ご機嫌で笑うフォーレに、早口で答える。


「……に、見えるインコです」

 だって、エナガも千鳥も話しませんからね。


「ほう。インコのひなでこんなに上手く話すとは……ギルモア家はみな優秀ですなぁ」


 …………。

 別に、血縁うんぬんは関係ないであろう。


 クロードは誰とも血は繋がっていないし、マグノリアの知識は前世からの借り物である。

 ……ラドリは鳥の形をしたUMAだ。家族の一員とは思ってはいるけれど。


 だが何か言うと墓穴を掘りそうで、マグノリアは押し黙った。



 質問攻めが埒があかなそうなのでこれ以上は御免と、暇をしようと席を立とうとすると、フォーレが口を開いた。


「マグノリア様は、学校を作られたいそうですな。草案を見せて頂きました」


 以前セルヴェスとクロードに見せたものであろう。

 爺さんを横目で見ながら様子をうかがう。

 再び説明できないものの質問になったら退室する為だ。


「……私学でありますから、ある程度自由であって良いと思いますが、馴染みのある形からという考えは悪くないかと思います。様々な理由で王立学院に来れない者にも開かれた学校になるやもしれません」

 

 どうせ作るのなら、少しでも多く役立つ方が良い。

 平民と貴族と分けないとしたいのもその為だ。


「一番必要な学問は何だと思われますかの?」

「……どれも必要なものですが。学問に高低は無いかと。ただ現在の世界で言うならば医学がより進んで欲しいと思います」


 どういう意図で質問をしているのか解らない。

 マグノリアは慎重に、だけど自分の思う事を正直に話す。


「まだまだ大きく発展すべき分野だと思います。ですが、今現在、私が手掛けられる学校でも分野でも無いと思います……それ以前の、段階です」

「……そうですなぁ、そうでしょうなぁ。して、どういった学校を御作りになられたい?」


 自分が関わるべきか……助言すべきかを確認しているのだろうか。

 マグノリアは姿勢を正す。


「みんなが学べる学校を。より良い生活や生活を手助けするものとして、自分の可能性や選択肢を増やす為の武器になるようなものを身につけられるような場所を作りたい、でしょうか。


 人によって、学ぶ意味も理由も様々だと思うのです。様々であって然るべきかと。

 ある方は知的活動の一環と言うでしょうし、ある人は人類の為と言うでしょう。他の人はただ生活の為と言うかもしれませんし、将来の為にと言うかもしれません。また、人類の知識を後世に伝える為と言うかもしれません。


 ……私はその理由や意義を問おうとは思っておりません。それぞれ尊重されるべきだと思うからです。

 自分なりの理由で学び、自分なりの意味を見つけ出す様な活動のお手伝いをする為の場所を作りたいだけです」


 フォーレは飾り気なく紡がれる言葉をじっくりと噛み締める様に確かめながら、小さく何度か頷いた。


「……なぜ、そんなに他者の為に動かれようとするのですか?」


「辺境伯家の人間であり、有難い事に行うだけの手札を持たせて頂いているからです。それに……自分だけで出来る訳ではなく、祖父や叔父を始め、沢山の方々のお力を借りながら実現するものです。


 ただ、初めから全部は出来ないでしょう。段階を踏まねばならないものも多いと思います……学校も領民の意識と実力も、私自身も」


 つぶらな瞳を開いて、マグノリアをしみじみとみつめた。

 その瞳は温かな慈愛に満ちた、教育者のものであった。


「……良く解りました。お教え下さりありがとうございます。それでは明日から新しい学校について話し合いを致しましょう。この爺の力では到底及びますまいが、解る範囲出来る範囲、全力でお手伝いをさせて頂きたく思います」


 ゆっくりとした言葉を、今度はマグノリアが噛み締める。


「……ありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します」

 

 拙い言葉ではあるが、気持ちは何とか届いたらしい。

 マグノリアはほっとしながら礼を言い、丁寧に頭を下げた。

 



 歓迎の夕食が終わり、フォーレとクロードの語らいが終わり。再び執務室に灯りがともった頃。執務室をマグノリアが訪れた。


 ノックの音に直接扉を開けたクロードが、マグノリアの姿を見て首を傾げた。


「どうした?」

「いえ、お礼を言おうと」

「礼?……廊下は冷えるから中へお入り」


 春といえ夜は寒い。取り敢えず廊下を歩いて来た姪っ子を招き入れると、ソファに座らせ、保温されたお茶を注いで手渡す。

 ふうふうとカップに息を吹きかけると、こくりとひと口飲み込んだ。


「社交や会議でお忙しい中、前学院長先生をお連れ頂いてありがとうございました」

「いや、先生の親類と知り合いだっただけだ。俺や父上がすべき事でもあるのだし」


 そうは言っても。本来は無理にしなくても良い事でもある。

 余程無茶な事や実現不可能な事で無い限り、忙しい身でありながら反対もせず、手伝ってくれているのは本当に有難い事だ。


「……領民の為になる事だしな。中身はどうあれ実際の身体は子どもなのだし、大人がサポートするのは当たり前だろう。だから気にする必要はない」 


 こういう所だ。普段は厳しいくせに、肝心な所ではとても優しいのだ。


「それでも。いつもありがとうございます」

 礼を繰り返すマグノリアに、少し目を瞠った後、表情を緩めた。


「うん。だが大丈夫だ……父上も俺も存外楽しんでいる」


 マグノリアが起こすあれこれ……時に面倒事も奇想天外な事も。

 勿論楽しい事も。元々の視点の違いからか自分では気づかないであろう事や、未だかつて無い程に領民達と力を合わせる達成感も。


 時に頭を痛めつつも、愛らしくも台風のような姪っ子との日々を、愛おしく思っている事は確かだった。


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