婚約発表
王都では社交のシーズンを迎えた。
今年は重大発表があるらしいと噂されており、ざわざわと皆浮立っている様子が見て取れる。
少し離れた場所では、シュタイゼン侯爵が機嫌よく語らっている姿が見えた。
なるほど。
(……決まったんだな)
クロードは周りを囲む顔ぶれを見て、今後の彼の苦労を慮る。本人が良しとするのならばよいのであろうが。
……とは言え、これでジェラルドとマグノリア両方の希望が叶った訳だ。
彼女の言う強制力というのがどの位の強さを持っているのかは解らないが、ほぼほぼマグノリアが王家に嫁ぐことは無いと思って良いであろう。
詰めていた息を大きく吐く。
もうじき宴も始まるであろう。
クロードは青紫色の瞳を一瞬伏せて考えていると、ポン、と肩を叩かれた。
振り返ると学院時代の同窓生がにこにこしながら立っていた。
「久し振りだね、クロード」
「……フォーレ?久し振りだな、いつ以来だ?」
珍しいものだ。
王立学院で教師をしているフォーレが宴に出席している事は稀である。
クロードの、いつもの仏頂面ながらも少々驚いたような様子を見て、フォーレこと、フォーレ子爵子息は可笑しそうに笑った。
「今年の宴当番はクロードだと聞いてね」
アスカルド王国の社交界は冬から春にかけて行われる。
辺境伯家は国境警備を任されている事もあり、セルヴェスとクロードが交替で出席する事にしていて、大体シーズン半分で入れ替わる。
特に前半が宴が多く、面倒な事から宴当番と呼んでいるのを何処かで聞いたのであろう。
「君の家のお嬢様の入学書類が届いてないんだけど」
「……姪はまだ十歳だが」
とぼけると、眉を大きく上に跳ね上げて続ける。
「来年度からプレクラスがあるだろう? まさか知らないとは言わせないよ?」
悪戯っぽく灰色の瞳を細めた。
「学院の教師もみんなマグノリア嬢の入学を待ち望んでいるよ! アゼンダの小さな女神と航海病について議論したい人間は山ほどいるからね」
ああ、と思う。
確かに学院の教師たちにしてみれば、誰もなしえなかった事をやってのけた少女に興味津々であろう。
「楽しみにしている所申し訳ないが、あの子は入学しないそうだ」
「……え?」
「既に独学で学院卒業程度の知識は習得済みだ。面倒事の予感もあってか、入学するメリットが無いと言っていた」
クロードの無慈悲な言葉に、フォーレは愕然とした表情で、身体をわななかせた。
「えーーーーーーっっ!?」
そして大きな叫び声に被せるかのように。
大広間一杯に、王家一家登場のファンファーレが鳴り響いた。
「一面婚約の事で持ち切りっすね」
昨日の王家主催の宴で、アーノルド王子とガーディニアの婚約が発表された。
ヴァイオレットノートを見れば、やはり学院入学直前の社交の時期と言う事だったので、同じ時期に婚約する事になっていたのであろう。
ノートと違うのは婚約者がふたりではなくひとりだけだった事である。
まだどうなるか解らないとは言え、マグノリアにしてみれば山を一つ越えた気分であった。
「っていうか、王子の名前ってアーノルドって言うんだ」
初めて知ったというマグノリアに、セルヴェスもガイもセバスチャンも微妙な表情を向ける。
「同じ年頃で王子の名前を知らないご令嬢なんて、お嬢位のもんっすよ?」
「興味ないんだもん」
国に一人しかいない王子である。
王子と言えば事足りるのだから、なにゆえ関わり合いになりたくない人間の名前を覚えなくてはならないのか。
「なかなかイケメンだと思いやすがねぇ」
「イケメンは、もう間に合っているよ」
周りにゴロゴロしているのである。勘違いなイケメンは不要である。
心底面倒臭そうな様子に、三人は顔を見合わせた。
『イケてないメン☆』
頭の上でラドリが何やら不敬な事を口走っているが。
四人は聞かないふりをした。
「……シュタイゼン侯爵領は織物が特産でしたっけ」
「そうだな。取引をするのか?」
「いえ、特には」
これから好景気であろう。
マーガレット・ポルタが現れるまでは。
「どういう事なんだ!!」
珍しく非力な学者の卵であるフォーレが、ガクガクと背の高いクロードを揺さぶっていた。
今日はもう婚約の事で一杯だろうと、お庭番に宴の情報収集の指示を出して帰宅しようとするが、一向に放してくれそうもなかった。
周りの貴族たちは何事かとふたりを見比べては首を捻っている。
仕方なく退散すべく、フォーレを引きずったまま出口の方へと進んで行く。
「……社交はいいのか?」
「それ所ではない! 学院の損失が掛かっている!」
そんな、オーバーな。
クロードはため息をつくと、馬車の中にフォーレを放り投げ、自分も乗り込んだ。
「出してくれ」
御者台に向かって声を掛けると、ゆっくりと馬車が動き出した。
「……二年前の事件を知っているな? あの子は他の人間を巻き込みたくないと思っている」
「爆破事件か?」
……襲撃の文字は何処に行ったのか。
爆破事件だけでは、マグノリアが引き起こした事象だけである。
クロードは苦虫を噛み潰した顔でフォーレをみつめた。
「……どうして事件と入学が関係あるんだ?」
「あの子は祖母に瓜二つだ」
「え」
フォーレが固まって灰色の瞳を瞬かせた。
「妖精姫」
「そうだ」
言葉少なに頷く。
……祖母であるのにもかかわらず、『妖精姫』と呼ばれるのはどうかと思うが。
実際に妖精姫を見た最後の世代がクロード達の世代だろう。
何の事はない、アゼリアが孫の学校行事にやって来たからなのだが。
お婆さんと呼ばれる世代にも拘らず、非常に若々しく美しい人であった。
「そりゃあ、事件も起こる訳だ……」
肯定するべきなのかどうなのか。
クロードは逡巡して沈黙した。
「……我々も通学させたいのは山々だが、本人の意志も固い。それに間違いなく騒ぎが起こるのは解り切っている」
本人が望む望まないにかかわらず、何故だか騒動が降って来る上に、王妃の問題とゲームの問題もある。
王都は鬼門であると言っても良いかもしれないのだ。
「はぁ」
そんな事を知ってか知らずか、いやに断定的なクロードの言葉に、フォーレは首を傾げた。
「そんなにマグノリアと皆語り合いたいなら、誰か近々学院を退職される人を知らないか? アゼンダで学校を作る予定で動いている。色々とアドバイスを貰える人材を探している所なんだ」
「領地が物凄く景気が良いって聞いたけど、学校を作る程なんだね」
多少正気に戻ったのか(?)、話を聞く体勢に入ったらしいフォーレがうんうんと頷いた。
「そういう訳でも無いが……だが、領や民の力を付けるには、教育はひとつの柱だからな」
穏やかな顔をして領地や領民の話をするクロードを見て、ふうん、とフォーレは首を傾けた。
フォーレ子爵家は、大勢の学者を輩出する一族だ。
分野はそれぞれであるが、一族の多くが学院に研究者として残り、教師をしている。
学院内で「フォーレ先生」と呼ぶと、数名が振り返る。
誰が誰なのか解らないので、大体名前で呼ばれる珍しい一族だ。
クロードの同窓生で万年二位だった彼はジョルジュ・フォーレ。
フォーレ子爵家の次男だ。
更には元々フォーレ子爵家はアゼンダの出らしく、数代前にアスカルドに居を移したと言う。
「……声を掛けてみるよ。暫くは王都にいるんだろう?」
頷くクロードを見て、フォーレは人懐っこい笑顔を向けた。
高位貴族と低位貴族、武闘派と本の虫。無愛想とお愛想笑い。
正反対であるふたりだが、相性は悪くないのだ。
子爵邸の近くに馬車をつけると、一度振り返り、大きく手を振って馬車を見送った。
やれやれ。
教師になっても何処か天真爛漫なジョルジュを見て、変わらないなと思う。
あんなんで、ちゃんと教師をしているのだろうか。生徒に舐められないのか疑問である。
見送られながら、クロードは苦笑いでため息をついた。
(誰か都合がつけばよいが。フォーレ家ならば長年学院に携わっているので、ぴったりなのだが……)




