今後の方針
マグノリアはため息をつくと、頭の上に乗って寛いでいるラドリを掌にのせる。
(……温かい。ふわふわだ)
普段チャラいし憎まれ口ばかり聞くけど、つぶらな丸い瞳はとても可愛い。
もこもこの羽毛も。
(動物セラピーってこういう感じなんだろうなぁ)
掌の上でまったりと寛いだままモフられているラドリをゆっくりと撫でると、専用のクッションの上に乗せる。
撫でられて眠くなったのか、小さく丸まって船を漕ぎだした。
暫くすると、いつものように鼻をぷぅぷぅさせて眠ってしまう。
マグノリアは声を出さない様に笑うと、もう一度そっと小さな頭をひと撫でした。
ディーンにばかり宿題を出して、自分は何もしない訳には行かないだろう。
自分に出来る事。
……何処からかこれ以上仕事を増やさないで! という声が聞こえるような気もするが……
自分の考えを纏めるように紙とペンを出す。
領内のこの二年はありがたい事に順調以外の何者でもない。
商会の経営も運営も、マグノリアが口を出す事は益々少なくなった。
幾つか商品を出しておいて、売り出す時期を見計らって貰えば滞りなく進むだろう。
もしくは、そろそろ本人達にアイディアを出して貰う頃合いかもしれない。
マグノリアが多少商会に関わらない時間が出来たとしても、問題無いであろう。
週二回の基礎学習を始めて五年近く経つ。
そろそろ次の段階に進んでも良いだろうか。
(この世界の学校制度を確認した方が良いな……馴染みがある方が取り入れやすいだろうし)
とはいえ、教育制度なんてあって無いようなものかもしれない。
比較的大きい国の方がそういったものに手間暇を割いていそうだが……
(アスカルド王国には王立学院しかないって言ってたよなぁ)
……マリナーゼ帝国の皇子もアスカルドの学院に留学しに来るという設定だった。
(本来なら自国の学校に行くだろうに。もしやマリナーゼ帝国には学校が無いとか?)
もうひとつの大国であるモンテリオーナ聖国はどうなのだろう。
イグニスとか砂漠の国とか……話で聞くばかりの国々はどうなのか。
紙に『各国の教育制度の確認』と記入する。
続いて、『内容』『年数』『金額』『身分差』『校舎』『必要なもの』『教師の確保』と。
(あ、でも日本で作られたゲームの世界なんだった……日本の制度に沿った方が良いのかな??)
世界の根幹が不確定で、思わず唸った。
ガイなら他国の事情にも詳しいだろうと聞いてみると、何と、大国にしか学校は無いと言われた。
過去には教会を主体にした寺子屋的なものもあったらしいが、戦争でそれどころではなくなってしまったとの事である。
……生きる方が優先なので、それは仕方がない。
ただ、思っていた以上に戦争の残した傷跡は大きいのだと実感する話であった。
(まぁ、そうだよね……長い年月をかけて復興するんだもんね……国の規模が小さい程国力に差があって然るべきだろう)
「マリナーゼ帝国の学校もアスカルド王国と似てやすが、内容がアスカルドの方が上なので、かの国の王族は近年留学してやすよ」
ほほう。
ちなみに軍事力はあちらの方が上らしい。
「……モンテリオーナ聖国に関しては、魔法学校なんで参考にならねぇと思いやすがねぇ」
魔法学校!
思わず紙を持つ手に力が入る。
(うわ~! めっちゃファンタジーの世界!)
地球で大ヒットした、眼鏡をかけた男の子の魔法学校でのあれこれを連想する。
とはいえ、実際の所は自分達に魔力が無い時点でお話にならないのでどうしようもないのだが。
いや。全部が全部魔法ばかりでも無いだろうから、魔法を抜いた所なら参考に出来るだろうか?
それに見てみたいものである――魔法を学ぶ所。
「……魔力が無いっすから、魔法学校に留学とか出来ないっすからね?」
何故かガイに心を読まれ、マグノリアが口を尖らせた。
「結局、常に何かをしていないと落ち着かないのだな……」
草案を持って執務室に行くと、クロードに呆れられた様に言われた。
リリーが結婚に踏み切ったのも、ここ最近は落ち着いた状況だったからと言うのもあったのであろう。
セルヴェスも草案を見て口を挟んだ。
「学校自体は良いと思う。やはり識字率の上昇は人々の力を底上げするからな。ただ、全員にというのはまだ早計だと思う」
クロードも頷く。
マグノリアも、この世界に義務教育の考えはなかなか浸透しないだろうとは思う。
今行っている二年の学習期間を『プレクラス』として、今よりも時間を増やし、小学校低学年くらいの学習内容を学べるようにする。
次の『前期』『後期』を王立学院と同じ三年ずつとして、似たような内容を学びつつ、そこに幾つか専攻ごとにクラス分けをし専門的な授業も加えて行く様に考えている。
その先に、専門学校や大学の様に、より高度な内容や研究をする機関を作る……としてみた。
「取り敢えずはこの『プレクラス』だな。初めから今の状態のクラスと、毎日学ぶクラスに分けるか、全てのクラスを数年かけ少しずつ授業日数や時間を増やして行くか……」
「教師側の問題もあるからな」
確かに、そこは気にかかる所である。
教師をしてくれている人達の意見も聞く必要があるだろう。
草案ももう少し詰めて、ブラッシュアップしなくてはならない。
頭の中でシミュレーションするように瞳を伏せるマグノリアを見て、セルヴェスとクロードは苦笑いをした。
学院へ通う所か、以前から言っていた本格的に新しい学校を作るつもりらしい。
また新たに走り出そうと助走をつけだしたマグノリアに、再び大忙しの日々がやって来るかも知れないと気を引き締めるふたりだった。




