辺境伯一家の日常
六章が始まります!
どうぞよろしくお願い致します。
クルースの町から、イカが大量に打ちあがったがどうしますか、と連絡が来た。
以前も同じような事があったが……魚の種類は違えど何度か同じような事があったため、言わずとも検査体制が確立されてきているらしい。
試薬を試したり周りを調査して、廃棄すべき時には廃棄、利用出来そうならマグノリアに連絡という認識も出来上がっている。
月日の流れというものは早いものである。
マグノリアもこの秋で十歳を迎えた。
「イカ……」
辺境伯家の人間が三人、揃って執務机から顔を上げた。
厳つい顔と綺麗な顔、可愛い顔が揃いも揃って『イカ』と呟く様は、いっその事シュールである。
刺身に塩辛、アヒージョにトマト煮込み。
一夜干しにパエリヤ。アラビアータに入れても良いだろう。
ニンニク醤油炒めにイカフライ、海鮮ピザにいかめし。青葉が香る握りずしに海鮮丼……
「ごはん……」
ううぅぅぅ、とマグノリアが心の涙を流す。
ヨーロッパには米があるのに、この世界には何故……以下略。毎度毎度のルーティンである。
「今日の肴はイカだな」
セルヴェスが呟く。
「どのくらいあがったのだろう」
量……状況を確認するクロード。
「……和を排除しても、奴等ちょいちょい強引に割り込んできやがる……」
――海鮮の罠である。
見た目は西洋人だが心は生粋の日本人であるマグノリアが嘆くと、クロードからお小言が飛んできた。
「そういう言葉遣いはやめなさい」
めっちゃ眉間に皺を寄せている。
静かに主達の動向を見守りつつ、片づけを始めたセバスチャンも同様の視線を向けてきた。
こういう時は良い子の御返事をしておくに限る。
「はーい」
中身三十三……いや、もしや四十になったのだろうか……?
(…………。)
如何せん幼児から少女を繰り返しているので、精神的な成長があったような気はこれっぽっちもしないのだけど。
物理は十歳の少女なので、二十五歳の叔父さんはだいぶ年上であるのだけれど……中身はこちらが年上なため、そんなこんなであちらを立てて従うふりをして流しておく。
あちらはあちらで、こちらのそんな様子を解っているようで。
眉間の皺を更に深めた。
「お嬢、『わ』って何すか?」
不思議少女であるマグノリアは、時折この世界の何処にもない言葉がついて出る。
彼女は日本からの転生者だ。
それはセルヴェスとクロード、マグノリアと、王都に住む同じ転生者であるリシュア子爵令嬢ことヴァイオレットだけの秘密である。
彼女の護衛であり、元々は隠密で暗殺者であるガイは不思議な彼女に興味津々だ。
……大陸の殆どの国に行った事がある筈なのに、行った事のない筈のマグノリアが知っている『外の世界』。
本で読んだという返答が殆どであるのだが、その本をガイは見たことが無い。探してみたが見つかりもしない――おかしな事である。
最近は他の大陸の本なのだとか言い出した。
この世界の不思議を引き寄せる事もあるので、もう適当に流しておけば良いだろうという判断の元、マグノリアも以前ほど隠さなくなったのでそれらがポロポロ零れ落ちる。
「何か、『おこめ』という植物に合う料理の事らしいですよ?」
ディーンが主達の外套を用意しつつガイに説明する。
……ちょっと違う気もするが、深く追求したり説明したりしない方が良い事も知っているので、流しておく。
今ここにリリーが居ない事が淋しくはあるが。
慣れた様子でマグノリアがセルヴェスの馬に乗せられ、クロードとセルヴェスがそれぞれ愛馬に飛び乗ると、物凄い速さで館を飛び出して行った。
……イカは鮮度が命。
食品用に大きな冷蔵の魔道具を買い足したので、ガイとディーンで馬車に乗せながら暴走馬を追走する形になる。
「あ、来たね」
トレードマークの赤毛の辮髪パイナップルヘアが揺れている。
逞しいを通り越してゴリゴリの筋肉の上にド派手なベストを羽織るのみの冒険者ギルド長兼魔法ギルド長が、近づく土煙を発見して言った。
同じような事が何度かあってから、ギルドへも連絡が来るようになっている。
下手に新規の製品にしたりすると、マグノリアが元締めを務める『アゼンダ商会』のみならず、周辺産業まで大忙しになってしまうからだ。
……けして美味しい食事にありつこうという魂胆ではない。多分?
本来なら商業ギルド長が来る所であるが、ただでさえ痛い頭をこれ以上痛めたくはないので、同じ穴の狢(?)である冒険者ギルド長ことヴィクターに丸投げしておく事に限る。
……時折一緒に暴走する事もあるので、注意が必要な組み合わせでもあるのだが。
この変な格好をした男、こう見えてアスカルド王国の筆頭公爵家の次男である。更にはその父は宰相であるのであるからして。
領民が持ち帰った後のイカを騎士とアゼンダ商会の人間で拾い上げ、続々と西部駐屯部隊のいる要塞へ運び込んでいる。
「……イカは問題無いとの事ですので要塞に運んでおります」
辺境伯一家が馬から飛び降りると、西部駐屯部隊隊長のユーゴがため息交じりにそう言った。
確かに騎士の仕事かと言われると微妙である。
浜辺に残っているイカをまじまじとマグノリアが見ると、日本のスーパーで良く見たイカがぐんにゃりと横たわっていた。ヤリイカに似た感じである。
「厚みが程良い種類なので使い勝手が良さそうですね。デュカス卿はイカ料理、普段何を食べます?」
「マリネやフライが多いでしょうか。茹でて刻んでサラダに入っていたりもしますね」
如何にも騎士らしい精悍な顔でマグノリアに答える。
会話の内容が……あれであるが。
「僕はニンニクと塩胡椒で炒めて、熱々にレモンを絞ってパセリを散らしたやつかな。シンプルだけど旨いよね!」
そういうのはヴィクター。
ふむふむ。確かにそれも美味しそうである。
……さらっとクッソ高い胡椒を入れている辺りは、お坊ちゃまである事を如実に表している。
「イカの保存食ってないのですか?」
マグノリアがセルヴェスとクロードに確認する。
ヨーロッパ風のこの世界は、やはりタラの干物が活躍する世界なのだ。
「……見たこと無いな」
「日持ちし難いからな」
ふたりが同時に答える。
そして再び、返事をする間も無く抱えあげられては、一目散に要塞へGOだ。
綺麗に洗われたイカが山の様に積まれている。
一部は捌き始まっており、マグノリアは指揮官宜しく指示をして行く。
「ではそちらは松かさになるように切れ目を入れましょうか。そちらはフライに致しましょう。揚げて下さい」
マグノリアは館で連想した、米を使用しないメニューを作る指示をする。
アヒージョにトマト煮込み、アラビアータ。
ニンニク醤油炒めにイカフライ、海鮮ピザ。そしてユーゴとヴィクターが言ったマリネとサラダ、塩炒めのレモン掛け(胡椒抜き)。
せっかくなのでフリッターも追加しよう。
それぞれ下拵えをしたり必要な材料を調理したりしながら、無駄が無いように進めて行く。
その隣でマグノリアは目や口、吸盤を取ったイカを水洗いして、軽く拭き、三パーセント程の塩水に暫し漬けた後余分な水分を拭きとったら、網に並べて干して貰う。
「一日干したら一夜干し、一週間くらい干してカラカラになったらスルメになります」
一夜干しは焼いて食べると良いだろう。
スルメも炙って、好みで醤油(ミソーユの汁)やマヨネーズで食べると説明する。こちらは後日ちゃんと出来上がったか確認が必要であろうか。
例の如く寮母さんと……何故かダンとパウルまでメモをしている。
もう一品は、ヨーロッパっぽいカラブリア(風)だ。
焼きパプリカとトマト、レモン、塩、ニンニクと唐辛子、そしてイカを入れて煮込み、出来たらパセリを振りかけるだけ。
あっという間に食堂のテーブル一杯にイカ料理が並ぶ。
騎士に交じって、ワイワイと試食会の始まりだ。
(水分飛ばすのに時間が掛かるから、館に帰ったら塩辛を作ろう……)
マグノリアはそう心に決める。
酒も飲めなければご飯も無いので、ひと口食べた後はアンチョビの代わりにパスタの具になるのだろうか……そう思いながらなんちゃってカラブリア風を口に運んだ。




