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帳簿を見つけました

 ギルモアの歴史と親父さんのあれこれに想いを馳せては黄昏ながら、アゼンダ辺境の資料かバートン伯爵家の資料はないものか、マグノリアが本棚をぐるぐると徘徊・物色していると、若い執事が息せき切って図書室に飛び込んできた。


 誰も居ないと思っていたのだろう。

 勢いよく開いた扉にびっくりし、目をまん丸にして振り返ったマグノリアを見て、執事はびっくりしたように肩を跳ね上げると、勢い良く頭を下げる。


「お嬢様! 申し訳ございません……!」

「いいえ」


 マグノリアが気にした風でない事を確認すると、慇懃に再度頭を下げ前を移動して行った。

 見習いさんだろうか。

 そして彼は鍵の付いた書棚を開ける。書類を探しているようだった。


(……あの中、何が入ってるんだろう?)

 マグノリアはちらりと書棚を見やる。

 時折、執事達が開け閉めしている鍵付きの書棚。


 普通、本当に大切なものや重要なものは父の執務室や金庫の中だろうから、過去の領収書(この世界に領収書があればだが)や帳簿の様なものだろうか?

 もしくは領地のちょっとした書類とか?


 領政なのか家政なのか解らないけど、どの位の規模でどんな感じなのか、実際の経営の書類なんかを、ちょっと覗いてみたいと常々思っている。

 


 執事は暫くして幾つかの紙束を左手に抱えると、表面の文字を確認しながら鍵をかけた。


『ガチャリ』


 いつもより大きな音に違和感を覚える。

 執事を見やると書類を確認しながらかけたからか、鍵の合わせの部分……デッドボルトだったか? が、嵌っていない。


(おおぅ! チャンスだっ!!)

 

 慌てているらしい執事は当然気付かない。マグノリアは、執事が部屋を出て行くのを固唾を飲んで静かに待つ。

 そして今は手元に視線を戻した、静かに刺繍をするロサの様子を確認しながら。そっと下段の扉を開ける。


 ちょっとドキドキしながら中を覗き見ると、開封された手紙の束と、紐で括られた幾つもの紙束、そして何冊かのノートが置かれていた。


 手紙の宛名は殆どがジェラルド宛、紙束の上の方は何かの記録。ノートの表紙を見ると、数字が書かれていて、順番に並んでいるらしかった。


 ……日付? 年号?


 パラパラと捲ってみると、購入費、交際費……と、勘定科目めいた記載が目に入って来る。

(ビンゴ!!)


 マグノリアは後ろ手に二冊掴み、ゆっくりと音がしないように扉を閉める。

 いつものように無難な本の間に挟み、一ページ目に視線を落とす。


 身体が奥からジンジンするように熱い。

 悪い事をしている時の、罪悪感と高揚感の反応だ。


 熱を逃すように深呼吸をすると、ロサの気配を確認しながら帳簿の確認をすることにした。




 結果から言うと、対外的には大したものでない、ただのギルモア家の家計簿的な帳簿であった。

 しかし、マグノリア的には大当たりだ。

 色々と、違いを客観視出来る証拠が欲しいと思っていたのだ。


 前世で何度か見た事がある簿記の体裁は取ってないので解りにくいところもあるけれど、日付と人の名前、商品名や内容(勘定科目っぽいもの)が記載されており、月毎に纏められていて、数か月に一度総計が記載されていた。


 パッと見て、ノートを抜いたと解らないように途中のものを抜いた。

 わかっている事とはいえ、どちらのノートもウィステリアさんの服飾費がすんごい金額でびっくりだ。


 石板に幾つかの勘定科目と金額を走り書きする。

 念のため、勘定科目は日本語で、数字はギリシャ数字ではなくアラビア数字で記入しておく。ロサに石板を見られても解らないように。


 確認しながら、苦笑いするしか無い程に家庭内格差が酷い。

(……これも書いておくか)


 母の愛猫の予算も書いたところで、はたと中二階に視線を向ける。

 図書室はジェラルドの領域でもある。

 

 ロサ同様、何故かマグノリアを訝しがっているらしく、休みの日などに図書室に詰めては、しれっと上の椅子に座って、様子を窺っていることがあるのだ。


 (……ブラフって事、あるのかな。でも敢えてこの罠を張る理由が無い。……たまたま?)


 今朝は登城をする為に馬車に乗り込むのを見かけたので、ここには居ない筈だ。

 急いでノートを書棚に戻し、ゆっくりと螺旋階段を登って行く。


 階段を登り切った、開けた空間の先にあるマホガニーのコンパクトな机は、濃い飴色に使い込まれている。ゴシック式の緻密な彫刻の背もたれがついた椅子が、持ち主の居ない空間に佇んでいるようだ。

 音消しの為の絨毯は、シンプルな深緑。

 備え付けの本棚を背にし、座り心地の良さそうなソファが置かれている。


 ふと見ると、便箋のような紙の束が机の上に無造作に置かれている。右側にはガラス製のインク壺。

 親父さんが仕事をする時に使うものだろう。

 

(ふむふむ。数枚失敬しても解らないかな?)


 まさか枚数を数えていたりはするまい、と考えるに至る。

 あの鍵は、果たしていつまで開いているだろうか?

 ここの紙に写し取るにしても、ちまちまと石板に書いていたのでは埒があかないだろう。



*****

 ロサが夕食を取っている間、ライラがお世話に来てくれた。

 栗色の髪に飾られた真新しい髪飾りを見つけ、褒めると、婚約者に貰ったのだと頬を染める。

 思わず冷やかしたくなるが、真面目で典型的な貴族のご令嬢であるライラには逆効果だろう。

 心の中で笑いをかみ殺し、幸せそうなライラの表情を堪能する。


「ちゅごく良く似合ってりゅ。……しょう言えば、お母しゃまは今日も夜会?」

「はい。今日はご夫妻でお出掛けの様ですよ」

「しょうなのね。夜会だと夜おしょくてねみゅしょう」


 ライラは、屈託ないマグノリアの言葉にホッとしながら、苦笑いした。

「そうですね……明日は、旦那様もお休みを取られてるのかもしれませんね?」


 計算通り、ライラはジェラルドの予定を零してくれた。


 夜中まで不在。

 今日は、ツイているようだ。


「あしゃ、起きりぇないもんねぇ」



 ……図書室の書棚は重要度合から考えると、施錠の確認が甘そうである。

 見たところ、一応鍵が掛けられているだけであって、実際見られても然程問題が無さそうな書類だった。

 戸締りの様に、確認されてしまうだろうか? もしくは確認が終わった書類を戻す際、かけられてしまうだろうか。


(親父さんは今日登城しているから、帰って来て夜会の支度に追われるだろう。この後図書室に行く可能性は低い筈……)


 一気に写せれば良いのだが、昼では侍女の眼があるから大量には持ち出せない。

 かと言って、鍵が開けっ放しである事は偶然。今度いつ遭遇出来るか解らない。

 

 一か八か、確認するなら今夜だ。

 ただ、ネックがある。


「……お兄しゃま、しゃみしいから一緒に寝てくれにゃいかな?」

「……。お伺いしてみましょうか?」


 ライラは困ったように眉を下げる。

 ブライアンは余りマグノリアを好いていない。断られる可能性が高いだろう。



*****

「はぁ?何故僕がマグノリアと一緒に寝てやらないといけないんだ!」


 思った通り、ブライアンの反応は芳しくなかった。

 しかし最近は(散策以外は)滅多に無理を言わないマグノリアが言ったのだ。余程淋しくなってしまったのだろうと思い、ライラはもう一度念押しする。


「未だ三歳ですし……お兄さまが大変お好きなのでしょう。やはり、お願いを聞いて頂くことは難しいでしょうか?」

「イヤだね」


 吐き捨てるように言う。

 ライラはため息を飲み込んで、小さく頭を下げた。


(本当に……何でこんなに蔑ろにするのかしら……? あんなにお可愛らしい、小さい妹姫が頼んでいるのに)


「ご無理申しまして、申し訳ございませんでした。マグノリア様にはお断りしておきます」


 ブライアン付きの侍女達も、困ったような顔をしている。

 みんな我儘なブライアンよりも、可愛らしく屈託ないマグノリアに、なんとか力添えしたいと思っているのだろう。


 ブライアンは睨むようにライラを見ると、退室するよう手を払った。

 最近はお茶会も嫌がるようになり、兄妹の関わりはダフニー夫人の授業以外は無くなり、関係は元に戻ってしまった。


 ライラはがっかりするであろうマグノリアを思うとやるせなく思い、扉を閉めると共に大きく息を吐きだした。



*****

「……しょう。確認してくりぇてありがとう。嫌な思いをしゃしぇてちまってごめんね、ライラ」


(やはり断られたか……)


 マグノリアにとっては予想通りではあったが、言い難そうに報告するライラに、つい申し訳なく思ってしまう。


 一時期、兄妹の関係は改善したかに見えたが、ここに来て悪化の一途を辿っているのだ。

 多分、兄付きの侍女さん達の様子やダフニー夫人の反応を見て、妹が疎ましいのだろう。


(三歳のちびっこに本気で嫉妬しなくてもねぇ。どんだけちっせぇ奴なんだろう。自分が真面目に勉強しろっつーの)


 物理的には今世、そんな奴と血の繋がりがあると考えると切ないものがある。

 ついつい心の声も口汚くなる。


 ……別に、ブライアンと本当にお泊り会をしたかった訳ではない。

 理由は、扉の重さだ。


 一見同じ色合いで作られた扉なので解りにくいのだが、明らかにブライアンの部屋の扉とマグノリアの部屋の扉では、重さが違うのだ。

 偶々なのか故意なのか。


(扉を自力で開けるか、窓を伝って忍び込むかのどっちか)


 この場合、窓からは最終手段だ。

 念のため図書室の一番端にある窓の鍵は開けてきたが。閉められてしまってるかもしれないし。

 ……多分それ以前に、色々と長さが足りなくて遂行出来ない可能性が高い。


 だから正攻法で普通に部屋から出る。しかし、扉が開かないのでは本末転倒だ。

 ブライアンが眠った後に、こっそり彼の部屋から出れたら良かったのだが……


「大丈夫よ。一人で寝れりゅ」


 安心させるようにライラに笑いかけると、ややあって、ライラも控えめに微笑んだ。

 仕方ない。ダメ元で、やれるだけやってやる。




 ベッドに入りロサに就寝の挨拶をすると、マグノリアは眠ってしまわない様に頭の中で何度もシミュレーションをする。

 三歳児の身体は不便だ。

 力も無ければ体力も無い。そして夜はすぐに眠くなる。うっかり眠ってしまったら、次に起きるのは間違いなく朝だ。


 今夜は当主夫妻が居ないので、お屋敷の人達もいつもより早く仕事を終えるだろう。

 使用人同志で食事や酒を楽しんだり、街へ繰り出したり。部屋でゆっくり寛いだり。

 

 図書室がある区画は、遅くなれば然う然う人に遭う事も無い筈だ。


 意外にも図書室は施錠しないらしい。以前、仕事が終わった後に勉強をした見習いが居たそうで、勉強したい者の為に、常時開放してあるのだそうだ。


 尤も、現在プライベートで図書室を使う人は、殆ど居ないそうだが。


 


「……しょろしょろいけりゅかな」

 

 あれから二時間ほどが過ぎた。小さな声は、思ったより大きく部屋に響いた。気をつけなければ。

 マグノリアは起き上がると、暗い色のワンピースに着替える。そして目立つ髪に手巾を被り顎の下で結ぶ。目立つ髪を隠し、少しでも闇に紛れる為だ。


 ……見た目が変だが、背に腹は代えられない。


 念のため鍵穴から廊下を確認して、周りに人が居ないことを確かめる。

 施錠された扉を開くため、音が響かないよう慎重にサムターンを回す。

 そして、


(どおぉうりゃあああああぁぁぁぁぁーーーー!!!)


 渾身の力で踏ん張ってドアノブを掴み、全体重を掛けて押して押して押しまくる。


(つーか、何キロあるんだよっ! このドア!!)


 心の中なので、完全に前世の言葉遣いだ。お嬢様の皮は寝巻と一緒にぶん投げておく。


 今はこの、アホの様に重い樫扉をどうにかするのが先!

 長引けば長引く程、ヘタって扉は開かなくなる。

 短期決戦、時間との勝負だ。


(ドォ根じょぉぉぉぉおおおおぉぉぉっっ!!!!!!)


 小綺麗な顔は、今トンデモナイ事になっているだろう。

 『根性のあるカエルの漫画』も真っ青な、歯が剥き出しのいきみ顔な筈だ。

 荒い呼吸と、低い唸り声のような音が口から洩れる。きっとホラーだ。


 長いのか短いのか。

 カチャリ。小さな音を立てて扉が薄く開いた。

 喜ぶ間も息つく暇も無く思い切りもう一押しし、急いで大きくなった隙間に足を挟み込むと、身体を滑り込ませ廊下を見渡す。


(誰も居ない!)


 閉まらない様に足と腕を扉の隙間に挟みながら、身体を抜いて行く。

 素早くポケットから折りたたんだ黒い布をデッドボルト付近に噛ませ、完全に閉まらないようにする。


 本当なら、板や踏み台なんかのしっかりしたものをストッパーにしたいところだが、万一誰かに見られたら扉が開いている事がわかってしまう。

 見回りが巡回している時に見つかりにくい様、布を噛ませてデッドボルトとストライク――小さい閂みたいな、扉が閉まる仕組み部分――をカバーしておけば、ずっと少ない力で開けられる筈だ。

 扉が重いからこそ、しっかり挟まったままでいてくれる筈だ。


(やってやった……!)

 大仕事を終え一息つきたいところだが、先を急ぐ。


 誰も居ないのを確認しながら、暗い廊下を小走りで走り抜ける。

 窓辺は月明かりが差し込んで、ほのかに明るく闇を照らしていた。

 マグノリアは明かりを避ける様に、影の中を走り続ける。

 

 不思議なほどに心が凪いで、頭は芯がキンと冷えたように冴えている。

 何故だか周りの景色がいつもより鮮明に見え、物の輪郭がくっきり見える様に感じた。

 


 図書室の扉は、押せば簡単に開いた。

 音がしない様ゆっくりと扉を開き、中を確認するが、あたりまえのように誰も居ない。安堵して小さく息をつく。


 ひっそりと静まり返って、却って耳が痛い位だ。


 鍵付き書棚に手を掛けると、こちらも何の抵抗も無く開く。

 中から最新から十年分のノートを出して、小走りで中二階の机に急いだ。

 置いてあった紙とペンで、各年の必要事項を手早く、しかし漏れが無いよう記入していく。


 ――程無くして全て書き終わり、やっと詰めていた息を大きく吐きだした。


 白い月明かりと真っ黒な木の影を見つめながら、未だ両親が乗る馬車が帰ってこないことを確認すると、机の上を素早く片付け、床下に痕跡が残っていないか確認し、急いで階下へと降りる。


 ノートを違和感が無いよう、並び順や方向を慎重に確認しつつ元通りにしまうと、再び小走りで部屋に向かった。


 

 帰りに誰かに見つかったら、苦労が水の泡だ。今頃になって冷汗が流れる。


 電気が無い時代だ。指紋やDNAの判別は万一にも無いかと思うが、念のため使っていない手巾で触った個所を全てふき取った。


(事件の犯人になった気分)


 でもまあ、例え無駄になったとしてもやらずに後悔するより、拭いて安心しておく方が精神衛生上良いのだ。


 暫くして再び寝巻に着替えベッドに入ると、安心からか泥の様に眠った。

 

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