目覚め
セルヴェスがクロードからの報告を受け取ったのは翌日の早朝であった。
不用心にも開けっ放しの窓を、これまた鴉も勝手知ったるで入り込むと、耳元でカーカー鳴いて起こした。
厳しい顔で手紙を読み終えると、セバスチャンに差し出す。
セバスチャンの手にも新聞があり、そこにも襲撃の事が大きく記されていた。
「一応、館の警備も固めてくれ。偶々なのか特定の誰かを狙ったものなのか、それともギルモア家を狙ったものなのか判断がつかん。後者ならアゼンダにも襲撃がある可能性がある」
「騎士団へ要請して領内の警備も増やしましょう」
セルヴェスは頷く。
「お出になるのですか?」
「……ジェラルドの容体が思わしくないらしい」
セルヴェスの言葉を受け、外套を差し出した。
「行ってらっしゃいませ。こちらはお任せください」
王都についたのは襲撃から二日後の事であった。
馬を文字通り爆走させて来たセルヴェスは、全身埃まみれだった。
来訪は予定の範疇であるので、極々当たり前であるかのようにタウンハウスの人間に受け入れられた。
クロードとマグノリアも例外ではなく、飲まず食わずの可能性すらあるセルヴェスに水を渡し、まずは湯あみを勧める。
……ギルモア侯爵家にそのまま乗り込んで行かなくて良かったと思う。
「マグノリアは大丈夫か? どこも怪我はないか?」
湯あみの後、すごい勢いで食事を摂りながら確認する。
飲み込む勢いで口の中に消えて行く固体は、いっそ気持ちが良い位だ。
「ガイとお父様が護ってくれたので大丈夫なのですが、お父様が怪我をしてしまいました……」
しょんぼりしながら、後、遊歩道も少し焦がして破損しました、と付け加えられた。
「道路など造作もない。襲った奴等の首根っこを引っこ抜いてくれる!」
ぐぬぬぬと怒るセルヴェスに、本当に(物理で)首が引っこ抜かれてしまうと青ざめる。
恐ろしい想像にマグノリアは戦慄した。
「ジェラルドは起きたのか?」
「いえ……手術自体は成功したのですが、意識は未だ」
かなり深い傷だったのと、大量の出血をしている為、回復にはかなり時間が掛かるだろうとの事であった。
「よし、行くぞ!」
綺麗に食べ終えると、セルヴェスは席を立つ。
「あちらも今大変でしょう。先触れを出してからの方が良いのではないですか?」
「大丈夫です。先ほど既に早馬を出しました」
マグノリアが暴走気味のセルヴェスにストップをかけると、セルヴェスの行動などお見通しとばかりに、トマスが微笑んだ。
馬車に乗り込むと、肩の上のカラドリウスに目を留める。
ぴちゅ、とカラドリウスが鳴いた。
「その……、襲撃があった日に、曾祖母様から頂いた石が、孵ったのです」
曾祖母様と聞いて、セルヴェスが顔を歪めた。
セルヴェスにとってアゼリアは厄介な事ばかりする人である。
お姫様らしからぬ豪快な人柄で、母として大らかに愛情を注いでくれた事は感謝しているが、それ以上に色々とやらかしてくれる印象の方が強いのであった……
「そして、お父様の致命傷の部分を治してくれたのです」
「ん?」
首を傾げるセルヴェスに、クロードが説明する。
「……多分、普通の鳥ではなく精霊や聖獣の類いだと思われます」
誕生から現在に至る内容を聞かされるが、ふわふわでモコモコの普通のひよこに見え、とてもそんな大層なものには見えない。
「この人は私のお祖父様だよ」
マグノリアがカラドリウスに説明すると、例の如く右羽をあげた。そして。
『やあ、セルヴェス! 君も妖精王の末裔なんだね。僕はカラドリウス。
だけど……見た目と実際と辻褄合わせから、エナガみたいな千鳥みたいなインコ? っていう設定だよ。ヨロシクね☆』
「…………」
気さくに鳥に挨拶され、セルヴェスは眉間と唇に力を入れた。
(……母上!!)
ギルモア邸に着くと、すぐさまジェラルドの部屋に通された。
意外にもウィステリアが看病をしているようで、身綺麗にはしているもののいつもよりはずっと簡素な姿で、その上憔悴しきった様子であった。
学院は安全確保の為、数日休校になったそうだ。
ブライアンもジェラルドの部屋と自分の部屋を行き来しているらしく、今も部屋の隅で不安そうにしている。
医師は、傷口を圧迫していたおかげで出血が最小限で済んだと言っていたらしい。
刀が大きい血管を避けたのも助かった要因だとも。
……それは多分、カラドリウスの力であろう。
ウィステリアは熱が高いジェラルドの額の汗を拭っていたが、セルヴェスの姿を見て黙って立ち、席を譲った。
――ごめんなさいと言えば良いのか、大丈夫か尋ねれば良いのか。
マグノリアは困って、抱っこされているセルヴェスの袖を小さくつかんだ。
すると、気遣わし気に大きな手で頭を撫でられる。
「……大丈夫だ。すぐに良くなる」
「……?」
妙に自信あり気なセルヴェスが笑いかけると、椅子の上にマグノリアを座らせた。
少々乱雑にジェラルドの寝巻を剥ぎ、包帯を取る。
ウィステリアはハラハラしながら見守っている。無茶な事はしないと思いつつも(多分)、心配しているのが丸わかりの表情だ。
痛々しく縫い合わされた大きな刀傷と、優し気な顔に似合わず良く鍛え上げられた上半身が晒された。
懐から液体の入った瓶を出すと、勢いよく蓋を開けた。
コルクの擦れる音がする。
クロード以外の全員が固唾を呑んで見守っていると、瓶の半分ほどを傷にかけた。
驚く事に、みるみる腫れと裂傷が塞がって行く。赤黒い皮膚の色もそれに合わせ、普通の色味に変化して行ったのだ。
「!!」
「ザックリ行ったなぁ……余り外傷を治し過ぎると、色々追及されるからな」
そう言いながら片手で寝ている身体を抱え起こすと、太い指でジェラルドの口をこじ開け、ラッパ飲みよろしく瓶の口を開けた口に突っ込んだ。
「グッ! ……ゴホッ! ゲホッ!?」
無理矢理液体を飲まされたジェラルドが身体を曲げながら咽る。
苦しそうに咳込みながら、眉間に皺を寄せて瞳を開けた。
「よう、ジェラルド。お目覚めか?」
「……父上。もう少し優しく飲ませられないのですか?」
気管に入ったのだろう。未だ咳込みながら、恨みがましそうな瞳でセルヴェスを見た。
「充分優しいと思うがなぁ。口移しで飲ませた方が良かったか?」
儂的には息子なんで別に構わんが、と言いながら笑う。
珍しく怫然とした顔でため息をついた。
「遠慮しておきますよ……何が哀しくて、父親に口移しで薬を飲まされなくちゃならないんですか」
「起きて早々、それだけ文句を言えれば大丈夫そうだな。記憶はあるか?」
「……襲撃があって、最後、子ども達を庇って斬り合った所までは」
そう言うと、目の前で困ったような怒ったような安心したような……泣きそうな顔のマグノリアを見た。
「無事だったんだな。他の子ども達も大事ないか?」
「……はい。ふたりとも無事です」
ヴァイオレットは酷く嘆き悲しんでいそうだが……早く無事を知らせてあげないといけないだろう。
「……それより、お母様とお兄様に何か言った方が良いですよ」
少し離れた所で、ブライアンは未だあっけに取られて立ち尽くしており、ウィステリアは両手で口を押え、小刻みに震えていた。
安心したのだろう。
いつもの不遜さは消え去り、堪えようとしても堪えられない涙が頬を滑り落ちていた。
マグノリアは席を立ち、セルヴェスと共にふたりに場所を譲る。
「……襲撃の詳細はまた後日。暫く養生すると良い。無理するな」
セルヴェスがそう言うと、クロードとマグノリアと共に静かに部屋を出た。
扉が閉まると、ウィステリアの泣き声と、何かを囁くジェラルドの若干困ったような、柔らかな声が聞こえた。




