軍部と王宮
「どういう状況か解らないから、上には襲撃があった事実だけ伝えてある。大丈夫だ」
クロードはアイリスの瞳を見て、小さく頷く。
クロードは昨日の襲撃の事情説明に軍部に来ていた。
昨日見聞きした事と自分が行った事、子ども達から聞き取りした内容説明等の為だ。
昨日、いきなり様子が変わったジェラルドが職場を抜け出し、そのすぐ後に襲撃された。
……たまたまと言えるかもしれないし、何かを、例えば『襲撃がある事を知っていたから』とも言えるかもしれない。
基本的には文句が出ないよう(対応や謝罪が面倒なので)、真面目に過ごしているジェラルドだ。
普段ではありえない不自然な行動と様子から、限りなく後者である事が推察されるが……特にその前後に誰かから伝言や来客があった訳でない事は調べがついている。
よって、自分の意思で出て行き、襲撃に遭遇したのだ。
一命は取り留めたものの、未だ意識を取り戻さない状態だ。どうしてもなぜも解決される事はなかった。
(……何だかんだと言いながら、慮ってくれるのは助かるな)
アイリスも不可思議な何かを感じているのだろう。
説明しようがない事を詮索されなくて済む事は素直に有難かった。
マグノリアには騎士の警備するタウンハウスから出ない事を条件に、お庭番とガイを解き放つ。
ショックを受けているだろうディーンを休ませたい事もあってか、昨日の今日だからか、マグノリアはあっさりとタウンハウスに引きこもる事を了承した。
また、マグノリアの要請でリリーの実家に騎士を一名派遣した。
万が一マグノリアを狙った者の場合、おびき出す餌としてリリーを使われると不味いという懸念からだった。
「まあ、引きこもるのが賢明だろうねぇ」
ため息交じりにアイリスが呟く。
苦労性の夫君に視線を向けると、困ったように眉毛を下げて苦笑いをしていた。
「これから国王に謁見するんだろう?」
「ええ」
「マグノリア嬢はショックで寝込んでるとでも言っておくといいぞ!」
そういうと、取り調べの様子を見て来ると言って頭を掻きながら部屋を出て行った。
「マグノリアはお元気なの? 怪我は無かったのですよね?」
「……ご心配ありがとうございます。色々とショックを受けておりますが、怪我自体はございませんでした」
豪奢な玉座には、珍しく王妃がいた。
事件の報告をする為に登城したのだが、ご自分が話したい事を立て続けに話されて一向に報告が進まない。
仕方なくクロードは国王に顔を向け、襲撃の概要と爆発の経緯と謝罪、兄であるジェラルドの容態の報告をした。
「爆弾を持たせるなんて、危険だこと。いっそ、王都に住まいを戻した方が良いのではなくて?」
「……畏れながら、アゼンダで使われた事は今まで一度もありませんので……むしろ、王都ではたった数日で使用する結果となりました。当家を狙ったものとするのでしたら、他所からも出入りの多い王都の方が安全を確保するのが難しいかと思われます。騎士団を有する領地で過ごす方が護衛をつける面でも有効かと。
……騒ぎになってしまい心苦しくお詫びの仕様も御座いませんが、武器を持っていたからこそ助かり、また多数の捕縛も出来ましたかと愚考致します」
魔道具を使っての捕縛だった為、物理の縄で縛り上げきれない程の人数が団子のように雑に纏められて縛られていた。
……怪我の功名というやつだ。
万一赤い魔道具を使っていたら、増幅させた爆風が炸裂しただろう事から、危うく襲撃者を四方八方に吹き飛ばしてしまう所であった。
赤は爆風で相手を吹き飛ばして逃げる為の魔道具だ。
「では、元気が出るように王宮に連れて来なさいな。お茶会に晩餐会に、きっと楽しいですわよ?」
王子とも交流出来て楽しいでしょうと言い出した。
クロードは瞳を隠す程に目を細めて微笑んだ。
「ありがとうございます。ですが、大変恐縮でございますが、体調が思わしくなく……父親が目の前で斬られ、今はとてもそのような状態にはないかと」
「では、観劇はいかが? 閉じ籠っていては余計塞いでしまいますもの。こういう時は心から楽しんだ方が良いと思いますの!」
両手を合わせ、楽しそうに話す王妃に笑みを深める。
――まるで理解不能な生物だ。
どこの国に昨日襲撃を受けた上、父親まで目の前で斬られて意識が戻らないというのに、お茶会や観劇をする人間がいるのか。
そんな状況でも楽しめる人間ならば、元々ショックなど受けないであろうに。
流石に空気を読んだ国王が取り成す。
「……王妃よ、今はギルモア侯が心配で体調が良くないのであろう。落ち着くまで時間をおいてはどうか?」
「まあ! これだから殿方は……全然女の気持ちが解りませんのね」
王妃は鼻白んだ様子で、クロードと王を交互に見て言った。
クロードは何も言わず、唇を引き結んだ。
王は小さくため息をつく。
「クロードよ、報告、相解った。ギルモア侯爵の一日も早い回復を願っている」
「お気遣いありがとうございます」
クロードは頭を下げると、早々に退室した。
これ以上話しても平行線な上に、下手をするとタウンハウスに見舞いに来ると言い出しかねない。
こういう時、ジェラルドが王家から距離を置きたい気持ちも解るというものだ。
更には、色々とバランスを取るのが上手いブリストル公爵の存在の有難みも身に染みるというものだ。
宰相の胃腸と頭髪が心配ではあるが……もう暫く頑張って頂きたいというものである。
******
クロードは今回、当事者というか身内というか、被害者の関係者という事で捜査と取り調べに参加していない。
私設騎士団の人間ではあるので、元々軍部での取り調べに関してはタッチしない事が多いのが現状ではあるが、捜査に関しては戦力として体よく使われる事が多い為、珍しい事だと言える。
一応軍部に籍があり、そこそこ上層部に在してもいるので、見学位は自由に可能だ。
留置所の中は昨日捕縛した人間で満杯になっていた。
怪我の酷いものは病院にいる者もいるし、亡くなった者もいるが、総勢六十名を超える大捕り物だったとアイリスが言っていた。
マグノリアの言う通り、ちょっとした小隊並みの人数である。
過去に戦闘訓練を受けていた者から殆ど素人という者まで、寄せ集め感はあるが。
寄せ集めとはいえ真剣を使って、それも常軌を逸した人間達の襲撃だ。
子ども達の存在を気づかれない様に庇いながらの戦闘は、なかなか骨の折れるものだったであろうことが想像できる。
取調室になっている部屋の前に、アイリスの夫君がいるのが見えた。
向こうもクロードに気づくと、頭を下げる。
「いらっしゃる頃かと思いましたよ」
そう言いながら、紙の束を差し出す。
「調書の写しです。どうぞ」
話の早い事だ。
礼を言って受け取ると、薄く笑った。
「どうも、本人たちが企てたというよりは雇われたようですね」
「……こんなに大勢を雇うとは、余程の大物?」
「いや、例の薬の常用者を搔き集めていたみたいですよ。金よりもそっちを餌に動かしていたみたいですね」
ある程度思っていたものとそう変わらない内容に、クロードは眉を顰めた。
裏の仕事をする者に、薬物を使用する者は多い。
恐怖心を失くす為に使っていて、気づいた頃には取り戻しが利かない所まで来てしまっているのだ。
「雇い主が割れるのは時間の問題でしょう。それが本当に黒幕なのか、もっと大物が隠れているのかは、蓋を開けてみないと解りませんが」
夫君の言葉に、渡された書類に瞳を落とす。
「……マグノリア嬢は大丈夫でしたか?」
気遣うような声色に、クロードは顔をあげる。
「いや……他の子が泣いている中、黙々と侯爵の傷を押さえていたんで。しっかりした責任感の強いお子さんなんだなって」
中身は大人の為、どうしても相手にはそう見える。
「うちの息子が十一なんですが、初めての戦闘で、多分あんな風には動けないでしょうからねぇ」
父親の顔を覗かせて微笑んだ。
アイリスと夫君にはひとり息子がいる。次期ペルヴォンシュ侯爵だ。
後継ぎが必要な立場なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
中性的で年齢も良く解らないアイリスが、そんな大きな子供の母親だというのがいまいちピンと来ない。
「あの爆発もお嬢様のおこしたものだそうで。なかなか元気のいいお嬢さんですねぇ。やはりギルモア家の方なんですね」
……爆発に関してはクロードにも一端の責任があるので、何とも言えないが。
「アイリスが、まるで大人みたいなお嬢さんで、コレット女史と似ていると言ってました。更にアイリスみたいに剣を振り回すとか……将来が楽しみでもあり恐ろしくもありですねぇ」
おどけた夫君に、クロードは苦笑いをした。
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礼を言って辞すると、その足でリシュア子爵家へ馬車を向ける。
子爵は充分と言ってはいたが、礼を尽くしておいた方が良いだろう。
……それにジェラルドが『推し』であるヴァイオレットの嘆きようは驚くものであった。無事を知らせてやるのが、精神衛生上よいであろうと思う。
更には文字は解らないものの、マグノリアが受けとった原文のノートを見せて貰った。
びっしりと様々な内容が(多分)書き連ねられており、怨念めいた強い熱量を感じるものであった。
(……父親のような年齢の人間に憧れを持つだけでも良く解らないが。かの世界の『推し』とは恐ろしいな……)
ジェラルドと『ひろいん』以外の人間が揃うとあって、先日のお茶会を見学(?)に来ていたそうなのだ。
マグノリアとはまた違った方向へ強い行動力を感じ、微妙な顔をしながらため息をついた。
子爵邸では、クロードのいきなりの登場に慌てふためいた。
「急な来訪で大変申し訳ない。ここで問題無いので……」
謝罪というか様子伺いというか。
クロードはロビーで話をと思っていたが、子爵としてはそうはいかない。
次期辺境伯をロビーに立ったまんまで対応させるなんて、問題有り有りだ。
押し切られるように通される廊下と部屋を見て、度肝を抜かれる。
大柄の派手な絨毯と豪華な額縁に飾られた風景画と人物画と静物画。金色に光る置物と家具。
「…………」
ガイの言っていた通り、色々なものが混然一体となっており、何より物理的に光っている。
応接室へ通され、お茶が差し出された。
……茶器もとてもド派手なもので、クロードはついついまじまじと見てしまった。
咳払いし、気を取り直す。
「昨日は図らずも襲撃に遭遇する事となってしまい申し訳ない事でした。お嬢様には酷く恐怖を持たれた事でしょう……体調は如何か?」
「はい、大丈夫でございます。過分なご配慮を頂きまして、誠にありがとうございました。更には閣下にまで拙宅をご訪問頂き、身に余る光栄です……!」
子爵は額の汗を拭きながら、対峙している。
「いや、本来なら昨日お詫びとご挨拶に伺う所、怪我人が出てしまい急を要し失礼した。お嬢様はギルモア侯が怪我をする所を目撃してしまい、怖い思いと心配とをかけてしまっているかと思いますが、無事手術が終わり、回復を待つばかりでありますので……」
「それは宜しゅうございました! 子ども達を庇われてお怪我をなさったとの事、何とお詫びすれば良いものかと」
子爵はホッとするとともに、申し訳なさそうに小さくなった。
「それには及びません。まだ事件は調査中で、残党が残っているやもしれません。充分お気を付けください」
帰宅するクロードを見送りながら、ヴァイオレット心配さに休暇を取っていて良かったと、子爵は胸を撫で下ろした。
――氷のような貴公子で、天才で、剣豪と聞き、どんな恐ろしい男かと思っていたが……とてもきちんとした、気遣いの出来る偉ぶっていない普通の青年だった!! そんな風に思い、しゃちほこ張っていた肩の力が抜ける。
更にはギルモア侯爵が一命を取り留め、酷く安心すると共に、ヴァイオレットの凄まじい嘆きも少しは良くなるだろうとも思い……忙しいだろうにわざわざ来訪してくれた青年に向かって、遠ざかる馬車へと深く頭を下げた。




