辺境伯家タウンハウスでは
トマスと侍女は、ズタズタのドレスと煤だらけの顔、くしゃくしゃの髪の毛に、手にも顔にも服にも飛び散る血、というマグノリアを見て流石に絶句した。
ヴァイオレットとディーンの姿を見てある程度予想はしていたものの、想像以上だったのだ。
近年、ギルモアの息子たちでも王都に出掛けただけで、こんな姿になって帰って来た者はいないであろう。
……一応セルヴェスは除いておく。
誰よりも美しいお嬢様だというのに、何と言う事か。
怪我がない事を再三確認すると、侍女達に浴室に運ばれあれこれと世話を焼かれる事になる。
……恥ずかしいのでお風呂位ひとりで入りたいと言うのがマグノリアの口癖だが、本当に怪我がないか等確認する意味もあるのであろうと思い、今日ばかりは抵抗を諦めた。
打撲や擦り傷は人につけられたものでは無く、跳んだり転がったりしてマグノリアが自分で作ったものだ。
マグノリアは綺麗なワンピースに着替えさせられ、世話をされながら考える。
まるで昼間の事が夢のようだ。酷く現実味がない。
――それとも今が夢なのか?
ベッドの上を見れば、カラドリウスが枕に半分ほど埋まってマグノリアを見ていた。
(……現実なんだな)
マグノリアの絡まった髪の毛のてっぺんに鎮座する小鳥を見て、トマスと侍女はどうしたものかと言う表情をしていたが……アゼリアから渡された石のようなたまごが孵ったのだと言うと、納得してそのまま飼う流れになった。
ぬいぐるみのような風貌に、時折首を傾げてピチュチュと愛らしく鳴く姿は、すでに多くの侍女さん達をメロメロにしている。
そっとモフモフの頭を撫でると、短い羽をバタつかせながら小さい足でトコトコと歩いて来て、手のひらに乗った。
『マグノリア。ごはん食べないの?』
「……カラドリウスは何食べるの?」
エナガって何食べたっけ? 虫? 脂身??
『……そんなもの食べないよ』
「え、声に出てた?」
『出てた出てた。ちなみに僕ら、『エナガ』じゃなくて『千鳥』の何かだよ?』
千鳥?
……和菓子の焼き印や、手ぬぐいに描かれた鳥っぽい物体を思い起こす。
まじまじと小鳥をひっくり返してみる。
『わ! 何するのさ、エッチ!!』
「何かって、何それ」
『詳しくは知らないよ~。鳥の類いだよぅ!』
鳥の類いって。
てのひらの上で、短すぎる羽をパタパタさせて抗議をしている。
ため息をついて頭の上に『類い』を乗せた。
*******
執務室へ行くと難しい顔のクロードとトマスがおり、ディーンが帰って来ていた。
更には襲撃の概要をクロードに説明したところだったそうだ。
「ディーン、大変だったのにヴァイオレットを送ってくれてありがとう」
「子爵夫妻にお会いして伝言をお伝えして来た。お礼とお見舞と、お気遣いなくって言ってたよ」
マグノリアは大役を果たしたディーンに笑って頷いた。
トマスも優しい顔をして、ふたりのやり取りを見守っている。
……一方ディーンは、マグノリアの頭の上にいるカラドリウスを凝視していた。
「……その、頭のひよこどうしたの?」
『ピチュ♪』
可愛らしく囀っている。
今のところ、クロードとマグノリアのふたり以外の前では話をしていない。
……普通の鳥に擬態するつもりらしい。
マグノリアとクロードが愛想を振りまくカラドリウスに微妙な顔をしている。
「……お披露目の時にお父様に貰った、曾祖母様の石が孵ったんだよ」
たまごみたいとは思ったが本当にたまごだったのだ。
但しUMA――未確認生物のたまごだが。
「えっ!?」
ディーンはびっくりしながらも、しみじみとカラドリウスを観察する。
「この子はディーンだよ。私の友人で、従僕をしてくれてるよ」
頭の上に向かって紹介すると、右羽を上げて小さく鳴いた。
「えぇっ! 挨拶した??」
頭から肩へ降りて、腕を滑り降りる。
……すっかり滑り台としてマグノリアの腕を使う様子に微妙な気分になる。
手のひらにちんまりと座るカラドリウスを、ディーンの手のひらに乗せた。
「……かわいい。ふわふわだね。何のひよこ?」
「う……ん、エナガみたいな千鳥みたいな……インコ?」
その内喋り出しても問題無いように誤魔化しておく。
「エナガみたいな千鳥みたいなインコ?」
まん丸の目を不思議そうに更に丸くした。
『ちゅぴっ☆』
星を飛ばす鳥に、クロードとマグノリアはジト目で口をへの字にした。
ディーンにヴァイオレットの様子を詳しく聞いた後、疲れているだろうからと休んで貰う。
明日はどこにも出かけないので、好きに過ごして欲しいと伝えた。
見落としや考え違い等がないか、襲撃についてマグノリアが説明しているところに、ギルモア家から無事手術が終わった旨、早馬が来た。
クロードとトマス、マグノリアの三人は大きく息を吐く。
カラドリウスを見ると、トーゼンと言わんばかりに胸を突き出していた。
こちらの話している内容が解っていそうな様子を見せる度、トマスは興味深そうにカラドリウスを見ていた。
……普通の鳥でないのがバレるのも時間の問題のような気がするのは、マグノリアだけではない筈だ。
若干空気が緩んだところで、やっとガイが帰って来た。
あちこちに包帯が巻かれた姿を見て、申し訳なくて涙が出そうになる。
「ガイ、大丈夫なの?」
「へい。ちょっとオーバーに巻かれただけっすよ……大丈夫っす」
眉尻を下げたマグノリアに、苦笑いをして答えた。
ガイから見た襲撃の詳細と経緯をクロードに説明すると、軍部で聞いて来た内容を語る。
ディーン、マグノリア、ガイの記憶と報告に齟齬はない。
そして襲撃を起こした者達は、いわゆる裏の仕事をする人達という事だ。
色々な国の寄せ集めの団体らしいとのことだった。
元々アスカルド王国にもそういう裏ギルドのような団体があるらしいのだが、そこには属さない新興の団体らしい。
「だから、使ってる剣や顔立ちが様々だったんだ……」
「まあ、元々裏稼業の人間は流れ者が多いですし……国籍も武器も様々な事が多いんすがねぇ」
ガイの言葉にクロードが吟味するように言う。
「裏ギルドにも何か情報があるかもしれんな……あそこまで大人数だと、縄張りや利権のイザコザもあったかもしれん」
「男たちのおかしな様子は何なんですかね?」
「検査結果待ちっすが、間違いなく薬物中毒かと」
やっぱり……
ガイの言葉はある種予想通りだった。
「あんなに大勢の人間を薬漬けにする理由って……?」
「色々な理由が考えられるだろう。クスリ欲しさで動かす為にや……まあこれは普通、可能性としては低いが。今回はちょっと解らない。誰かが使用して仲間内に蔓延して行った、元々薬物依存の者を集めて新興集団に仕立て上げた、とか」
「刹那的に生きてる奴等も多いっすからね」
蔓延、元々……?
前者はともかく、後者は団体として長続きしないだろう。
あの様子では遠からず廃人だ。
せっかく集めたのに? ――なぜ?
「一時的で良かった? ……目的があった?」
それを達成できさえすれば良かった?
マグノリアが難しい顔をして考えに沈もうとした所、ガイがカラドリウスを凝視している。
「……ところでお嬢、その丸っこいのは何なんすか?」
「曾祖母様の石が孵ったんだよ」
マグノリアの言葉に、感心しつつ首を傾げた。
「……何年経ってるのか解らないっすけど、孵化するモンなんすね……」
『ピピッ♪』
頭から肩に移ると、黒いつぶらな瞳をガイに向ける。
「この人はガイだよ……今は私の護衛をしてくれてるよ」
カラドリウスに紹介すると、まじまじとお互い観察しあってから、いつも通り右羽を上げて挨拶をした。
『チュピ♪』
「……ペットは飼い主に似るって言いやすけど、賢いというか変わってるというかっすね?」
マグノリアとカラドリウスを見比べながら、細かく肩を震わせ、何やら良からぬこと(?)を考えているらしいガイを、マグノリアは睨みつける。
「……兄上の手術が成功した。が、意識はまだ戻っていないらしい。ガイは取り敢えず身体を休めて傷を治せ」
「無事で、ようございやした……」
しみじみとしたガイの言葉に、クロードが頷いた。
セルヴェスにあらましとジェラルドの容体を知らせる為、鴉を呼ぶ。
「クワッ!?」
どこからか窓辺にやって来た鴉が我がもの顔で部屋へ入って来ると、マグノリアの肩に乗る小鳥を見て、いつもより大きな鳴き声をあげた。
……鴉が二度見するのを初めて見た。




