慟哭
※流血や、残酷な描写があります。
少しでも苦手な方は回避し読まない様にご注意願います。
(最終的にはハッピーエンドになります)
音の割に爆風は小さかった。
だが、尋常じゃない光が辺りを照らす。
(何これ、閃光弾!?)
眩い光に瞳を閉じると、キュルキュルキュル……! そう斜め前方で、高速回転で何かが締まる音がする。
同時に苦し気な唸り声が。
「お嬢!? 何すかこれっ!!」
ガイが焦ったように言う。
「お兄様の爆弾だよ! 私も知らん!!」
破れかぶれで言い捨てると、やっと薄く見え始めた、チカチカする視界に薄目を開ける。
剣を交えていた筈の男たちはふたりの足元に倒れている。
……目をつぶる間際に、気配や息使いの方向に攻撃を仕掛けたのだろう。流石である。
爆弾を投げた方向を見ると、意外にも爆発自体は小さなものだったらしかった。
ただ三人とも、網のような紐のようなもので、ガチガチに縛り固められているが。
他の黒ずくめの男たちは、まだ苦しげに目を押さえている。
(……? もしや、光に過敏になってる……?)
目の前の尋常じゃない男たちの様子は、何かこう、クスリ的なものを使っているクサい。
……こんな集団でか、とも思うけど。マグノリアは首を傾げる。
副反応で神経が何かに対して(この場合は光)、過敏になっているのだろうか……
ともかく、力を削ぐチャンスだ。
「男たちの様子が! 今の内に!」
マグノリアの様子と爆弾に驚いたような顔をしていたジェラルドも、促す声に顔を引き締め、残りの残党に再び対峙し始めた。
その隙にマグノリアは、馬車の御者台に身を隠して残りの髪飾りを外す。
(赤二、青二、黄色一……)
先ほどは黄色を使った? ディーン達の方に多く行ってるだけ?
もしや、色ごとに効果が違うのだろうか。
――説明書! 説明書をくれ!!
クロードの事だ。マグノリアに渡した時に説明してくれているのだと思うが、如何せん細かくは覚えていない。
…………。
『マグノリアには発動しない』と、『威力はだいぶ抑えてある』しか覚えていない。
使う予定も無ければ、誤爆しないかだけを心配していたからだ。
まさか本当に使う羽目になるとは、と思う。
同時に、いつかGPSも使う事になるのかと一瞬、怖い考えが過る。
「投げます!」
取り敢えずは試す為に、気絶している襲撃者達の近くに左右ひとつずつ、青い色の髪飾り……もとい爆弾を投げた。
赤よりは青の方が、多分物騒じゃないだろうと願って。
マグノリアの声に、ガイとジェラルドが瞳を細めて構えると。
――今度は先ほどの数倍の威力だろう轟音が、辺り一帯に響き渡った。
地面と木々が大音響に揺れ、石畳が耐えられずにピシッと小さく音を立てる。
ビリビリと空気を震わせながら、再び網と紐が男たちを雑に絡めて縛り上げて行く。
誰も見ない間に、大きな人の塊がふたつ出来上がる。
音とは対照的に、爆発自体は極々小さなものであった。
「うっひゃぁ!」
マグノリアが目と耳を押えて反動に備えていたら、身体中に凄まじい振動が響いた。
嘘だろう、と心の中で呟く。
繋がれたままの別の馬車の馬が恐怖に激しく嘶き、蹄で土を掻く。
(もう! 一体何てものを渡してくれてんのさ!)
近隣の木という木から、騒ぎ立てながら鳥たちが彷徨い跳び、けたたましい囀りの大合唱となった。
「この、クソガキが!!」
ひとりの男がマグノリアにつかみかかろうと大きく走り出す。
走るというより、跳躍と言った方が良いのかもしれない。
走る男にナイフを投げようと動いたガイに、数名の男たちが一斉に襲い掛かり、応戦一方になった。
「……させるかぁ!!」
震える声と共に、茶色い塊が男に突っ込む。
ディーンとヴァイオレットだ。
マグノリアを助ける為、震える身体と足を叱咤し、思いっきり体当たりをした。
男は赤い目を血走らせながら、ふたりがぶつかって体勢を崩しよろけながらも、走るのを止めない。
「ディーン! ヴァイオレット!」
屈強な身体に勢い良く弾き飛ばされて転がるふたりに、マグノリアが駆け寄る。
「大丈夫っ!?」
「マ、後ろ……!」
少し離れた所から反り返った刀を振り上げて、何かを喚きながら走り込んで来る。
興奮した不気味な男の顔が、三人の網膜に焼き付く様だ。
ふたりを庇いながら、マグノリアは手甲に覆われた腕を、頭と顔を庇う様に掲げた。
途端。
ぶわっという風の音がして、目の前に大きな影が入り込む。
いつか実家の図書室で嗅いだ、グリーンノートの香りと共に。
******
馬で疾走しながら、二発目の爆発を聞く。
大き過ぎる音に、クロードは逸る心を抑えるように手綱を強く握りしめた。
少し先の上空に、音に驚いた鳥達が多数飛び交っている。
駆ける馬が、音に怯えたように進むのを嫌がった。いなして慰め、走るように再度指示を出す。
……音を共鳴させる仕掛けは上手く行ったようだが、もう少し効果を小さくする必要があるだろう。
一体どうしてこんな事になっているのか。
……マグノリアは、ジェラルドは無事なのか。
最近の事件や噂、お庭番や影たちに調べさせている色々。そして軍部で注意される要注意人物等を頭の中で組み合わせて行く。
(これと言って繋がりや共通性が無い……)
先ほどアイリスが言いかけた不審者――もしや、それに何か関係があるのか。
それとも何か見落としがあるのか。
一瞬、マグノリアに執着している王妃の何某が頭を過ったが……お茶会や食事会、観劇などの計画ばかりで、とてもこんな物騒な事を謀る感じではない。
その裏で実はというような、策略を練るタイプでもないのは良く知られた事だ。
楽天家、天真爛漫。享楽主義。
第一息子の嫁にしたいのに、瑕疵の上に襲撃や誘拐をされたなどという瑕疵を重ねては、益々希望は通らなくなるであろう。
王家が(実際には軍部だろうが)救出劇を演じた所で、ギルモア両家に恩を売り無理矢理話を纏められるなんて甘い筋書きは、まさか考えないだろうと思いたい。
(執着……)
ザラリとした感覚が撫でるように、纏わりついては霧散していった。
何か気味が悪い。思わず首を振る。
取り敢えず、ガイとジェラルドが一緒であるならば、そうそう危険は無いだろう。
だが、その状況でありながら魔道具が使われているのも事実で。
(マグノリアに使われても作動しない様にしてある為、違う者に使われているというのは確かなのだが)
マグノリア自身が使っているのか、他の誰かに使われているのかはわからないが。
物騒な事実が起こっている事だけははっきりしていたのだった。
******
庇われた三人は、刀が呑み込まれる様を見て息を呑んだ。
まるで何でもない様な涼しい顔をしながら、ジェラルドは自分に刀が突き刺さるのも構わず、襲い掛かる男の瞳から光が無くなるまで、握る自らの剣に力を込めた。
先に、ジェラルドの剣に倒れた襲撃者が崩れ落ちた。
ヴァイオレットが叫ぶような声でジェラルドの名を呼ぶ。
ディーンはぺったりと腰が抜けたように座り込み、呆然とスローモーションで倒れ込むジェラルドを見つめている。
マグノリアは重さに耐えられず抜け落ちた刀を見て、慌てて傷があるであろう場所に目を向けた。
厚手の上着がどんどん黒く変わって行く様に、急いでスカートを破いては傷口を強く圧迫する。
「……こんの、バカ親父が! 何やってやがる!!」
震える声で怒鳴りつけると、ジェラルドは力なく笑った。
「はは……は。まさか……助けに、入って……怒鳴、り、つけ、られるとは、ね……」
「無意味に強えぇんだから、やり方あんだろ! ……つーか、傷が開くからもう喋んな!」
マグノリアの無事を確認する為に小さく首を動かして、苦笑いをした。
「く……ち、悪、いな……ご令嬢、とは……思えん、な」
その言葉遣い。そう、空気だけが口から漏れた。
固い石畳を駆る蹄の音が止まる。
所々煤けた石畳の上に横たわる幾人もの黒づくめの男たち。
今も数名と、死闘を繰り広げているガイ。
少し離れた所に座り込む子ども達と倒れているジェラルド。
クロードは唇を引き結んで、ボロボロのガイを助太刀する為、腰の剣を抜きながら馬を走らせた。
クロードの到着後すぐ、タウンハウスにいるギルモア騎士団が合流した。
爆発を聞いて屋敷の安全を確認し警備を固めた後、騒動を確認・収める為に非番だった者達がやって来たのだった。
林の中を探索する者と、確保した者達を軍部に引き渡す為に見張る者に分ける。
流石にもう誰もいないのか、それとも旗色が悪い事を察してか、襲撃者の仲間はこれ以上増えない様子であった。
……これだけの騒ぎにも関わらず、野次馬が居ない。
余りにも危険過ぎる様子に、好奇心よりも安全を確保する事にしたのであろう。
急いでクロードがマグノリアとジェラルドに走り寄ると、手を汚して傷を押える姪っ子が、睨みつけるように傷のある場所を見つめていた。
「……お兄様、お医者様を!」
何も言わず頷くと、近くの騎士に合図する。
「……お嬢様!?」
酷い姿のマグノリアを見て、騎士が驚きの声をあげた。
「済まないが至急軍医をギルモア侯爵家に連れて来てくれ。手術が必要だと伝えてくれ」
騎士は気遣わし気に頷いて、馬で駆けて行く。
クロードがマグノリアの手を止め、そっと傷口を見た。
……誰もこれ以上不安にさせないよう 顔に出さない様に努めながら、ジェラルドに呼びかける。
「……兄上、解りますか?」
ジェラルドが薄く瞼を開けた。
「……ク……」
「話さずとも大丈夫です……みんな無事です。今から屋敷へ帰ります」
返事をするように、ゆっくりと瞼が落とされた。
クロードと騎士が乗って来た馬を馬車につないだ所で、アイリス率いる兵士とやはりタウンハウスにいたのだろう、数名のペルヴォンシュ騎士団の騎士がやって来た。
予想よりもだいぶ早い到着だ。
「ジェラルド!」
アイリスは驚いたように倒れ込む同級生を見る。
「東狼侯……一刻を争います。申し訳ありませんが、聞き取りは後ほど……」
「解った」
アイリスは後ろで涙を零す子ども達とは対照的に、奥歯を噛み締め、静かにジェラルドの傷を押え続けるマグノリアを見た。そして手が汚れるのも厭わずに、マグノリアの手を握った。
「マグノリア嬢、大丈夫」
言いながらも、心配そうな顔をしたアイリスをみつめる。
色々な葛藤を呑み込んで、マグノリアは小さく頷いた。




