原因は元から絶つべし
トマスさんの授業はセバスチャンとはまた違った厳しさがあるらしく、暫し愚痴に付き合う。
なんだかんだ言いながらも努力出来る子である彼は、従僕としても慣れてきたように思う今日この頃だ。
本当は騎士になりたかった少年。
だが最近は騎士になりたいとは言わなくなった。
責任感や達成感、心配やら友情やら、色々な気持ちが入れ替わり立ち替わり重なり、入り交じっていくのであろう。
ゆっくり決めれば良いと思うし、足枷にならないようにとも思う。
辺境伯家にいれば、今でもふたりで毎朝訓練に出ている。
加えて、ディーンはガイから暴漢に対応するための護身術の手ほどきも受けるようになった。
マグノリアも教わりたいと言ったら、ガイとディーンに、危険に突っ込んでいく回数が増える事になるから駄目だと言われてしまった。
「……外で打ち合いしようか」
マグノリアはニヤリと笑うと、木刀を掴んでディーンの方へと放った。
庭から木がぶつかり合うような音が聞こえる。
片方の音は速いが軽く、力が弱い事が窺える。もう片方は時折リズムが崩れる様で、ちょこまかと動く相手に悪戦苦闘しているのであろう事が解る。
クロードは軍部からこちらに届けられた書類に目を通していたが、暫し瞳を閉じてふたりが打ち合う木刀の音を聞いていた。
集中すれば容易に、目の前にふたりの真剣な顔と太刀筋とが見えるようである。
……四年前、マグノリアの怪しい踊り(?)を見せられた時にはどうしたものかと思ったものだが、今はだいぶマシになったと言えるだろう。
ずっと昔、ギルモア家には『姫将軍』と呼ばれる女猛者がいたらしいが……残念な事にマグノリアには剣の才があるとは言えない。
が、いざという時に暫しの間ならば、持ちこたえられる位にはなった筈だ。
ディーンは筋は悪くないが、剣を振るうのには向いていない性質だと思う。
両親が従僕を勧めた理由も解る気がする。
武器の怖さを知る事はとても大切だ。
命を守りも奪いもするそれらは、いたずらに振るうものではないからだ。
元々は騎士になりたがっていたそうで、なにくれとなく道をあきらめないようにマグノリアが世話を焼いているようであるが……騎士や軍人をするよりも従僕の方が向いていると思うのであるが、どうなのであろうか。
書類にサインをすると、決裁済みの箱へ放り込んでバルコニーへと歩き出す。
大きなフランス窓を開け、下を覗き込めばふわふわと風になびく巻き毛と、無造作にくくられたピンク色の髪が元気良く跳ねているのが見えた。
小柄なマグノリアは年上のディーンに、どうしても当たり負けする。その分、身軽な身体を活かして奇襲攻撃を仕掛けるのが得意だ。
「マグノリア、もっと踏み込め!」
クロードの発した言葉に呼応するように大きく踏み込むと、力強く打ち込んだ。
ディーンは歯を食いしばって堪える。
ふわり、と舞うように後ろへ跳ぶマグノリアを追って、ディーンが鋭く迫っていく。
「ディーン、引くな、そのまま打ち込め!」
「はい!」
いうや否や、木刀が空を切って振り下ろされる。速い太刀筋は避けられない、受けるのみ。
「堪えろ!」
マグノリアは両足を開いて、柄と刀身部分を掴み、迫り来る一打を受ける。
踏ん張る足が、土の上をじりじりと滑った。
「ぐっわ~~! タンマタンマ! 手ぇがビリビリするっ」
うっひょおーと変な声をあげながら、マグノリアが木刀を落とし、手のひらをぶらぶらとさせた。
「大丈夫?」
気遣わし気にマグノリアの小さな手を覗き込んだディーンに、マグノリアは肩を竦めた。
「大丈夫大丈夫。でも今でこれだけ力の差があると、二・三年後には打ち合いにならなそうだね」
今年十歳になったディーンは、あと数年で成長期を迎えるであろう。性差もあって、今よりもっと体力差が出る筈だ。
「……そんな年になっても、まだ木刀を振り回す気なのか?」
呆れたようなクロードに、二階を見上げたマグノリアが当然だとばかりに胸を張って言った。
「そりゃそうですよ! 練習していないと、いざって時に動けませんからね!!」
ディーンとクロードは、偉そうにふんぞり返るマグノリアを見て苦笑いをした。
ディーンのふたりの兄は王立学院に通っており、普段は寮暮らしをしている。
王都暮らしの学生やタウンハウスを持つ家の者はそちらから通うが、そうでないものは親元を離れて、学園内の寮で暮らしているのだ。
久々に会う弟のために、兄たちが辺境伯家のタウンハウスへとやって来た。
年の離れた兄弟は仲が良いらしく、末っ子のディーンはとても可愛がられている。
週末は休暇にして兄たちと過ごすように言うと、ディーンは困ったように眉尻を下げた。
「リリーさんも休暇中なのに、お世話する人誰もいなくなっちゃうじゃん」
「タウンハウスの侍女さんもいるし、気にしないで大丈夫だよ」
元々マグノリアは、他のご令嬢の様には世話を必要としない。
自分の身の回りの事程度、自分で対応可能だからだ。
侍女さんからも、久し振りの再会なんだからと促され、ディーンは後ろ髪を引かれるような様子で兄たちの元へと向かって行った。
マグノリアは侍女のみになった所でヴァイオレットのノートを再度開いた。
気が利く侍女さんは甘みの強いお茶を淹れ、そっとテーブルの上を滑らせると静かに壁際に下がって行った。
静かに、ページを捲る音だけが部屋に響く。
今回のお茶会の様に、何度か王子に接触する機会はあるにしても……実際にゲームが動き出すのは主人公であるマーガレットが学院に入学してからだ。
きちんと教育の行き届いたガーディニアに比べて、マグノリアはある程度の年齢になるまで王宮にあがる事は少ない。
理由は言わずもがな。
マグノリアと同い年のマーガレット。
『みん恋』のゲーム自体は学院が舞台になっており、イベントもほぼほぼ学院内でのものである。
どこかで強制力が働くとしたら恐怖でしかないが、今の所王子に対して、憧れも恋心もこれっぽっち、一ミリも無い。何ならマイナスである。
王家側がゴリ押しして来ない限り、婚約が整う事はないであろう。
ギルモア家もアゼンダ辺境伯家もマグノリア本人も、まったく望んでいないばかりか、回避する気満々だからだ。
ゴリ押しして来ても、身体が弱いから世継ぎを産めないとでも言っておけば、かなりの確率で回避出来るであろう。
王家にとって世継ぎは絶対だからだ。
……最悪、王位継承権のある人間が出張って行く事になるだろうけど。そうならないように、一人息子である王子のお相手選びは慎重になる事が容易に推測出来る。
次作に繫がるユリウス皇子と出会うのも学院。
(……もう、これは学院に入学しない一択じゃない?)
学院卒業が決して必須ではない世界だ。
ましてや、マグノリアには既に学院卒業以上の知識がある。
学校は勉強のみではない。
集団生活や社会での立ち居振る舞い、友達との関係形成。
過去に大人であった身、友情やら想い出やら色々なものを学んで、作って、糧にする場所だと言う事は重々承知である。
だが、引き換えにするリスクが大きすぎる。
再び戦争とか、ダメ、絶対。である。
社会性やら関係性やらは、既に社会人に片足を突っ込んでいるマグノリアにとって、今更でもある。
同年代との友情も大切ではあるが、年の離れた友情だって素敵なものだ。社会に出たら異なる年代と関わる事の方が圧倒的に多いであろう。
……どうしても学校にこだわるのであれば、王子も皇子も関わらなそうな他国の学校にでも留学すれば良い。
思考が違う今、もしかしたら学院に入学しても同じ道は辿らない可能性の方が高い。
マーガレットに意地悪するつもりも無ければ、ガーディニアと張り合う気もさらさらないからだ。
(でも、元から絶った方が簡単確実、楽だよね)
王子はともかく王妃様だ。
王都に暮らしていたら、なんだかんだと絡んで来そうである。
(……うん。そうしよう)
マグノリアは紙を取り出すと半分に折って、『みん恋』、『プレ恋』とそれぞれ表題を書いて、重要事項を抜き出し始めた。




