出来損ないの悪役令嬢
「本日はお招きありがとうございます」
淡いブルーのドレスを着たヴァイオレットが、小さくカーテシーをして、ちんまりと佇んでいる。
ほわほわとした髪が小さく揺れて、小動物のようでほっこりするが。
「ようこそおいで下さいました。さ、こちらへどうぞ」
マグノリアはにっこり笑って、自室として使わせてもらっている客間にあるテーブルセットへといざなう。
本来はヴァイオレットの家で話をした方が良かったと思うのだが、昨日の今日知り合った侯爵令嬢がお邪魔すると面倒な事になるらしい。
ヴァイオレットの希望通り、アゼンダのタウンハウスでの話し合いとなった。
丁度リリーは実家へ帰っているし、ディーンは数時間トマスさんに預かってもらい、従僕の心得その他をみっちりと復習して頂く事にする。先ほどトマスさんが嬉しそうにディーンを引きずっていった。
ガイは調べ物があるらしく数時間出払ってくると言っていたので、突っ込んだ話をするのに持ってこいの日なのであった。
数日ついてくれる事になったタウンハウスの侍女さんには、用がある時に声を掛けるので休んでいてとお願いし、壁際の席で刺繍でも読書でも好きな事をしてもらっている。
口の動きが見えないよう、庭を見ながら話をするように席の向きを変えてスタンバイOKだ。
「お忙しいでしょうに、急な呼び出しですみません」
一応、了解を取っていたとは言えつい昨日の事だ。本当は用事があったかもしれないので、念のため謝っておく。
「ううん、こちらこそすごく楽しみにしてたの! 昨日、両親はヤバめだったけど」
高位貴族からの急な呼び出しで、さぞびっくりした事だろう。
ニシシと笑うヴァイオレットに苦笑いしながら、話を進める事にした。
「えーと、すみれさんって呼んだ方が良い? それともヴァイオレット様?」
「この見た目ですからヴァイオレットで」
休んでいる侍女さんには聞こえないぐらいの極小さな声で、万一聞かれても理解されないよう日本語で話す。
「早速だけど、まずゲームの内容を教えて欲しんだけど……」
ヴァイオレットはコクコクと頷くと、バッグから丁度大学ノートぐらいのノートを取り出し、初めのページを開いた。
……日本語で、細かくびっしりと書き綴られている。
(……おおぅ……すんごい圧を感じるノートだな……)
マグノリアは若干引きつりながら、乾いた笑みを浮かべた。
*****
ゲームの舞台は、中世ヨーロッパに似た世界のアスカルド王国。
その国の王立学院に、男爵令嬢である美少女ヒロイン、マーガレット・ポルタ(十三)が入学するところから物語は始まる。
マーガレットは元々平民として市井で暮らしていたが、病気だった母親が亡くなってしまい、失意のどん底に居る時に実の父親であるポルタ男爵に出会い、引き取られる事になる。
亡くなった母はポルタ男爵家で侍女をしていた過去があり、男爵家の跡取り息子である父と恋に落ちたのであった。
……だが当然、身分差から反対される。
マーガレットを身籠った彼女は、ひとり、男爵家を去ったのであった。
やっと見つけたと思ったら、最愛の女性は亡くなっていた。自分との娘をひとり残して……
愛らしく頑張り屋の彼女は慣れない貴族社会に悪戦苦闘しながらも、持ち前の優しさと明るさで学院の人気者となっていく。
彼女の優しさと愛らしさの虜になるのは、様々なイケメンたちだ。
アスカルド王国の王子でメイン攻略対象者である、ちょっと強気で俺様なアーノルド(十五)。
アーノルドの護衛騎士で、名門侯爵家嫡男の熱血近衛騎士・ブライアン(十九)。
アーノルドの乳兄弟で幼馴染、弟っぽい癒し可愛い系伯爵家嫡男・ルイ(十五)。
そしてひょんなことから出会う、宰相であり侯爵家当主の出来る大人の男・ジェラルド(四十二)は、腹黒インテリ枠。
ここに、王子の婚約者であるふたりの悪役令嬢がライバルとして立ち塞がる。
優秀で努力家な第一悪役令嬢のガーディニア(十四)は筆頭侯爵家令嬢。
ご令嬢のお見本と言われ、Miss・パーフェクトと呼ばれるぐらい、何でも出来る美少女だ。
そしてとにかく可愛い、ちょっとドジでおバカな第二悪役令嬢のマグノリア(十三)は、ジェラルドの娘でありブライアンの妹でもある。
王子が大好きな事と家の権力を良い事にあれやこれやと、とにかくマーガレットの邪魔ばかりする。
悪役令嬢のふたりもライバル同士であり、勝者が王太子妃となり敗者は側妃となることが決まっている。
ゴールは王子の卒業式パーティー。
マーガレットは一体誰を選び、誰と結ばれるのか!?
煌びやかな貴族の通う学院を舞台に、イケメン達と美少女達が織り成す恋愛ストーリーとシンデレラストーリーを楽しめる、恋愛シミュレーションゲーム『みんなあなたに恋してる!』
ちなみに誰と結ばれても悪役令嬢は、意地悪がバレて学院追放。マーガレットに悪事を働かないよう修道院に一生涯幽閉となる。
……そして、全員を攻略すると隠し攻略対象者である、ジェラルドの義弟で稀代の天才にして高名な騎士、次期辺境伯のクロード・ルートが開かれる(おまけ・そして激ムズ)。
******
(…………。)
あらすじというか設定というか……その時点で頭が痛い。
マグノリアは耐えられずにテーブルに突っ伏した。
「……つーか、ギルモア家の関係者、やたら多くない?」
攻略対象者の半分以上がギルモア家である。
ここまで出すのならいっそ『枯れ専枠』とか『筋肉枠』とかで、セルヴェスも出してあげてほしいのだが。
何と言うか、話の内容自体は極々普通(?)の乙女ゲームである。
魔法とか出てこないみたいだし、いっそ、地味でシンプルかもしれない。
……自分が関わっていない場合に限る、であるが。
起き上がってお茶を飲み、後ろのページを捲ると、事細かにびっしりとイベントの日時と内容が記載されていた……
読むのが恐ろしい事である。色々な意味で。
ため息が出るのは仕方ないであろう。
ジェラルドはこの内容を遠見の力で見せられたのだろうか……他にも理由はあったのだろうが、宰相にならない理由のひとつは、この訳のわからん未来が原因なのではないかと邪推してしまう。
(何があったか知らんけど、親父さん……もしや特殊なご趣味の御仁じゃないよね?)
事案である。
「……うーんと。私はこの、学院を追放されて修道院に一生幽閉される『ちょっとドジでおバカな第二悪役令嬢・マグノリア』で間違いない?」
トントン、とノートを指さすマグノリアに、ヴァイオレットは気遣わし気な表情で頷いた。
「……マジか。そこそこ主要なキャラの一員だったわ……つーか、ダブルヒロインならわかるけど、ダブル悪役令嬢なんだねぇ」
噴水につき飛ばそうとして自分が落ちる。
物が無くなったと言い、マーガレットを調べろと言う……が、仕込んでいる所を見られており逆に非難される。
やたらとイチャモンつける。
困ると王子に甘える、しかし相手にされてない。
阿呆か、阿呆だな。マグノリアはノートを閉じた。
「…………。このしょーも無い内容で生涯幽閉なの? 厳しくない?」
「まあ……」
よくよく読んでみないと解らないけど……流し読みをした感じでは、命を狙うとか、ヤバめな内容はなさそうだ。
何と言うか。
嫌がらせをされる方としては、けして『こんな』ではないのだろうけど。
筆頭侯爵家とエセ侯爵家のご令嬢方が、この程度の嫌がらせで学院を追放されて、一生閉じ込められて暮らすのか。
出来る宰相は何をしていたのだろうか――攻略されていたのか。
しょっぱい事実に口をへの字にする。
苦虫を噛み潰した表情と、ジト目とが相まって、すんごいヤバい顔になっている。
「マグたん、顔……」
「マグたん」
ついつい前世での呼び名で呼んでしまい、腐った顔のマグノリアに、ヴァイオレットは視線を泳がせる。
「その。『マグノリア』はキャラデザがめっちゃ可愛くて……凄い人気だったんですよ。嫌がらせ度合いがちゃっちくてモブっぽいから『可愛すぎるスーパーモブ』って言われて。ファンの人達には『マグたん』って呼ばれてるの」
(モブ(スーパーだが)って呼ばれる悪役令嬢って、なんやねん)
ノートを再び開いて、個人の設定の所を読んでいくと、やはりマグノリアは虐げられて育っており、愚かなまま成長していく様子が見て取れた。
……やはり、人格形成と行動理由のために『嫌われて育つ』というファクターが必要なのだろう。
「コミカライズとノベライズもあって、是非是非、今のマグたんにも読んでほしいんだけど!! 現物は日本なんだよね~」
本来なら要らねぇが……興味は無いけど絵の方が解り易そうだから、マグノリアとしても資料として是非とも見ておきたかったと思う。
(つーか、この子ガチ勢?)
そう思っていると、言いづらそうにもう一冊ノートを渡された。
手に取らないまま、マグノリアはじっとノートを見た。
「それで、余りに人気だったんでマグノリアを主人公にした『プレイバック♡みん恋Ⅱ~今度のヒロインは、可愛すぎる悪役令嬢!?~』が出た、という……」
『プレイバック♡みん恋Ⅱ~今度のヒロインは、可愛すぎる悪役令嬢!?~』
続き……そして毎度毎度、敢えてなのか。
もしやツッコミ待ちなのか!?
「題名、クッソだせぇ!」
「ダサくないもんっ!!」




