その頃子爵邸では
リシュア子爵が帰宅すると、花だお菓子だ、いや花だと言いながら、侍女が走り執事も走っていた。
何やら屋敷中が上を下への大騒ぎであった。
「……どうしたんだい?」
日課とばかりに、帰宅してすぐに娘の部屋へ行くと、クローゼットからありったけ引っ張り出したのか、部屋中がドレスとワンピースで埋め尽くされていた。
「み、見たのよ!」
比較的おっとりしている筈の夫人が、茶色の瞳をかっ拡げながら子爵に詰め寄ってくる。
「な、何を?」
空気に呑まれて、ごくりと喉が音をたてた。
「ギルモア家のお嬢様よ!」
「へ?」
「マグノリア・ギルモア様よ!!」
鬼気迫る夫人の表情に、子爵の茶色い瞳は点になっている。
ヴァイオレットは、本当に屋敷に呼ばなくて良かったなぁと、心の中で自分の判断を褒め称えたのであった。
子爵家の自慢のサロンへ移動し、三人でお茶をする事になった。
走っていた侍女を捕まえ、お茶を淹れてもらう事にする。
各々心を落ち着かせながら、王宮で出会った美少女の話をするためだ。
「……じゃあ、今日の王家のお茶会にいらしていたマグノリア様を見かけて声を掛けたら、意気投合してお屋敷に招待されたって言うのかい?」
王家のお茶会を覗き見て、茂みを移動中に出くわしたなんて本当の事を言えるわけは無いので、その辺は適当に誤魔化しておく。
「その……お元気そうな様子だったのかい?」
お披露目から二年経ったとはいえ、誰も目にしたことが無いお嬢様の噂は錯綜しているため、気遣わし気に聞く。
「それがね、物凄く美しくて、物凄くきちんとされているお嬢様だったのよ!」
「……そうなのかい?」
「ええ。見た事も無いぐらいに綺麗なお子様だったわ」
「ま、まあ、それなら(?)良かったよ」
それで着ていく服を確認していたのか……と、先ほどまでの部屋の惨状に納得をした。
納得して雰囲気が緩んだ所で、サロンの扉がノックされた。
子爵が入るように伝えるとリシュア家の家令が、その手に封筒と豪華な花束を握って立っていた。
「……今ほどアゼンダ辺境伯家より使いの方がいらっしゃっておりまして……お嬢様と明日お約束をされたとの事で、確認と招待状を頂いております。口頭で構わないので差し支えないか御返事頂きたいと。難しいようでしたら可能な日時をお知らせくださいとの事ですが……」
「「……明日?」」
「ああ、約束いたしましたね」
「「@#$#?%&&#$%&%……!!!!?」
娘の一言に、両親の魂はぶっ飛んだ。
成金ではあるが、こっそり慎ましく(?)生きる彼等に、高位貴族中の高位貴族のようなギルモア家の壁は、高かったようであった。
(……しかし、賑やかな両親っすねぇ……)
ガイは難なく忍び込んだ天井裏でため息をつく。
待合室に通され、すぐに行動を起こしたが、どうぞどうぞと言わんばかりに緩々であった。
元々は商家の家柄から成り上がったという事で、切れ者のコレットのような人間を連想していたが。
……おっとりした大変人の好い、ただの低位貴族のようであった。
親子関係も近く、平民の家のような雰囲気だ。
そしてやたらめったら金ピカな家財道具が、目と心に痛い。
屋根裏には自分のようなものは影も形も無く、ねずみと蜘蛛が数匹走っているだけであった。
(……調べても何も出てこなそうっすね)
ガイは肩を竦めると、案内された待合室に戻る事にした。
下では賑やかにてんやわんやしているため、答えを貰うまでもう暫く掛かるであろう。
余程の事でもない限り、断られる事は無いだろうが。
それまで出されたお茶でも飲んで、のんびりと待つことにしたのであった。




