帰宅と話合い
ガイに確認をされるかと思ったが、特段何も聞かれなかった。
その事に少しだけほっとしながら、マグノリアはガイとふたり、王宮の庭を控室へと急ぐ。
……ガイとて気にならない訳ではない。
ただ、どんなに気兼ねなくやり取りをしたとして、主従関係が存在する事を知っているだけだ。
仕える相手が高貴であれば高貴である程、主の秘密は大きくなる。
そして明かされないのは信頼関係うんぬんではなく、明かす必要が無いかこちらを守るためかのどちらかだ。
……必要があれば話を聞く事もあるだろう。
ただ、それは自分が決めるのではなく主が決める事である。
大変不思議ではあるが、特に先程の少女に危険なものは見受けられなかったし感じなかった。
それであればマグノリアの安全を守る事に徹すれば良い。
……マグノリア自体が不思議な少女だ。
多分何か大きな秘密を抱えているのだろうことは常々感じられる。
(さっきからずっと何か考えていやすね……)
大方、自分に聞かれたらどうやって説明しようか考えているのだろう。
(従者は主を困らせるためにいる訳じゃないんすけどねぇ)
マグノリアは使用人を使うのが下手だ。使用人にとても気を使う。
身分に似合わない気遣いは美徳であり、下々のものに慕われる理由でもある訳だが、もう少しぐらい、我儘であっても構わないと思うのだが。
「お嬢、きっとクロード様も戻ってきていやすから、王妃サマが何か言ってこねぇ内に帰るが勝ちっすよ?」
体調が悪くなった場合、途中退席は失礼にあたらない。目の前で倒れる方がよろしくないのだ。王妃付きの女官に戻らない場合の伝言も伝えてあるので、帰宅は問題はない。
間違いなく、相手は引き留めるための何かを言ってくるであろう。
マグノリアはガイの細い瞳を見ると、黙って頷いた。
割り当てられた辺境伯家用の控室へ帰ると、クロードも丁度帰ってきたばかりらしく、脱いだばかりの騎士団の上着を椅子の背にかけている所であった。
無事帰ってきたマグノリアの様子に、三人がホッとしたのもつかの間。
何やら機嫌が悪そうなマグノリアが両手を上にあげ、訴えるようにクロードを見上げた。
抱っこしろ、という事らしい。暫しお互いの顔を見遣る。
「「…………」」
クロードは珍しいものだなと思ったが、ひょいっと持ち上げると慣れた手つきで抱きかかえた。
リリーは、あらあら、まあまあ。お疲れですかね? と言って微笑まし気に、ディーンは甘える様子を揶揄うように笑っていたが、マグノリアに睨まれると、いそいそと帰り支度の為、荷物を確認し始める。
ガイは何かあったのかと言いたげなクロードに一度視線を合わせてから、馬車を入口に回すと言いすぐに部屋を出ていった。
マグノリアはクロードの首に巻きつくと、慣れたぬくもりに小さく息を吐く。
柔らかな石鹸の香りと香油の混じった香り。クロードの匂いだ。
父とも祖父ともまた違う香りになぜか酷く安心しながら、誰にも聞こえないように小さく小さく耳打ちする。
「……そのまま聞いてください。今日、私と同じ転生者に会いました」
一瞬だけ身体に力が入ったようであったが、クロードは表情を変えず、あやすようにトントン、と背中を軽く叩いた。
……わかった、ということだろうか。
マグノリアはそのまま続ける。
「彼女は未来を知っているそうなので、タウンハウスへ呼んで話を聞くつもりです」
「……ディーン、リリー。王家より何か言ってこない内に、帰宅を急ごう」
クロードは指示出しをしながらトントン、と背を叩いた。
「なるべく早急に確認するために、明日タウンハウスへ呼ぶ予定でいます。帰ったら至急招待状を。一応本人と、母親へは近々という事で了解は取ってあります」
クロードは小さく息を吐くと、優しく背を叩いた。
……一筋縄では行かなかったであろう茶会の報告を聞く前に、姪っ子は何だかまた、思ってもみない出来事を引っ張ってきたのか遭遇したのか……
茶会にしろ転生にしろ、巻き込まれているのは彼女も同じなのだろうが。
とは言えマグノリアにとって、異世界も未来も、どちらもナーバスな話であろう。
(思考はそうでもないが、感情は身体年齢に近いと言っていたか……)
それなら今、彼女は不安なのであろうか。
どうも日頃クロードを年下扱いしている節がある割に、子どもでしかない小さな姪っ子の頭に頬を寄せ、安心させるように抱え直した。
王宮の廊下を急いでいると、宰相と女官長が揃って歩いてくるところであった。
「そのまま、頭を伏せておきなさい」
クロードの低い声が耳朶を打つ。
マグノリアは承知したとばかりに、ぺったりとクロードの肩に頭をつけた。
「マグノリア嬢はいかがされましたか?」
「疲れたのか体調を崩したようで……国王陛下には事前に帰宅の許可を頂いています。茶会を中座して申し訳ないがこのまま帰宅させて頂きたい」
女官長は王妃に何か――控室から連れてくるように言われていたのか、不満気な様子であったが、宰相は頷いて了承した。
「……承知した。先ほど終わった故、問題無い。慣れない場で発言を求められ、気疲れもありましょうな。無理を押して来て頂き助かった。ありがとう」
「いえ。それでは失礼いたします」
寝た(倒れた?)ふりのマグノリアを抱えたクロードと、お付きのリリーとディーンが頭を下げて通り過ぎる。
(……宰相さん、ごめんね。後はヨロシク~)
心の中で、マグノリアは宰相に手を振っておく。
結果的には彼が居てくれたおかげで、多少なりとも王妃様との直接対決を減らせた面もあるだろう。
是非末永く、宰相として頑張って頂きたいと思うマグノリアであった。
全員馬車に乗り込むと、誰ともなしにため息が漏れた。
マグノリアも座席へ降ろされ、ぱっちりと瞳を開く。
長居は無用とばかりに、馬車は流れるように王宮を走り出した。
「……で、お茶会はどうだったのだ?」
「何だか微妙でした。王妃様に茶会は楽しいか、王子は気に入ったかと聞かれたので、自分は向いてないからガーディニア様かオルタンシア様をと推薦しておきました」
話を聞いていた三人は、随分突っ込んだ話になったもんだと顔を見合わせた。
その後、王妃と王子とのやり取りを順を追って話すと、ディーンは微妙な顔をし、大人ふたりは険しい顔をしている。
マグノリアはため息をつきながら肩を諫めた。
「とにかく、私は元々これっぽっちも王太子妃になるつもりはありませんし。王妃様とも王子様とも、性格的に合わないかと思いますよ」
「……父上が一緒だったら大変な所だったな」
本当だとみんなで頷く。
それにしても。
王様には会ってないので不明だが、王妃と王子はコレットの評価通りの人物だった。実際に会って、マグノリアは正直びっくりというか……
あんな感じで王族なんて出来るもんなんだろうか……想像と違って、実際は色々と配慮や注意、気遣いが必要な立場だと思うのだが。そう首を捻る。
地球で見聞きした同じような立場の方々が、きちんとし過ぎていたのだろうか?
とりあえず、体調を崩したテイであるので、また暫く出席しないで済むであろうとひと安心をしたのであった。
タウンハウスへ帰ると、すぐさま解散となった。
リリーは久し振りの王都という事で、数日実家へ帰る事になっている。
ディーンは初めての王宮で大変緊張していたらしく、かなり眠そうだ。
マグノリアは執務室でリシュア家宛の招待状を書く。
急なため、ご両親宛にお詫びの手紙をつけようとした所、大人が書いた方が良いだろうとクロードが受け持ってくれた。
その間、トマスは手紙と一緒に持参するため、庭の花を器用に花束にする。
辺境伯領のセバスチャンも有能であるが、弟であるトマスもとても有能である。
初めてトマスの顔を見た時のディーンとリリーの顔は面白かった。
……辺境伯領に移動する前に一度見た筈だったマグノリアも、改めて見て、びっくりしたのだ。
どうりで辺境伯家についた時に、セバスチャンの顔を見て見覚えがあると思った筈である。瓜二つというぐらいにそっくりなのである。
何はともあれそれらを持って、ガイがリシュア家へ届けに行った。
……多分、リシュア家の色々……特に辺境伯家の人間に危害を加えるような人達ではないか、確認をしに行ったのであろう。
誰も居なくなった執務室で、クロードはマグノリアから改めて話を聞くことにした。
転生者だと解ったきっかけは、マグノリアの元の世界の言葉をヴァイオレットが発した事から判明したのだと説明する。
そもそもふたりが出会ったのも、ヴァイオレットがマグノリアの事と、本来のマグノリアが取るはずだった行動を知っており……それから外れた動きをしたので、気になって後をつけたからなのである。
話を聞きながら、クロードは頭が痛そうに眉間に皺を作った。
「……『チキュウ』や『ニホン』では、大人の女性が木に登ったり茂みに入ったりが、頻繁に行われているのか?」
マグノリアは、かつてディーンの相手をするために木に登って筋肉痛になり、クロードに呆れられた上に揶揄われた事があったのである。
突いてほしくない所を突かれて、マグノリアは何とも言えない表情をする。
……普通、大人ではないが十四歳も、茂みの中を入って移動はしないであろう。
「彼女はまだ十四歳だったみたいですけど……日本でも余りその年になると木にも登らないし、茂みにも入りませんよ」
だろうな、という顔をする。
……何か言いたげに感じるのは、マグノリアの被害妄想だろうか。
「まあいい。だが、どうしてその……彼女も転生してきた事も不思議ではあるが、『ニホン』で暮らす人がこの世界の事を知っているんだ?」
クロードの疑問は尤もである。
なぜ、存在すら知らない筈の『異世界』の出来事や人間を知っているのか。
「……私が転生者だと話した時に、実際に転生が『起こった』事実は無くて、あくまで物語上の概念だ、といったのを覚えていますか?」
クロードは頷いた。
マグノリアはなるべく解り易いように説明を続ける。
「それに関係があるのですが、そういう概念を扱った『物語』があるのです」
ただ知らない場所や国に転生する話もあれば、過去や未来へ転生する話、ゲームやお話の世界へ転生する話もある。
「…………」
「この大陸にも、色々な本やお芝居があるように、地球にも色々な創作物があります。中には、実際にある国ではなく、空想上の世界や国を舞台にした創作物が、沢山あるのです」
ここまで説明すると、考え至ったであろう事に、信じられないと言わんばかりの様子で確認する。
「……では、元いた世界にアスカルドやアゼンダを舞台にした話があり、ここで起こるのと同じような出来事や人物が書かれているため、それを読むか見るかして、彼女はこの世界の過去や未来を知っているのだと?」
凄い理解力だ。信じ難い内容である筈なのに……まあ、本当はここがゲームの世界(らしい)なのだが。
混乱しているような、ありえないというような様子ではあるが、きちんとマグノリアが言おうとしている荒唐無稽な内容を理解している。
「そうです。なぜ彼等にとっては想像上の世界や国であるものが、現実に存在しているのかは解りませんが――この世界の、私たちが登場人物として描かれている創作物――物語があるのです」
クロードの息が小さく漏れた。
ゲームだラノベだと区別すると、余計こんがらがるであろう。物語としておくのが一番わかりやすい筈だ。
ましてやゲームなんて。目にすればすぐに理解できるだろうが、言葉だけで説明しても全く理解できると思えない。
映像が動いて話して、それがお芝居の様に画面で見れて。自分が出来事の行動を都度選択すると好感度が……なんて説明しても、全然意味が解らないであろう。
「マグノリア自身は、その物語を知らないのだな?」
「はい、残念ながら……」
「そうか……」
これ以上細かい説明をした所でどうしようもないだろう。
それよりは、実際の未来に対応したり回避したりする方に力を注いだ方が建設的だ。
「色々あって、その、大丈夫か?」
心配そうな声色に、苦笑いをする。
「まあ、どっちにしろ、ここは聞いておかないと後悔しますからね。大丈夫です」
マグノリアは部屋に戻り、寝支度をしながら考える。
ヴァイオレットの口振りから、『みん恋』こと『みんなあなたに恋してる!』は有名なゲームなのであろう。
そんなに有名なら実際にプレイしたことが無かったとしても、CMやら何やらで名前ぐらいは知っていそうな気がする。
(もっと未来で発売されたゲームなのかな?)
興味が無いから、耳を素通りしている事も考えられるが。
(乙女ゲームか……)
例のラノベ好きの友人に、幾つかやらされた事がある筈だ。
だがやり込む、と言う程プレイしたものは無い。
今になってみれば、それなりにプレイしておけば良かったと後悔する。
最後にプレイしたのは、こちらへ転生する数か月前。
彼女が旅行中、レベル上げをしておいてほしいと拝み倒されて……途中のエピソードをプレイさせられたはずだった。
……異世界の学校が舞台のゲームだった筈。可愛い男爵令嬢がヒロインでモテまくる、よくあるタイプのゲームだった筈だ。
確か受け持ったのが弟系の攻略対象者という、可愛いタイプの男の子を攻略するエピソードだった。
死んだ瞳で、ただひたすらに進めた記憶だけがある。
(……前後の話が全くわからないから、内容が頭に残っていないんだな……あれ、なんて題名だっけ? 面白いから読めとか言って、後から漫画と小説と渡されたっけなあ)
忙しさにかまけてそのままに、空いている棚の片隅に勝手に積まれたままだった筈だ。
コミカライズもノベライズもされているという事は、それなりに売れているゲームなのであろうが。
(何だっけ。こう、だっせぇ題名だった筈)
思えば、『みん恋』もダサい。
こう、もう少し何とかならんもんだったのだろうか?
(……ん?)




