何と、ここは乙女ゲームの世界でした
乙女ゲームの世界。
(ラノベならまだしも、そっちか~!)
……全然プレイしない訳ではないが、殆どしないといって良い筈だと思う。
たまに遊ぶにしても、乙女ゲームではなくて、ちっさいヒゲのスーパーなおっさんが繰りなすアクションゲームが主だった筈だ。
それにしても。
普通、ゲームの世界に転生ないし転移させるのならば、そのゲームに詳しい人間の筈じゃなかったっけ?
白い空間に神様が――的なものも、まったく何もなかったのですけど。
言いたい事は色々あるが、出来る限り情報を入手しなくてはならないだろう。
そう思って少女の方へ向き直る。
「ヴァイオレット様でしたね。日本からの転生者という事で宜しいのかしら? 一体この現象と現状がどういう事なのか解るかしら……?」
転生。
ラノベか! ゲームか! はたまた漫画かアニメか!?
言いながら心の中で自分に突っ込む。
……ゲームだった!!
(……ありえんだろ!?)
親父さんの様子から推測して『そんなような感じの世界』とは想像したが、まさか本当に本当の作り物の世界だったなんて。
異世界は、本当に乙女ゲームの世界でした。
(怪我をしたら、心を傷つけられたらこんなに痛いのに……)
それでも、作りものの世界なの?
……自分が知らないだけで、何回も何百回も、もうずっと延々と繰り返されているものなのだろうか?
その現実に背筋がうすら寒いが、今はそんな事を言っている場合じゃない。
深刻そうなマグノリアの様子を見て、ヴァイオレットは首を傾げた。
(……マグノリアはここが『みん恋』の世界だって、多分知らなかったんだ……ゲームとかしない人なのかな? それともそういうの知らない年代とか??)
「え、と。私は春日すみれです。日本人では中二でした。今は『みん恋』の中のモブキャラのヴァイオレット・リシュアで、八歳っす」
「中二……」
すっげー若けぇ……
(……私の半分以下じゃん……こりゃ、『アラサーですよ。何だったら過ぎてる方のアラサーですよ』って言ったらドン引かれるだろうな……)
そう思い、トホホと苦笑いする。
いやいや、今、問題はそこじゃない。
春日すみれは生まれつき持病があり、短い人生の殆どを病室で過ごしていたが、治療の甲斐なく中学二年生で短い人生を終えたのだ(多分)という。
「軽々しく言えた事じゃないけど、とても大変だったのね……」
しんみりとマグノリアが視線を落とすと、あははと笑う。
「ええ、まあ。痛かったりしんどかったりは正直、いっぱいあったけど、今は超健康体っすから。大好きなゲームの世界に転生出来たし、今は大丈夫なんすよ」
静かに(?)息を引き取った筈が、気がついたら赤ちゃんとしてこの世界に生を受け、ヴァイオレット・リシュアとして今に至ると言う訳らしい。
「そうなのね……あなたは生まれた時から記憶があるのね?」
「そうっすね」
…………。
内容は、まあ置いておいて。
この妙な体育会系な言葉遣いは、もしや敬語か何かのつもりなんだろうか。
そういう勘違いをしている新入社員が多いという記事を、以前何処かで読んだ気がしたので、一応言ってみる。
「……今は同い年だから、楽な言葉遣いで大丈夫よ?」
「本当っすか!? 良かったぁ! 私、敬語苦手で」
なっははーと笑いながら、ヴァイオレットは右手を振る。
「……やっぱり?」
……いや、それ全然敬語じゃないからな? そう心の中で呟いた。
マグノリアはつまらない指摘はとりあえず置いておいて、自分も日本で生きていたらしい事、死んだ記憶も無ければ、名前などといったパーソナルデータは性別と年齢以外、何も覚えていない事を説明した。
すると、ヴァイオレットも興味深そうに何度も頷いていた。
「ふーん。こっちに来る理由というか、条件は人それぞれなんだね……ほら、ラノベとかだと、事故とか病気とかで死んで飛ばされるって定石があるじゃん?」
彼女の過ごした日本にも同じようなものがあるのだ。多分そこまで離れた時代ではなく、極々近しい時代でお互い生きていたのだろうと結論づける。
「そうね。うっすらと取りとめない記憶……の欠片? みたいなのはあるんだけど。成人していたって事と、女性だったって事と日本に住んでた事しかわからない。死因とか――そもそも死んだのか生きてるのかすらわからないの」
「わっ! 成人!? めっちゃ大人やんっ!」
「……いや。まあ今は同い年だからね? その辺は余り気にしないでほしいんだけど」
実際に年上と知り緊張したように言うので、苦笑いしながら流す事にする。
「それで、三歳のある朝、目が覚めたらここに居て……転生したのか、頭がおかしくなったのか、それとも空想の世界に生きているのか、夢を見ているだけなのか……個人的にはずっと夢を見てるんだと思っていて」
うんうん、とヴァイオレットは頷く。
「とは言え、万一これが現実だったらって心構えもしておこうと思って生活をしてきた訳なんだけど」
なるほどー。と言ってヴァイオレットはのんびりした声を出した。
「まあ、私もラノベ的な『神』に宣言されてこっちに来た訳じゃないから、現実的にはまだ昏睡状態なのか死んじゃってるのかは解らないけど……ただ、今は身体も元気になってるし、せっかく大好きなゲームの世界に生まれ変われたんで、楽しんで生きようってしか、思ってなかったかも」
実際にイベント全部見てやるぞ! と意気込んでいた。
……正直、それ以外余り考えていなかったかもしれない。
だから今日も王宮の見学に連れてきてもらい、迷ったふりをしてお茶会イベントを隠れて見学していたのだ。
王子(攻略・メイン)もガーディニア(第一悪役)も、ブライアン(攻略・騎士)もルイ(攻略・弟系)もいてホクホクだった。
……本来なら宰相のジェラルド(攻略・病み腹黒)もいる筈だったが、代わりに薄くハゲ散らかしたお爺さん寄りのおっさんがいたが……あの人が今の宰相なのだろうか……?
なぜかマグノリア(第二悪役)がゲームと違う動きをして退出しようとしたので、茂みの中に隠れて後をつけて来たのだ。
(そっか……全員が全員、『みん恋』好きな訳じゃないだろうし。マグノリアの小さい頃なんて大変だもんなぁ)
現実、目の前にいる悪役令嬢の『マグノリア』は見た目こそゲームのまんまだが、意地悪でも馬鹿そうでもない上に、初対面の自分を気遣ってもくれる。
全然悪役令嬢のキャラじゃない。
彼女こそ何も解らない状態でトンデモな対応をされる家に生まれてしまって、大変だったろうなぁとここに来て思い至る。
もし自分だったなら、どうなっていた事か……と。
マグノリアはマグノリアで、中二の女の子が健康体に生まれ変わり、大好きな世界だと知ったら、さぞ楽しくて仕方が無いだろうと思い遣る。
「とにかく、この世界の情報を知りたいの。もし私があなたと同じモブキャラだったら問題無いんだけど……万が一重要な役どころのキャラだったら……命や生活に関わるような希望にそぐわない内容は、なるべく穏便に回避したいと思っているのよね」
「だよねぇ」
ヴァイオレットも、そりゃそうだろうと思う。
……ゲームをしている時は、意地悪をした悪役令嬢が修道院に幽閉されるのを、ザマーミロ! と思っていたけど。
それはあくまでゲームだからだ。
いきなり知らない間に転生させられて、自分がその役ですよ。現実です。と言われたら……やはり懸命に回避しようと行動すると思うのだ。
……それに、このマグノリアはゲームのマグノリアと全然違うっぽい。ちゃんとしている人っぽい。
そんな人が一生幽閉とか、絶対駄目だと思う。
ある種、知らない人とは言え同じ転生者。既に友達の気分である。
ふんす! と鼻息荒く、大きく頷いた。
「わかった。私、いつか転生者に会えたら思いっきり語り合おうと思って、覚えてる内容とか書いてるノートとかあるから明日持っていくよ! 家、辺境伯家のタウンハウスだよね?」
「お、おう! ありがとう?」
……書いてるノート? 語り合う??
非常に有難いんだけど、何だろう……
(もしや、重度のマニアなお方?)
さっきの怪しい様子といい、香ばしい感じがするのは何故なのだろう?
そこまで話した所で、遠くからヴァイオレットを呼ぶ声が聞こえてきた。
多分、心配して探しているのだろう。
「お母様だ! じゃあ、私、帰る!」
焦ったように走るヴァイオレットに向かって呼びかけると、マグノリアはちょっと考えて提案した。
「多分、貴族の間では私、評判悪いだろうから、ちょっと親御さんに挨拶するよ」
「挨拶?」
不思議そうなヴァイオレットに向かって頷いた。
……多分お披露目の件でマグノリアは、大半の貴族にとんでもない人間だと思われている筈だ。
過保護な親なら絶対に子どもに近づけたくないだろう。
今後色々と聞いたり交流を取るのに厄介なため、親のご機嫌は取っておいて損はない筈だ。
ガイには友人になったので親御さんに挨拶をしたいと説明して、声のする方へと三人で歩いていく。
姿が見えた所で母親らしき貴婦人が小走りで近づいてくるのが見えた。
(……ヴァイオレット、ちゃんと大切にされてるんだ。良かった)
マグノリアは詰めていた息を小さく吐くと、前世で身体が弱く大変な思いをしたヴァイオレットが、この世界で幸せな再スタートを切れた事は素直に良かったと思う。
反面、もし彼女の予想通り亡くなっていたらと思うと、元の世界で残された家族はさぞ悲しんだだろうなと切なくもなる。
ヴァイオレットを抱き締めていた女性がマグノリアに気づき、不思議そうに見つめてきた所で、一歩前に出る。
「初めまして、リシュア子爵夫人でしょうか?」
「はい……?」
目の前の子どもの美しさに、息を呑みながら返事をする。
マグノリアはにっこりと笑いかけ、丁寧に礼を執る。
「私はマグノリア・ギルモアと申します。本日王宮のお茶会に参りまして、控室へ参ります途中迷ってしまいまして……お嬢様にお声がけ頂きまして大変助かりましたの。本当にありがとうございました」
「えっ!? いえ……?」
マグノリアの名前を聞いて顔を強張らせたが、噂のように醜くもなければ、きちんと話す所かしっかり躾けられている事が解る所作に、段々と肩の力が抜けて行くことが見て取れた。
(よしよし。やっぱし声掛けしといて正解だったね)
ここは、第一印象爽やか・しっかり・きちんと系。
初対面の大人向けには、日本対応面接用人格を全面押しすべきであろう。
「疲れてしまい、そこの四阿でお相手して下さっていたのです……そんな訳でお母様にご心配をおかけしてしまい、大変申し訳ございませんでした。お優しいお嬢様の事、どうぞお叱りにならないで下さいませね?」
頭を下げようとすると、慌てたように口を開いた。
……子爵夫人が侯爵令嬢に頭を下げさせたなんて解ったら、白い目で見られるのは夫人の方だ。
「マグノリア様、どうぞお気になさらないで下さいませ! ヴァイオレットがお役に立ちましたら宜しゅうございました……控室へご案内いたしますか?」
「いいえ、供の者が探しに来てくれましたのでそれには及びませんわ。お気遣い頂きましてありがとうございます」
ぱあぁぁっと花が咲いたかのような、可憐な微笑みを夫人に向ける。
夫人は息を呑んで、首を左右に振った。
ガイはプルプルと小刻みに震え、ヴァイオレットはさっきまでの砕けた様子とは違い、本当のご令嬢のようなマグノリアの態度に、茶色の瞳を瞬かせながら感心していた。
(あのおじさん、さっきからいた人じゃん! 凄い口が上手いって言うか……頭が回る人なんだ……キャラ、もはや別人じゃん)
マグノリアはちょっと控えめに、静かにお願いするように確認する。
「今話が弾んでおりましたの。是非続きを伺いたくて……お礼も兼ねて、後日お嬢様をタウンハウスにご招待しても構いませんでしょうか? こちらにいる期間が短いので、急なお誘いになってしまうのですが……やはり、ご迷惑でしょうか?」
仮にそう思っていても、なかなかそうですねとは言えない身分差であるが……
噂とは全然違うマグノリアの様子に、基本人の好い子爵夫人はブンブンと首を振った。
「とんでもない! 却って恐縮ですわ」
夫人の言葉に嬉しそうに笑い、ヴァイオレットに顔を向けた。
「良かったです! ではヴァイオレット様、後程招待状をお出しいたしますね」
「ハイ。オマチシテオリマス」
笑顔を向けながら視線で『宜しくな』と念押しされ、頷くものの微妙な表情のヴァイオレットなのであった。
……何か、ここのマグたん(プレイヤー達からの呼び名)既に違う人だね。
控室へ向かうマグノリアとお付きのおっさんの後ろ姿を見送りながら、自分が手助けしなくても乗り越えていけそうだなぁと思うヴァイオレットなのであった。




