宰相さんが思うには
王族か高位貴族ともなれば、産まれた時から結婚相手が決まっているなんてことも珍しくはない訳だが、諸外国との兼ね合いもあり、我が国の高位貴族は比較的年頃になってから婚約がなされる風潮がある。
政治的な理由で、外国の姫を受け入れたり、また輿入れをしたり……そういう事が出てくるからであるが。
二十年前に現アゼンダ辺境伯と先王が乱世を鎮め、暫くは落ち着かない事もあったが、ある程度周囲の国々の内戦も収まり、この十年は平和な日々を過ごしている。
かと言って完全に太平な世の中かと言えばそうではなく、火種はまだまだあちこちにくすぶっているのだ。
アスカルド王室が代替わりして数年。
各国の王女たちが我が国の王子よりだいぶ年上であるので、王家への受け入れは『王妃』としてではないであろうという推測の元、今回のお見合い……お茶会となったのである。
まだ十歳である。王子としては早くはないが、子どもとしての婚約は早い。
この小さな暴君も、数年したら人の話も聞ける紳士になるのかもしれないが――なるか?
いや、ならないだろうなぁ。
矯正はこちらでも引き続き頑張るとして、まあ希望を持って未来の淑女に託そうではないか! と思うのである。
そう思いながら小さな淑女の面々を見守っていたが……
王家との婚姻という事で、家柄の良いと言えばとにかくやり玉にあがる公爵家であるが、三家ある公爵家に年の合うご令嬢はいない。何故か各家とも男児に恵まれており、数少ないご令嬢は既に他国に嫁いでいるか、同派閥の家に嫁いでいるかだ。
王子が見初めれば貴族であれば誰でもとはなっているが……側妃や愛妾ならともかく、現実的に王太子妃や王妃として活動をするのに低位貴族の娘では難しいであろうと思う。各国の王族や高官相手に外交を任されたり、自国へ招いてはホストとなって対応するのである。大人ですらもなかなか荷が重い話だ。
空気感、教養、立ち居振る舞い。言わずとも身についている常識……それらが必須の持ち物である事は想像に難くない。
事実上は小さな頃から王太子妃教育に余念のない筆頭侯爵家のガーディニア嬢であろうが、ここに来て思わぬ人材が現れた。
事実上の公爵家であるエセ侯爵家令嬢、マグノリア嬢である。
彼女の登場は悲喜こもごもであった。
王家が婚姻を結ぶのなら、シュタイゼン家よりも断然ギルモア家であろう。潤沢な資金、国内屈指の私設騎士団を持ち、彼女の祖父、父、叔父という素晴らしい人材。
これでいよいよあのジェラルドに宰相の座を受け渡せるかも……と思う反面、流れてくる悪評に閉口する。
六歳でのお披露目、虚弱体質、化物のような見目、精神の遅滞……
四歳で祖父の暮らすアゼンダ辺境伯領へ移領したという事から、平民の真似事をしている愚息に報告するように言伝ると、『王妃には向かない』というひと言のみの文言が返ってきたのである。
(くそっ! どう向かないのかそこを詳しく書いて寄越すんだ!!)
仕様もない次男に悪態をつきながら東狼侯に問い合わせすると、まじまじと王と王妃と宰相を見て、『王妃には向かない』と愚息と同じ事を言ったのであった。
「やはり噂は本当ですの?」
おっとりと確認する王妃に、アイリスは苦笑いをした。
「噂がどういうものか解り兼ねますが……アゼンダの民が離さないかと思いますが」
民が離さない。
それは領政に深く立ち入り、民の為の功績をあげているという事だ。
ただの政略の駒ではなく、領主一族として領内に必要な人材である証。
そうなれば、もう一方の噂――ここ最近のアゼンダ辺境伯領の変化に本当に彼女が携わっているという事だ。
(……てっきりクロード殿が行っているものだとばかり思っていたが……)
宰相が思っている事などお見通しと言わんばかりに、アイリスは微笑む。
「それに『悪魔将軍』と『黒獅子』の掌中の珠ですからね。お取り扱いはくれぐれもお気を付けを」
その後、何度か登城するように伝えるが、具合が悪い、事業の外せない用事があるを交互で繰り返す一年半であった。
……登城出来ないほどに体調が悪いなら、そんなに事業に領政にと扱き使うんじゃない!
絶対に仮病であろう。そうに違いない。
ジェラルドを捕まえては登城させるように詰め寄るが、飄々と微笑みながらアゼンダから出さないの一点張りであった。
……密偵に探らせようとしたが、全て返り討ちにあい。
仕方なく海外からの伝手を使い、港町クルースを主に領内での彼女の様子を確認するが、それらは信じられない報告ばかりであった。
航海病の治療は彼女が行ったものであり、事業も領内の変化も彼女が手伝ったのではなく、彼女が発案、実行者だという事だった。
そして見目はあのアゼリア様にそっくりだという。
病弱どころか健康優良児で、才気煥発。西に東に吹っ飛び歩いては、問題を起こしたり(?)解決したりしているという。
ゴロツキ相手に啖呵を切り、民と共に自らも畑仕事を手伝い、買い食いをこよなく愛するご令嬢。
……確かに王太子妃として社交に勤しむタイプのご令嬢ではないのであろう。と、いうか普通のご令嬢の枠からもはみ出ているような気がする。
(……何故隠すような真似をした? 本当に小さい頃は病弱だった?)
彼女に侯爵家の人間であるなら持つ筈であるミドルネームはない。
庶子なのかと思ったが……確かな筋からの情報で、間違いなくジェラルドとウィステリア夫人との嫡出子だという。
導き出される答えは、そうまでしても王家から彼女を隠したかったのだろうということだ。
彼女が優秀過ぎて隠れず、飛び出して見つかってしまったのだろうが。
王はアゼンダ辺境伯と事を大きくしたくないと思っているようで消極的であるが、王妃はマグノリア嬢に対して異様な執着を見せた。
……王妃がジェラルドをとても気に入っているというのは知られた話だ。
多分王妃にならないのであれば……王妃とジェラルドの年齢差から厳しいが……ギルモア家に嫁入りしたかったのであろう。ジェラルドにしてみれば身に覚えの全くない、迷惑この上ないものの一つであるのだろうが。
余りにも出席に応じないため、ちょっと強引に召喚状用の封蝋を用いて招待状を出した。
今回ばかりは出席をするように、という勧告だ。
流石に意を汲んで出席をしたらしく、胸をなでおろした。
噂の真偽は如何ほどなのか、素の彼女が見てみたいと思い、引率のクロード殿にはご遠慮願い一人でテーブルに着いてもらう事にした。
一応保護者席に母親であるウィステリア夫人に臨席願ったのだ。久々の親子の再会もあって問題はあるまい。
全員揃ったと聞き、王妃と王子と共に会場へ行くと、確かにアゼリア様によく似た面差しの少女が座っていたのであった。
(……何故あんな下手の席に座っている? 手違いか?)
流石に宰相自身がお茶会の采配まではしない。近くにいた女官に聞くと、ひと悶着あったのだと言う。
宰相はため息をついた。
(くれぐれも丁寧にと言ってあったのに!)
見てみよ。他のご令嬢は明るい色のドレスを纏っているというのに、一人だけ黒に近いような暗い色のドレスを纏っている。多分声に出さない抗議の一環だろう。
ちらりとこちらを見ると、なぜか同情めいた表情で首を傾げられた。
(…………)
王子を見れば気分も変わるかと思えば、明らかに他のご令嬢達とは違う様子であった。
胡乱な表情でまじまじと見つめると、首を傾げてお茶に手を伸ばす。
王子の一人語りに瞳を輝かせるご令嬢に交じって、一人だけ瞳が死んでいた。
小さくため息を飲み下すと、王妃と宰相を見て、しょっぱい顔をし、手つかずだったお菓子を猛然と食べ始める。
そして食べながら、ご令嬢方の一挙一動を見つめている。
(……自分は完全撤退を決めたらしいな……誰が適任か見定めているのか……)
こちらの考えを読むかのように、目が合うとニヤリと笑った。
……末恐ろしいご令嬢だ。
(味方になってくれたら心強いが……壊滅的に王子とは合わないだろうな……)
同じテーブルに着きながら、視線も合わせずにお菓子を食べまくる様子は一種異様である。幾らでも王子と話したいお嬢様方に会話は譲ると言わんばかりの様子であった。
王妃がどのような殿方が良いのかと質問をすれば、他のご令嬢方が遠回しに『王子』と答える中
「お爺様より強くて、叔父様より頭が良く、お父様より知略に長けた人間でしょうか」
マグノリア嬢の答えを聞いて、保護者席のさざめきがピタリと静かになった。
いやいやいやいや。そんな人間いないだろう。多分、この席にいる大人が全員思った筈だ。
お爺様より強いという初めの時点で、人類の大半が削ぎ落とされる。
「私は悪魔将軍より強いぞ!」
王子の声に、淀んだ瞳を向けながら
「へぇ。そうですか、すごいですね(棒読み)」
仕方なしのおべんちゃらが返された。
そしてこちらにちらりと瞳を向けると、早く終わりにするようにと言わんばかりの視線を投げかけられたのである。




