王子のターン
「私は剣が得意なのだ!」
そうして、この場の最高権力者(?)である王子は、自分の自慢話を意気揚々、延々と語っておられる。
――まあ、ウフフ。素晴らしいですわ!――
周囲のご令嬢は瞳をキラキラさせ、頬を上気させて褒め称えるもんだから、齢十歳の世間知らずな王子様は得意げにドヤ顔をされていらっしゃる。
そして時を同じくして、マグノリアのつぶらなおめめは淀んで死んでいる訳だが。
美しいご令嬢たちは王子を取り込もうと、戯言にも花のようなかんばせを向けて褒めそやす。
素晴らしい接待能力。The太鼓持ち。
「私は――――」
十五回目の自慢と周囲への傲慢もとい偉そうな態度をしかと見た所で、マグノリアは周囲から浮かないようにと張り付けていた微笑を止めて、真顔に戻すことにした。
作り笑いを張り付ける事すら惜しいと思ったからである。
そして今まで以上に周囲を観察することにした。
こちらへ厄介事が持ち込まれないよう、しっかりガッチリと王子を繋ぎ止めてくれそうなご令嬢を縁付かせなくてはならない。
三十回目程の自慢がノリノリで始まった辺りで、マグノリアは手つかずのお菓子に手を伸ばしてひたすら食べ始める。
(あらやだ。流石王家のお菓子職人だわ。凄く美味しいわ)
もくもくもくもく。もくもくもくもく……
何人かの親御さんは、王子の様子に流石に引きつった笑みを張り付けている。
そうだろうそうだろう。
こんなに俺SUGEEEEE!! な奴に大事な娘はやれねえなと思うのが普通である。
……配慮がなさ過ぎ・自分を優先し過ぎで、嫁いだ娘が不幸になる未来しか見えない。
もしくは王も王妃も王子も、纏めて上手く転がして傀儡にする『王国絶対牛耳るマン』しか、こんな義息子は要らないだろうと思う。
それでも周囲のご令嬢たちはキラキラとした瞳で王子を見つめている。
ハンサム面の威力は凄いのだ。
……何かここいら辺一帯に、惚れ薬とか、精神に関与する薬でも盛られているのではないかと心配になる。
こんなに自慢ばかりで会話らしい会話が成り立たないのに……いや、もしかしたら少女と幼女はこの与太話を信じ込んで、王子凄い♡とでも思っているのだろうか……?
家柄とツラの威力は、瞳を曇らせるんだなとマグノリアは温いお茶で口を潤しながら小さく頷く。
(つーか、止めない王妃サマもスゲーな。息子のあんなアンポンタンな姿晒して恥ずかしくないんだろーか……)
しょっぱ過ぎて泣けてくる。
思わず宰相さんを確認するが、やっぱり……苦虫を噛み潰した顔をしていらっしゃった。
息子もあんなんだし、ジェラルドには宰相を突っぱねられるしで、苦労人らしいお爺さんに憐みの表情を向ける。
ここにいる少女たちは、家や一族を背負って来ている子もいるだろう。
小さくても立派に貴族なのだ。
本人が好むと好まざるにかかわらず、王子に気に入られるようになんて特命を受けているお嬢様もいるかも知れない。まだまだ小さいのに大変お疲れ様な事だ。
……どうせ誰かがならなくてはならないのなら、なりたいと思う人になってほしいと思う。
『王太子妃になりたい人』『王子が好きな人』『国民の為に尽力したい人』……とっかかりの理由はどんなでも良いと思う。自分の意志としてなりたい人だ。
本来は王太子妃や王妃にふさわしい人がなるべきではあるが、十歳前後の少女にそれを求めるのも酷だろう。ここは努力できそうな人、ぐらいで手を打つべきだろう。
どうしても煌びやかな所にばかり目が行きがちではあるが、その実、大きな努力と強い心がけが必要な地位だ。
ましてや王子の所々に散見する『自分は王子だ! 崇めよ!』的な言動。優先されて当たり前と疑問にさえ思っていない不躾な態度から、彼に気遣いや心遣いを求めるのは無理だろうと思う。
そう考えると、せめて王子の見目が良いのは幸いであった。
マグノリア的には性質をカバーしない程度の特質でしかないが、人によっては大きな意味を持つかもしれないからだ。
少し癖のある、子どもらしく整えられたこげ茶色の髪。大きすぎず小さすぎない切れ長の自信あふれる青銅色した瞳。すっと通る鼻梁。やや薄い唇は冷たそうに見えるが、まだ幼さの残るまろい頬を引き締めて見える。
十歳としては大きな背。すらりと伸ばされた背中は、王子としての立ち居振る舞いを教育されているのだと見受けさせられる。
そう、見目は。見目だけとも言える。
美しさも才能の一つだと誰かが言っていた気がするけど……それを生業として生活する人でないのであれば、それだけしか無い人の、何処にときめけば良いのであろうか。
(つーか、ゲームなのかラノベなのかのマグノリアは、コイツのどこがそんなに良かったんだろう……)
甚だ疑問である。
やはり歪んだ育成歴が歪んだ考えを作るのだろうか。
恐ろしい事である。
家柄的に仕方なく召喚されこの席に座ってはいるが、全くもってノーサンキュー。
全力ダッシュで回避したい負債物件が、さっきから目の前で戯言を垂れ流しているのだ。
王妃様はにこにこしているだけで、全く諫めない。お姑さんも難ありである。
お母様方は談笑しながら子ども達をガン見である。
マグノリアも令嬢たちを見る。
小さい頃から教育を受けている子ども達ばかりであるが、やはりシュタイゼン家のガーディニア様は頭ひとつ抜けていると思う。
ややキツめな見た目の美少女だが、立ち居振る舞いに気品があり、他のご令嬢にも話を振り、あんまりな時には時折やんわりと王子を窘められるお子様だ。素晴らしい逸材である。
九歳で王子の一つ年下らしいが、彼女がその役割に異議がないのであれば彼女が適任であろうと思う。是非とも王子を導いて欲しいものである。
ひとつひとつのテーブルを回っていた王子だが、最後にマグノリア達の座るテーブルに来た時、マグノリアは、王子の事は他のご令嬢にお任せしてひと言も話さなかった。
王子自身も自慢話に夢中で、全員に話を振るとか、目の前でお菓子を食べながらシラーーーと白けている令嬢がいるとか、そんな事は全く眼中にないようであった。
宰相さんがちらりとマグノリアを見て、駄目だろうと悟ったらしい。微妙な表情でマグノリアを見ている。
マグノリアはマグノリアで、にっこりと笑っておく。
どうか査定表には『不可』と書いて頂きたいと強く思うマグノリアであった。




