お茶会の始まり
堅牢な城壁と城門に守られた城は、晩秋だというのにむせかえるような花の香りで溢れている。
花の国と呼ばれるアスカルド王国で、多分一番美しいだろう箱庭。
そんな場所に茶会の席は設けられていた。
萌え出づる緑の眩しさと、色とりどりの花々のコンストラストに、マグノリアは朱鷺色の瞳を細めた。
庭にはさざめくような笑い声とおしゃべりの声、それぞれを窺う視線とカラフルなドレスで溢れ返っている。
美しい庭に作られたお茶会の席には、二十名程の高位貴族家ご令嬢が一堂に会している。
二十人という数が多いのか少ないのかは解らないが、ある一定基準から選ばれたご令嬢のみと言うならば、多いのだろうか。
この国の王子――王太子の上下三歳差程の、家柄の良い少女たちだ。
少し離れた場所にある同数のテーブルには、これまた高位貴族のご婦人方――ご令嬢の母親たちが、一見嫋やかな笑みを浮かべながら周囲を窺っていた。
そう。お茶会という名の未来の王太子妃選抜戦、もといお見合い選手権である。
まず、王宮についた途端、軍部からクロードの呼び出しがあった。
万が一にも言質を取られないように一緒に会場入りしようと思っていたのだが。
とは言え、多分こうなるだろう事は想定内である。
……一応保護者として茶会に付き添いたい旨説明をしたが、王都で一番安全な場所であり、近衛騎士がきちんと警護すると言われてしまえば呼び出しに応じない訳にもいかない。
マグノリアに視線で念押しした後、凄まじく機嫌が悪そうな顔で部屋を出ていった。
……移動先では低気圧が吹き荒れそうである。ご愁傷様である。
更にはリリーとディーンも控室で待つようにと、付き添いを断られた。
リリーはマグノリアが未だ年少である事と、王宮が初めてである事、身体が弱い事(デマ)を訴えたが、王宮内は王宮の侍女と女官が対応すると言われてしまえばどうする事も出来ない。
再度訴えようとした所を、首を横へ振って止めた。
(……ここまで徹底的なんだね~)
思わずため息が出そうな程の抱え込みに、半笑いになりながらリリーとディーンに頷いてみせた。
コレットとガイの調査書によれば、王家の国庫事情はなかなか厳しいものらしかった。
長引いた戦争による痛手はどの国でも同じであるが、王も王妃もあまり舵取りが上手い方とは言えないらしく……宜しくない人々に甘い蜜を吸われているらしい。
進言する人もいたらしいが、言わずもがな。
綺麗すぎても魚は住めないと言うし、人生清濁併せ吞むとも言うけれど。
憎まれっ子世に憚る。
王宮にはなかなかの数の小悪党が蔓延っているらしかった。
そんなこんなで、王太子妃の実家には色々と力になってほしいという奴なのだろう。後始末くらい自分でつけてほしいものだが、出来るならやっているという奴だ。
……そして、マグノリアはその点うってつけなのだろう。
ギルモア家と辺境伯家の二つをバックに、本人も事業を興し、次々と成功させている金のなる木だ。
私設の騎士団を持ち、祖父は軍の重鎮。父も、のらりくらりと躱しているが、本来なら文官として同じような立場になる筈であろう。
そして、亡き国の王家の流れであり、不思議な力を内包しているかもしれないのだ。
(こりゃ、うっかりでも間違った答えを言ったら最後だな……)
マグノリアは天井へそっと視線を投げ、了承したと女官へ向き直った。
少女たちの群れは華やかなパステルカラーの洪水だった。
未だ小さな彼女たちが、一番愛らしく見える衣装。華やかでふわふわしたお姫様みたいな子ども達。
殆ど着席している中、最後に現れたのは噂のギルモア家のご令嬢だった。
全てが完璧と言えるような形と場所に収まった顔。髪も瞳も肌の色も、砂糖菓子のような淡い色味。
そんな甘やかな雰囲気の彼女が着ていたのは、藍色の、その中でも鉄紺と呼ばれる深い暗い色のドレスだった。柔らかすぎる印象を引き締めるような色味は、却って彼女の嫋やかな見目を引き立てるかのようであった。
マグノリアは空いている席を見る。
下手の席だ。
高位貴族ばかりであるので、あって無いような差ではあるが……
この場では書類上はシュタイゼン家が、実質的にはギルモア家が最上位である。
(……何だろうね。『意味が解るかな?』的な嫌がらせなのかな? それとも、瑕疵持ちはそこで充分だろう的な見せしめなのかな?)
マグノリア的には席がどこでも構わないが。
何だったらこのまま欠席でも構わないのだが……不手際とかにならないのかな?
「こちらの席で宜しくて?」
マグノリアは腹に力を入れ、低い声を出した。
尋ねられた女官は、困ったように上司なのか、年配の女官に視線を向けた。
(アイツが女官の親玉か)
マグノリアが視線を向けるが、知らんふりで前を向いたままだった。なるほど。
ついでに本来の席であろうテーブルに瞳を向けると、紅の見事な髪の美少女が静かにマグノリアを見ており、他の三名は不思議そうに首を傾げていた。
コレットから渡された名簿を思い出しながら、頭の中の貴族名鑑と保護者席のテーブルに居る母親の顔をあてはめてはそれぞれに視線を向け、ニヤリと微笑んでおく。
ビクリと身体を震わせたり、視線を泳がせる者は後ろ暗い事があるのだろう。
(……今後お取引の際に、考慮に入れさせてもらいますよー。毎度あり。)
ちゃっかり保護者の上位席に座るウィステリアさんを確認する。
何やらちょっと困ったような顔をしている。
……まあ、六歳になるまで放っておいたと思われているだろうから、余計な事を言うと集中砲火を浴びるであろう。場が場だし、余り騒ぎ立てるのは宜しくない。
よって彼女としては余計な口出しをせず静観なのだろう。
「解りました。こちらで結構よ……皆様、お邪魔致します」
既に座っているご令嬢方に会釈をすると、同じように小さく会釈が返ってきた。
子ども達は解っている子と解っていない子がいる様子だが、親は青ざめている。
(……スマンね)
ちょっと親御さんに同情しながら、ロサ仕込みの微笑みを浮かべた。
*****
暫くすると、王妃と王子、そして宰相がやって来た。
王妃は豪華な金の髪を結い上げ、シックなグレーのドレスを纏っていた。
気品を感じるような見た目ではあるが、コレットの評価では『不思議生物』であった。
子どもが十歳という事でかなり若いのかと思えば、そこそこ年齢を重ねているように見える。
……小綺麗にしており一見若々しくはあるが、よくよく見れば四十に手が届こうかという所だろう。大陸の、それも血族を残す事を務めとする王族にしては、かなり遅い出産だったことが窺える。
そして、本日の主役の王子は勝気でやんちゃそうな少年であった。
髪がこげ茶色で、瞳が青銅色という落ち着いた色味なのでそれっぽく見えるが、コレットの評価通りちょろちょろ・キョロキョロしており、随分と落ち着きが無さそうな少年である。
(……つーか、王子様はかぼちゃパンツは穿いてないのか……)
普通に大人が着るような礼服を着ており、拍子抜けである。
まあ、生かぼちゃパンツを見て噴き出さなかったから良しとしておこう。
御多分に漏れず、顔面偏差値が高い少年であった――流石、(暫定)攻略対象者である。
まだ十歳なので可愛らしいが、顔の造りとしては全体的にシャープで凛々しい雰囲気だ。きっと精悍なタイプに成長するのだろうことが窺える。
そんなイケメン王子を見て、ご令嬢たちが浮き立った事が解った。
マグノリアもまじまじと見るが……内心首を傾げる。
(うーん。確かに格好いいんだろうけど……)
……彼女の周りは異様にイケメンがうようよしている。
癒し系王子様顔の父、精悍系の実兄(一応ここにセルヴェスも入れておこう)。可愛い系ディーン。
本当の他国の王子様である紳士系アーネストもやはりイケメンであるし、ユーゴもイーサンもいる。イーサンは父と同じで見た目は優男な王子様顔である。
極めつきは端麗にして淡麗系の、とびっきり綺麗な顔立ちをした叔父。
そんな人間と毎日顔を突き合わせているため、別に王子様を特別格好良いとも思わない。
(顔より中身だよねぇ……)
本気で身に染みてそう思う少女は、静かにお茶を口に運んだ。
……残念な事に、見た目だけではときめかん。
そして後ろの方にブライアンの姿が見えた。向こうもマグノリアに気がついたらしく、気まずそうに視線を泳がせた。
十四歳になるブライアンは王子の側近として遇されているそうで、学院の合間に近衛隊の見習いとして訓練を受けているらしく、こうして週に何度か護衛騎士として侍っているらしかった。
二年前より精悍さが増し、だいぶ大人に近づいている事が窺えた。
(宰相さんは……あの人か)
ブリストル公爵は、髪の薄い、やや小太りなおじさん……お爺さん(?)であった。
眼光鋭いのは仕事柄なのか……しかし女性ばかりのお茶会が非常に落ち着かないのか、やや困ったように眉尻が下がっている。
何しに来たのか……見張り? 見届け? それともフォロー?
困ったような焦り顔のおっさんを見て、マグノリアは首を傾げた。
そうして。
テーブルひとつひとつを確認し、機嫌の良さそうな王妃様の挨拶を皮切りにして、いよいよお茶会という名のお見合いパーティーが始まりを告げたのであった。




