可愛い子には旅をさせよ 王都に移動中
召喚状用の封蝋が押された封筒の中に入っていたのは、お茶会の招待状であった。
召喚状めいた文章は、一枚たりとも入っていない。
……あくまでも文章で残すのは、茶会への招待であるというテイらしい。
「小賢しいな……今回も無視で構わん」
……見え透いた脅しのようなやり方に、だいぶお怒りらしい。
吐き捨てるようなセルヴェスに、マグノリアは少し考えて口を開いた。
「行ってきますよ。埒があかないというか、しつこくなるばかりでしょうからね」
「……危険じゃないか?」
クロードが心底心配そうにマグノリアを見ている。
常日頃何かと口うるさい叔父さんは、普段厳しいくせに、物凄く心配性なのだ。
「ようは、王子と合わない事が解れば良いんでしょうから。一対一ならけちょんけちょんにしてきますし、他にご令嬢がいるなら押し付けてきますよ」
フンッと鼻息荒いマグノリアに、セルヴェスとクロードは顔を見合わせた。
「……けちょんけちょんも怖いが」
「……逆に王子を押し付けられないか」
ふたりしてじっとりとマグノリアを見ている。
(え~……もしかして信用無い感じですか?)
マグノリアは問題を解決する力はあるが、『未然に』とか『小さく』とかといった言葉は無いというのが、彼女に関わる人間の総意である。
再び手紙に目を落とす。
「一週間後か……随分急な呼び出しだな」
「考える猶予を与えたくないのでしょうね」
「基本的に、自分達の希望は須らく叶えられると思っている人間たちだからな……」
ふたりは言いながら頷いた。
確かにいつまでも無視し続ける事も出来ないであろう。
一時しのぎの言い訳であって、ずっと続けられるというものでもない。
何度か、婚姻はある程度の年齢になるまで話を進める気はない事と、あくまでもマグノリア本人の希望に任せるつもりだと、まだ話がわかりそうな王に説明したのであるが……
全員が全員、女子は王太子妃になりたいものだと思っているようで、話が通じないと見える。
「なるほど。お話が通じない人達なんですね。もうすっぱりはっきり断りましょう!」
キリリとした顔でそう言うマグノリアを見て、ああ、これはガッツリざっくり切り捨てる例の感じだなと、ふたりは微妙な顔をした。
翌日ギルド棟へ行き、実は宰相の息子であるヴィクターに事のあらましを説明すると、心配そうにマグノリアを見た。
「解っていたとはいえ、なかなか強引な手に打って出るね」
むすっとしながらもどこか心配そうなクロードの様子と、あっけらかんと首を捻るマグノリアの様子に、ヴィクターは苦笑いをした。
「そんなに興味あるんですかね……ただの貴族の令嬢でしょうに」
「アイリスの所にも確認があったみたいだからねぇ」
アスカルド王国でお披露目会に出た貴族の内、王家と関わる事の多い東狼候は聞きやすい相手でもあったのだろう。もしかすると、以前王宮で働いていたというダフニー夫人の所にも、問い合わせが行っているかもしれない。
尚、いかにも手強そうが服を着て歩いているくせに慇懃なコレットは、王妃が苦手にしているらしく何も言ってきていないとの事だった。
「……万一、どうしても抜き差しならない場合は名前を使いますよ?」
「いいよ~。どうせ外聞も何もないからね。僕で納得しないようなら、デュカス卿でもクロード様でも構わないからね」
いつもの軽~い感じで了解を得た。
ついでに平民モードで冗談をかましながらクロードに笑いかけると、露骨に嫌そうな顔をされていた。
そうして数日後、外せない仕事のため一緒に行けないとごねるセルヴェスを残して、マグノリアとお付きの三人、引率兼収拾係のクロードが出発する事となったのである。
途中、ヴィクターから話を聞いていたらしいコレットが街道沿いで待っていた。
馬車から降り立った姿は、初めて会った二年前と少しも変わらない。
相変わらず年齢不詳な美しさに、美魔女という言葉を思い起こす。
そして女手一つで家を再興させた才女は、御多分にもれず姐御肌らしく。
自分の子どもとそう変わらないマグノリアに心配しつつもはっぱをかけると、どうやって調べたのかお茶会に出席するメンバーのリストを手渡してきた。
「王子と年周りの近い令嬢が集められているわ……さながら一対大勢のお見合いパーティーね」
「へぇ……」
将来の嫁候補の品評会なのか。それとも一人の男性を取り合う女の闘いバラエティの真似事なのか。
マグノリアは漏れそうになるため息を呑み込んで、コレットに礼を言った。
「王は凡人、王妃は不思議生物、王子は山猿と言った所よ……お気をつけなさいな」
なかなか辛辣な言葉で王家の人間の性質を表すと、労うように頷いて背中を優しく叩かれた。
四歳の誕生日に来た道を、今戻っていく。
マグノリアは不思議な気持ちで流れる景色を瞳に映した。
王宮に行くとなり、ディーンはガチガチだし、リリーは絶対にマグノリアを守らねばと鼻息荒く息巻いている。
ガイは例によっていつも通りで馬車を走らせているが、いつも通りに見えるクロードは、何処かもの憂気な様子だ。
「……街道沿いだと、何か美味しいものがあるかも」
マグノリアの言葉に、難しい顔をしたクロードと、今から緊張して大変そうなディーンと、勇ましく眉をギュギュッと上げたリリーが揃ってマグノリアを見た。
「……。こんな時でも食べ物の心配なのか?」
呆れたような声でクロードが零した。
呆れつつも、マグノリアらしい様子にこっそり口元を緩ませた。
通常アゼンダからアスカルド王国の王都までは三日というところだが、女性と子どもが移動するという事もあって、ゆっくりと四日かけて移動する事になっている。
「その地の美味しいものは旅行の醍醐味ですよ。ディーンは初めてだろうし、私も似たようなものですからね」
「旅行……」
ディーンは丸い瞳をぱちぱちと瞬きすると、くふふ、と笑った。
つられてリリーも笑う。
「今からそんなになってたら、疲れちゃうよ。何か美味しいものでも食べて、リラックスしよう!」
そうして、領地が変わる度に馬車を降りては市場調査も兼ねながらあれこれ買い込んでは食べるで、リリーが悲鳴を上げた。
「こんな生活していたら、お仕着せが着れなくなっちゃいます!」
「確かに。絶対太りそう」
ディーンは頬に目いっぱいパンやら肉やらを頬張りながら、無言で咀嚼し瞬きをしていた。
「…………(モグモグ)」
クロードとガイは三人の様子を見て、苦笑いしながら地酒を試飲している。
そんなこんなで大幅に王都のタウンハウスに着くのが遅れ、到着早々心配していたトマスにみんなで苦言を呈されたのである。




