閑話 もう一人の転生者Ⅳ(リシュア子爵令嬢視点)
リシュア子爵令嬢には前世の記憶がある。
持病がありかなり病弱であった彼女は、大人気乙女ゲーム『みんなあなたに恋してる!』のガチヲタ中学生であった。
入院中のある日、体調が急変した彼女であったが……
なんとなんと。
そんな彼女の転生先は、大好きだったゲームの世界だったのである。
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登場人物と同じ名前、同じ顔の人達が闊歩する世界である筈が、なぜか彼女の推しである『腹黒宰相・ジェラルド』の周辺がおかしいのである。
そもそも、史上最年少で宰相となる筈だったジェラルドは、何故かいち文官として城勤めをしているそうなのだ。
社交好きの奥様であるウィステリアは、ゲームの通り社交界に入り浸っているらしいし、将来王子付きの近衛騎士となる息子のブライアンも武芸に打ち込んでいると聞く。
だが、悪役令嬢の一人であるギルモア家の娘・マグノリアの姿が何処にもいないのである。
四歳でお披露目会をしたという説明がゲームの中で出てくるが……当時はそうなんだ、ぐらいにしか思わなかったのだが、この世界で生まれ育ってみて、それがどれほどイレギュラーな事なのか思い知ったのであった。
「いたよ! アゼンダ辺境伯領でお前と同じ六歳の女の子のお披露目があったそうだよ!」
とある秋の日、リシュア子爵が息せき切って娘の部屋に訪れた。
ずっと行方を捜していたらしい『ギルモア家のご令嬢』の消息が掴めたため、子爵は予定を早めに切り上げて、愛娘のために文字通り走ってきたのであった。
「本当ですか!?」
(やっぱり! いた!!)
六歳になった頃に、ジェラルドの父が治めるアゼンダ辺境伯領に変化が見られる。
ここ一・二年程で沢山の新製品が次々と発信されるようになったのである。
子爵にしてみれば、何故まだ小さい娘がギルモア家の隠されたお嬢様の事を知っているのか不思議で仕方がないが……思いつめるような娘の姿を見たり、家を飛び出して街を彷徨ったりするぐらいならば、自分が情報を集めて娘に教える方が何倍も良いと思ったのだった。
……というのも、先日子爵がアゼンダ辺境伯領に行った際に見つけた新しい食べ物の話をした翌日、何を思ったか使用人の目を搔い潜り外へ出た令嬢は、王都の貴族街をたった一人でうろついていたのである。
肝が冷えた。薄茶色の髪が全て跡形もなく抜け落ちるのではないかと思う程に焦りに焦ったのである。
令嬢本人は聖地巡礼宜しく、ギルモア家のタウンハウスを覗きに行ったのだが。
王都の街並みもしっかりきっかり頭と記憶にインプットされているので、迷子になる事はほぼ無い。
聖地の塀に小さな穴があるのを見つけたので少々強引に潜り込もうとした所、穴から顔を出したらギルモア家の庭師と目が合ってしまい、早々につまみ出されたのであった。
そんな彼女はマグノリアに負けず劣らずアグレッシブなようで、娘命の子爵夫妻は大変頭を悩ませているのである……
(アゼンダ辺境伯領にいるという事は、やはりゲームの知識を使って回避するために動いているんだろうか。何をどうするつもりなんだろう?)
誰か! 答え!! 答えプリーーーーズ!!!!
……またもや妄想に勤しみ中にフリーズする娘を見て、夫妻はため息をついた。
ギルモア家のお嬢様の存在も驚きではあるが、驚きを上回る悪い噂が多く聞こえてくるのだ……
それはそうであろう。六歳でのお披露目である。幼いのに大変可哀想ではあるが、どう考えてもまともであろうはずがない……
火消しをするかのように信じられない噂も聞こえてくるが、無理があり過ぎる。
未だ心が何処かへ行ったままの娘を見て、夫人が口を開いた。
「……伝手の伝手の伝手を辿って、シュタイゼン家のお茶会にお呼ばれさせて頂こうかと思っていますの」
「シュタイゼン家!?」
驚く子爵に夫人は頷いた。
幾ら景気のいいとはいえ、所詮成り上がりの低位貴族。相手は由緒ある筆頭侯爵家である。
「……お子様のガーディニア様は将来の王太子妃ですもの。とても素晴らしいお子様だと皆様口を揃えて仰いますし、きっとこの子の為にも良いと思いますの」
「確かに……」
未だ固まったままの娘を見て、夫妻は力強く頷いた。
そうして、伝手の伝手の伝手を伝って、夫人は何とかシュタイゼン家のお茶会の招待状を手にする事に成功したのである。
「今度、シュタイゼン家のお茶会に一緒に行きますよ。ガーディニア様もいらっしゃるとの事ですから、お行儀よくしましょうね?」
「シュタイゼン家! ガーディニア様!!」
ご令嬢は頬を紅潮させて母を見遣る。
その様子に、夫妻はホッと胸を撫で下ろした。
そう。ジェラルド推しであり、記憶とズレがあり、転生者かも知れないと思った事からついついマグノリアの事ばかり気にしていたが、元々地球時代のご令嬢は、余りマグノリアを好ましくは思っていなかった。
綺麗で才能があって、しっかりしていて、努力家でもある第一悪役令嬢のガーディニアの方がずっと良いと思っていたのだ。
(ガーディニアと友達になったら、特等席でイベント見放題かも!)
ムフフフ……とほくそ笑む。
転生したとはいえ、本来名前すらないモブ令嬢に転生したのである。
これは正々堂々、全てのイベントをじっくりガッチリ見るしかないであろうと思う。
(それにガーディニアなら、小さい内から王宮に出入りしてるはずだから、王子をはじめ他の攻略対象者にも会えるかも!)
うわーー! きゃーーー!!
心と頭はすっかり妄想で薔薇色パラダイスである。
意気揚々と、夫人と共にお茶会に出かけていったが……
そう。ガーディニアは生粋の高位貴族なのである。
豪華な屋敷と豪華なサロン、豪華な衣装のガーディニアを目の前に。
あちこちが絢爛過ぎて、親子でガッチガチである。
ガーディニアは緊張気味に挨拶をする得体の知れない親子を見て、心の中で点数をつけた。
「……宜しくどうぞ。楽しんでいって下さい」
微笑んでるのか真顔なのか解らない程度の表情でひと言いうと、それっきり声がかかる事は無かった。
近くに侍ろうにも、産まれた時からのご友人やらがおりそうそう近づけない。
高位貴族も多い上に、同格の子爵とはいえ、リシュア家とは比較にならない程の名家もいたりするのだった。
……何せ筆頭侯爵であり、このまま行けば次期王太子妃だ。媚びる人間もへつらう人間も腐るほどいる。
卒ないシュタイゼン家は、ガーディニアもその母も敵を作るような事は表立ってしない。お茶会に行こうが見学会に行こうが、発表会に行こうが。
お友達や取り巻き所か殆ど空気である。
モブの友人にもランクがあり、ご令嬢A・Bといるとしたのなら……リシュア子爵令嬢は『友人令嬢T』程度の立ち位置である。
母は大いに嘆き悲しんだが、令嬢としては案外良い立ち位置かもしれないと思う。
そりゃあ、初めは仲良くなって……と考えた事もなくは無い。
しかし、えげつないご令嬢同士の確執や、あからさまな罵倒・足の引っ張り合いを見ていると、自分にあの中に入っていくのは無理だなと悟ったのだ。
中身は病弱で殆ど学校にも通えなかった十四歳の少女なのである。
ギラギラ・バチバチのキャットファイトとか、無理。
下手に関わって、ヒロインにイジワルさせられたりとかも無理だ。
彼女はジェラルド推しではあるが、推しカップルは完全王道『王子×ヒロイン』である。
(それなら、紛れられる立場でイケメンヒーローとヒロインとのあれこれを見ている方が良いもんね~♪)
それに、ガーディニアの炎のように波打つ紅の髪と、目の覚めるような青色の瞳を間近で見られるのは眼福である。
(なんて綺麗な子なんだろう……はぁ~♪ ここは極楽かな? 極楽だね!)
「…………。」
「…………。」
ご令嬢方の微妙な視線を物ともせず、リシュア子爵令嬢は大変ご満悦な毎日を送っているのであった。
そんなこんなで二年が経った。
九歳になったガーディニアは、少女へと様変わりする途中の時間を歩いている。
幼さと少女らしさが交錯する美しくも不思議な時間だ。
この頃は、リシュア子爵令嬢の頭の中から『マグノリア』はすっかり居なくなっていた。
時折信じがたい噂が流れてくるが、へー、ほー、ふーん。である。
……ちょっと和食もどきは気になるが、元々、どちらかと言えば嫌いなキャラなのだ。
可愛いだけで、男の子に媚びて、頭が悪くって。
(天然ドジっ子とか、絶対無いから。天然は九十九パーセントが自演だから!)
かつて見たイラつくスチルの数々が頭の端をかすめる。
何だかんだで二年程の付き合いのガーディニアも、マグノリアと二人揃って修道院に行く羽目になるのは可哀想ではあるが、それが悪役令嬢の務めである。
ヒロインに意地悪したんだし仕様がない。
(みん恋は処刑とか無いから良心的だよね~)
そんな事を思いながらお茶会の手紙を見ていたが。
(……そう言えば。ガーディニアが九歳でマグノリアが八歳って事は、『お茶会』イベじゃない!?)
はたと手が止まる。
今までも両親に王宮に連れていってもらっては、王子と顔合わせするガーディニアとか、歩くジェラルドとか、図書室に入るジェラルドとか、書類を抱えるジェラルドとか見てきたが。
ついに、ガーディニアVSマグノリア&王子の揃い踏み!
(おおおぉぉぉ! こ、これは何を押しても見ないと! ガーデンパーティーっていつだっけ!?)
彼女は完璧無駄に使われている脳みそを、フル回転で掻きまわし始めた。
そんな頃。
ギルモア家の例の黒塗り馬車に揺られて、大そう機嫌が悪い第二悪役令嬢(?)のマグノリアが王都へと向かっていた。
勿論、元気印の侍女と従僕の少年も一緒である。
今回は領地で外せない仕事のあるセルヴェスに代わり、黒獅子と呼ばれる叔父に引率され、陽気な護衛の繰る馬車で輸送されている。
「もう少し増やすか?」
「もう要らないですよ……誤爆したらどうするんですか」
嫌そうに断るマグノリアに、当然だとばかりにクロードは眉を寄せた。
「誤爆などする筈無いだろう。ちゃんと組み替えてある」
見た目は優美だが、その実、これから城を落としに行くのかと言わんばかりの重装備である。
「っていうか、これ城に入れます? 絶対に止められますよね?」
心配性な祖父と叔父に、装飾品を装った武器で飾り立てられたお嬢様を見て、侍女と従僕は遠い目をしていた。
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モブ令嬢ことリシュア子爵令嬢が、もう一人の転生者・マグノリアと遭遇するまで、後、数日。




