閑話 お砂糖ゲットだぜ!?
時は少々遡って、お披露目会より少し前。
(そうだ、薬草園!)
教会の修道士に教わった話を思い出し、気晴らしを兼ねて庭へとやって来たマグノリアであるが。
当たり前のようについて来るガイ(注:護衛)だが、今日はリリーもディーンも一緒に行くらしい。
「せっかくですし、お茶でもご用意いたしましょう。マグノリア様は働き過ぎですよ!」
まだ六歳なのに。と続くリリーの言葉に、ディーンもガイも、マグノリアもうんうんと頷いた。
全くもって同意である。全部本人のせいだけど。
「じゃあディーンにはこの前の計算、おさらいね」
「えぇ~……」
一刻すらも時間を無駄にしないお嬢様に、従僕予定の少年は盛大に不満を漏らした。
アゼンダ辺境伯家の中庭は、無骨のひと言であった。
花が咲き乱れるギルモア家のタウンハウスとは違い、き、キ、木、樹。
住人も厳つい武人なら、館に来るお客様……と言っても騎士や元騎士、領政関連のおっさんくらいである。
(ま、まあね……悪魔将軍と偏屈青年が花を愛でる感じはしないよねぇ……)
一応外から見える部分が整えられているだけで、女主人不在の館の裏側は、じきに林になりそうな予感である。
愛らしい館の外観から連想すると、全くの肩透かしだ。
(まさか、万一に備えての兵糧とかなのかな?)
ありうる。
木の実や果実どころか、昔の日本では最終的にお城の周りに食べれる木を植え、籠城中ともなれば、その木(……の皮だったか?)を食べて飢えをしのいだそうだ。
武人である祖父と叔父の顔を連想しては首を縦に振った。
木なんぞかみ砕きそうである……え?
とはいえ、庭師はどうしたのだろう。
「あー……庭師は出張中っすねぇ……」
ガイが適当な事を言った。
庭師の出張って。
ガーデニングフェスタとか園芸万博とかが、どこぞで開かれているのだろうか?
この時代に?
思わずお嬢様がジト目で返す。
マグノリアは知らない事であるが、ギルモア家では代々、庭師が御庭番を兼ねる事が多い。
諜報活動をしない間の仮の姿が庭師である。
諜報活動を取りやめたギルモア本家では、タウンハウスも領地の領主館でも引退した御庭番が庭師を務めていたが……辺境伯家では今でも現役の御庭番が両方を兼ねているのだ。
諜報活動と館や辺境伯一家の警護が主な仕事であって、庭師はおまけみたいなものである。
ましてガイが館に戻されているため、元々多くの諜報員が外へ出ている。
本来ならガイも庭師をする所であるが……マグノリアの護衛を任されているために、おちおち土いじりなどしている時間は無いのである。
たまたま『野暮用』が重なり、ローテーションもシフト制も無く、館にはガイがいる事もあって出掛けているのだった。
「それにしても薬草園って、今度は薬でも作るつもりっすか?」
「ううん。そういう訳じゃないんだけど……」
マグノリアにそこまでの知識は無い。せいぜい、幾つかのハーブの活用法ぐらいのものである。
それもどちらかというと悲しいかな、食べる方に特化しているかもしれない。
(……く、食いしん坊なんかじゃないんだからねっ!)
そう心の中で言い訳をして、口を尖らせる。
ましてや温室で観賞するよりは、薬草園なら役に立ちそうなものがあるのではないかと思う辺りは、花より団子と言えなくはないのであった。
少々奥まった場所に、小さな薬草園が作られていた。どういう分類なのかは解らないが、幾つかのブロックに分けられ、花壇のようになっている所もある。
見覚えのあるハーブや、得体のしれないもの、愛らしい花を揺らすものまで少しずつ沢山の植物が植えられていた。
「頭が痛い時、これを潰してコメカミに塗るんだよ」
ディーンが薄荷の葉を指さしてマグノリアに教える。
軽く葉に触れて香りを確かめる。
種類までは判別できないが、記憶にある薄荷の香りそのものであった。
「ミントだね。いい香りだねぇ」
地球でよく食べた、タブレットやガムを連想する。
「それはスペアミントっすね。こっちのちょっと細長い葉はペパーミントっす。どっちも風邪や胃腸に効くっすよ」
流石にこの時代の人々らしく、ハーブを使った民間療法的なものに詳しい様子だった。
説明を聞きながら、少し離れた場所にある毒草コーナーを見て、微妙な表情をする。
(あっちはスズランにグラリオサ、ベラドンナ、夾竹桃にジギタリス……)
ガイはマグノリアの視線に気づくと、ムフフ、と笑った。
フヘヘと返す。
…………。
……取り敢えず気分を変えて近くを見渡すと、見覚えのある野菜に似た葉っぱが目に入る。
「ん……?」
(ほうれん草?)
近づいてじっくり観察すると、土の中に蕪のような大根のような太い根っこがある。かつての教科書の片隅で見た事のある野菜。
(これって……)
「それはビートっすね。瀉下薬として使われ……」
(ビート!!!!!!)
「キタコレ、キターーーーーーーーッッ!!!!」
とったどぉぉぉぉっ!!
叫びながら引っこ抜くと、泥がついたままのビートを頭上に掲げた。
ぼたぼたと、根についた土がピンク色の髪に降り注ぐ。
……相変わらずの奇行(?)に、ガイもリリーもディーンも、初めは声に驚きつつも。
ああ、何か見つけたんだな……と、遠い目をした。
……そして数分後、刀を抜いて走ってくるセルヴェスとクロード、騎士達に平謝りする羽目になったのだった。
「……で、いったいなんで奇声を発した?」
クロードがため息をつきながら、マグノリアの髪についた土を払っている。
「ビート! 甜菜! 砂糖大根!!」
ずずずいーーーっと綺麗な顔に、泥だらけのビートを近づける。
眉間に渓谷を拵えながら、クロードは顔を仰け反らせた。
「……。少し落ち着きなさい」
埒が明かないと思ったのか、クロードは鼻息荒く興奮するマグノリアをセルヴェスに渡す。
バタバタと動く足が幾重にも見え、色も相まって荒ぶるエビのようである。
薬草園と呼ばれる事からも、一応小さな庭園風になっている。
リリーは四阿に三人分のお茶を用意していた。
「マグノリア、それはエグくて食べるのには向かんぞ?」
何でもないように言うセルヴェスに、食べたんかい! と心の中で全員がツッコんだ。
「これで砂糖を作るんですよ!」
「砂糖!? ビートから砂糖が作れるのか?」
「多分……」
完成度……味や匂い、色がどうかを度外視すれば、出来る筈。
小学校の頃、夏休みの自由研究で人参やさつまいもから砂糖を作った事があった。多分、ビートも同じようにして作れるはずだ。
ビートはヒユ科の植物で、ほうれん草の仲間だ。
ガイの言う通り、ここでは便秘薬的な薬の材料として使われている。
葉を食べるもの、そこまで甘くないものと幾つか種類があるそうだが、ちょっと切って舐めてみると、かなり甘味を感じるものであった。
……これは試してみるしかないであろう。
上手く出来ればお砂糖の量産が可能になるかもしれないのだ!
お菓子! ケーキ!! 甘味!! ……夢が拡がる。
作り方は、皮を厚めに剥いて、一センチほどの角切りにする。鍋に入れ、七十度前後のお湯に漬けて、毛布などで包んで一時間ほど置く。
ビートを綺麗に取り除いた残り汁を強火で煮詰めていき、灰汁を丁寧に掬いながら煮詰める。
粘度がましてトロミが出たら弱火にし、更に煮詰めて、白っぽくなったら火からおろしてひたすらかき混ぜる。皿などの平らなものに移して冷ます。
上手くいけば固まる筈だ。
「……随分手間が掛かるんだな」
「灰汁をよく取らないと、えぐみや匂いで食べられないかもしれません」
興味津々で手元を見るセルヴェスにそう答えながら、首を傾げる。
薬草園という事で、園内で薬草を調合する事があるらしく、園の片隅に小さな炊事場があった。
コトコトと煮込みながら丹念に灰汁を取る。
……ミソーユの実の様な便利なものがあるのに、砂糖は無いのだろうか。
一般的に流通しているお砂糖は、地球で食べていたものに似ているため、サトウキビのような植物があるのかと思っていたが、どうなのだろう。
「売っている砂糖はどうやって作ってるんですかね?」
クロードとガイに尋ねる。
一通りの事は何でも知っていそうなクロードだし、ガイは実際に他国で見た事があるかもしれない。
サトウキビは(地球では)暖かい地域で栽培され、寒冷地ではビートが栽培されている。
どちらも地球と同じような味だとするならば、サトウキビを使った砂糖の方が作り易そうではあるが……
「山で採れるっすよ。岩塩と一緒っす」
「……え!? まさかの鉱物!!」
砕くっす、と止めを刺された。氷砂糖的なもの!? 更に粉末にするのか??
ガーン!!(ダジャレじゃないよ!)
……鉱物なのに、何故に土属性の強い加護を持つ筈のアスカルド王国で採れないのだろうか。疑問である。
途中疲れたのでディーンにも灰汁とりを交替してもらいながら、作業する事三時間強。なかなかの大仕事である。
出来上がった茶色い塊を、六人でまじまじと見つめる。
そして小さな塊を持ち、みんなで一斉に口に放り込む。
甘い……が。
「…………」
「なんか、個性的な味と香りがするっすね?」
「微妙だな」
「煮物などにはこのまま使えるかも……しれない?」
「薄い土?」
それぞれが好き勝手に感想を述べる。
マグノリアは口の中に残る甜菜糖もどきの味を確かめながら、視線を上に向けながら考えている。
「やっぱり、石灰や炭酸カルシウムとかの処理が必要ですね……ろ過とか遠心分離とかも必要なのかも……」
「……ふむ……ろ過に遠心分離……」
「アゼンダでも比較的栽培しやすいビートから、砂糖が取れたら良かったんですけどね」
やはり、一般的な自由研究の科学力ではそうそう、美味しい砂糖は出来ないのである。
機械が無いと販売出来るようなレベルの精製は出来なそうだ。
ついでにめっちゃ重労働。
とはいえ。砂糖ゲットは出来なかったが、手掛かりは見つけたのである。
(それに、ビートがあるならサトウカエデの木もあるかも! ビートより味の心配が少なそう!!)
マグノリアは結構前向きであり、食に貪欲である(自覚なし)。
その内サトウキビも見つかるかもしれない。
なんて思っていたが……
やたらにクロードにろ過の構造やら遠心分離機の仕組みを聞かれ。
例の如く、そこまで科学に詳しい訳でないマグノリアは、脳みそを絞るように過去の持てる全ての知識をさらう事になった。
(……そんな細かい事まで知らん! 多分私は文系だ!!)
「ブンケイとはなんだ?」
「……ひぃっ!!」
研究者気質なクロードの興味を刺激したのであろう……
軽々しく余計な事を言うものじゃないと、マグノリアは身に染みて感じたのであった。
そうして数か月後、マグノリアの目の前には手動のゴツイ機械(?)が鎮座していた。
クロード謹製『砂糖精製器』である。
「えっ……あの拙い説明で理解できたんですか!?」
おすまし顔であるが、若干ドヤ顔に見えるのは気のせいなのだろうか。
マグノリアは朱鷺色の瞳を瞬かせる。
そんな彼女をひょいっと肩へ乗せると、問答無用ですたすたと薬草園へ歩き出した。
「石灰は焼き貝殻の粉でなんとかなるだろう。さあ、実験をするぞ!」
「えっ! 炭酸ガスは!?」
勿論ニヤニヤしたガイが精製器を台車に載せて後に続く。
リリーとディーンも顔を見合わせ、お茶の用意をするために部屋を後にする。
「儂も……」
「セルヴェス様はこちらの書類が先ですぞ!」
腰を浮かせたセルヴェスは、笑っていない笑顔で、圧をかけて来るセバスチャンに書類を突き付けられた。
間髪をいれず書類の山が、書類を溜めたセルヴェスに迫り来る。
「さあ! さあ!!」
「うわ~~~~っ!!」
今日もアゼンダ辺境伯領は平和(?)である。
きっと、岩塩ならぬ岩糖以外の糖類がアゼンダから発信されるのも、そう遠くない未来の筈である。




