答え合わせの答え合わせ
こちらで第四章本編は完結となります。
お読み頂きましてありがとうございました。
行きと違い、帰りの馬車は酷く静かであった。
言葉を掛けても何処か上の空の様子に、ふたりも考える時間が必要なのだろうと思い、話し掛ける事を止めた。
我々には時間がある。
ゆっくりと出来る限り話を聞き、出来る範囲での説明をするしかないであろう。
屋敷に帰る頃には、ふたりの気持ちにも少し変化があるかもしれない。
ともあれ、過酷な未来を背負って産まれてきた娘は心配であるが、目の離せない息子も同じように心配である。
森と湖の国と呼ばれるアゼンダの長閑な風景をただただ瞳に映しながら、ジェラルドはこの地での出来事を振り返っていた。
いい年をして孫娘フィーバーな父は予想通りとはいえ、実際に目にすると想像以上にあれだった。
……他人だったら面白いが、あそこまで露骨に悶え転がられると身内としては微妙である。
(……あれを全くの素面でスルー出来るクロードは凄いな……)
長年の慣れというものなのだろうか。
可愛らしい顔なのに仏頂面がデフォルトだった無愛想な弟は、意外にも世話焼き体質だったらしく、甲斐甲斐しく姪っ子の面倒を見ている様子であった。
そして娘の頭と胸元にあった魔道具。
……ふたりしていったい幾らつぎ込んだのであろう。『護る』の本気度が恐ろしく半端ない。
聞くのも恐ろしいので見ないふりをしておいた。
ジェラルドは暫くして瞳を閉じた。
そして、今度は昔の記憶をなぞるように思い浮かべる。
丁度セルヴェスの移領話が出た頃に、遠見の力によって信じ難い未来が目の前に映し出された。
数年後に生まれる娘は愚かに生まれ育ち、王子に恋をして無理を押して王太子妃候補となるのだ。
王家はギルモア家の資金と兵力を欲しているため、マグノリアとの婚姻を進めようとしているが、肝心の王子は別の女性との婚姻を望むようになる。
……初めは王太子妃教育を受ける姿が浮かんだため、てっきり王太子妃になってしまうのかと冷汗が出たが、どうも違うらしいと解るまでにそれ程時間は掛からなかった。
ジェラルドはすぐに行動に打って出る。
取り敢えず思う事もあった王家と距離を取るため、行政部に行く事と宰相になる事を取りやめた。
その地位にいる限り、しがらみやら政局やら何やらで余計に動きが取れなくなるからだ。
……外野が少々大変ではあったが……
うっかり頼まれてしまえば、面倒ばかりで全くもって宜しくない。
そして数年後、遠見で視た通り娘が産まれた。
ハルティア王家の血を色濃く現す、それはそれは美しい姿で。
遠見だけでは解らなかった事が、色々と判明する。
……そして思ったよりも深刻な事態である事も判明した。
遠見で見た際には、充分解決できると思っていた事が厄介な事情により、全く対応も解決も出来ないものだったのである。
……余りにも酷い状況はどういうことなのか。
責任者がいるのだとしたら、詰め寄って是非とも話し合いたいと思っている程だ。
内容はほぼ、マグノリアの言った通りである。
(あの子はどうやってこの事を知ったのであろうか……?)
推測と言っていたが……それはそれで恐ろしい程の観察眼と推察力だ。
そして、未来(?)の娘は王太子妃教育を受けるも、王子には他に愛する人がいると知ると……実に様々な、仕様もないトラブルを起こす。
王子の相手である女性もなぜかみんな(主に男性)に好かれる、物語のご都合主義の塊のような女の子なのだが……
(この子もこの子で色々言いたい事があるが、関わると面倒そうだからな……)
止めておいた方が良いだろう。色々と。
――何故、遠見の未来の中の私も息子もあんなに惹かれているのだろう?
実際にあんなご令嬢が居たら、注意するか避けるか、相手にしないかの三択だと思うのだが……
第一ジェラルドは至ってノーマルな御仁である。
自分の娘と同じ年齢の少女に恋愛感情を持つとは思えない。
……現時点ですら学院に通う少女に横恋慕するなど忌避感しかないのだが。数年後には変わっているのだろうか?
別の意味で恐怖である。
思わず顔を顰めた。
……結局、王子は望む女性と婚約となり、娘は修道院に生涯幽閉とされるのだった。
ギルモア家も責任を取り、多額の金銭を没収される事となる。
と、ここまでがマグノリアが予想していた流れである。
ほぼほぼ、あの子の予想通りの未来。
だが、話せはしなかったが、遠見では『その後』も幾つか視る事が出来ている。
――そんな、中身は残念、しかし外身は大変に美しい娘は、学院時代に帝国の皇子に心を寄せられる。
(この皇子も……以下略)
幽閉されたと知った皇子は、娘を奪うために開戦を宣言するのだ。
そして同じ頃、娘の幽閉を知ったセルヴェスとクロードも、何を乱心したのかアゼンダを再びアゼンダ公国として立て、挙兵する事になるのだった――
そう。厄介な事に再び戦いの幕が切って落とされるのである。
生涯幽閉もさることながら、この開戦も非常に不味い。
回避するにはどうすれば良いのか、長年頭を悩ませていたのだが……
(……あの子は、いったい誰なんだろうな)
すっかり別人の娘。姿かたちは変わらないものの、中身はまるっきり別人である。
ずっと願っていた通り人並みになり――いや、人並み以上になった。
大変優秀で、頼りがいのある、将来が大変楽しみな子どもになったのだが。
(果たしてあの子は『マグノリア』なのだろうか?)
小さなマグノリアを思い出す度に、微かに何かが胸の奥を引っ搔いていく。
――注意深く時局を見守る必要はあるものの、多分彼女なら、もう決して間違えないだろう。
当初視えていたお披露目も無くなり、別なものに置き換わった。
アゼンダでのびのびと自由に暮らし、人々に望まれる人間になり、それに貢献を以て応える事の出来る人間として、しっかりと地に足をつけている。
既に未来は、別の道を進んでいると言って良い。
しかし油断してはならない。遠見の力が初めて外れた事を確信するまでは。
時局は常に動いているのだ。一瞬の隙で、あっさりと足を掬われる。
そう。マグノリアから手渡されたコインに視えた、幸せな遠見が実現するまでは、遠くで見守り続ける役目と責任があるのである。
ジェラルドはゆっくり瞳を開いた。
穏やかな呼吸音に目を遣ると、妻も息子も健やかに寝息を立てていた。
落ちそうになっている上掛けをそれぞれに掛け直し、再び流れる景色を瞳に映す。
馬車はいつの間にかアゼンダを出て、アスカルド王国の道を走っていた。
未来へと続く筈のこの道は、果たしてどこへ向かっているのか。
確定していた未来は本来あるべき通り、未確定の未来へと様変わりした。
願わくば、幸せの未来であるように。
雲の切れ目から覗く陽の光に静かに祈った。




