話合いは迷走中
夕食後、応接室に集まって話し合いが持たれる事になった。
珍しく食が進まなそうなマグノリアを、セルヴェスは心配そうに見つめている。
本来なら主催者と招待客とが一緒に晩餐会をするのが習わしではあるが、お互い気まずいだろうという事で別々に食事を摂る事としたのであった。
「大丈夫か? マグノリア……もし疲れて辛いようなら、休んでしまっても構わないんだぞ?」
「……いえ……お父様に聞かなくてはいけない事がありますから」
力なく首を横に振る様子に、セルヴェスとクロードは顔を見合わせた。
「思ったより、厄介な事になりそうです」
「……ずっと、何をそんなに考え込んでいる?」
思いつめたような表情のマグノリアに、クロードは気遣わし気に聞く。
「まだ推測の域です……徒に話せないような事なのですが、お父様ははぐらかさずに話してくれるでしょうか」
「……アイツは、心の内を見せるのを嫌がるからな……何はともあれ、何か隠している事は確かだ」
セルヴェスの確信を持った言葉に、マグノリアとクロードは頷いた。
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子どもが当事者同士という事で、食後すぐに話し合いがもたれる事になった。
薄暗い廊下を静かに歩きながら、言うべき言葉を何度も繰り返し頭の中で反芻しては、漏れそうになるため息を呑み込む。
本来なら謝罪し、それを受け、反省を促されて終了であるが……口の廻るマグノリアの事なのでどんな事を言われるのか。ブライアンは心の内で戦々恐々としていた。
ジェラルドから、どんなに怒りが沸き起ころうとも反論せずに謝るようにと言われた。
自分でも重々承知しているが、またカッとして言わなくても良い事まで言ってしまわないか、気が気でなかったのである。
ウィステリアも余計な事は言わないようにと念押しされ、珍しく、黙ったまま頷いたのであった。
硬い表情で告げられた謝罪に、マグノリアは頷く。
「解りました。謝罪を受け入れます」
あっさりとした解決に、ギルモア本家の人間は全員拍子抜けした気分であったが、拗れずに済んで良かったと、詰めていた息を吐いた。
「……その代わり、お父様。知っている事を全て教えてくださいませ」
確信を持った力強い声で、ひたりと朱鷺色の瞳を真っ直ぐに合わせてきた。
いつものポーカーフェイスを崩さないジェラルドであるが、探るような瞳でマグノリアを見つめた。
「……私が知っている事?」
確かめるように繰り返すジェラルドに、マグノリアはそうだと頷く。
ふたりの様子に、壁に控えていたリリーとガイは黙って頭を下げると、静かに部屋を出ていった。
ジェラルドはマグノリアから視線を外し、セルヴェスとクロードを見る。
(……ふたりの指示という訳でもないのか……)
ふたりとも成り行きを静かに見守るようで、張り詰めたマグノリアの様子を見てか、珍しくも若干緊張しているように映った。
「特に何も知らないが?」
マグノリアが言う『知っている事』というのは何を指すのか。
「そんな筈はありませんよね? 何をご存じなのですか」
勘のいいセルヴェスなら薄々気付いているのかもしれないが、遠見の能力は必ず当たるという事以外は欠陥だらけのため、一度うっすらとウィステリアに話した以外は誰にも言っていない。
(……まさか、ヴィクターか?)
昼間のやり取りを思い浮かべ、旧知の顔を思い浮かべるが……違うとすぐに思い至る。
目の前の少女は、かつてのマグノリアではない。
賢く、理性的で、頭の廻る存在だ。
余計な事を言って、却って尻尾を出さないように注意深く対応する必要がある。
……命が関わっているような、残酷過ぎる現実を知らせてはならない。
「理由は存じませんが、お父様は私の未来をご存じですよね?」
「……未来?」
そんなジェラルドの様子に埒が明かないと思ったのか、いきなり本題に入る事にしたらしい。
(……何故、未来を知っていると思うに至った?)
こういうのは初めてのケースだ。
遠見の力は見たいものが視れる訳でもなければ、時代や場面も飛び飛びで現れるため、全てを理解する事がなかなか難しい事が多い。
視える時間軸が長ければ長い程、視えていない物事も多く存在する訳で……持てる知識や情報で推測・判断する面がとても大きいのだ。
ただ、視えたものは必ず起こる未来であった。今までは。
視たものが外れ、違う未来になると確信できたのならどんなに良いのだろうと思い続けてきたが……いざそうなりそうな兆候が見え始めた今、全て明かせと追い詰められている。
マグノリアはマグノリアで、どのように伝えれば良いのか、何処まで言ってしまって良いのか考えあぐねていた。
多分、誰にとってもショッキングな内容になる筈だ。
特にセルヴェスには辛い真実になるだろう。自分の母と妻を失った原因を知る事になる。
身内の死がマグノリアの存在によって齎されたと知ったら、全員どう思うのか。
普通なら気味悪がられるだろう。そして、次は自分かもしれないという恐怖も感じるかもしれない。
多分、ジェラルドはそれを危惧している。
そして、知ってしまったマグノリアが酷く傷つくことを避けようとしているのだ。
――しかしそこから切り崩していかないと、のらりくらりと躱して話してはくれないだろうとも思う。
「……私とふたりきりなら話して下さいますか? それとも、話を聞かせない方が良い方がいらっしゃるなら退室して頂きますか?」
ジェラルドの頭の中で警報が鳴り響く。
何故か解らないが、マグノリアは決定的な何かを知っているのだ。それも確信を持って。
浅くなる呼吸を、意識して深く吸い込む。
(一番聞かせたくないのはお前だよ、マグノリア)
とは言え。彼女が何を知って何を知らないのか解らない今、こちらから動く事は出来ない。
相手の――マグノリアの手札を見せて貰うしか無いだろう。
もし、全てを知っているのなら……誤魔化せはしないのだろうと思う。
せめてブライアンを退室させるべきか迷ったが、このまま参加させる事にした。
到底信じられない話ではあるが、説明の機会も然う然う持てないであろうからして。
「……遠見の力――精霊の力だな」
セルヴェスが確信を持って呟いた。
「遠見の力?」
「ハルティア王家には精霊や妖精の力を使って、不思議な現象を起こす能力があると言われている」
首を傾げたマグノリアに、セルヴェスが説明する。
「元は多くの人が使えたらしいが、時代と共に混血が進み、殆どの者が使えなくなったと言われている。比較的多く精霊の力を残していたと言われるのがハルティア王家だ。我々にもその血が流れているが、精霊や妖精に働きかけるような力は無く、ほんの僅かに能力を感じられる事がある程度だ」
「……では、お父様は『遠見の力』と呼ばれるもので未来を予知するか、透視するかしたのですね?」
「…………」
黙るジェラルドに、セルヴェスはちらりと視線を向ける。
「多分だが、意図的には出来ないだろう。先祖返りでもない我々にそこまでの力は無い筈だ。自分の意思とは関係なく、妖精たちの気まぐれで何かを視せられるのだろう」
「……厄介な力ですね」
マグノリアは心底嫌そうにため息をついた。
ジェラルドは黙り込んだまま、考えを巡らせている様子だった。
信じられないような顔をしたウィステリアとブライアンは、揃ってジェラルドを見ている。
クロードは難しい顔をしながら顎に指をあてて考えていた。
「私が推測しているのは……多分『私』にとってかなり不都合な未来が視えたので、それを回避するために動いていらっしゃるのだろうという事です」
それはアスカルド王室が関係しているのだろうと思う事。
そのせいで何か不味い事が起こる――場合によってはマグノリアだけの問題で留まらないかもしれないから、その未来を回避するために行動しているのだろうと説明した。
「そうでないと、お父様の本来の性格や行動にそぐわないのです。宰相にならないのも、私のお披露目をしなかったのも、実家での生活のあれこれも……全て『何かを避けるため』の一環ですね?」
確信を持って告げるが、ジェラルドは静かに話を聞くばかりだ。
イエスともノーとも言わない。
「……回避するだけなら、そこまで極端な方法を取る必要は無いのではないか?」
クロードの疑問はもっともだ。
ただ、『ここは創作の世界か、それを写した現実世界なんです』と言った所で、全くもって理解されないだろう。
……頭がおかしいと思われるか、虚言癖の妄想癖と思われるのがオチである。
マグノリアの知る範囲で、アスカルド王国を舞台にしたラノベやゲームの記憶は無い。
……元々暇つぶしに流し読みをする程度だし、ゲームもそこまでしない(と思う)ので、そういった知識は殆ど無いに等しい。
(もう! 何で私なんかを転生させんのさ! 知識が無いんじゃ全然使い物になんないじゃんかよ!!)
ただ、世界観が反映された世界な『だけ』なら問題は無い。
――あくまで『〇〇風な世界』だから。
だが、ここが創作の世界と同じように……歴史や流れを同じように進めようと、元の話の筋道通りに動くように現実が動いていくのだとしたら?
「……多分ですが、『強制力』が発生して、それに抗うためですよ」
「強制力?」
マグノリアは頷いた。
セルヴェスとクロード以外、マグノリアが転生者(もしくは転移者)である事を知らない。今その事まで話すと、余計ややっこしくなるだろう。
ラノベ上の概念や言葉を極力使わず、どう説明すれば解ってもらえるのか……
「かなり強い拘束力のある未来があるとして。その未来に真っ直ぐに物事が進んでいくんです。ひとつは未来に進むために都合よく物事が出来上がっている。もうひとつは、変えようとすると、元に戻るように物事が変化したり促したりするんです」
「……未来が既に決まっているという事か?」
ジェラルド以外、困惑の表情を浮かべている。
(そうですよねぇ……)
未来は、ある程度自分の行動で作られていくものだ。
だから努力もするし頑張るのだ。それが普通だ。
(駄目だ……上手く説明できる気がしない)
全くしない!
眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げる。いつもの不機嫌そうな叔父と同じ表情である。
「例えばですけど……まあ、三歳までの私って、根暗で阿呆でノータリンじゃないですか」
「……のーたりん……?」
「「「「…………」」」」
思わず繰り返すジェラルド。
回りくどい説明が面倒臭くなって遂にぶっちゃけ出したな、と思うセルヴェスとクロード。
マグノリアの自分への辛辣なダメ出しに、瞳を瞬かせるウィステリアとブライアン。
微妙な空気のまま、マグノリアは説明(?)を続けていった。




