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母は敵認定中

 父と図書室で遭遇した数日後の事。

 なんだかエラい高圧的な侍女が、小広間まで来るようにといきなりやって来た。

 仕方なく付いて行ったら、女王然としたウィステリア・ギルモア侯爵夫人が、優雅に長椅子にふんぞり返っていらっしゃった。


 豊かな波打つ茶色の髪を美しく結い上げ。もの言いたげに潤んだ紺碧色の瞳。二児の母とは思えない一見庇護欲をそそる儚げな雰囲気。その割に中々ご立派なお胸。


 the・女子である。

 絵に描いた女子の中の女子。キング of the女子である。

 女子力が瓦解していた(?)日本の元マグノリアに分け与えたい位である。

 いらんけどね!


 色味自体は珍しくない平凡なそれだが、一つ一つのパーツが美しく整っている。母も記憶通り結構な美人だ。

 両親揃って美男美女カップルですな。



 季節毎に作るらしい豪奢なドレスの数を、目の前にいる侍女達の会話から耳に挟んで、領地経営の本を幾らか読んだ身からすると地味に引いたが……まぁお金はあるそうだし。


 ……そう。ギルモア侯爵家はかなりのお金持ちだったのです!


 マグノリアの粗末、もとい、質素で絞りに絞られた数少ない衣装を見て、『家は傾いているんやろか……』と心配したのはただの杞憂で。ただ単に不要な奴に掛ける金は無いと言う事だったのです。

 名家のお嬢様の筈が、世知辛い。


 経済を回すという意味においては、多少の散財も必要なのだろうと思う。領民や使用人に迷惑が掛からない範囲なら、お金持ちが沢山お金を落として、商業や産業を活性化させないとだもんね。

 あの優男な親父さんの甲斐性と言うことで、本人達が納得しているなら良いのだ。


「お嬢様も大きくなられましたから、お召し物をお仕立て致しましょう」

 ロサが微笑みながらお針子達に合図する。

「お色は如何なさいますか?」

 居心地が悪いのであろう。取り繕うようなロサの笑顔を見ながら、うーん、と唸る。


 ……自分が要らない認定されるのは良い気分ではないけれど。要らんお金を掛けられてネチネチ言われたり、後で返せと言われたりするのはもっと嫌なんだよねぇ。

 特に服を欲してもいないし。わざわざオーダーメイドせんでも、既製品で構わないんだけどな。

 ……とは言えない雰囲気だ。


 第一、今迄仕立てた記憶が全く、これっぽっちも一切無いんだけど。


 (今迄の服ってどうしてたんだろう?)


 取り敢えず。幾ら親がお金持ちでも私自身の稼ぎではないので、質素・倹約・節約よね。やっぱし。


「黒か紺、無理なら茶色や深緑などでお願いちましゅ」

「「「「えっ」」」」

 まるでお仕着せのような色合いに、ロサもサイズを測ったり書き留めたりしていたお針子さん達も、びっくりしたようにマグノリアを見る。

「丈の長しゃに何か決まりはありましゅか?季しぇちゅとか年齢とか」

「いえ、特には……」

「じゃあ、長く。出来れぇばくりゅぶし位で。

 おにゃかと肩周りに余裕を持たしぇて、首や胸元にタックをいりぇて留め、きちゅくなったら外して大きく出来るように。おにゃかには共布でリボンを縫いちゅけて、もしくは紐通しみたいにゃのを付けて貰って、縛って調節出来るようにちてくだしゃい。

 布は今着ている物とおにゃじ位の物で構いましぇん。形はシンプルなAラインで」


 一気に捲し立てると、記録係のお針子さんは、目を白黒させながら手持ちの木札に記録している。

 そう。幼児が良く着るAラインの、後ろや前でリボン結びするワンピースである。

 あっちこっちに余分な布を紛れ込ませて、長ーく着れる仕様ではあるけど。


「成程……成長しても長く着れるようにですね」


 責任者なのか店主なのか。採寸が終わってマグノリアが衝立から出ると、母と話し終えたらしい黒髪の男性が話しかけて来る。切れ長の瞳は穏やかそうに笑みを湛え、『出来る執事感』が漂う見た目だ。


「折角職人しゃん達が作って下しゃるのに、しゅぐ大きくなってちまうので大切に着たいのでしゅ」


 いえ、本当はなるべく自分に掛かる養育費(と言う名の負債)をケチりたいのです……なので、大切に着たいのは本当です。

 心の中で本音を言ってにっこり笑う。


「……。何着か御作りになりましょうね? 他の明るいお色も御作りしましょう?」

 ロサが取り繕って聞いて来る。

 うーん、と再び唸り、自室のワンピースを思い浮かべる。洗い替えも含めて、何枚位必要なもんだろう?

「では二枚程。後、既製品で構いましぇんので、木綿のブラウシュを二枚」

 クローゼットに掛かっている服を思い浮かべながら、まだまだ着れるなと再認識する。本当に最低限で良いのだ。

「明るい色は要りましぇん。子供にゃのでシミにちてしまいましゅから」


 はっきりとした指示出しとその内容に、ロサもウィステリアの侍女達も絶句し、動きを止める。


「まあ。まるで使用人みたいな色ね?」

 笑いながら、こちらには一瞥をくれると、まるで興味が無いとばかりに女主人は優雅にお茶を口に含む。


 上の息子に作った服の枚数や素材の差に、また圧倒的な母親のそれとの差に、黒髪の男性とマグノリア以外の人物はあっけに取られ、瞳をしばたたかせたり、気まずげに視線を動かしたり、口をぽかーんと開いていたりする。


 男性は、先ほど入れ違いで出て行った惣領息子と、目の前の娘への応対の明らかな差と母親の冷淡な様子に……目の前の小さな子供は、望まれない子なのだと静かに状況を悟り、ゆっくりと膝を突き目線を合わせると、マグノリアに頷いた。


「畏まりました、お嬢様。大切に着て下さるとの事、ありがとうございます。職人一同、心を込めて作らせて頂きます」


 後ろに控えるお針子さん達もコクコクと頷く。

 ウィステリアは気に入らないとでも言うように、小さく鼻を鳴らした。


「あいがとうごじゃいます。……後、半端な布で構いましぇんので、ハンカチや巾着などに出来る様な布を数枚と糸を何ちょくか、一緒に届けてもりゃえましゅか?」


 周りの様子を見るに、だいぶ予算は削減出来たのであろうから、手習いと小遣い稼ぎの材料を調達しよう。そうしよう。


「お裁縫の手習いをされるのですか?」

 男性は、目の前の幼女が存外にしっかりした対応をするのを感じ、周りの様子や母親の反応をすっかり無視し、丁寧に対応してくれる。


 刺繍は貴族女性のたしなみの一つである(らしい)。

 幾つからかは家々によるらしいが、幼少期から始める手習いである(らしい)。


「わたくちのお世話をちてくれてりゅ侍女しゃん達が、近々お嫁入りしゅゆので、お礼とお祝いに何か作って渡したいのでしゅ」


 デイジーとライラは四か月後と半年後に、結婚の為辞める事が決まっている。

 ……どうせ練習するなら、目的があった方がやる気も出るし集中出来るだろう。


 そしてある程度上達すれば、小間物屋や洋服店などで作品を買い取って貰い、小遣い稼ぎをする平民や低位貴族もいるとの事なのだ。ミシンが無い時代、裁縫技術は仕事になる能力の一つなのである。


 ……え、そっちが目的かって?

 いやいや、お礼したいのもお祝いしたいのも本当ですよ。本当本当。


「なんてお優しい……」

 ウィステリア付きの若い侍女がぽつりと呟く。おめめウルウルである。ロサもにっこりにこにこである。

 ……うぅっ。少し、罪悪感あるね……


 男性は微笑むと、

「畏まりました。上質ですが端の方などの半端な布を幾つかお持ち致しましょう。お嬢様手ずから作られた小物でしたら、きっとお喜びになりますよ」

 こんな小さな子供にもキチンと対応してくれて、意図もある程度理解してくれたようでステキ紳士である。

 みんながほっこりしているところに、ウィステリアがため息をついて口を挟む。


「お礼やお祝いなら、きちんとしたものを買えばいいのに! 子供の作ったものだなんて恥ずかしいわ」

「…………」


 再び男性とマグノリア以外が、何とも微妙な表情になる。


 ま、確かにね。ある意味は正論だよね。ぐしゃぐしゃの刺繍とか、正式なお祝いとしてあげちゃイカン。


 しかし、きちんとしたお祝いは雇い主である両親か正式な所属部署の上司、もしくは家令とか執事とか侍女頭とかの誰か、大人が退職金やらお祝い金なんかと一緒に、購入した物を渡すんだよね……?

 子供の手作りは、そう、幼稚園や保育園で、お世話になった先生に渡す園児の絵やお手紙と同じ類でしょ。

 なるだけちゃんと丁寧に作るし、練習&素材GETのチャンスは逃したくない。


 ……なんかこの様子だと一応ロサに聞いて、ちゃんとお餞別品が渡されるのか、購入品も渡した方が良いかは確認した方がベターっぽいけど。

 マグノリアが(手作り品を)渡したから無しで、とかは避けたい。あくまで余禄の範囲なのだ……




「……取り敢えず練習されてみて、納得できる出来になられたらお渡しされては如何ですか? ご自分がお世話されていたお嬢様が心を込め手ずから作られたお品物は、侍女の方々にとって大切な宝になりましょう」

 優しい笑顔で頷きながら、それとなく纏めてくれて大助かりである。デキる男だね!


 断って前を暫し辞すると、鞄の中から小箱を出して来る。そしてマグノリアの両の手にそっと乗せてくれた。

「こりぇは?」

 小鳥と蔦の描かれた小箱。優しい色合いと、丁寧な手跡。とっても可愛らしい。

「当店をご利用頂いているお嬢様がお裁縫の手習いを始めると伺った際、ささやかな贈り物としてお渡ししております、お針箱です」


 そっと開けると、小さな針山に刺さった数本の針と、小さな糸切狭。かぎ針、糸通しに指ぬきとまち針が納められている。そして畳んだ数枚の小布。運針の練習用だろうか。


「針やハサミを使われたら、必ずこの中へお戻しください。特に針は気を付けて、終わりには初めと同数あるか数を数えて下さいませね? そして危険ですので、くれぐれも教えて下さる先生の言うことを良くお守りくださいね」


 安全のための注意を述べると、礼を取り優しく微笑む。


「ご挨拶が遅れまして大変失礼いたしました。私はキャンベル商会の会頭をしておりますサイモン・キャンベルと申します。以後お見知りおきを」


 会頭……社長みたいなものか。道理で肝が据わってる筈だ。

 まるで日本人のような色味。黒髪と茶色の瞳という懐かしい色味は郷愁を誘うと共に、人となりを知らない筈なのに、何故か安心する。

 

 キャンベル商会。口の中で名を繰り返す。

 穏やかな表情に向かって、マグノリアもよろしくお願いしますと笑みを向けた。



 その向こうで、綺麗な顔をした母親は面白くなさそうな様子でマグノリアを見ていた。

 表情が抜け落ちた顔なのに、激しい感情の揺らぎが感じられる瞳。


 睨み付けられるよりヤバい感じがするのは何でなんだろう。

 ……父親に比べて、ドン引きな位に嫌悪感丸出し加減が半端ないんですけど。


(つーか、なんなの!? こんないたいけな幼女に、完全にガチの敵認定して来てんじゃん!)


 マグノリア何やったの!? 全然身に覚えないんだけど。


 もしや鬼母と言うやつ……!?

 ロサと部屋を辞するまで、ねめつける様な瞳と引き結ばれた口元に、マグノリアは戸惑いを飲み込むしかなかった。


今度はお母様とも会い(呼び出され)ました!



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