怖いお姉様方
流れていた音楽がダンスの曲であることに気が付くと、無意識に背筋が伸びる。
猛特訓させられたあれこれが脳裏に駆け巡るからだ。
ダンス=クロード
マグノリアとディーンの骨の髄に沁み込みまくっているのである。
踊る際、無様な姿を晒してはならぬ! だ。
(イエッサー!!)
勢いよく敬礼する。心の中で。
何も言われては無いけど。脳裏に問答無用で浮かぶのは、目力からの眼力。無言の圧力。
(うーむ……)
とは言え。
実写版オス〇ル様ことペルヴォンシュ女侯爵、推定百七十五センチ。マグノリア百八センチ。
「……踊れますでしょうか?」
「大丈夫ですよ。リードはお任せください」
艶やかに微笑む姿を見て、マグノリアは引きつり笑いをする。
露出の少ない青い軍服が、禁欲的な雰囲気を醸し出しているのだ。
(……これは、その辺の男性よりもモテモテなのではないだろうか?)
取り敢えずは差し出された手に小さな手を乗せて、了承した。
大小デコボコの二人組がダンスをしている。
微笑ましくもあり珍妙でもあり、人々はにこやかに見守っている。
美男美女カップルである事は間違いない。
どっちも女性であり、片方に至っては十年後にまたどうぞ。という年齢ではあるが。
「……先程は助けて頂きましてありがとうございました。そしてお騒がせして申し訳ございませんでした」
「いえ、ご無事で何よりです。怖かったでしょう?」
うーん。
びっくりはしたが、怖くはなかった。
怖くはないが、まかり間違って人間爆弾にならないかの方を心配した。
小型とは言っていたが、纏めて爆発したら広間全部・全員吹っ飛ばしてしまうのでは……との恐ろしい考えがよぎり、『お披露目会の大惨事』という新聞見出しが頭に浮かんだのである。
後ほど効果の程をきちんと確認しておくべきであろうと心に留める。
「いえ。会場警備の騎士もおりましたので……」
「確かに。丁度場所が悪かったですね。何だかんだでほんの数分の事でしたから、他の場所だったら騎士がもっと早く駆けつけた事でしょう」
騒ぎを聞きつけ、纏わりつくおじさん達を強引に引っぱがして会場に戻ってきたセルヴェスと目が合い、小さく頷く。
主役はマグノリアとは言え、誰も保護者が居ないのは宜しくないであろう。
それに、孫娘LOVE全面押しのセルヴェスよりは、沈着冷静型のクロードが間に入った方が絶対に良い筈だ。
(でないと、ブラ兄が大変な事になってしまう……!)
好きか嫌いかと言われたら好んではいないけど。
お前なんぞ滅びろ! とまでは思っていないのである。
……向こうはどうか知らないけど。
自分に関係のない所で、極力関わらず幸せに暮らしていたら良いぐらいに思っているのだ。
アイリスはアイリスで、あれだけの事がありながらもケロッとしているご令嬢をまじまじと見つめる。
(へぇ。ギルモア家ってやっぱり変なのばっかりだなぁ)
いつかのヴィクターの言葉と同じ事を思いながら、ピンク色のつむじを見る。
それにしても、気になるのはジェラルドの事だ。全くもってらしくない。
マグノリアの人となりというか、様子を知れば知るほどそう思う。
「……秀才君、変だな……」
マグノリアは散らばったグラス片が残っていないかと、踊りながらさりげなく(?)床を見回していたが、小さく呟いたアイリスの言葉に顔を上げた。
「……変?」
「あ、いや……お父上の事なのですが。マグノリア嬢がどう思われているかは解り兼ねますが……本来は公平公正というか。そして何だかんだで結構情の深い人間の筈なんですよ」
アイリスが昔を思い出しつつも、両親に邪険に扱われていたであろうマグノリアを気遣って言葉を濁す。
アイリスの言葉に、マグノリアは、ある頃から感じ始めた父の違和感に思い当たる。
「お気遣いなく。私も常々変だと思っているのです。こう、話を聞く(資料を読む)限り、らしくない、というか。
……というか、父とお知り合いなのですか?」
元の家業も年の頃もほぼ同じであるので、知り合いであってもおかしくはないのだが。
「王立学院で同級生だったのですよ。ちなみにヴィクター……ブリストル公爵令息は一つ上ね。コレットは言うと怒られるからナイショで」
悪戯っぽく笑うと、人差し指を唇にあてる。
「……ブリストル公爵令息……」
「アイツねぇ。昔はあんなじゃなかったんだよね。いつあんな山賊みたいになっちゃったんだろう?」
アイリスはしょっぱい顔をしながら小首を傾げた。
そう言うと丁度、コレットとヴィクターが難しい顔で話し合いながら、踊るマグノリアとアイリスを見ているのに気が付いた。
「コレットに紹介しましょう。ヴィクターはご存じですよね?」
「……はい」
ご存じも何も、きっちりガッチリお世話になっております。はい。
曲が終わると同時に、エスコートという名の手を繋がれてふたりの下に連行される。
待ち構えていたかのように、強い目力で見つめられた。
(白雪姫……見た目は)
オルセー女男爵は、真っ白い肌に、ブルネットの髪を真っ直ぐに切りそろえた、青い瞳の可愛らしい女性であった。子どもの頃……日本に住んでいた時代の頃の、絵本で見た白雪姫を体現したかのような女性だった。
……ただ、抜け目ないとか油断ならないという言葉が、必ずついて回るだろう事が察せられる。
マグノリアが挨拶をしようとすると、軽く手を挙げ、低く腰を落とした。
きちんと序列を守るつもりらしい。
つまらない事で、突っ込まれるような余計な隙は作らないつもりなのだろう。長年ビジネスの世界に身を置いてきている人らしかった。
ふわりと、香水とは違うどこか懐かしい甘い香りが鼻を掠める。
「お初にお目にかかります。コレット・オルセーにございます。マグノリア様に置かれましてはご機嫌麗しゅう。どうぞ宜しくお願いいたします」
しっかりと下げられた頭と顔は、次に合わせた時には華やかな笑顔でありながら、全然笑っていない射貫くような強い瞳が向けられていた。
(……うわぁ……対応を間違えるとヤバい人か)
マグノリアは内心で苦笑いしながら、なるべく子供らしい子どもを演じる事に決めた。
まず、丁寧に挨拶とお礼を伝えねば。
「ごあいさついただきありがとうございます。マグノリア・ギルモアです。今日はようこそおこしくださいました。そして、先ほどはたすけていただきまして、ありがとうございます」
さっきまで大人顔負けで話していたマグノリアとの差に、瞳を瞬かせるアイリスと、あれ? という表情のコレット。そのコレットの隣でヴィクターが小さく噴き出した。
「コレットが圧迫面接しようとするから、怖がられちゃってるじゃん」
「……ソンナコトアリマセンワ。」
ホホホホ。わざとらしく笑う。
途端、興味津々といった表情に変わり、上から下までじっくりと観察される。
「…………。鉄扇、かっこよかったです。義弟さまにもおせわになっております。それではごきげんよう」
取り敢えず紹介は受けたから、余計な事をポロリする前に退散する事にしよう。そうしよう。笑顔で礼を執り、立ち去ろうとすると、ヴィクターにまあまあ、と足止めをされる。
「ブリストル公爵令息さま。いつもおせわになっております」
ヴィクターには軽い猫パンチを喰らわしておこう。
……これから会うたびにそう呼んでやろう。
「ごめんごめん。自分的にはもう平民のつもりなんだけど。時折宰相から無茶振りが来るんだよねぇ」
哀しいかな、本人はかなぐり捨てたつもりでも、そうは問屋が卸さないって奴かと思いながら、ヴィクターをまじまじと見る。
(うん……ヴィクターも迷惑なんだろうけど、宰相は宰相で何とも言えないなぁ)
この姿を宰相さんは見たことがあるのだろうか。
子育てとはハプニング続き。なかなか大変そうである。
「コレットはおっかない顔してるけど、根はイイ奴だから大丈夫だよ」
「とてもお美しゅうございますわ。おほほほ」
警戒をちっとも緩めない(?)マグノリアに、ヴィクターは困ったように眉尻を下げた。
「……めっちゃ警戒してるじゃん。コレットも! もう小さい子相手に止めなよ。とにかく怪我は無かったんだね。無事で良かったね」
マグノリアは小さく頷く。
そう、ほんの数分の出来事だった。
ブライアンに絡まれ、塩対応したらキレられ、あわやグラスで殴られる……と思った瞬間、二方向からナイフが飛んできてグラスを壁に突き刺し、別の方向から鉄扇が飛んできて、子どもに頭隠さず尻隠すされ(いや。庇ってくれた心意気はオバちゃん感謝してるよ?)、デカい人に鉄壁ブロックしてもらい、東狼侯と呼ばれる女騎士団長に制圧してもらっていたのである。
多分、開始五分もかかってないであろう。
大変助かったのはその通りなのだが、一体何の集団なのか。
「私も、手裏剣とかマスターしないといけないのでしょうかね?」
そう言って首を傾げると、大人三人はキョトンとした。
そして思い思いに話し出す。
「まあ、下手な暗殺集団みたいなメンツだったからね」
「あら、一人は本当の暗殺者よ?」
「とりあえずラスボスが他の場所に居てくれて良かったよ。大広間が崩壊する所だった」
三者三様に話しながら、ぴたりと止まりマグノリアを見た。
息ぴったりだ。
「宜しければ、鉄扇差し上げる?」
「手裏剣の魔道具取り寄せる?」
「鍛錬方法とかいる? 拷問方法とかの方が良い?」
…………。
「いえ。ダイジョーブ、デス」
マグノリアはにっこりと微笑んだ。




