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【コミカライズ2巻8/19発売・小説6巻発売中】転生アラサー女子の異世改活  政略結婚は嫌なので、雑学知識で楽しい改革ライフを決行しちゃいます!【Web版】  作者: 清水ゆりか
第四章 アゼンダ辺境伯領・お披露目編

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海千山千・狸とキツネ

 会場は良い感じに温まっているようだ。

 正体不明の幼女に挨拶した後は、それぞれの社交の時間である。


 思ったよりもずっと美味しい軽食を片手に、世間話や噂話、政治談議など、多岐にわたって話が弾んでいるようであった。


 先程、セルヴェスは相談したい事があると言われ、何処かの代官に連れていかれてしまった。後ろ髪を引かれるように、何度もマグノリアの方を振り向いていた。


 クロードの下へも、頻繁にご令嬢やご令息、ご令嬢に親御さん達やまたまたご令嬢がやって来ては話し込んでいく。


 貴族の微笑みを張り付けているクロードの顔が、段々と険しさを増していっている気がする。

 おかしいな、笑顔な筈なのに……



 時折気を利かせたリリーやディーンが話し相手に来てくれるが、元々辺境伯家はあまり使用人が多くない。一応彼女達も役割を与えられているので長居も出来ない様子。


 主役でありながら、ポツネンと玉座に座っているのも退屈で、マグノリアは丁度話が終わったクロードへ向き直った。


「ずっと座っていて疲れました。ちょっとだけ会場を回ってきても良いですか?」

「それなら俺も行こ……」

「クロード様ぁ♡」


 心配性のクロードがついてこようとするが、丁度次なるご令嬢がやって来て、鼻に掛かった声で呼びかけてきた。


「「…………」」


(すげぇな。どうやって出してるんだろう、あの声……)

 マグノリアは素直に感心する。原理は声優さんの声の変え方と同じなのだろうか。



 マグノリアはこう見えて(?)前世でも今世でも、どちらかと言えばべらんめえ口調の人間である。

 蓮っ葉な訳でも無ければ、サバサバ系を装っている訳でもないけれど、多分可愛い女の子とは対極にいる存在であろう。


 まあ今世は一応ご令嬢という事もあって、心の声のみをべらんめえにしているけれども。

(たまに漏れ出てるって言ってる奴、誰だ?)


「……警備の騎士も沢山いますし、大丈夫ですよ?」

 マグノリアと一緒に周りを見渡すと、護衛騎士達が今立つ場所から頷いてきた。


「…………。解った。くれぐれも気をつけなさい。そして何か珍しいものを見せると言われてもついていかないように。変わったものを食べさせると言ってもだ。それから……」


「わかってますよぅ……」


 延々と続きそうな注意事項に、マグノリアは苦笑いをする。

 お互い様だろうに、どんだけガッついてると思われているのやら。


 そうこうしていると、クロード様ぁん、と再びご令嬢が急かしてきた。


 ……ご苦労様な事である。ご令嬢もクロ兄も。

(あんなんばっかりだと、どんどん結婚も恋愛も遠のくんだろうなぁ……)


 イケメン過ぎるのもなかなか難儀なのだなぁと、心配そうに振り返るクロードに深く頷くマグノリアであった。

 

(強く生きろ!)

 ……姪っ子が何やらロクでもない事を考えていると悟ったクロードは、キュッと眉間に皺を寄せた。




(さーてさて。皆さんはどんなお話をしているのかな~?)


 ぴょん、と椅子を飛び降りたマグノリアは、キョロキョロしながら歩き出した。

 脇目も振らずに話に熱中している輪に紛れるのが良いだろう。

 ……普通に入っていっても入れてくれなそうだからね!


「……しかし、あれですなぁ。辺境伯の肥料を使い始めてから農作物の取れ高がだいぶ上がりましたな」

「辺境伯ではなくマグノリア様の、ですぞ」


 茶化すような声に、輪の数名が忍び笑いをした。

 ……若干感じ悪いが、そう思うよね~、とマグノリアは頷く。


「それはよろしかったですね。ちなみに、どういったものが採れるのですか?」

「芋やカボチャなどが我が領地は多いですが、最近甘芋という甘い芋が良くとれるようになりましてなぁ」

「ほうほう!」


 おじさんAにマグノリアは話し掛け、思ってもみない情報を入手する。

 甘芋。甘芋とは、もしやサツマイモの事だろうか?


(うわ~、久々に食べたいかも! ヨーロッパ風なら絵面は断然スイートポテトだろうけど。シンプルなの食べたい! 干し芋! 芋ようかん!!)


 マグノリアはまだ見ぬ(この世界では)食材に想いを馳せる。


「我が領地は豆ですな。ミソーユの実に似た小さな青豆は塩茹でして食べると絶品ですな。砂糖と煮て食べる紫豆もお薦めですぞ!」

「ほうほうほうほう!!」


 おじさんBは大きなお腹をゆすりながら笑う。


(青豆って枝豆の事なのかな? それともそら豆? ミソーユ(大豆もどき)とは別物なのか……ややこしいな。紫豆は小豆か赤インゲンとかなの~? 何か、一気に『和』じゃんかよぅ)


 こんな事になるのであれば、もっとギルモアの実家で植物図鑑を見ておくのだったと後悔する。

 途中からは潜伏しても困らない様に、山や道端の食べられる植物に情報収集をシフトしたのが悔やまれる。

 農作物を覚えておけば、もっと色々美味しいものを見つけられるのに、と。


「そのお話、詳しくお伺いしたいのですけど……」

「「ん?」」


 男たちが声のする方へと下を向くと、そこにはちんまりと自分達を見上げる辺境伯家のお嬢様がいたのであった。


「マグノリア様!?」

 ゲッ!! とでも言わんばかりの様子である。


「いつからこちらに!?」


「『……しかし、あれですなぁ。辺境伯の肥料を使い始めてから農作物の取れ高がだいぶ上がりましたな』『辺境伯ではなくマグノリア様の、ですぞ』辺りからですかね?」


 マグノリアが自分達をマネする様子に、男たちは瞳を左右に揺らして、取り繕った笑みを浮かべた。


「マグノリア様はお爺様のお手伝いですかな? 偉いですなぁ」

「本当にお偉いですな! お話は、我々が辺境伯と致します故。子どもは子ども同士、あちらで遊ばれると良いですぞ!」

「…………」


 指さされた方を見ると、晩秋の風が樹々を揺らす庭であった。風がぴゅーと鳴いて、枯葉が舞った。


「「「「「「…………」」」」」」


 それに、会場に子どもなんていないですけど、と思う。


 マグノリアが怪獣のように暴れ回る手の付けられない野蛮な子どもという噂から、子の安全を図るため、誰も子どもを連れてこなかったのであるからして。


 唯一がブライアンであるが、とても仲良く遊ぶようには思えない。

 次に若いのが、婚約者に立候補してきた十九歳の御仁である。それはこちらからご遠慮したい。


「そうですか。残念です」

「「「「「…………」」」」」


 では。といって淑女の礼をとり、下がる。


 数歩下がった所でマグノリアがキョロキョロすると、すすすす……とニヤニヤした壮年の給仕が寄ってきた。

 そして何やら耳打ちをすると、給仕は何度か頷き、男たちを見てニヤニヤして、何処かへ消えていった。


 最近、作物の取れ高が良く気を良くして、軽い気持ちで農業の話をしていたが……不穏な空気が男たちを包む。


「……対応、不味かった?」

「…………」

「もしや、しくじった?」

「…………」


 微妙な顔で呟き合いながら、トコトコと、次なる集団へロックオンするお嬢様を見送った。




******

 次に、噂話に熱を上げる男女の輪に潜り込む。

 扇で口元を隠し、クスクス笑う様子は、十中八九誰かの悪口を言っているに違いない。


 ……普段悪口には参加しないが、領政や対応等、忌憚なき意見として不平不満を聞いておくのも一つの手ではあるので、うんうん頷きながらこっそりと足元に紛れ込んだ。


 辺境伯一家に関する事で無ければ離脱すれば良いだけだしね、と思ったら。

 それは、マグノリアの出自に関する噂であった。


「でも、お色からいって、ジェラルド様かセルヴェス様のお子様でしょう?」

「流石にセルヴェス様のお種ではないのではなくて?」

「だとして、ジェラルド様とどちらの方とのお子様なのでしょうな? 本当にご夫妻のお子様なのだとしたら、お披露目をしないなどありますまい?」


 くすくす、と忍び笑いをする。

 うわぉ! GE・SE・WA・!!


(今の会話で面白い所あったか? しかしそんなに誰の子どもか気になるのかねぇ)


 例えば、近しい親類で自分も相続する遺産が絡む……とかなら解るんだけどさ、と。

 まったくの他人が、本妻との子どもだろうと愛人との子どもだろうと、どっちでもいいじゃないのさ、とマグノリアは思う。


(ゴシップ好きという所なのかねぇ)


 そんな事を思いながら、マグノリアは頭の中の貴族名鑑をひっくり返し、紳士淑女の皆さんの顔と名前を一致させる。


「……クロード様の御子かもしれませんわよ。クロード様は御養子ですけど、本当はセルヴェス様の愛妾の御子というお噂がございましたもの」


 なんとー! 未だに養子は実子説が蔓延はびこっていたのかー!!

 マグノリアは無言のまま驚愕して仰け反る。

 更に、白昼堂々、お祝いの会場で話しちゃってる事にも驚愕。みんな勇気あるねぇ!


(更に、クロ兄の子って! 幾つで出来ちゃった子なのさ! ……案外この世界ならありえなくもない計算? って、お~いっ! 金〇先生の世界じゃんかー!!)


 一人でノリツッコミをしながら百面相している様子を、遠くの方でセルヴェスが見て首を捻っていた。ガイは痙攣しながらバックヤードへ辿り着き、膝と腕を床へついてプルプルしている。


(何かまたおかしな事をしているな……?)

 クロードも数メートル先の姪っ子を見て、警戒し、ギュッと眉間に力をいれた。



「残念ながら、どれも違いますのよ~」


 愛らしい声が、気落ちしたように口を挟んで来る。

 話をしている輪の全員、時が止まった。


 四人は口を閉ざしたまま視線のみを合わせ、恐る恐る下を見ると、噂の人物が朱鷺色の丸い瞳をぱちぱちと瞬かせていた。


「……! マグノリア様!!」

「本当に本当に、本当ぉ~に残念な事に。私、ギルモア侯爵夫妻の子どもなのです。残念な事に証人が居るんですのよ……」


 いっそ、養子なら仕方ないよね~と、お互い諦めようもあろうと言うのに。

 実際の義理の母は結構気を使ったりして、可愛がってくれたりするものだけど、なぜか物語の義母は大半が遠慮無しだからね。

 そっちに当たったんだと納得のしようもあると思うのだが。


「こう、科学的に証明出来たら良いんですのに。DNAとか、検査方法があれば良いのに……何か良い方法をご存じありません?」

「でぃえぬえ……?」

「そうしたら、お爺様やお兄様の濡れ衣が晴れますのにね?」


「「「「…………」」」」

 にっこりと輝く様な笑顔で発言され、大人たちは絶句した。


「……どうした、マグノリア」

 怪しい雰囲気を察知したクロードが、足早にやって来る。大人たちは心の中で戦慄した。


「あちらのモブデヤンス伯爵が、私の実の父がお爺様かギルモア侯か気になるらしくて」


「……ぐっ!」

 モブデヤンス伯爵が、喉に何かを詰まらせたような声を発した。


「更にワルモーノ子爵夫人が、お爺様はその……もう年齢的・肉体的に父親にはなれないだろうと」


「……げっ!」

 ワルモーノ子爵夫人が、扇で口を隠したままつけまつ毛で縁どられた瞳を大きくかっ開いた。


「エチゴーヤ男爵がお父様……ギルモア候が沢山愛人を囲っていらっしゃるのをご存じなのか、どの女性との間に誕生した子どもなのか、とても気になるらしくって」


「いや、いやいやいやいやっ!!!!」

 エチゴーヤ男爵は超高速で首を左右に振っている。人形だったら首が捥げて、ぽーん! と飛んでいってしまいそうな勢いだ。


「オダイ・カーン伯爵夫人が、クロードお兄様はお爺様と愛妾さんの実子だと勘違いされているみたいで。更に十四歳のお兄様がどなたかを傷モノにした挙句、娶らずに私を極秘出産させたと思っているみたいで……」


「……マ、マママママグノリア様!?」

 オダイ・カーン伯爵夫人は、壊れかけのおもちゃのようにドモリながらマグノリアの名前を呼んだ。


「……ほう……?」


 小さい声であったが、低い声が更に低く地を這い、機嫌の悪さを際立出せていた。

 ……何やらどす黒いオーラが……


「お爺様とお父様はともかく……せめてお兄様の誤解は解いておかないと。今後の縁談に差し障りますからね?」

「……そんな事は構わん。嘘と本当の区別がつかぬような者とは婚姻せぬからな。義父も義兄も私も、愛人も愛妾も一人もおらんが。何処で何を見たのかお教え願おうか?」


「そっ、そのような事は言っておりませんわ!」

 オダイ・カーン伯爵夫人が慌てて言い募る。


「でも、意訳するとそうですよね? なら一語一句違えずに言い直します?『でも、お色からいって、ジェラルド様かセルヴェス様のお子様でしょう?』『流石にセルヴェス様のお種ではないのではなくて?』辺りからですが」


「「「「…………」」」」

「一体、祝いの席で幼子に何の話を聞かせていらっしゃるのかな。あちらの部屋できっちりとご確認させて頂こうか」


 酷く顔色を悪くした四人組に、威圧感たっぷりのクロードが顎をしゃくった。


 笑顔の筈が、まったく笑っていないのがオソロシイ。

 心の中で手を合わせる。ナンマンダブ、ナンマンダブ。


「良かったですね! 叔父自らきっちり説明してくれるそうですよ!」

 マグノリアは満面の笑みを浮かべる。


「叔父だけでは信用ならないようでしたら、祖父も呼びますか?」


 首を横に傾けながら確認してみる。

 四人の顔は、青を通り越して紙のように白くなっていた。


(調子に乗って、首と胴体が離れるとか怖すぎるから、フォローしとくか……)


「……たまたま耳に挟んでしまっただけですし、解ってもらえたら、大目に見てあげて下さいね?」


 マグノリアは穢れなき幼女の眼(※当社比)で、怒れるクロードにお願いをしておく。

 ……が、クロードは中身が幼女でない事を知っているため、鼻であしらわれた。

 

(酷ぇ。爺様なら騙されてくれるのに!)


「大丈夫だ。お披露目を穢すような事はしない。取り敢えず、しっかり、とっくり、じっくりと真実を理解して戴くことにしよう」


 そうして、しおしおと四人組は別室に連れていかれたのである。

 ……あーあ。

 噂話の代償は大きくついたようだ。


(悪意ある噂はいかんよねぇ。これで抑止力にでもなれば良いけど……)


 そう思いながら気を取り直して、軽食コーナーへ歩みを進めると。

 遠くの方で、数人の貴族に腕やら腰やら、しがみつかれて焦っているセルヴェスの姿が見えた。そして。


「――イモなんぞ知らんぞぉぉぉ!」

 セルヴェスの必死の怒鳴り声が聞こえてきた。

 

 ありゃま。

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