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冒険者ギルド長と女傑たち

 非常に疲れた……

 社交は前途多難である。


 考えれば考える程、意味不明で頭が痛くなりそうなヴィクターの事は置いておいて。

 

 次に挨拶に訪れたのは、ギルモア侯爵家であった。

 ヴィクターとのやり取りを、並んだ後ろで同じように微妙そうな表情で眺めていたジェラルドだったが、順番が来ると落ち着いた様子で礼をとった。


 ジェラルドのやや後方で、ウィステリアとブライアンも礼を執る。


「父上、クロードもお久しぶりでございます」

「久しいな。皆元気そうだな」

「兄上、お久しぶりにございます」


 セルヴェスがそう言って頷くと、クロードも挨拶を口にした。

 ……若干柔らかい物言いから、噂通り、クロードは兄であるジェラルドの事が大好きであると窺える。


 叔父の珍しく年相応な可愛らしい様子に、マグノリアは小さく微笑んだ。


 そんな娘の表情を見てジェラルドは小さく目を瞠ったが……二年ぶりに見た、少し大きくなった姿に微かに表情を緩めた。


「……マグノリア、六歳のお誕生日おめでとう」


 やや間があって、ジェラルドが誕生日を言祝いだ。

 多分、初めてであろう。少なくともマグノリアが記憶する中で、祝われた記憶はない。


 ……まあ、日本の記憶が顕在するまでは、有り得ないほどに記憶力が悪かった過去があるので、もしかしたら祝われた事もあるのかもしれないが……

 人形のような反応のなさは、彼等の無関心を助長させるものでもあった筈だ。作用しあって悪い方に転がってゆく。

 負の無限ループだ。


 ジェラルドが言葉を紡ぐ中、ウィステリアとブライアンは後方から、睨むように鋭い視線をマグノリアへ向けているのが見えた。


(……二年前の事を、まだ根に持ってんのね……一応、常識が通用しそうな親父さんだけじゃなくて、ウィステリアさんとブラ兄まで連れてきちゃったんだね……まあ、来ない訳にもいかないのかなぁ)


 来たくなければ来なければよいのに。

 マグノリアは心の中でため息と共にぼやきながら、顔には完全なる作り笑いを張り付けて、口を開いた。


「遠方よりわざわざお越しいただきありがとうございました。どうぞごゆるりとお寛ぎ下さいませ」


 普通なら久し振りの再会に話も弾むのであろうが……トラブルが起きないよう、会話はブチ切って終わりとする。


 対応に驚いたのか、それぞれ何か言いたそうであったが。ジェラルドは小さく頷くと、ウィステリアとブライアンを促し、静かに下がっていった。


 ……セルヴェスとクロードは思う所はあるのだろうが、口を噤んだままだった。


 ある種大人の思考を持つマグノリアの考えを尊重し、親子の事に口を挟まない事にしたらしい。母と兄のマグノリアに向ける視線にも気が付いていただろう。


 ……下手に仲を取り持とうとか、妙な対応をされないのは有難かった。


 その二家の後は、自由に並んだ順に挨拶となった。


 本来ならアスカルド王国のペルヴォンシュ女侯爵になるのであろうが、友人のオルセー女男爵と一緒に挨拶するつもりなのか、何か様子を見るつもりなのか。順番を後に譲る事にしたらしかったからだ。

 伯爵夫人であるダフニー夫人も自国の侯爵を立てる様子で、後から挨拶をする事にしたようだ。




 そうして、今。挨拶にやって来たアゼンダの貴族たちはまじまじとマグノリアを見ている。

 見た目はともかく、言動におかしな所がないか確認しているのであろう。


 ――めっちゃ見られてる。


(……こんなに露骨で失礼には当たらないのだろうか……)

 マグノリアは微笑みながら疑問に思う。


 痺れを切らしたセルヴェスが訪問客に問いかけると、慌てたように祝いの言葉を述べた。


 そしてそれぞれに事業の共同経営を持ちかけてみたり、クロードへの嫁(自分の連れてきた娘)の推薦をし。

 ……そして連れてこなかった、マグノリアと年頃の合うご令息への婚約の斡旋と推薦、時に立候補(!!)が始まったのである。


(……クロ兄は解るけど、私、まだ六歳なんですけど……)

 微妙な顔でマグノリアはついでのような言祝ぎを受ける。


 まあ、年少から婚約者がいる貴族はいますよね。物語でしか見た事は無いけど。自分は関係ないけど。

 関係ないとはまるで思えないながらも、自分に言い聞かせる。


(本当に、変な噂が立っても、社交しないで良しとしてくれてて助かったわ……面割れしたこれからはどうすんのかなぁ。お茶会のお誘いとか来るのかな? ……面倒臭ぇなあ)


 マグノリアはゲンナリしつつ、こっそりとため息をついたのであった。



*****

「御機嫌よう、ヴィクター」

「やぁ。来たね、お姉さま方」


 軽食コーナーで色鮮やかな果物を載せたタルトと、サーモンやクリームチーズ、キャビアを彩りよく乗せたカナッペに舌鼓を打つヴィクターが顔を上げた。


「……お姉さまって、私は君より年下だけどね。軽食をそんな山盛りで食べている奴、初めて見たよ」


 ヴィクターの持つ山盛りの皿を指さして、面白そうに肩を震わせながらアイリスが言う。

 コレットがため息をついてヴィクターを見上げた。


「一つしか違わないじゃん。旨いんだよ、マグノリアちゃんの料理。材料とかヘンテコリンだけどね」

「…………。一連の事業は本当に彼女が?」

「そだよ。辺境伯の発言は誇張もハッタリも無しだよ」


 直球なコレットに直球で返す。


「信じ難いわね……」

 難しそうな顔のコレットに、ヴィクターは首を傾げる。


「彼女は王都のキャンベル商会とも絡んでる筈だけど? なんも聞いてないの?」

「概要しか聞いていないわ。とても信じられなかったもの」

「……年取ると、頭が固くなるって本当だねぇ」


 しみじみとそう言っては首を振るヴィクターに、コレットがムッとして文句を言おうと口を開けた所、ツナマヨとハーブの葉が載ったカナッペを口に突っ込まれた。


 学院時代の気の置けないやり取りの再現をするようなふたりを、アイリスはにこにこしながら見ている。

 ……こう、だいぶヴィクターの見てくれが変わってしまったが。


「……。あら、美味しいわね」


 無理矢理食べさせられて眉を寄せていたコレットだったが、想像よりもまろやかな味に素直な反応を漏らした。


「でしょ。ツナマヨって言って、『魚の油煮?漬け?』と『マヨネーズ』ってソースを和えた、幾らでも食べられる悪魔の食べ物だよ。ヤバイよ。無限だよ!

 ……これは、玉ねぎの微塵切りも混ざってるんだねぇ。うまぁ! この『ツナ』と、航海病予防に一役買ってる『ザワークラウト』と『パプリカピクルス』。おまけで定番のお花菓子、そしてお披露目と同時に売り出される事になる『パッチワーク』が全説明書付きセットでお土産だってさ。豪華!」


「……マグノリア嬢の紹介書ならぬ紹介物か」

「そーゆー事♪」

 落ち着いて返すアイリスに、にっこりとヴィクターは返した。


「……実行部隊は『妖精ちゃん』だとして、仕掛け人は『天才君』なのかい?」

「いや。マグノリアちゃん本人だと思うよ。実際、そういう事が出来ちゃう子どもなんだよ、彼女」

 

 いつもの辺境伯一家の様子を思い出して、ぐふふ、と笑った。


「あんまりにも飛ばし過ぎると窘められてるけど……基本的に振り回されてるのは、クロード君の方だよねぇ」

「……鉄仮面みたいな奴でも振り回される事はあるのね」

 

 感心したようにコレットが呟く。


「ほんの少し前まで、彼女舌ったらずでね。クロード君は『お兄ちゃま』って呼ばれてたんだよね。この前も、会議の日にお披露目が嫌でしょんぼりしててさぁ。クロード君、無表情ながら何度も頭を撫でては、最後には露店の好きなおやつを買ってやるから元気出せって、肩に抱き上げて出ていったからね。そんなこんなで、思ったよりもちゃんと『お兄ちゃま』してるよ」


「露店……」

 

 クロードが誰かを可愛がるというのも現実味が無いが……

 侯爵令嬢には到底似合わないおやつを聞いて、コレットとアイリスが微妙な顔をする。

 ヴィクターはそんなふたりを見て笑いながら頷いた。


「普通はそういう反応だよね。でも彼女、全然気取ってないんだよ。平然と街で立ったまま串焼きもロールサンドも齧ってるからね」

 

 会議を解散した後、窓から外を見れば。

 好きなものをああでもないこうでもないと選んでは、ほっぺをパンパンにして口を動かしているマグノリアを思い出して、苦笑した。


「……何故そこまでして隠したかったのかしら?」


 一連の、アゼンダでの変革がマグノリアの齎したものだとするのならば……何故、優秀過ぎる娘を瑕疵をつけてまで王家へ嫁がせたくなかったのか? 停滞した王室の新しい風になれるだろうに。


「本人に聞けば良いのに」

「……あの陰険がちゃんと答えるとは思わないわ」


 ヴィクターがため息をついた。

「理由は解らないけど、隠したかったのはそうなんだろうね」


 色々な事を瞬時に理解する(ように感じる)ジェラルドにとって、マグノリアを王家へ嫁がせるのは『良くない』と判断したのであろう。


「……まあ、不肖の次男だけど、ちょっとした防波堤ぐらいにはならないとね?」


 ヴィクターが小さく呟いた所で、あ! とコレットは声をあげ、片方の手は腰に、仁王立ちしながら貴族名鑑を突き出した。


「そう言えば、こ・れ・! 見てくれ詐欺もいいトコよ!」


 見れば、十代も始めの細身で小綺麗な少年が淡く微笑んでいた。

 名前の欄には、ヴィクター・カシミール・ブリストル、と書かれている。


「あ~。僕のピークの頃の肖像画だねぇ」


「……何で君だけ学院入学で時が止まってるの?」

 アイリスが苦笑いで問うた。


「完璧、宰相の差し金だよね。今の見てくれだと家風に合わないんじゃない?」

 名鑑の削除申請出したのに、とヴィクター。


 確かに、と。

 揺れるパイナップル頭とゴリマッチョな姿を見て、コレットもアイリスも頷く。


「……いつになったら勘当が解けるんだろうね?」

「いやあ、解けんで良いけど。僕の方こそ大分前に家出した筈なんだけどねぇ。勝手に勘当しておいて、用事がある時だけ次男っていう扱い、いい加減止めてほしいんだけどねぇ」

「嫌ぁねぇ」

「コレット、何に対しての『嫌』なの? 宰相? ヴィクター? どっちも?」




 軽食コーナーでワイワイはしゃぐ(?)三人を、ため息をつきながらジェラルドは見遣った。


(……変わらん奴らだなぁ)


 見てくれ以外は、と心の中で付け加える。


 どういう経緯か知らないが、学院時代、筆頭公爵家の次男は四歳年上の貧乏男爵令嬢と、一歳下の侯爵令嬢に懐いていた。

 公の場は別として、身分差も年の差も無い、気の置けない関係のようであった。


 その後貧乏男爵令嬢は、自ら事業を起こして家を立て直し、自らも女男爵となった。

 侯爵令嬢は自ら剣を取り、女侯爵になり、そして東狼侯へ。


 筆頭公爵家の次男に至っては、ある日突然冒険者になると言い捨てて家を飛び出し、除籍届を提出。宣言通り冒険者となり、今は新天地(?)で冒険者ギルド長と魔法ギルド長を兼任していると言う。


 除籍届は宰相に握りつぶされたが……一応、本人的には『平民』として過ごしているらしい。時折こうして貴族に戻る事があるらしいが。


(……変な奴らだな)


 ジェラルドは、もう一度ため息をついた。


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