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挨拶を受けよう

 フリフリ、ぴらっぴらの衣装が非常に、とっても、大変居た堪れないマグノリアである。


 ハリのある硬い布で作られた幾重ものペチコートが、これでもかとひだを作って広がっている。その上を淡い寒色系の薄布で出来たドレスが花びらのように重なり、合わさり、複雑な色合いを見せていた。


(……あれだ。昭和の女性アイドルのデビュー衣装!!)


『懐かしの〇〇』で観た、昔の歌謡番組で歌う新人アイドルのデビュー衣装だ。

 もしくは『スタジオ〇〇〇』にある子ども用のロココ感溢れるレンタル衣装である。


 なぜ大事なお披露目で気もそぞろでいるかと言えば、数段高く設えられた舞台にあがった途端……セルヴェスによってお披露目が遅れた嘘の理由――身体が弱かった――が述べられたばかりか、アゼンダに移動し、航海病を知ってからの一連の動きと起業が語られ。

 更には生活困窮者の生活向上への行動、区画整理の発案と指揮。平民への教育の挑戦が、物語のように滔々と語られていたからである。


 更に更に、疫病予防と資源の再利用、衛生環境の改善等々(ただのもったいない精神である)が、事実と虚構(?)を織り交ぜて語られているのを聞いているのが、途轍もなく居た堪れなかったからである。


 ……大筋では間違ってないというか、まあ全くもって事実なのだけど。


 『キラキラしい何か』で包まれた部分が、マグノリアの耳と心を抉るようで。そして会場の視線が輪をかけて、非常に痛いのである。


(……まあ、このぐらい言わないと瑕疵の部分が拭えないのだろうしなぁ。自分のためというよりは、辺境伯家のためとでも思って耐えるしか(?)ないよねぇ)


 とほほ。

 マグノリアのライフは既に切れる寸前である。内心はしおしおしながら微笑み続ける。



 キラキラしいも何も、虚構でもなんでもなく。セルヴェス達は本気でそう思っているのだ。

 地球の同じような時代よりは寛容であるとはいえ、ここは歴とした身分差がある世界。


 それらを飛び越えて行動する姿は、マグノリア以外の人間にはセルヴェスの語るそのものでしかないのであるが……より進んだ思想と現代社会とに生きていたマグノリアとでは、どうしても埋められない感覚の差があるのである。



 一方、それらを聞かされる貴族たちは内心お口がポカーンであった。

(……いや。幾ら何でも盛り過ぎじゃないの……?)


 噂は誤りで、非常に美しく躾が行き届いているとして。

 だからといって、事業や病気の解明・治療法の確立、果ては領政までも行うとはとても思えない。目の前にいるのは学院入学前の幼女である。


 確かに、辺境伯家が主導で平民と事業をするので、いつだったか過剰収穫の作物を買い取りたいというお触れがあった。


 農地の一部に肥料小屋を作るので農業に役立ててほしいとか、更にその近くや水車小屋の近くに作業場(肥料事業所)を建てたいとかもあった。

 地区の工房に大量の仕事を頼みたいとかいうのもあった筈である。

 時系列も内容も、色々とごっちゃであるが。

 ……彼等の認識はそんなものである。


 ……ゴリ押しは悪かろうと、近年まれに見ぬほどの大量の確認が、地方代官や領地持ちの貴族達の下に寄せられたが。


 相手は領主(もしくは領主家)である。

 基本余程の内容でない限り、返事は『はい』か『イエス』かしかない。


 気になったら概要位は確認したりもするが、辺境伯家の誰が行っているとか、どういう経緯でとか、事細かに確認したりはしない人間が殆どであろう。


 自分達の懐が痛む訳でないのだから……下手に確認なんぞして、反感や隔意があると思われるのも面倒であるというのが理由だ。


 よって、自分の管理地に領主家の人間が視察に来るというので挨拶に行ったという人間や、作業始めの、本当に初期頃に挨拶に行った貴族たちは一定数いるものの、ツッコんだ内容を気にしたり確認したりした者は皆無である。


 そう。土地勘のないマグノリアの()()で来ていたセルヴェスやクロードに、挨拶をしたっきりである。


 その後、平民たちが何をしているのかは気にもしていなかったし、汚れるために粗末な恰好で指示出しするマグノリアなど、目に入ってもいなかった。

 作業には平民の子ども達も大勢いたからである。よく見れば珍しい髪色ではあるだろうが、『平民』としか思っていない、それも子どもの団体に注意を割く貴族は殆どいないのである。


 例えば馬車の中、作業をしているマグノリア達を見たとしても……お茶会や観劇へと向かうご令嬢の瞳には、のどかな景色しか映っていなかったであろう。


 遠乗りをするご令息には、見慣れた田園風景しか見えていなかったであろうと思う。


 そんなこんなで、辺境伯一家の思惑通り、マグノリアは二年間、ほぼほぼ自由に活動が出来たのである。




 やっと居た堪れない吊るし上げから解放されたと思ったら、壇上の席に座らされ、招待客から言祝ことほぎを受ける事になった。

 あの、いつか映画で見た『王様が玉座に座って謁見を受けるみたいな構図』である……


 そんなの嘘だろう、と思うが嘘ではなさそうで。


 給仕用のお仕着せを着て飲み物を運ぶディーンが、時折ニヤニヤしながらマグノリアを見てくる。


(……最近、奴はガイの悪影響を受け過ぎな気がするな……)


 本日は祖父と叔父がマグノリアの護衛についているため(?)隠密行動に勤しむとかで、同じように給仕として紛れ込んでいる筈のガイの顔を思い浮かべては、心の中で舌打ちする。


 奴も何処からか様子を見て、ニヤニヤしているに違いない。


(クッソ! ニヤニヤ顔面にパンチしてやりたいっ!)


 心の中で、見えない変人な護衛に悪態をついた。



 小さいから疲れないようにという理由……配慮で豪華な椅子に座らせられ、招待客は家族毎にお祝いを言いにやって来るのだが。


 領主であり、異世界ではそこそこ高齢なセルヴェスこそ座ったら良いと思うのだが、護衛騎士よろしくクロードと共にマグノリアの後ろに陣取ると、厳めしい顔で変な事を言う人間はいないかと威圧感を漂わせていたのである。


 そんな中、やっほ~と言いながら最初にやって来たのは、珍しくちゃんとした服……それも礼服を着たヴィクターであった。


 ……冒険者をして名前のみを名乗る彼は平民だと思っていたが、とマグノリアは瞬いた。

(もしや貴族なのか?)


 同時に、そんな恰好でも髪型はいつも通りなんだなと、マグノリアは元気に跳ねて揺れるちょんまげをみつめる。


「……ヴィクターさん、ギルドを代表して来てくれたのですか? その、嬉しいのですが序列的なものは大丈夫ですか?」


 多分であるが、今回の招待客で一番の大物はアスカルド王国のブリストル公爵であろう。かの国の筆頭公爵家であり、宰相を務める御仁である。


 マグノリアは小声で『確認という名の注意』をすると、うんうん、とヴィクターが頷きながらおどけて礼を取る。


「ご挨拶が遅れまして失礼いたしました、マグノリア嬢。私はブリストル公爵の名代で参りました、ブリストル家次男のヴィクター・カシミール・ブリストルです♪」


 そう言うと、にぱっといつもの明るい笑みを浮かべた。


(ん?)

 マグノリアは首を傾げる。


(……ヴィクター・カシミール・ブリストル????)


 頭の中の貴族名鑑を高速でひっくり返す。


「ブリストル家次男の、ヴィクター・カシミール・ブリストルだよ♪」


 再び繰り返すヴィクターに、セルヴェスとクロードは微妙な表情で冒険者ギルド長でもある彼を見ると、頷いた。


「……ヴィクター殿、お祝い頂き感謝致します。宰相殿にもよろしくお伝えを」

「ありがとうございます。申し伝えます……って事で。マグノリアちゃん、六歳おめでとう! これ、お誕生日プレゼントの武器無料改造券ね! んじゃ、忙しいだろうから、まったねぇ!」


 ヴィクターはマグノリアにチケットの入った封筒を押し付けると、手を振って会場の中にある軽食テーブルへと、スキップで吸い寄せられていった。


 ……スキップする礼服の大きな男(ほぼハゲ)を見て、周りの人たちは首を捻り、目を瞬かせていた。



 ――野人にしか見えない、ふざけた頭の冒険者(ギルド長でもあるが)のヴィクターが、宰相の、筆頭公爵家のご令息!?

 

「……えぇーーーーっっっ!!!!????」


 幽玄な白亜の城がマグノリアの大声で揺れ、森にいた鳥たちがけたたましく、一斉に鳴き喚きながらバサバサと飛び立っていった。


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