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お披露目は大々的に

 季節は初秋を迎えた。

 まだ残暑が厳しいが、朝夕は涼しい風を感じる事が増えてきた。


 たわわに実って風に揺れる麦の穂もだいぶ色づき、季節が移ろいゆくことを感じられるようになった。



「おいでいただいたお客様への手土産は如何なさいますか?」

 プラムがマグノリアに確認をする。


 自分の主家の小さな女の子が普通の子どもとしての範疇を超えている事に、使用人達も驚く事は少なくなった。

 人間とは、幾つになったとて環境に慣れる生き物なんだなと確信する。


 大人顔負けに……いや、普通の大人など軽く凌駕する能力を持つ幼女である事は、この一年余りで嫌という程に証明されているのだ。

 人の手を借りながら沢山の物事を実行し成功させ、きちんとあるべき方向へと導いているのである。見目が子どもなだけで持てる能力は大人と同じと考えて対応した方が良い。


 それならばなるべく様々な事を体験させ、練習させて彼女の血肉とした方が良いだろうと思うに至ったのである。

 母の存在が希薄な少女であるからして、家政や細やかな社交の礼節などの練習も出来る限り行った方が良いだろう。

 多分少女が実家へ戻る事は無いであろう事は、使用人達にも察せられる事なのだから。


 母の代わりとまではいかないが、賢い彼女の事だ。数回行えば自分でどうすれば良いか考える事も出来るであろうし、使用人一同、問われれば可能な限り教授し、サポートする心積もりではいる。


「そうですねぇ。最近のアゼンダらしさを出すのに、ザワークラウトとパプリカピクルスの小瓶と、この前作ったツナを作ろうかと思うのですが。おかしいですか?」

「まあ! あの魚のオイル漬けですね。日持ちもしますし、皆様喜ばれると思いますよ」


 プラムは顔を綻ばせた。




 そう、ツナは地球と同じように西部駐屯部隊でも館でも、大人気となった。

 予想通りとはいえやはり日持ちする事をはじめ、色々な料理に応用が利く事が大きいのであろう。


 商会にも持っていき、賄いで食べてもらったのだが……次の健康食品部隊の製品はツナが良いのではないかと話が纏まりそうな勢いであったのを思い出す。


「それと、お祝いなので花菓子をつけた方が良いですよね? ……出来たら小さなパッチワークの敷物みたいなのをつけて、と思ってるのだけど」


 お祝いに花菓子は定番だ。ザワークラウトとツナ、ピクルス二種の小瓶の隣に花菓子。コースターやランチョンマットの様な簡単に製作出来そうなテーブル雑貨をつけて箱詰めにする。領地の、マグノリアの一年ちょっとの成果を体現するような商品選びだ。


 形としては、日本でよくある内祝いのギフトセットみたいな感じである。


「まあまあ! 素敵ですね!! 早速手配をしないと」


 小瓶はちょっと洒落たものを実は既に注文してある。聞かれるであろうことを想定はしていたからだ。


 セルヴェスとクロードにおおまかな内容を話し、既に了解を得ている。時間がかかるであろうガラス瓶や飾り彫りの木箱は、事前に発注しておく方が安心だと思ったからだ。

 プラムに事前に言わなかったのは、事業や領地の仕事に加え、様々な段取りで忙しくしている使用人達を急かしたくなかったから。


 かなり前に贈り物に関してプラムに確認した時に、大半は豪華なケースに入った花菓子が用意される事が多く、領地の特産などがある場合はそれも加える事があると聞いたからこそのラインナップだ。



 一年かけ、セルヴェスはマグノリアの価値を上げると言っていた。


 この世界では女子は家の駒とみなされる事が多い。そう、主に婚姻で家と家を繋ぐのだ。


 だが、女子であってもその本人そのものに()()()()()()()場合、下手な婚姻は結び難くなる。


 通常、良家の令嬢は婚姻に有利であるが、それは流れる血と家柄、実家の援助などが見込めるからだ。

 だがその範囲を超え、本人が領地になくてはならない人物たれば、安易に貰い受ける事は難しい。


 ――領地が離さないからだ。


 そして婚姻が家と家、領地と領地の契約事だとするならば、女性側だけではなく、その相手側にもそれ相応のリターンが求められるものだからだ。


 マグノリアの航海病予防と食事療法だけでも、本来なら凄い事である。長年誰も成しえなかった病の原因発見と予防・治療の実用化を確立したのだから。


 加えて領地の改革と運営の参画、大きく上がった農作物の収穫量への寄与。打ち立てる事業の複数の成功……並大抵の男では、安易に娶りたいとは言えないであろう。


 勿論、セルヴェスだけでなくクロードも、元よりマグノリアにそのような婚姻を強いるつもりは無い。


 遅すぎるお披露目の瑕疵など自らの力でひっくり返し、彼女自身がある程度自由に婚姻相手を選択出来るように――嫌であれば断れるような『充分過ぎる立場』を作るための準備期間を取ったのであった。

 彼女にはそれが可能であると信じていたからこそ、敢えてすぐのお披露目ではなく、今となったのである。


 マグノリア自体もセルヴェスの考えは理解している。クロードも同じように考えているだろう。

 ……若干(?)目立つのは仕方ないとあきらめるしかないが、素直に有難い事である。


 現代日本人の感覚を持つマグノリアに、普通の貴族女性の生活は息苦しかろうと解ってくれているのだ。



「では、正式に商会に発注しましょう。数は万一に備え、多めにしましょうか?」

「そうですね。お花菓子もどのようなものにするか決めなくてはなりませんね」


 ザワークラウトとパプリカピクルスは商会に発注を掛ける。きちんとお金を払って作ってもらうのだ。

 ツナはどうするか。練習として商会に作ってもらうか自作するか。


 花菓子は洋菓子店に発注をかければすぐであろう。

 ……こちらに関してはプラムの方が詳しいであろうから、マグノリアは意見を聞くのみだ。


 リリーはふたりの話を聞きながらメモを纏める。数や進捗、確認などここから二か月でする事は沢山、山程あるからだ。

 招待するお客様への贈り物のため、間違いが無いように慎重に進める必要がある。


 敬愛するお嬢様の晴れ舞台である。唯一のマグノリア付き侍女としては気合も入ろうというもの。

 今も鼻息荒く、フンスフンス! しているのである。

 


「それにしても、アゼンダの貴族全員に声掛けは凄いなぁ」

「それ程アゼンダの貴族は多くありませんから。事業などでこれから関わる事も多いでしょうから、顔合わせの意味もあるのでしょう」

 

 おおぅ……かなり大がかりだ。

 マグノリアをアゼンダに根付かせるられるように、セルヴェスとクロードなりの考えであろう。


「アゼンダのパレスで行うのですよね?」

 リリーが確認する。


 アゼンダのパレス。

 かつてこの地がアゼンダ公国と呼ばれた頃、王宮だった場所だそうで。


 モンテリオーナ聖国に近い北部地区にあるらしいが、リリーもマグノリアも訪れるのは初めてである。緑の森に囲まれた湖畔の、小高い場所にあるらしい白亜の宮殿。


 普段使いに向かないからと、迎賓館として使っているらしい……それはアゼンダの現状から言って、ほぼほぼ使っていないと同義語である。


(勿体ないねぇ。かといって、確かに山の中のだだっ広いお城に住むのは不便だよね)


 アゼンダに着いたばかりの頃に敗戦国のために打ち壊しにあったのかと思っていたが、暮らすには不便な事と、かつてアゼンダ大公が住んでいた場所に、セルヴェスが住むのは領民感情が良くないだろうと考えての事だそうだ。


 マグノリアの事になると目が節穴になるような所があるが、何だかんだできちんと『領主』をしているんだなと微笑ましいようなおかしいような、くすぐったい気持ちになる。


(……何だかんだで、私もすっかり絆されてるんだなぁ……)


 ストレートに愛情を表現してくれるセルヴェスと。時に厳しく時に優しくきちんと導こうとしてくれるクロードに、同じように親愛の情を感じ始めている自分に気が付いて。


 確かにこの所は素直に感情を出し、膨れたり甘えたりしている自覚はある。ふたりなら受け止めてくれるだろうという確信めいた信頼感が生まれ、しっかりと根付いている。


 こういう時、思考はともかく心は子どもである事を感じずにはいられない。

 ――あっさりと人を信じてしまうなんて。



(爺様はともかく、クロ兄は実際の血の繋がりは無いのに。なんでこんなに信頼できるんだろう?)


 まだふたりとも出会って二年程だ。

 時間は関係ないのか。掛け値なしの愛情をぶつけられているからなのか。本気の前には猜疑心なんて無くなってしまうものなのか。



 悪くない。

 そう思ってしまっている自分自身に、マグノリアは苦笑いをした。



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