二人が恋に落ちた音
恋に落ちた音を聞いたことがあるだろうか。
俺の場合はわかりやすいというか、単純というか、男ってこれだからとあきれられても仕方ないというか。
つまり、むにゅ、て感じの音で。
あれ、これ音か?
「……スケベ」
俺の腕の中で、瑞希がむくれた顔になった。その顔が赤いのは、夕焼けのせいか、俺のせいか……気のせいだとよかったのだが。
「ふ、不可抗力だ」
「うそだ。わざとだ」
「……転びかけたのを助けた礼ぐらい言えよ」
「胸触ったんだから、十分でしょ」
瑞希は体勢を立て直すと、俺から少し離れ、むくれた顔のまま俺を見つめた。
にらんでいる、のかもしれない。
だが、たいして怖くない。
むしろ、かわいいじゃん、なんて思ってしまい。
そう思った自分に驚いた。
「なによ?」
「いや……なんでもねえ」
同い年の幼馴染。赤ん坊のころから一緒で、友達というよりは姉弟、あるいは兄妹だ。
だけど、瑞希は姉でも妹でもない。
もうじき十六歳の、女の子だ。
「……なに?」
俺がいつまでもぼーっと見つめているからか、瑞希が戸惑った様子で首をかしげた。
「あ、その……足くじいたり……してねえ、か?」
「え? あ……うん、大丈夫」
「そか、うん、ならよかった」
顔がほてる。やべえな、と俺は瑞希から視線をそらした。
どうやら俺は瑞希に恋しているらしい。
この俺の気持ちは、瑞希にとって迷惑だろうか。
悩むところではあるが、ひとつだけはっきりしてることがある。
恋に落ちた音が、むにゅ、だなんてバレたら。
……間違いなく、はたかれるだろうな。
◇ ◇ ◇
「あれがきっかけかぁっ! わかりやすすぎるわぁっ!」
やっぱり、はたかれた。
だから聞くなと言ったのに。教えろとしつこかったのはお前だぞ。俺にロマンチックなんてものはないから諦めろ。
「ちょっとぐらい期待したっていいでしょっ」
「お前、何年俺と一緒にいるんだよ」
「二十四年だよ!」
恋に落ちて八年。がんばったら恋が成就して、いつしか愛に変わり、俺と瑞希はまもなく夫婦になる。
「あーもー、がっかりだよ!」
「そうは言うけどよ」
俺はニヤリと笑う。
「お前、あんなどうでもいいことを覚えてるんだな」
俺の言葉に、瑞希が目を泳がせた。
ふん、わかりやすい奴め。
「つまり、お前が俺を好きになったきっかけも……」
「ダマレ」
真っ赤な顔の瑞希が、俺の口を塞いだ。
やっぱりそうか、とニヤケが止まらない。
どうやら俺と瑞希は。
恋に落ちたとき、まったく同じ音を聞いたようだった。