うちの通信速度が遅い理由は勝気な妖精のせいだったし、ついでに魔法なんてファンタジーはこの世になかった
うちはインターネットの通信速度が遅い。
正確には夜だけ遅い。
夜の方が回線が混雑しているのだから、当たり前だろうと思っていた。
しかし、よくよく調べてみるとおかしい。
昼に比べて百分の一未満の速度しか出ていない。
さすがに遅すぎやしないだろうか。
ある日、光回線の終端装置とルータの付近を調べていた。
対応している通信規格やLANケーブルの規格を確認するためである。
これらが古かった場合は、いくら速度が出る契約をしていても意味がない。
「う~ん。 規格は大丈夫そうだなあ」
どれもほぼほぼ最新の規格だった。
「結局、なにが原因かわからないなあ」
あとは回線事業者が悪いか、プロパイダが悪いかくらいしか思いつかないけど……。
「あとは回線事業者が悪いか、プロパイダが悪いかくらいしか思いつかないけどなあ」
「いや、お前誰だよ」
さっきから、どこからか独り言が聞こえる。
終端装置とルータが置いてあるテーブルの上。
親指くらいの大きさの人間の女の子がいた。
「この家に住む妖精」
「人間じゃなくて?」
「こんなに小さい人間がいたらおかしいでしょ」
「妖精が一般家庭にいる方がおかしいと思うけど」
「一般家庭じゃなくても妖精がいたらおかしいわよ」
それは言えてるが、当の本人に言われたくはない。
「そんなことより、うちの通信速度が遅いんだけど」
妖精は小さな体で堂々と文句を垂れた。
「いやお前んちじゃないし。 原因は俺にもわからん」
「わからないじゃないわよ! あんただって遅かったら困るでしょ。 ちゃんと調べなさいよ」
「調べたは調べたさ。 それでもわからんから言ってんだよ。 残るは回線事業者かプロパイダかってところだよ。 お前と同じ意見」
さっき妖精が呟いていた独り言を思い出す。
待てよ。
そういえば、おかしくないか。
「お前の体ってめちゃくちゃ小さいけど、なんで俺にまで普通に声が届くんだ?」
「ああ、それはね。 これのおかげよ」
妖精が右手を差し出す。
肌色の先に黒い点があるような、ないような。
「すまん。 たぶん小さすぎて見えない」
「あっ、そうよね。 これは私の声を大きくしてくれるデバイスよ」
「用途が限定的すぎるだろ」
「もちろん他にもあるけど、たぶん人間の常識からかけ離れていて理解できないからやめておくわ」
「声を大きくできるんだから……なんか風の魔法とかの力を増幅できたり?」
「あっはっは! 魔法なんてあるわけないでしょ!」
「は? お前魔法使えないの?」
妖精なんてファンタジーが現実にいるんだから、魔法も使えるものだと思っていたが。
「あなたたちが魔法って呼ぶものは、なにかしらのデバイスのアプリよ」
「アプリ」
「アプデすることで強くなったり、別の魔法が使えるようになるの」
「アプデ」
極めて俗っぽい。
ファンタジーなんてこの世になかったんだ。
「――っておい。 デバイス? アプデ? まさか、お前それうちのWi-Fiに繋いでんのか?」
「当り前じゃない。 インターネットに繋がないとアプリ使えないし、アプデもできないから」
「そのデバイスって何台くらい持ってるんだよ」
嫌な予感がしながら問いかけると、妖精は細くて小さな首を傾げた。
「う~ん。 四大元素系、陰陽系……」
妖精がなんちゃら系とか言う度、腕が小刻みに上下に動いている。
たぶん指折り数えてるんだろう。
「……あっ、無属性も。 それらの亜種も含めて……五十台くらいだわ」
「ご、五十台!? うちのルータの推奨接続台数は十六台なんだけど!」
「なに、その推奨接続台数って」
「それ以上デバイスを繋げると通信速度が遅くなるってことだよ。 つまり、お前が原因だ」
そう言うと、はじめて妖精がしおらしくなった。
「そ、そうなの……。 でも困ったわ。 どのデバイスも常に接続しておかないと危ないの。 特に夜は繋いでおかないと無理だわ」
「危険? 家の中なのにか?」
「デバイスが使えなきゃ、ネズミとかゴキブリとかを退治できないじゃない!」
「え、妖精なのに襲われるの……?」
というか、まさか俺の家に害獣や害虫がいないのって、この妖精のおかげだったりするのか?
そうだとしたら妖精じゃなくて座敷童じゃん。
めっちゃ現代社会に馴染んでる座敷童じゃん。
「でも、迷惑はかけられないわ。 推奨接続台数が百台くらいある家に引っ越さないと……」
ないと思う。
いやでも、この妖精だか座敷童だかを手放したくはない。
俺は害獣とか害虫が嫌いだ。
なんとしてもこいつには家にいてもらわないと困る。
「なあ、正式に俺の家に住まないか? 協力すれば危険が減らせる、つまり繋いでおくデバイスを減らせると思うんだ。 それに、ある程度の虫とかなら俺が倒すからさ」
嫌だけど。
それでも、ネズミやゴキブリが蔓延るよりかはマシだろう。
「お金貯まったらもっといいルータ買うし。 どう?」
妖精にとっても悪くない提案だと思ったが、妖精は顔を赤らめている。
肌色っぽかったシルエットは、すっかりピンク色になっていた。
「あ、あ、あ、あ、あなた。 それ、意味がわかって言ってる?」
「意味?」
「男女が一緒に住もうって……! もうそれはれっきとしたプロポーズじゃない!?」
「はあ!? いや、そんなつもりじゃ」
「そんな……まだ付き合ってもいないのに……。 まだ一緒に回線を分け合った仲ってだけなのに……」
どんな仲だよ。
その通りだけど。
「ちょ、ちょっと考えさせて。 いや、やっぱり一日考えさせて! じゃ、じゃあね!」
そう言うと、慌てて妖精は姿を消した。
たぶんアプリの機能だと思う。
そう考えると、凄いような凄くないような。
夢はないけど別の夢があるような。
なんとも微妙な気持ちになった。
それにしても、面白いやつだったな。
常識が通用しないと思ったら、話が通じるところもあったり。
正直、話していて楽しかった。
これはなんとしても一緒に住んでほしい。
それに最後の、なんていうか。
勝気だけど意外と純情そうなところも……よかった。
不覚にもかわいいと思ってしまっている自分がいた。
どうすれば一緒に住んでくれるだろう。
今日は通信回線のことよりも、彼女のことを考えていた。