第一話 『変わらない朝』
本日ついに一話です!
プロローグと違って文字数も増えているので、よければ最後までお付き合いください!
——その日は、いつもと同じ朝だった。
午前六時半、カーテンの隙間から入る朝日に照らされ、スマホのアラームが部屋中に響き渡る。
聞いているだけで鬱陶しくて、誰もがイラつくであろうその音。
だが、その音でも彼の目が覚めることはない。
大きな口を閉じようともせず、黒いシャツをくしゃくしゃにしてお腹を出してダラしない格好で眠る少年。
額からスゥーっと流れる汗。
眠る前は自分の肩辺りまでかけていた毛布は、気がつけばベッドの横。そんなのはいつものことである。
寝付きの悪い彼が目を覚ますのは、スマホから音が鳴り響いてから一時間後である。
「こら、カイト。そろそろ起きなさいと学校遅刻するわよ」
幾度ともなく聞いたことのあるセリフだった。
長い黒髪をポニーテールで結んだ女性が、必死に少年の体を揺らして起こしている。
その言葉が耳に入ると、自然と自分の目が覚めるのをいつも不思議に思っていた。
ゆっくりと目を開き、視線の先にぼんやりと映る女性を目の当たりにする。
大きく開いていた口を閉じて、視線を自分の顔の隣に置いてあるスマホに向ける。
「——っ! やべっ!!」
今や誰もが自分の身から肌身離さず持ち歩いている四角い機械。
その機械の画面には、炎を纏った異形の悪魔が映し出されており、その悪魔の顔に被さるように現在の時刻が表示されていた。
自分の置かれている状況を一瞬で把握した彼は、先程までとは一転し、目を大きく開け体の状態を起こした。
起こしに来てくれていた母親を右手でそっとどかし、ベッドから降りるとクローゼットへ駆け込みすぐさま制服の夏服に着替えた。
「なんで、すぐに起こしてくれなかったんだよ! 母さん!」
「起こしてたわよ、すぐに起きない自分が悪いんでしょ」
この会話は、この親子にとっては朝の挨拶のようなもの。
自分のせいで起きれないというのはわかっていながら、母親に当たってしまう。
少年は既に爆発したようにボサボサになった自分の髪の毛を、右手でかきむしり、正論を言われたこと、そしてそれに納得してしまう自分にイライラしていた。
「着替えるから、早く出てってくれよ!」
八つ当たりの如く、大きな声で母親に言葉をぶつける。
女性は鼻で一息つくと、ゆっくりと部屋を出てドアを閉めた。
少年は、母親が部屋から出て行ったのを見届けると、来ていた黒いTシャツをベッドに脱ぎ捨てた。
そして、クローゼットにかかる自分の制服を見つめていた。
ブレザーの制服に憧れていたのに、中学の制服が学ランだったことに入学当初は絶望したが。
今はもう中学三年生、この制服を着るのもこの一年が最後と感じるとどこか悪くない気分になるのはなぜなのだろうか。
そんなことを考えているうちに、彼は既に白いカッターシャツに黒のズボンを身につけていた。
***********************
——俺が自分の部屋を出て、リビングに行くと、ソファーに母親が座っており新聞を眺めていた。
母の名前は鳴上桜、実年齢は覚えていないが、確か三十代だ。
小さなことでも、すぐに起こるし、いつもうるさい鬱陶しいおばさんだ。
それなのに何故か、周りの人達からは若いだの美人だの評判が高いが、俺から見たらどこがいいのかわからない。
俺はそんな母さんを横目で見ながらテーブルに歩み寄った。
木で作られた木製のテーブルの上には、いつもと同じバターのついた食パンとコップ一杯分のお茶が置いてあった。
俺はボサボサになった髪の毛を再び右手でかきむしりながら、小さな椅子に座った。
自分が物心ついた頃から使っていたためなのか、この椅子は座っただけで「キッー」と謎の音が出る。
俺はいつも通り、特になにも考えずに皿の上に乗っかった四角いパンを右手に持ち、かじりついた。
何も考えず、まるで魂のない抜け殻のように、俺は食パンをゆっくり味わいながら食べていた。
するとソファーに座り、新聞を眺めていた母さんが俺に向かって話しかけてきた。
「そんなゆっくりしてていいの? 学校遅刻しても知らないわよ」
「——んっ!!」
俺は小さなツリ目を大きく開き、小さくかじりついていた食パンを先程までとは違い、大きくかじりついた。
途中喉がつまるハプニングがあったものの、俺は食パンを二十秒で食べ切った。
そして左手でコップに入っていたお茶を飲み切り、急いで椅子から立ち上がり洗面所へ移動した。
——他人からはあまり言われたことはないが、俺はいわゆる綺麗好きと呼ばれる部類だ。
油がついたり、手で持って何かを食べた後は、必ずと言っていいほど石鹸を使って手を洗う。
いつものように食パンを食べていた右手を、念入りに石鹸で洗うと、水で流しタオルで拭いた。
その後も、毎日と同じ作業だ。
歯を磨き、洗面所で髪の毛を水で濡らし、ドライヤーで乾かす。
顔はカッコいいと言われる方だが、昔から人を信じることが苦手なため、髪の毛だけでもカッコよく見せようと努力している。
ボサボサになっていた髪の毛をなるべく抑えて、俺は再びリビングに向かう。
——リビングに戻ると、ソファーに座っていた母さんの姿はなく。
台所にて、俺が食べた後の食器を洗っている姿があった。
「もう八時なるよ、早く行きなさい」
水が音を立てて流れる、母さんは食器から目を逸らさずに洗いながら俺にそう忠告してきた。
俺は小声で「へいへい」と答えると、自分の部屋に戻り、学校用に使ってるリュックを背負うとすぐさま玄関へ向かった。
黒い靴や青色のスポーツシューズ、さまざまな靴が並んでいるが、全部俺がの靴だ。
俺はその中でも、赤と白色のスニーカーを気に入っており、いつもこの靴で学校に行っている。
多少校則に触れることにはなるが、バレなければいいだろうという考えだ。
結ばれている紐を解いて、俺はスニーカーに足を入れ、白い靴紐を結んだ。
履き慣れた靴なだけあって、不快な点は一切なく、履きこごちは最高だ。
俺は靴を履き終えると、靴箱の上に置いてある四つの家の鍵の中の一つを取り、ドアを出ようとした。
——すると、背後から足音が聞こえ、声が聞こえてきた。
「いってらっしゃい」
俺は、声の主が誰かわかっているのに振り返った。
黒いポニーテールにエプロンをきた女性、母さんはいつも俺が家を出るときにその言葉をかけてくる。
口からため息を一つこぼし、俺は体を再びドアの方へ戻し、ドアを開けた。
「いってきます」
俺は普段から声が小さいとよく言われるだが、今の言葉はちゃんと聞こえるようにハキハキと伝えた。
いつも心配して家で待ってくれる母さんに、感謝を伝えるように。
俺はいってきますと伝えると、家を出て、ドアを閉めた。
そして、高層マンションから見える東京の街を見下ろしながらいつもと変わらない日常を実感していた。
だが、母さんとのどうでもいい朝が来ることはもうなかった。
——絶望は既に俺の背後にまで迫っていたんだ。
ここまで読んでもらってありがとうございます!
第二話も明日投稿予定です!
よければ感想評価もらえれば幸いです!