伝えますよ、お嬢様。
『ゆっくり、おやすみ──』
日も暮れ、そろそろ寝てしまおうかと思っていた矢先、大きな音を立てて扉が開き、悲痛な表情の子供達が飛び込んできた。急な音に身構えたが、飛び込んできたのが子供だと分かると、ふっと肩の力が抜けた。それと同時に、こんな山奥に、薄汚れてはいるが、それなりの身なりをした子供がいることに違和感を感じた。
「何者だ?」
警戒していたためか、予想していたより低い声が出てしまった。子供達は、びくりと肩を揺らし、こちらを見た。
「!?……す、すみません!人がいるとは思わず……」
確かに、もう寝てしまうつもりだったから、小屋の中に明かりを灯していなかった。
それに、少し前に小屋に戻ったばかりだ。わざわざ自らの居場所を晒す必要もないし、俺も面倒だからと、小屋の中を月明かりを頼りに移動していたから、気づかなかったのだろう。
「こんな時間に子供だけで、こんな山奥まできたのか?何をしているんだ?」
「「……っ!?」」
二人とも、下を向いて黙ってしまった。確かに、俺は強面かもしれないが、殺気は出していないし、普通に話しかけているだけだ。ならば、この二人の方に何らかの理由があるのだろう。
「話せないのか?」
──こくり
「…………とりあえず、今晩は休んでいけ」
疲れ切っている子供達に月明かりのみで過ごさせるわけにはいかないので、行灯に火を灯してやる。普段から人気の無い山奥ではあるが、もしもを考えると、出来るだけ人がいるのだと知られないようにしたい。普通なら、子供を安心させるために煌々と灯りを灯してやるのだろうが、俺の事情で出来ない。俺の予想でしかないが、この二人も同じ様な感じなんだろう。
「俺は、逃げてきたんだ。別に、俺が悪いことをした訳じゃないんだがな……。だから、もしも、俺と同じように追われていて、身を隠す必要があるなら、しばらくここに居ても構わない」
二人は探るような目で俺を見ていたが、しばらくすると、互いに目を見合せ頷くと、頭を下げた。
「「よろしくお願いします」」
信用してもらえたようだな。
「今は保存食しかないが、食うか?」
「いいのですか?」
「あぁ、構わん」
机の上の袋に入れていた保存食を出してやる。この小屋には、俺一人しか住んでいないし、誰かが訪ねてくることもないから、机も椅子も一つしかない。もっと言えば、ベッド──木の板と棒で適当にそれっぽく形を作ったもの──も、一つだ。
この小屋には、机と椅子、ベッドしかないのだ。下手をすると、牢屋の中の方が物が揃っているかも知れない。
「すまんな、家具らしいものは何もないんだ……」
「大丈夫です」
子供の一人が、荷物の中から敷布を取り出し、地面に広げた。
「ありがとう、アラン」
「いえ、これが……本来の私の仕事ですので」
あ、これ。良いとこのお嬢様と従僕、みたいな関係だ。この組み合わせで、よく山に入ったな。しかも、ここは半日やそこらで移動できる所ではない。子供の足なら、尚更だ。
「ありがとうございます。申し遅れましたが、私は、リリカです。一緒にいるのは──」
「アランです」
「俺は、ハルだ。よろしくな」
綺麗な髪を三つ編みにして帽子へ押し込んでいた女の子はリリカ、リリカの従僕と思われる行動をした男の子はアランと名乗った。
多分、偽名……だよな?まぁ、偽名でも構わない。俺も本名は名乗れないからな。
詳しい話は明日することにして、疲れているだろう二人には早く寝るように勧めた。警戒するかと思っていたが、意外とあっさり二人は言うことを聞いてくれた。
まぁ、逃走中の高貴な身分の人間という点では、お互い様だ。力になれそうならなってやるし、使えると思えば利用もさせてもらう。
俺は、まだ幼さを残す子供二人が、自分達の持っていた敷布の上で荷物を枕にし、互いの背中を合わせて眠る様子に、どうやったら、こんな雨風しか凌げない粗悪な小屋の中で、地べたに寝転がってスヤスヤと眠れるのか不思議に思った。
この警戒心の少なさと、明らかに野営に慣れている様子は、普通ではない。一体、この子達は何から逃げて、どんな生き方をしているのだろう?そして、どうしたら、そこまで互いを信頼できるのだろう?
その晩は、疑問が次々と生まれ、なかなか寝付けなかった。
「ねぇ、アラン。ジークハルト様、よね?」
「はい。身体的特徴と、行方不明になっていた時期が一致しています。間違いないかと」
「では、信用できるわ。あの方は、私が十六歳の時に、立派な王になるもの。誰よりも優しく、平等な王に」
そう、彼は──
ジークハルト・フォン・アルステリア。今から六年後に、隣国で国王として即位する方だ。
隣国では、数年前から後継者争いが始まっている。この後継者争いは、国王や争っていた王子達が、次々と病に倒れることで終わる。例え、生き残っても声が出なくなってしまい、長時間座っていることさえ出来ない体になってしまうからだ。
唯一、兄弟同士で争うことを厭い、数年間姿を消していたジークハルト様は病に罹っておらず、父親や兄弟を心配して姿を現したことで、国王として祭り上げられる。
この病は、隣国の、特に上流階級を中心に流行ったので、終息した後も詳しく調査がされた。その結果、隣国の上流階級を中心に食べられていた果物が、急に毒性を持ったことが原因であると判明した。
この毒性を持った果物を口にすることで免疫力が下がり、普段なら罹らないはずの病原菌に感染するようになったとのことだった。更に、その果物は、特に病気の時に積極的に食べる果物だったことが災いして、放っておけば治るはずだった病すら、治らなくなってしまった。
「他の王族が、あの果物さえ口にしなければ……。いえ、数年後に国王となるジークハルト様と私達が一緒にいれば……」
「お嬢様……」
アランは心配そうな顔で私を見ていた。
「どうしたの?」
「今度こそ、助かるでしょうか?」
「ふふっ。アランは、ずっと一緒に居てくれるんでしょう?私は、貴方がいるから頑張れるわ」
アランは困ったような表情をして、それでも顔を赤くしながら、力強い眼差しを向けてきた。
「必ず……」
──カタン
「もう起きているのか?」
「ハル様、おはようございます。私達は、習慣で毎朝早く、決まった時間に目が覚めてしまうのです……」
「おはようございます、ハル様。起こしてしまいましたか?」
「いや……気にしなくていい。おはよう。リリカ、アラン」
ジークハルト様も早起きだった。しかも朝から、軽く運動をするとのことで、ストレッチをした後、筋トレを始められた。
「あの……、ハル様。運動をしながらで構いませんので、私達の話を聞いていただいても、よろしいですか?」
「あぁ、聞こう」
ジークハルト様は黙々と進めていた筋トレのペースを落とし、話を聞いてくれるようだ。私は、私達の今までの話を始める。
「昨夜は名前しか名乗りませんでしたが、私はリリカ・フランドール。現フランドール公爵の娘です」
「ふむ……偽名ではなかったのだな」
「ジークハルト・フォン・アルステリア殿下」
「……っ!?」
ジークハルト様が息を飲んだ。
既に体は動かしていない。
「信じられないかも知れませんが……私は、私がアランと出会った日から、私が死ぬ日までを、何度も……何度も繰り返しています」
ジークハルト様は訝しむような目で此方を見ているが、私はそのまま言葉を続ける。
「その繰り返した経験の中で、私は何度か貴方へお目通りしたことがあります。私は、優しい国王となるジークハルト様にお願いがあります!私達を──」
「──お嬢様っ!!」