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逃げますよ、お嬢様。

遂に、サルノース様との結婚式の日を迎えた。


今日から、私は皇太子妃となった。隣で優しく微笑むサルノース様が、私の手を取り、口付ける。今まで生きてきて、一番幸せな瞬間かも知れない。


「今日から、私達は夫婦だね」

「ええ、嬉しいわ……」


私達は、夫婦の寝室で初夜を迎えようとしている。


「やっと、リリカを私だけのものにできる」


そう言って、サルノース様は私をベッドへ押し倒した。涙ぐむ私の目元に、優しくキスをする。


「ずっと、私のそばにいてね」


その時に聞いた言葉には、確かに愛がこめられていた。


そう、重たすぎる程の──



























「え……?なんで……?巻き戻ったの?」


初夜を迎えたはずなのに……。

死んでしまったの?な……んで?

二人で誓った愛は嘘だったの?






その日の内に集まった皆──両親、ラインハルトお兄様、ルドルフお兄様、アラン、デュラン、コルト、シュライエン様──から伝えられた内容は、衝撃的なものだった。


前回は『絞殺』され、しかも、私の首を絞めたのはサルノース様とのこと。愛してくれていたのではなかったの?


「リリカを……()()()()()()()()()()()したかったらしい……」


……え?サルノース様に殺された?

永遠に私をサルノース様のものに?


「意味が……分からないわ……」


というか、サルノース様が首を絞めたのなら、私が息を引き取る瞬間に……立ち会っているのよね?


気付いた途端に、体がガタガタと震えだした。


いつ……巻き戻りに気付く?

今までの皆の様子から、遅くとも私が巻き戻った時点で気が付く。今は、既に気が付いているはず……。


私は、私を殺した犯人を、知っている。

そして、相手も同じ様に、知っている。


殺したいほど愛していたのなら、すぐにでも会いに来るのではないの?もし、出会ってしまったら、どうなる?殺される?監禁される?


震える私を、お母様が抱き締めてくれた。

他の皆も悲痛な表情で私を見つめている。


今度こそ、生きられると思っていた。

サルノース様は、ゲームではメインとなる攻略対象者だったし、皇太子妃という立場になれば警備は完璧、しかも溺愛といってもいいくらいに愛されていた。

なぜ……殺されるの?




慟哭が響く──




今まで、一度も泣かなかった。


大好きな家族、信頼できる従僕や幼馴染み、国王に次ぐ権力を持つ騎士。皆が私を守ってくれていた。なのに……




今まで耐えてきた分も、全て吐き出す。


私が泣き止むまで、誰も口を開かなかった。

誰もが黙って、私が泣き止むのを待っていてくれた。




しかし、いくら泣いても涙が枯れてしまうことはなかった。




「リリカ、逃げなさい。この場にいる人間は、私とシュライエン様以外の者なら、誰を連れていっても構わない。私の娘、なんだ……生きて……幸せに、なって……欲しいんだ……」

「お父様……」


涙と鼻水でグシャグシャな顔で、お父様を見た。お父様も、私と同じ様に頬を濡らしていた。くいしばった口元には、悔しさが現れていた。私も覚悟を決める必要がある。


「では、アラン。貴方を連れていくわ」


はっとした表情でアランが私を見た。


「お……嬢、さま……?」

「貴方以外の者には貴族という地位がある。逃げている途中で、顔見知りに出会う可能性も高いわ。アランには苦労を掛けるけれど、私と一緒に来てくれる?」

「お嬢様が私でよろしいのならば、私は喜んでお供します!」


ずっと一緒に繰り返してきたアラン。彼を選んだ私は、酷い主人なのだろう。何度も主の死を経験させ、それでもそばにいてくれた。誰よりも、私の経験を共有する人。


「悪い、主人ね……」


私の呟いた言葉は、私を抱き締めてくれていたお母様にだけ聞こえたようだった。一瞬、お母様の腕の力が強くなった。






「リリカ!しばらくの間、アランと共に、生き延びてくれ!俺に、リリカを迎える準備が整い次第、探し出して、迎えに行く!その時は、俺が絶対に守ってやる!」


シュライエン様の言葉に首を横に振る。


「シュライエン様は王位を取るおつもりですか?それは、なりません。私のために国を乱してはなりません」






「リリカ……。僕には、もう君を守らせてくれないの?」


眉を下げ、悲しそうな顔のコルトが聞いてきた。


「コルトには、幼馴染みとして十分に守ってもらったわ。私の心が壊れなかったのは、幼馴染みの貴方が、ずっと味方でいてくれて、最後まで裏切らなかったからよ。今まで、ありがとう」






「お嬢様、俺は連れていってくれないのですか?アランだけでなく、俺もお嬢様の従僕です!」


私とアランを見ながら、焦りを滲ませ、切羽詰まった表情で訴えてくるデュラン。


「デュラン、貴方も男爵家の四男とはいえ貴族よ。私と共に居なくなったら、怪しまれるわ」

「でも、俺は……」

「ごめんなさい、デュラン。貴方を置いていってしまうことを許して欲しいの。私は、アランもデュランも同じように大切に思っているわ。でも今回は、繰り返す死の謎だけでなく、サルノース様からも『逃げる』ことを目的としているの。貴方まで居なくなったら、すぐに逃げたと分かってしまうわ」




皆、既に良い策が浮かばないのだろう。私だけでなく、皆も、何度も繰り返しているうちに心が磨耗しているのだ。悔しいが、私達には──











「デュラン、着替えるわ。私の荷物をまとめてくれる?」

「……はい。お嬢様……」


離れたくなさそうだったが、連れていくわけにはいかない。

ごめんなさい、デュラン。




部屋を出る前にお兄様達が声を掛けてくれた。


「リリカ、これを持っていきなさい。私とルドルフが、一緒に街へ出た時に手に入れたものだ。そのまま御守りとして持っていてもいいし、売って生活費に充てても構わない」

「リリカ。なるべく早く、僕達で国を掌握するから……そしたら、安心して戻っておいでね?」

「ふふっ。ラインハルトお兄様から貰ったものは売りませんし、ルドルフお兄様は無理をしないように、お願いしますわ」


ラインハルトお兄様は、平民が手に入れるには少し頑張らないといけない価格であろうペンダントを、ルドルフお兄様は、不穏な予告をくれました。

これが小説ならば、ペンダントにより身分を保証されたり、数年後に国を掌握したお兄様達が迎えに来てくれるのでしょうが……。


「ラインハルトお兄様、ルドルフお兄様。今まで私を大切にしてくれて、ありがとうございました。私、リリカは今は逃げますが、必ず生き延びて、お二人に会いに戻って来ます!」


私の言葉に、目元を赤くしたお兄様達が抱き締めてくれた。必ず、再び会いましょう。お兄様!


「リリカ!勿論、俺たちにも会いに来てくれるんだろ?」

「僕も、待ってるからね!」


シュライエン様とコルトも、目元が赤い。


「ええ、勿論。生き延びて、いつか必ず二人にも会いに行くわ!」


二人とも、泣きそうな顔から無理矢理笑ってくれた。






その後、私は自分の部屋へ戻って、素早く着替えた。


一緒に部屋まで来てくれたお母様が、自分の薬指から指輪を外し、先程お兄様がくれたペンダントの紐に通し、首に掛けてくれた。


「お父様が私に贈ってくれた結婚指輪。私の宝物なの……。持っていきなさい、リリカ。お父様も、きっと何も言わないわ」


お母様に抱きしめてもらえるのは、これが最後かも知れない。だから、私は泣かないように──


「ありがとうございます、お母様」











部屋を出ると、最低限の荷物を持ったアランを連れ、裏門へ向かう。裏門の点前で待っていた皆に挨拶をし、馬で公爵家を離れる。


まだ私達の体力は少ないが、既に乗馬の技術はある。人懐っこく大人しい馬に乗る。普通ならば、十歳の子供達──今回のアランは昨日まで孤児なので、普通なら馬に乗れるはずもない──が、馬に乗って移動するとは考えない。とりあえず距離を稼ぐ。


数日は野営出来るだけの荷物を馬が運んでくれる。数日は野営しながら移動し、その後は適当な場所で馬を放す。


何処か……静かな森にでも住もう。そして、皆が私の存在を忘れ去った頃に、家族にだけ会いに戻ろう。

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