走りますよ、お嬢様。
三度目のリリカ・フランドール(十歳)が始まった。
今回の初期メンバーは、アラン、デュラン、コルト。
そして、おそらく──お父様も、だ。
二度目の初期メンバーがアランだけだったことを考えれば、今回は頼れる仲間が増えている。シナリオ通りなら、私は死なないはずなんだけどなぁ。
あと、二度目の時と三度目の時で、各々の巻き戻る時間が違っている。二度目のアランは、私より約二年多く遡っていたが、三度目では、ほぼ全員が同じだけ遡っていて、同じ日だった。しかも、各々の巻き戻りが始まるまでにも差がある。
なぜ時間が巻き戻るのかとか、なぜ各々に時間差が生じるのか等、疑問は多いが、前回の私の最後を考えると、私達は物理的にも強くなる必要があった。
「毒花が混ざっている」
手に入れたばかりの茶葉を確認していたアランが、不意に声をあげた。茶葉の入った容器を、私とデュランも覗き込み確認する。
「これが……」
一度目の私が亡くなる原因となった毒花。アランは、容器の中を憎々しげに睨んでいた。
「大丈夫よ。今回も私は口にしていないから」
「いったい、誰が……」
「勿体ないけれど、全て処分してしまいましょう」
前回までなら、私が十五歳の時に登場する毒花。今回は、時間が巻き戻ってすぐに、仕入れたばかりの茶葉の中から発見された。この毒花を混入している犯人は、一体誰なのだろう?
前回の記憶が残るアランとデュランは、前回の知識を持ち越しているので、誰よりも毒に詳しく、私が口にするもの全てに対して、必ず確認と毒味をする。
「リリカ、騎士団長が来られたよ」
今日が訓練初日ということもあり、お父様が、騎士団長とコルトを連れて姿を見せた。
私達の訓練を決定した翌日に、騎士団長を呼び出せるだけの権力。やはり、筆頭公爵家当主の権力は凄い。お父様が味方に付いているのは、心強い。というか、お父様の切っ掛けは何なのだろう?
「今日から皆さんの訓練を担当します、シュライエンです。頑張りましょう」
かなり体格のいい男性が、爽やかに笑って見せた。団長だけが着ることを許される、勲章や飾り付きの白い騎士服が眩しい。飾りの名前なんて詳しく知らないけれど、あの逞しい腕や胸に抱かれたら、多くの女性が離れられなくなるだろう。多分。
「シュライエン様、よろしくお願いします」
「はい、リリカ様も頑張りましょう」
私の後に、アラン達も挨拶をする。訓練初日の今日は、簡単なことから始めるらしい。私は、破れたり汚れても構わないドレスとヒールを指定されていた。
「では、それぞれの目的に合わせた武器を渡します。使いこなせるようになってください」
そう言って、シュライエン様は私達に武器を渡していった。成る程。向き不向きではなく、目的に合わせるのね。
平民出身のアランにはナイフと砂袋を、貴族のコルトとデュランには剣を渡し、私には複数の髪飾りをくれた。え……?何で、私だけ髪飾りなの?
「それでは、四人とも武器を持って走ってください。手始めに、この公爵邸の庭を全力で五周しましょう!」
えっ?えっ?えっ?
私の服装、ドレスとヒールを指定されているんだけど?この格好で走るの?
「リリカ様は、最悪を想定して逃げる訓練をします。他の三人に遅れても構いませんので、全力で走ってください」
成る程。前回のことを考えると、夜会の後に襲われる可能性もあるものね。仕方ない、走るわ!
──ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ
足は痛いし、ドレスは重いし、キツい。二周目の途中で、ヒールは折れてしまった。更に、何度もドレスで足がもつれ転んでしまった。これが本当の襲撃中なら、とっくに殺されている。襲撃を想定して走っていた私は、脳内で八回は死んだ。
砂袋を渡されたアランもキツそうだ。何で、アランだけが大きな砂袋を渡されたのだろうか?しかも、一人だけ負荷が大きいのに、誰よりも早く走ることを強要されている。
「わ……たしは、お嬢……様、を、抱えて、誰よりも……早く、走ります!」
息も絶え絶えの私の横を、鬼気迫る表情のアランが通りすぎた。あれ?既に四回は追い越されているとおもったのだけど?アランは何周走るつもりなの!?
というか、アランは私を抱えて逃げる役目なの?私も走って逃げる訓練をしているのだけれど?え?え?手を引いて逃げる可能性とかもある?
指示された分を走り終えた私達は、皆動けなくなっていた。そもそも私達は、アランを除くと、普段から走ることの少ない貴族だ。しかも、まだ10歳の子供なのだ。明日は、筋肉痛で動けないだろう。
「では、今日は帰ります。明日、また同じ時間に参りますので」
「「「「えっ!?」」」」
そう言って、シュライエン様は帰っていった。
そうか……筋肉痛も襲撃も、待ったなしでやってくるものね。いつでも全力でやらないと、生き残れないのね、私……。
「お嬢様は、明日は休まれても……」
「いいえ、やるわ!これは、私が生き残るためにやっているの。貴方達こそ、私のために無理をしないでね」
そうだ。これは、私のための訓練だ。もう死にたくない。もっと未来を見たい。私を守ってくれようとするアランやデュラン、コルトに辛い思いをさせたくない。
「リリカ……」
あっ、ラインハルトお兄様!
「お兄様、どうかされたのですか?」
「あぁ……うん。私も、リリカに何かしてあげられないかな、と思って声を掛けたんだ」
お兄様……。そうよね。急に、妹とその従僕や幼馴染みが、公爵である父を経由して騎士団長を呼び出し、襲撃に備えた訓練なんて始めたら、何事かと不安になるわよね。
「お気持ちだけで嬉しいですわ」
「母上とルドルフも心配している。今から少し……私達と話をしないか?」
「そうなのですか?では、ご一緒しますわ」
私は、帰宅するコルトに別れを告げた後、アランとデュランを連れ、お母様達のいるというサロンへ向かった。
ラインハルトお兄様と一緒にサロンへ入ると、お母様とルドルフお兄様がいた。夕食前なので、私達はお茶だけ飲むことになった。
「リリカ、今回のことだけれど──」
皆がお茶に一口付けたところで、お母様が口を開いた。
「貴女への王妃教育はしないわ。全力で走りなさい」
はい?王妃教育をしない?そして、全力で走る?
「前回は、アランが毒に精通したからと、私達も油断していたわ。今回こそ、貴女には生き延びて欲しいわ」
ん?ん?ん?
この話し方だと、まるで、お母様達も前回や前々回のことを知っているようではないか。
「リリカ、僕達も気付いているよ。リリカが、アランと出会ってから──を、繰り返していることを」
「リリカ。私達は……幼いアランが毒に体を蝕まれていたことを知っている。そして、リリカが毒花に倒れたことも」
え?お兄様達も?
「お嬢様」
混乱する私に、デュランが声を掛けてきた。
「これは、俺の推測でしかありませんが……『お嬢様の死に立ち会うこと』が、時間が巻き戻る前の記憶を引き継ぐための切っ掛けなのではありませんか?現に今回、俺とコルト様は記憶を保持したまま巻き戻りました」
「そう……言われてみれば……。一度目の時には、旦那様や奥様、ラインハルト様、ルドルフ様、そして……私が。二度目の時には、デュランやコルト様がいました」
おおう……。時間が巻き戻る時に記憶を引き継ぐ条件が、私の死に立ち会うこと、だなんて。本人よりも、立ち会った人の方が辛い記憶を刻まれるパターンではないの!
「リリカ。前回も貴女の身の回りには気を付けてはいたのだけれど、今回は、更に念入りに気を付けるわ」
「僕達のことも頼ってよ」
「私達は、リリカの家族なんだ」
「お母様、お兄様……」
三人の言葉に、少し肩の力が抜けた。
「私も忘れないでおくれよ、リリカ」
「お父様……」
「ほら、もう夕食の時間だよ?」
お父様は公爵なのに、迎えを使用人に任せず、自分で家族を迎えに来てしまったようだ。微笑みながら、母へ手を差し出した。私へは、お兄様達が手を差し出してくれる。
そうか。私には、アランやデュラン、コルトだけでなく、お父様やお母様、お兄様達。多くの味方がいる。
三度目のリリカ・フランドール。今度こそ、正体の掴めない犯人に負けることなく、生き延びてみせるわ!