参上しました、お嬢様。
「リリカ・フランドール嬢、貴方との婚約を破棄したい」
「わかりましたわ、サルノース殿下」
あれから二年が経った。
無事にシナリオを終えるところまで、生きて辿り着いた私は、婚約者と向かい合い座っていた。テーブルの上には、四人分のティーセットが並んでいる。
そう、四人分だ。
向かいに座っているのは、元婚約者のサルノース様とヒロインのアリス。私の隣に座っているのは、幼馴染みのコルトだ。従僕の二人は、私の背後に控えている。
「良いのか?」
「良いも悪いも。殿下が、国王陛下の許可を得た上で、婚約を破棄なさると言うのなら、私は受け入れますわ」
私の元婚約者は、驚きと喜びを隠すことなく私を見つめ、すぐに隣に座っていたアリスの手を取った。
「これで、アリスとの未来に一歩近づいたよ」
「ありが、とう……ござい、ます」
目に涙を浮かべて喜ぶヒロイン。
それを、冷めた目で見る幼馴染み。
背後からは、殺気を感じる。
「リリカ、帰ろう」
言うが早いか、幼馴染みのコルトは私の手を取り立ち上がった。
「殿下、御前失礼致します。アリス様とお幸せに!」
コルトは私の手を引き、部屋を出る。
順序を間違えることなく、正しく手続きを行い、婚約破棄の話をするための部屋まで用意してくれた殿下。余程、アリスを愛していたのだろう。周囲を説得して、穏便に婚約者を公爵令嬢から子爵令嬢へと変えた。ご都合主義なところは否定できないが、それでも上手くやった方だと思う。
何で、私はヒロインではなく、ライバル令嬢に転生したのだろうか?優しい幼馴染みに、頼りになる従僕が二人。家族にも愛されている。恵まれているから、婚約者くらいは譲れ、と?
「嫌になっちゃうわね……」
「当たり前だ!平気な訳ないに決まってる!」
家格は違うが、頻繁に交流を深めた幼馴染みは、私を大切にしてくれる。幼馴染みは、従僕二人とも仲が良い。というか、私よりも従僕二人との仲の方が良い。
手を引くコルトの背中を見ながら、私は思い付いたことを口にする。
「公爵家に帰ったら、庭で美味しいお肉でも焼いて食べましょう!今日は、コルトも一緒よ!」
「えっ!?庭で焼くの?」
コルトは驚き立ち止まって、こちらを見ていた。公爵令嬢が庭で肉を焼く。普通、野営でもないのに、屋外で調理はしない。特に、上流階級の貴族とは縁のない行為だろう。
「そうよ!もう、私は皇太子殿下の婚約者でなくなったのだから、無理にお上品にしていなくても良いでしょう!」
「そっかぁ……」
コルトは、少し嬉しそうに私を見つめた後、公爵家の馬車まで手を引いてくれた。やっぱり幼馴染みって、安心するわね。
屋敷に着くと、一緒に馬車に乗っていたコルトが手を差し出してくれた。そっと手を重ね、馬車から降りる。
「さあ、準備しましょう!」
そう張りきって声を出した瞬間、強い風が通り過ぎた。
コルトが、私の体を強く抱き締める。アランとデュランの怒号が響く。何が──
次の瞬間、私は腹部に強い痛みを感じた。
「リリカっ!」
コルトの顔が歪んで見える。痛みによる生理的な涙で視界が歪んでいるのだろう。あぁ……死なないって、アランとデュランに約束してるのに……
そして、私の意識は途切れた。
「お嬢様ぁぁぁ!!!」
──ガシャンッ
「あっつぅぅぅぅい!!」
再び気付いた時には、公爵家の庭にあるテーブルの前にいた。熱いお茶の入ったカップを持った瞬間だったのだろう。スカートへお茶をこぼしてしまったようだった。
デュランの叫び声に、他の使用人が数人、屋敷から飛び出してきた。スカートを濡らした私を見て、すぐに動かないデュランを一瞥したあと、私を屋敷の中へ連れて行く。
周りの様子に正気を取り戻したデュランは、私が着替え終わる頃に部屋へやってきた。
「申し訳ありません!」
デュランは床に膝を着き、頭を下げている。
「大丈夫よ。私も、何が起こったか分からなかったもの」
顔を上げないデュランの指先が震えていた。
「俺は、お嬢様を守ると……」
「あら?もしかして、今回は記憶があるの?」
「はい……」
成る程、これでデュランも私が死ぬ瞬間に立ち会ってしまったのか。あれは、あっという間の刺殺だった。だから、震えているのね。辛い思いをさせてしまった。
──バァン
「リリカぁぁぁぁぁっ!!」
突然、コルトが飛び込んで来た。
え?どうしたの?
「い、生きて……る?」
この様子だと、コルトも巻き戻った一人なのだろう。
「コルトもなのね?」
「その様子だと、リリカとデュランも、なのか?」
「ええ」「はい」
私と、まだ青い顔をしたままのコルトとデュラン。三人で顔を見合わせる。過去に戻って幼くなっているのだから、違和感があるのは当たり前なのだが……、まだ違和感がある。
「「「あっ、アランは!?」」」
そうだ、この場にアランがいない。まだ、アランが屋敷に来る前なのだろう。私が迷子になり、アランに出会う。……というか、そもそも私は、どうして迷子になったのだろうか?
「僕らで迎えに行こう!」
「いや、待て!俺たち以外、まだこの屋敷の者はアランのことを知らない。いきなり連れて帰ってきても、アランをリリカ様の従僕にはできない」
私達で迎えに行こうと言うコルトを、苦々しい表情をしたデュランが止める。
「でも……僕らの、誰かが迎えに行かなければ、アランは僕たちと会うことは出来ない……」
まだ幼い私達三人が何を言っても、大人達は聞いてくれないだろう。急に、まだ会ってもいない孤児の男の子を迎え入れたいなんて、無茶にも程がある。
「明日、僕が教会へ行くよ。おそらく、リリカが教会へ行こうとすると、人攫いに誘拐される……だろ?」
「「……っ!!」」
そうだ、誘拐事件は、私が迷子になった一回目と二回目に起こった出来事だ。これは、アランと私が出会う切っ掛けでもあるが、出来るなら……誘拐されたくない。
「何なら、今回は、アランを僕の従僕にしても良い。リリカが……僕と結婚すれば、アランをリリカの執事にすることも可能だ」
「……っ!?」
「屋敷内でのデュランの仕事は多くなるが、学園内や休日など、出来る限りアランをリリカに付ける。どうだろうか?」
そう聞くと……何だか、それも良いような気がしてくる。でも、アランの気持ちは?アランはどうしたいだろう?
「いいえ、一緒に行くわ!」
「では、今回は三人で行きましょう。お嬢様だけが迷子にならないように、三人で手を繋いで、更に紐を手首に結んでおきましょう」
「そうね。今の私達は、まだ10歳の子供だもの。三人で手を繋いでいても問題ないわね」
三人で、明日一緒に出掛ける予定を立てた。
私達は、帰宅するコルトを見送るために、屋敷の門へ向かった。
他の使用人達もいるので、不用意な発言は控え、子供らしい別れ方をする。
と──
「す、すみません!こちらで、下働きの仕事をしたいのですが!」
アランだ!アランの声だ!
私達は顔を見合わせて、頷くと、一斉にアランの声がした方へ駆けた。三人で息を切らしながら必死に走ると、門の外にアランの姿が見えた。
「「「アランっ!」」」
──ガシャン
公爵家の門越しにアランと対面する。
「お……嬢様。デュランとコルト様まで……」
アランの目には涙が浮かんでいる。ごめんなさい、アラン。貴方には何度も辛い思いをさせてしまったわね。
「来て……くれたの?」
「勿論です!私は……お嬢様をお守りすると誓ったのに……」
「いいの!貴方が……私のもとに来てくれたから!」
今回は、アランから公爵家へ来てくれた。
やはりボロボロの服だったし、顔も薄汚れていて、少し獣臭かったけど、間違いなくアランだ。どんな状態でも、アランはアランだった。
突然屋敷の前に現れた孤児を、自分の従僕にしたいと言う私に、コルトとデュランが協力してくれた。一時間もかからず、アランは身綺麗にして、私の前に現れた。今夜、公爵家の客室へ泊まることになったコルトも一緒だ。
「本当に、いきなり従僕に?」
以前と年齢は違えど、いつもの顔ぶれが揃っている。幼馴染みのコルトに、従僕のアランとデュラン。服装も、既に全員が見慣れた服装だ。
「今回は初めてお会いするはずの旦那様が、私はリリカ様の従僕で問題ないと」
お父様が?まだアランのことを知らないはずのお父様が、いきなり認めたの?そんな不用心な人ではなかったと思うのだけれど。
「但し、条件付きで……」
アランは、チラリとコルトとデュランを見る。
「必ず、何があってもお嬢様を守ること。そのために、明日から三人とも騎士団長の下で訓練をし、全員が騎士団上位の者に勝てるくらいの実力を付けること、と……」
三人は真剣な表情をしていた。一度目の私は毒に倒れ、二度目の私は襲撃により刺殺された。皆、力が必要だと感じていた。
私も……
「私も、一緒にやるわ!」
「「「えっ!?」」」
前世を思い出したばかりの一度目は、アランの淹れたお茶に混ざっていた毒に倒れて、アランの心に消えぬ傷を残した。
アランの体に消えぬ毒の跡を残した二度目は、アラン・デュラン・コルト、三人の目の前で刺殺され、三人を悲しませた。
ならば、私だって──
「貴方達に守られてばかりでは納得できないわ!」