はじめまして、お嬢様。
12歳のある日、前世を思い出した。
私は、リリカ・フランドール。
生まれたのは、この国の筆頭公爵家。
両親の仲は良く、優しい兄が二人いる。
婚約者は、この国の皇太子殿下。
私は、家柄、家族、婚約者、
全てに恵まれた美少女だった。
ただし、ここは前世でプレイした乙女ゲームの世界そのものだった。
私は『17歳の秋に婚約破棄されるライバル令嬢』の条件に当てはまっていたし、きっと、ヒロインも『辺境で生まれた子爵令嬢』なのだろう。
ちなみに攻略対象は、私の婚約者である皇太子、宰相子息、伯爵子息、私の従僕、近衛騎士見習いの五人だ。こちらは、名前が一致する人物が存在していた。
数分考えたが、別に良いんじゃないかな?と、思った。
確か、エンディングでライバル令嬢は、幼馴染みの子爵子息と結婚していた。処刑エンドもなければ、国外追放もない。修道院にも行かない。ついでに、一番上のお兄様が公爵になっていたし、公爵家も問題なさそうだ。
「じゃあ、よく悪役令嬢転生した女の子がやる、シナリオ改編とかは必要ない?」
だからといって、現在公爵家で受けている王妃教育を怠けるとかはしないつもりだ。婚約破棄をされても、私が公爵令嬢であることに変わりはない。何があるか分からないから、公爵令嬢として恥ずかしくない教養や振る舞いは身に付けておく。それに、子爵婦人になっても、公爵令嬢として身につけた教養や振る舞いは役に立つだろう。
ヒロインの選択次第では、ライバル令嬢が王妃になるルートも存在した……ような気がするのだが、よく思い出せない。
「じゃあ、今まで通り?」
私の日常は、変わらない。
私の将来は、ヒロイン次第なのだ。
「アランを呼んで、前世のことでも話そうかな?」
「──という感じ。ちなみに、貴方は私の知るシナリオに登場していなかったから、この話をしても問題ないと思ったの」
「はぁ……」
幼い私が貧民街にある教会から連れてきた……らしい、アランは、公爵家で執事見習いとして、私の従僕をしている。何故、幼い私が貧民街にある教会へ行ったのかは不明だ。覚えていない。
最初、アランは孤児だったこともあり、下働きとして働いていた。しばらくすると、アランは先輩使用人達の仕事を見て覚え、空いた時間で手伝うようになり、子供ならではの発想で仕事の道具や進め方を改善していき、屋敷中の信頼を得た。
そして今、アランは私の身の回りの世話をしている。
この世界では、主人の身の回りのことを世話したり、秘書的な仕事をする者が執事であり、見習いは従僕と呼ぶ。従僕を経て、総合的な能力が認められた後に就くのが、管理職である執事らしい。
「では、もう一人の従僕である『デュラン』を呼ばなかったのは、彼がシナリオに登場するからですか?」
「そうよ。彼は、ヒロインが積極的に近づかなくても、勝手にヒロインへ傾倒する登場人物だったの。彼も、男爵家の四男とはいえ貴族だから……子爵家へ婿入り可能でしょう?」
「はぁ……」
アランは、基本的にやる気がない。彼が言うには、自分が過ごしやすい環境にするために、仕方なく働いている。
更に、人間関係が良好なら良い職場。だから、面倒くさがりなのに、彼は周りの人の仕事も手伝うし、仕事が簡単になるように工夫もする。
アランの頭は悪くない。むしろ、誰よりも色々なことを知っている。そして、今の私には、彼ほど気になる相手はいない。
「ねぇ、アラン。私、考えたのだけれど、貴方も転生者でしょう?」
「まぁ……お嬢様の話を聞く限りでは、そうかも知れませんね。しかし、私には具体的な記憶がありません。唯一、子供の頃から強く感じていることがあるとしたら──」
珍しくアランが眉を下げて困った顔をする。
「物心ついた時から『抜け毛が怖い』と、漠然とした恐怖がありました。髪の毛が薄かったのは、私の人生では赤ん坊の時だけのはずなのに、です。そして、屋敷で働くようになり『心労は抜け毛の原因』とか『地肌を清潔に』とか『頭皮に優しく』など、とにかく頭皮を労るような考えが次々と浮か「もう止めて!」
つい、叫んでしまった。
前世のアランは、若い時に薄毛に悩んでいたのだろうか。
アランが職場環境とか、人間関係とか、私と同じくらいの年齢なのに、よく考えていると思っていたら……まさか、そんな……薄毛に悩んでいるなんて。私は主人として、今後は職場環境の改善に全力を尽くすわ!
「ごめんなさい、アラン。貴方の気にしていることを……」
「いいえ。お嬢様のお陰で、私にも前世があり、その影響で抜け毛が怖いのだと判明しました。漠然とした恐怖の原因が分かり、良かったです」
私の前では、いつもダルそうにしているアランが、スッキリした顔で笑っている。キュンかわいい。
でも、どうしよう……。
嬉しいような、切ないような、複雑な気持ち。
ふと、前世の友人のことを思い出した。
彼女は、薄毛に悩む彼氏が元カノと浮気したことに散々悩んで、何時間も相談した挙げ句、あっさりと別れた。
あの子、幸せになれたかな?
前世の私は、個人的に、年を取ったら確実に前髪が後退しそうな男の子がカッコよく見えていた。アランに、それを告げるべきか否か──
「お嬢様?私の話など聞いたせいで、不快な思いをさせてしまいましたか?」
アランに声を掛けられて、ぼうっとしていたことに気付いた。
「いいえ、違うの。今日、前世のことを思い出したばかりだからか、ふとした瞬間に、ぼうっとしてしまうの……」
「そう、ですか。お嬢様、お茶を入れ直しますね」
「お願いするわ」
アランは、いつものようにお茶をいれてくれた。
あぁ、温かい。
ふわりとして──
眠くなる──